九賀茜
女に連れられて入ったのはカラオケボックスだった。道中、本当にホテルへ向かい始めたので大いに抵抗し、ようやくここで落ち着いた感じだ。
「自己紹介がまだだったわね。私は九賀茜、27歳。職業はフリーのデザイナーよ。そして、ちょっと話題になっていた都市伝説"読書家"の正体」
九賀はあっけらかんと自分のことを語り始める。
「私は子供の頃、美の神様の加護を授かっていたわ。地球と異世界が離れてしまったタイミングで加護も失ってしまったけどね」
並んで座る九賀の横顔を見れば、誰もが美人と答えるに違いない。
「でも私にはこの子が残った」
肩に止まった蝶は返事をするように、ゆっくりと羽を動かした。
「たぶん知っているでしょうけど、この子が肩にとまっているとスキルを使うことが出来るの。今は石ころ同然の扱いになっているスキルオーブも、私には価値あるものよ」
ふむ。その辺は"性悪の"と一緒だな。
「でも、あなたのネズミさんみたいに会話したりは出来ないわ」
"そーりゃ、そうだ! それは神の残りカスが蝶と融合して神威が定着しただけだからな。意思なんてものはほとんどない。その一方、私は神の一部であり、神の化身だ。姿だって自由に変えることが出来る"
勢いよく会話に加わってきた"性悪の"は、その見た目をネズミから小さな猫に変え、またネズミに戻した。
「神様はどうやって地球に残ることが出来たの?」
"よくぞ聞いてくれた! それは全てハジメの父親の仕業なのだ"
「へー、君、ハジメって名前なんだ」
「余計なことをベラベラ喋るな」
"よいではないか! このチンチクリンの坊ちゃんの名前は根岸ハジメ。私を召喚オーブに閉じ込めた男の息子だ"
「ちんちくりんじゃない! 発展途上なだけだ!」
「ふふふ。私は可愛くて好きよ。ハジメ君のこと」
「可愛くもない!」
「あはは! 可愛い」
抱き着こうと身を寄せる九賀を手のひらで制止する。
"おい、話を続けるぞ?"
「ごめんなさい、神様。続けて」
"素直でよろしい。でだ、こやつの父親は地球と異世界が離れてしまう前に、とある方法で刻印に姿を変えていた私を召喚オーブに閉じ込めてしまったのだ"
「ふーん、そんなことが出来るのね。じゃあ、神様は用が済むと召喚オーブの中に戻されちゃうの?」
"いんや、今はそうはならん。何せ、召喚オーブは私の腹の中にあるからな"
「お陰で俺は四六時中、この煩いヤツの相手をしなくてはいけないんだ」
"なんじゃとー! 私に見守られて感謝するところだろ!?"
"性悪の"が直立して俺に抗議する。
「馬鹿言え。会話の半分以上が酒と食べ物のことじゃないか。誰だってうんざりだ」
「はいはい、そこまで。ところで、2人は何で私を探してたの?」
「それは……」
"その肩の蝶を食ってやろうと思ってな。この星は神に対する信仰心が薄いからな。なかなか神威が回復せんのだ。だから、定期的に神の残滓を摂取しておる"
九賀は瞳を大きくして身構える。
"なに。心配いらん。もうその気は失せた。他を当たる"
「そんな簡単に他が見つかるの?」
「大丈夫だ。どうも神の残滓に憑かれた人間ってのは悪戯好きになってしまうらしい。オカルトや都市伝説の裏には結構な確率で神憑きがいるのさ」
「私のように?」
「そういうことだ」
「あっ、勘違いしないでよ? 私がスキル【入れ替え】で取ったものは、後からこっそり返却してたからね。ただ、ビックリさせただけ」
「それでも充分、迷惑だろ?」
「そうね。もう止めるわ。その代わり……」
「なんだ?」
「ハジメ君の都市伝説狩りに同行させてもらうことにする」
"良いぞ"
「勝手に快諾するな!」
「ありがとう神様」
「勝手に話を進めるな!」
「ハジメ君、聞いて。神憑きが悪戯をするのはきっと、非日常を求めてしまうからだと思うの」
「……なんで今、俺の手を握った」
「非日常の一環よ」
"いけー! 九賀! ハジメを襲ってしまえー"
「分かったわ」
「2人ともふざけるなよ! さっさと次の都市伝説を探しに行くぞ!」
「あら、都市伝説狩りは認められたみたいね」
しまった。この状況から逃れる為につい口が滑った。
"よろしく頼むぞ。九賀"
「はい、神様。ハジメ君をしっかりと一人前の男にしてみせます」
「なんでそっちの話になって──」
ちょうど10分前コールが鳴り、この茶番は終了を迎えた。