帰宅
改題しました!
「ただいまー」
「……おかえり」
小さな声が返ってきた。リビングに行くと、未だに少女のような見た目の女性が床に寝そべっている。
「かーさん、せめてソファーで寝なよ」
「嫌」
「なんで嫌なの?」
「ソファーは柔らかい。私はかたいのが好き」
意味深なことを言う。ウチの母親はいつもこんな感じだ。
「まぁ、どうでもいいけど」
「ハジメ、今日の夕食はなに?」
「そのセリフ、普通は子供が言う側だよね」
「だってスーパーの袋を持ってるから、夕飯作る気でしょ?」
「……そうだけど」
ウチの母親は基本的にやる気がない。スイッチが入ると凄まじい勢いで物事をこなすが、滅多に入らない。それを待っていると腹が減って仕方がないから、自分で作る次第だ。
「トンカツとサラダ、あと味噌汁でいい?」
「うーん……いい」
駄目と言われても困る。
「あっ、とーさんは帰ってくるの?トンカツ揚げる枚数が変わる」
「サブローは今晩は帰ってこない」
「何処へ行ったの?」
「富沢商会」
富沢商会。ウチの父親と関係の深い会社らしいが何をやっているのかはよく分からない。
「じゃー、トンカツは2枚でいいね」
"おい、ハジメ! 私の分がないぞ!"
"性悪の"が俺の肩の上で騒ぎ始めた。
「さっきコンビニの豚まんを捧げただろ」
"豚まんで更に口が豚になった。トンカツを所望する。あと、缶ビールも一緒に頼む。ビールだぞ? 発泡酒は好かん"
あーだこーだと煩い。うちの父親はよくこんな奴に何年も憑かれていたものだ。
「ねー、かーさん。"性悪の"がうざいんだけど、なんとかならないの?」
「捧げる食べ物にこっそり辛子を塗りたくるといい」
"おい! 聞こえてるぞ"
「その手があったか」
"ふざけるな! 捧げられた食べ物は直接、神体に入ってくるんだからな! 吐き出せないんだから!"
「むしろ唐辛子を揚げたものを捧げるか」
"素人のアイデア料理やめろ! 食べ物を大切に!"
「分かった分かった。お前のだけ別に作るのは面倒くさい。普通のトンカツを捧げるから、もう黙ってろ」
"なっ! 神にその口の利き方はなんだ!"
「悔しかったら、日頃から敬われるように振る舞うんだな」
"おっ、喧嘩売ってんのかぁぁ? ハジメちゃんよー。そんな可愛い顔してやれんのかぁ!?"
「てっめー! 気にしていることを──」
バンッ。
いつの間にか起き上がっていた母親がリビングのローテーブルを叩いた。
「うるさい」
「はーい」
"はーい"
「お腹すいた。ハジメ、早く」
「はーい」
"そうだぞ! ハジメ、急ぐんだ"
「……覚えてろよ」
俺は舌打ちをしながら、せっせと夕飯の支度を始めるのだった。