サーカス
「サーカスってのはダンジョン期にいくつも発生した闇クランの内の一つだ」
「闇クランってなんれすか?」
酔いが回ったのか、九賀の呂律があやしい。
「お嬢ちゃんにはそこからの説明しなくちゃならないか。当時、犯罪に手を染めているエクスプローラー集団のことを闇クランと呼んでいたんだ」
zzz……
伊集院は空になったグラスにウイスキーを手酌する。
「こいつの父親が乗っ取ったカオスサーガも闇クランの一つだった」
「うちの父親? カオスサーガ? 知らないぞ。そんな組織」
「今の富沢商会のことだ」
「……奴等のことか」
zzzzzzz……
そう言われると思い当たる節はある。一度連れられて行った富沢商会の社員は人相の悪い奴等ばかりだった。母親も
「サブローは富沢商会と一緒に悪いことをしている」
なんて平然と言っていた。あれは比喩でもなんでもなく、ただの事実だったのか。
「ちなみに当時、サーカスとカオスサーガは敵対関係にあったらしい。お前の父親が原因だ」
「ハジメ君のパパ、やべえ奴にゃん!」
「言ったろ。ヤバイ奴だって」
「昔話はいい。今のサーカスについて教えてくれ」
ZZzzzzz……
年寄りは思い出話ばかりだから困る。俺の言葉に少し機嫌を悪くしながらも、伊集院は続けた。
「ダンジョン期が終わり、ほとんどの闇クランは解散なり消滅なりしたがサーカスはしぶとく生き残ったんだよ。そしていつの間にか神憑きが集まる集団になった。今もスキルを使って犯罪や裏の仕事をして荒稼ぎしている」
「もひかして"カチカチ腹筋"もサーカスの一員にゃの?」
「多分そうだ。別のサーカスのメンバーが"カチカチ腹筋"の近くに居たという情報がある」
ZZZZ……zzzzz……
「しかし"カチカチ腹筋"は殴られていただけだ。別に犯罪を犯していたわけではないぞ」
「あれは神の残滓の力を高める為だ。都市伝説として話題になり、世間に認知されるのが目的。人々の間で得体しれない不思議なモノとして広がるのは、信仰を得るのと同じなんだ」
「そして身体能力も上がり、スキルも強くなるってことか」
「そうだ。まぁ、神の残滓に憑かれると悪戯っぽくなるってのもあるがな。神様ってやつは退屈が嫌いらしいから」
「そんなんれふよ」
絡ませてくる腕を振り解くと、九賀はひっくり返りそうになって慌てて支える。
「ふすす。ハジメ君、やさしー」
「うるさい」
zzzzz……
背中を叩くと九賀はカウンターに突っ伏した。これで静かになる。
「で、お前はサーカスとやり合うつもりか?」
「神憑きを狩るのが俺の役目だ」
「なら、情報をくれてやる」
そう言って伊集院はスマホの画面をこちらに見せた。まさかこんなジジイと連絡先を交換することになるとはな。
「そろそろ俺は行く。おい、九賀。起きろ」
「うにゅ? 行くの?」
ふらつきながらも九賀は立ち上がった。
「ところでこいつはいいのか?」
望月はカウンターで寝息を立てている。ウイスキーを一杯飲んだら急にこうなった。
「いつものことだ。放っておけ」
ZZZZzzzzzzz……
豪快に涎を垂らす望月を置いて、俺と九賀は店を出た。