巣窟
タクシーに乗せられて辿り着いたのは知らない街、何の看板もないビルの地下だった。
「九賀、ここは何処だ?」
「私に聞かないでよ。望月さんに聞いて」
途中から何も喋らなくなった望月は無言でB1の重そうな扉を開ける。
中は薄暗いバーのようで、いくつも気配がある。
慣れた様子の望月はカウンターに座り、俺と九賀もそれに続いた。
「よう、望月」
カウンターの中の厳ついジジイが声を掛けた。
「適当にウイスキーのロックを2つと、この子供にはミルクだ」
「望月、いつの間に子供を作ったんだ?」
「はっはっは! 冗談が過ぎるぞ、伊集院! こいつは根岸と黛の子供だ」
俄かに店内の空気が変わった。いくつもの鋭い視線が向けられているのが分かる。
「……勘弁してくれ。そんな危険分子を連れてくるな」
伊集院と呼ばれたジジイは心底嫌そうな顔をした。
「誰が危険分子だ、ジジイ」
「お前だよ。よく見たら死神にそっくりじゃないか」
ウチの母親を死神と呼ぶのはダンジョン期のエクスプローラー達だ。つまり、こいつも。
「えっ、死神って誰のことですか?」
ウイスキーを飲んでご機嫌の九賀だ。何にでも首を突っ込む。
「お嬢ちゃん、知らないでこいつと連んでいるのか?」
「はい! ハジメ君はなかなか自分のことを語らないので」
「こいつの母親はなぁ、かつて死神の加護を授かっていたんだ。本人も死神と呼ばれて恐れられていた。ダンジョン内でちょっかいを出して行方不明になった奴は100じゃきかないって話だ。見た目が良かったからファンも多かったが」
余計なことを。
「えっ! ちょっと変わった人とは聞いてたけど、めちゃくちゃやばい人じゃないですか!」
「まぁ、当時のトップエクスプローラーにマトモな奴はほとんど居なかったけどな。望月とか三木が良い例だ」
「私はマトモだ!」
「あのなぁ、人に跨ってダンジョンを踏破した奴をマトモとは言わないだろ」
伊集院は興が乗ったのか自分もウイスキーを飲み始めた。
「まぁ、やばいと言えば1番ヤバイのはこいつの父親だ」
「そうなんですか?」
「ああ。根岸、こいつの父親は言わば黒幕なんだよ。ダンジョン期の終わりに起きた事件はほぼ全て根岸の仕業だった。もっとも、証拠はほとんど残ってないがな」
伊集院は何処か楽しそうに話す。
「それで、望月。なんでこの2人をここに連れて来たんだ?」
「おお、そうだった! こいつら、神憑きを狩っているみたいでな。それもサーカスに手を出すつもりらしいんだ」
一度緩んだ店内の空気が再び厳しいものになる。
「サーカス? なんのことだ」
「……ハジメ。惚けているのか? それとも知らない本当に知らない?」
「言っていることが全く分からない」
「おいおい。勘弁してくれよ」
呆れた顔をする望月と伊集院に俺は困惑するのだった。