名付け未遂
「ビール飲むか?」
「飲むわけないだろ」
「私は頂きます!」
望月が居酒屋のタッチパネルを操作して酒を注文する。何故だか知らないが、俺はカジュアルに拉致されてチェーン居酒屋に連れてこられた。
「よし、かんぱーい!」
望月と九賀がジョッキをぶつけてビールを飲み始める。
「ぷはーっ! 仕事の後の一杯は美味いな!」
「あれは仕事なのか?」
「私は人気商売だからな。大歓声だったろ? さっきのも立派な仕事だ」
「言いようだな」
「ふん。ところで子供。お前の名前は何という?」
こんな変人に名前を教えても碌なことにならない。ここは黙秘を──。
「なんだ。名前が無いのか。可哀想な奴め。私が名付け──」
「根岸ハジメだ!」
危ない。名付けられるところだった。なんて呼ばれるか分かったもんじゃない。
「ハジメか。ちなみにお前の父親はサブローという名前ではないか?」
「……そうだ」
「やはり。私の勘もまだまだ捨てたもんじゃない」
望月は得意げな表情だ。
「ハジメ君のお父さんと知り合いなんですか?」
九賀はいつも通り野次馬根性丸出し。
「そうだな。一緒に異世界で暴れた仲だ」
「えっ、凄い! 望月さんが異世界帰りってのは本当だったんですね!?」
「今でもYoutobeを探せば動画はあると思うぞ! お勧めはブラックドラゴンが空から降ってくるやつだ!」
「それ、どういうことですか?」
「そのまんまだ。ブラックドラゴンが空から降ってきて、覚醒した三木に衝突するんだ!」
三木?
「三木ってのは、三木さんのことか? 覆面アーティストの」
「なんだ。ハジメは三木のことを知っているのか。それなのに私のことを知らないとは、けしからんな」
「お前のような変態と三木さんを一緒にするな」
「はっはっはっ! これは傑作だ! 三木はダンジョン期にその名を轟かした大変態だぞ?」
望月は腕を組んでニヤニヤしている。こいつ、三木さんの何を知っているというのだ。
「三木さんは恥ずかしがり屋で"羞恥の神様"の加護を授かっただけだ。変態ではない!」
「ハジメ。お前は三木から昔の話を聞いたことないのか?」
「……三木さんは昔のことを話したがらない」
「知らないとは幸せなことだな。まぁ、いい。調べれば分かることだ」
一体どういうことだ? 三木さんの過去に何があった?
「昔話はこれぐらいにして、ハジメ。お前は何故、"カチカチ腹筋"を追っている?」
急に望月の表情が締まる。
「初対面で言うと思うか?」
「子供の癖に生意気だな。流石は根岸の息子か」
また父親の話か。一体、なんだって言うのだ。
「よし、場所を変えよう」
俺はまた、望月に抱えられた。