その男
ごめんなさい
ブックカートを押しながら視界に入ってきた男は、閲覧席の横の本棚の前で止まった。そして当然かのようにカートから本を取り、棚にしまう。
一見すると司書が働いているだけのように見えるが、俺達からすると完全に怪しいやつだ。何が怪しいって肩にトカゲがのってやがる。
「……ハジメ君」
「ああ」
九賀の瞳に嫌悪感が宿る。汚いものを見るような目付きだ。
「あっ」
男の肩にのったトカゲの体が微かに発光した。これはスキルを使う予兆──。
チョロチョロチョロチョロチョロ!!
「「!!」」
女子トイレから小便の音が大音量で響いてくる。これは、ただ音○が無効化されているだけではない。○姫の音だけ消した上で小便の音が何倍にもなっている。トイレの中ではさっきの若い女がパニックになっていることだろう。
「……卑劣」
「落ち着け」
立ちあがろうとする九賀の手首を掴み、押し留める。
「今じゃない」
「……そんな」
「いいから我慢しろ」
「……我慢できないわ」
九賀の様子がおかしい。
「落ち着け。後で必ず報いを受けさせる」
「今なの」
「そんな子供みたいなことを──」
「漏れちゃう!」
えっ。
腕を振り解き、九賀はトイレに向かって小走りで行ってしまう。その様子に驚き、神憑きの司書がスキルを解いたのだろう。閲覧席には静寂が戻り、男は別の棚に行ってしまった。
数分後、俺の横ではホッとした表情の九賀がいる。
「恐ろしい相手だったわね」
「まだ戦ってない」
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「ハジメ君。あの変態、私達に気付いてない?」
図書館で神憑きを特定した俺達は、奴の仕事終わりを尾行していた。山手線にしばらく乗った後、今は住宅街を歩いている。
「そろそろ覆面をつけるぞ」
「……分かったわ」
周囲に人目がないことを確認し、急いで覆面を取り出しかぶる。覆面を通して見る夜の街はやけにクリアだ。
「どう?」
同じく覆面をかぶった九賀が胸をそらして得意気にする。流石は三木さんだ。蝶をモチーフにした覆面は妖しく美しい。ただ、気になることが──。
「女王様みたいだな」
「お黙りなさい!」
"馬鹿者! 大きな声を出すんじゃない! 奴が逃げ始めたぞ!"
いつの間にか肩に顕在していた"性悪の"が叫ぶ。見ると男は都立霊園の入り口に向かって走り始めていた。
「追うぞ!」
「了解!」
いよいよ始まった。




