図書館
図書館なんて所に来るのは何年ぶりだろう。駅から少し離れた土地に建てられたそれは、随分と新しい。こんなところに神憑きが現れるのかと考えていると、九賀に手を引かれた。
「なんだ」
「ぼけっとし過ぎ。行くわよ」
「周囲の状況を確認していたんだ。標的がどちらに逃げるか事前に想定しておいた方がいい」
「あっ、それっぽいこと言うじゃない。私に尾行されてたくせに」
こっ、この女。地味に痛いところを突いてきやがる。
「あれは作戦だった」
「はい、嘘ー。あの時のハジメ君の焦った顔ったらなかったわよ」
"性悪の"が隠れて静かになると思ったらこれだ。いつまで経っても図書館に入ることにならない。
九賀を置いて早足で図書館の入り口に向かうが、あっさり追いつかれてしまった。残念だが歩幅が違う。
「もう、拗ねないでよ」
「拗ねてない。既に戦いは始まっている。気を抜くな」
はいはいと聞く耳を持たない九賀を睨みつけてから、いよいよ図書館に入った。
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しんとした館内に響くのは司書が本を整理する音ばかりで、会話するのも憚られる雰囲気だ。
事前の情報の通り、トイレは閲覧席が並んでいるスペースのすぐ近くにある。都市伝説"消える音○"の元凶は閲覧席からスキルを使っているに違いない。
適当な本を棚から取り、九賀と隣り合って閲覧席に座る。周囲には本を読んでいるのが5人。もしかするとこの中に神憑きがいるかもしれない。
「えっ、料理本?」
何でこいつは話し掛けてくるんだ。空気が読めないのか。
「……悪いか?」
出来る限りの小声で返す。
「意外。料理なんてするの?」
「夕飯は大抵、俺が作る」
「お母さんは?」
「床で寝てる」
「えっ?」
「もういいだろ。集中しろ」
「なんで床?」
「本人に聞け」
「お家に招かれちゃった」
知らないというのは幸せなことだ。ウチの両親に会ってまともな会話になると思っているのだろうか。
「しかし、動きがないな」
人の入れ替わりはあるものの、閲覧席に怪しい奴はいない。皆、普通に本を読んでいるだけだ。
「なんか拍子抜けね」
「まだ初日だぞ」
「誰かトイレ行かないかしら」
「九賀が行ってこい」
「嫌よ。ハジメ君が女子トイレ行けば」
「……馬鹿だろ」
「ハジメ君は服を変えればノーメイクでも大丈夫よ」
「どういう意味──」
不意に若い女性が立ち上がり、トイレの方に身体を向けた。九賀も流石に黙って様子を伺う。
女性はタイルカーペットの上を音もなく歩き、トイレへと入っていった。もし仕掛けてくるならそろそろだ。
閲覧席の全てを視界に収め、集中する。
さぁ、神の残滓よ。
今がチャンスだ。逃すんじゃない。
そして曝け出せ。その正体を──。
視界の端に何かが飛び込んできた。