374 『ワケありドッペルゲンガー⑧』
エレベーターで地下へと向かうおれとルルさん。
箱吊り型ではなく、急勾配を斜めに移動するゴンドラみたいなやつだ。
その柵に並んでもたれたおれ等は、青白く発光する巨大な洞窟内をゆっくりと降りていく。
シラカミ部長が牢獄を脱出する前に言っていた言葉を思い返す。
「その犬耳の女性がなぜ連れてこられたかは判らないが、アンバーという男が魔物の特性を持つ者なら思い当たるのは御前様の所だろうか。……この牢獄よりも更に下、地下大空洞にあの方の研究所がある」
「御前様の表向きの肩書きは、魔力特化部隊研究所長。あそこで右胸に魔石を埋め込む施術を受けた少年少女達の中には、あの方に直接才能を見出された者も少なくない。彼等の忠誠は教会という組織にではなく、あの方だけにある」
「――そしてあの方こそが、私のたどり着いた『中毒性のある粉薬』密輸販売の黒幕だったというわけだ……」
「……しかし、有り余る資産と、忠実で強力な配下を持つあの方の存在は、諜報部だけでなく教会上層部や王宮にも絶大な影響力を持つ。っふふ……私程度では、このザマだ」
「ああ、このままで済ますものか……必ず破滅させてやる。……御前様とは――――」
やがてエレベーターは広大な大空洞に抜け出た。
遺跡かな? あの建物が研究所?
古い石造りの建造物を一望できるが、下からもこっちが丸見えだろう。
――おーい、オナモミ妖精くん、また先行して偵察を頼めね?
おれは、ルルさんのお尻を至近距離で眺めている彼に心の中で呼びかける。
たく妖精使いが荒いゼ~! とか言いながら飛んでいく体長20㎝のオナモミ妖精の姿は、強力なスキル【認識阻害】の影響で、見ようとするほど見えない。
……それにしてもこの明るさ、もしかしてここってダンジョン?
大迷宮の入口は王都の西門の外にあるけど、東の端にあるこの地下大空洞まで大迷宮の一部だとすると、王都はまるまる大迷宮の上にあるみたいなことになるわけで、地盤とかちょっと不安になってしまうが。
エレベーター到着までは、まだ少しかかりそう。
手持ち無沙汰のおれは、さりげなくルルさんをチラ見する。
お祭りのはっぴからこぼれそうな胸と、下半身は小さいパンツだけ……エッロ!!
――!! イカン、気付かれた。
「おや? おやおやおや~?」
「え、えっと……ルルさんは戦いとか大丈夫な感じで? ぶ、武器とかは……?」
「さっきからお尻に視線を感じてたんですけど、ヤマダさんてばこんな場所でエッチですね~?」
「い、いや……それは、オナモミ妖精のヤツでして……」
「私の武器は、こことか、こことか、こことか~?」
こことか、こことか……と言いながら、はっぴの前をはだけて豊満なおっぱいを放り出し、パンツを下ろしてまるんと尻を突き出すルルさん。
あ、あわわわわわわわ……!!!!?
「ちょ、ちょっとルルさん!?」
「てゆ~か~、ヤマダさん、する~?」
――な!!? ななな、な!!?
ビッグチャンス到来!! まさか今日なのか!!? 今なのか!!? 今が……今が、その時なのか!!?
思えば、なんだかんだと理由をつけて先延ばしにしてきたおれだった。
これから向かう先で出会うかも知れない「御前様」は、なかなかに得体が知れない。
シラカミ部長さんの話っぷりだと、ユーシーさんでも手を焼くぐらいの大物らしい。
出会わずに済めばそれに越したことはないが、おれのスキル【危機感知】がささやく――「どうせ出会っちゃうんでしょ?」と。
おれも最近けっこう強いし滅多なことでは死なないと思うけど、元パラディンのシラカミ部長でも敵わなかった相手だ。美男美女なら牢獄でエッチな負けイベントで済むかもだけど、おれってどう考えても生かしておく意味ないし、負けたらあっさり殺されちゃうんだろうな……。
おれはコピーだ。ヤマダの中に残った記憶の影。一度は消える覚悟をしたおれだけど、幸いにしてロスタイムみたいなオマケの時間を過ごしている。
いつか突然終わってしまうかもしれないこのオマケ時間を、一秒だって無駄にしていいはずがない。
小さなフラグを見落とすな!! 拾えるエロイベントはすべて拾え!! 今度こそは、やらずに終われようか!? いや終われまい!!
今こそおれは、男の……オスの本懐を遂げる!!
「白状すると、あの決闘の日から狙ってたんですよ? 今夜は、ルルさんの居るお店を訪ねるつもりでした」
おれはルルさんの細い腰を抱き寄せ、耳元でささやく。
不細工な顔が見えないように、彼女の斜め後ろに位置をとる。
――よし、長年の脳内シミュレーションどおりだ。
早鐘を打つ心臓、バクハツしそう……頼む……持ちこたえてくれ……!!
「うふふっ……ちょっと意外でした。きっと姫サマは歯ぎしりして悔しがりますネ~? こういうのって寝取りっていうのかし……りゃぁぁぁぁ~~~~~!!!!?」
おれがドキドキで手を伸ばしたルルさんの両おっぱいの先っちょから、にょろにょろっと細いミミズの様な触手が飛び出した……!!?
な、なんじゃこりゃ……!!?
よく見ると、ルルさんの全身からにょろにょろっと触手が飛び出して……なんていうか、ルルさんがほどけてしまいそうだ……。
「ちょ、ちょっとルルさん!? 大丈夫ですか!? 敵の攻撃ですか!?」
……くっそ、やっぱりこんな周りから丸見えのエレベータの上なんて油断しすぎだった。
おれのスキル【危機感知】がまったく反応しないなんて、想定外……!
「ウソです、ウソです、ウソですってば~!! 姫サマ、許して、ヤメテ~~~!!」
「……ヒメサマ!?」
「ヤマダさんゴメンナサイ! やっぱりムリです! 生理的に、ムリムリ~!」
……!! がーん……そ、そんな……。
娼婦のルルさんが、生理的にムリって……そんな……。
おれ的に、「臭い」、「キモい」、よりも応えるな……「生理的にムリ」って。
し、心臓が……別の意味でキューンとなった。
こんなのって、ないよ……。
(おい、ヤマギワ! スゲーのがいるぞ、ヤツらそっちをねらってるんじゃね!?)
傷心のおれに、オナモミ妖精のイラつく声が脳内に響く。
もう……なんだってんだよ? おれは手で片目を覆い、スキル【共感覚】でオナモミ妖精と視覚を共有する。
下ってくるエレベーターを見上げる五人の男女が見えた。
よく見れば五人全員が異形。アンバーさんと……あいつ、テッドだっけ? つまみ食い男もいる。
……そうか、右胸に魔物の魔石を埋め込んだ「魔力特化部隊」ってヤツか。
シラカミ部長の言葉が頭をよぎる。
「――よく知っているな。そう、元々は魔法を使用することに特化した『魔力特化部隊』、最大MPを増やすために魔族の魔石を埋め込む実験が繰り返されていた。……しかし人格が混濁するなどの問題も多く、最近では魔物の持つ特性に着目し、魔物の魔石を使用することが主流となっている」
「確かに、生まれながらに魔石を宿す者達からしたら、さぞかしおぞましい実験に写ることだろうな。……しかしそれでも、そんな事をしてまでも強さを求める者は後を絶たない。生きるため、自らの人生を切り開くためにな――。ヤマダ、キミもそうなのだろう?」
異形の五人の内の一人、肌の赤い角のある大男が素手で大岩を叩き割った。
……うへぇ、アイツどう見てもオーガの魔石を埋め込んでる……! オナモミ妖精の言うスゲーのとはアイツのことだろう。
(ケケケ……! 違うぜ、そっちそっち!)
え? お、おおおお……!!
で、でけぇ……。
白いドレスのお嬢様風……おっぱいが超でけぇ。
なんていうか、異世界サイズ……!!
しかしよく見ると、身体にウロコがある。あのでかい胸に埋まっているのは何の魔物の魔石だろう?
残りの一人は、少年か少女か?
髪の毛が白い羽毛のようだ。
ちびっ子と戦うのは、なんかやりにくいなあ……。
そうだ、ルルさんに任せようか? 残りの四人はおれが受け持つということで。
あのおっぱいの子は外せない。おれがどうにか改心させてあげないと……。
……と!? スキル【危機感知】反応!?
おれは、ルルさんを抱えてエレベーターから中空へと飛び立った。
――ダダダダダダーーーン!!!!
下降を続けるエレベーターに降り注ぐ大量の石礫。
魔法【石礫】ではない。
あのオーガ男が、砕いた大岩を投げつけてきたようだ。
ああ、腕の中にルルさんのほどよい体重、心地ええ……いや、今は忘れろ。
やっぱりおれは明日王都を出よう。別の街で、おれを受け入れてくれる嬢を探すんだ。
心を殺しておれは飛ぶ。
下で待ち構える五人を無視して、建物の反対側へ向かう。




