372 『ワケありドッペルゲンガー⑥』
ネムジア教会諜報部、高い塀に囲まれた敷地内へ入るには、頑丈そうな門をくぐる必要がある。
もっとも、おれのスキル【飛翔】で飛ぶとか、シャオさんのスキル【亜空間歩行】ですり抜けるという方法もなくはないが、そんな風に忍び込んでこっそりウルラリィさんを連れ出したところで、彼女が明日からも今まで通りパン屋を続けられなければ意味がない。
要するに、あちら様にきっちり話をつけておかないと、今後も同じようなことが起きかねないということだ。
「こんばんは! こんばんは、ジムさん! 私のこと判りますか? お久しぶりです!」
「え? もじゃもじゃ……い、いや、聖女マデリン様、こんな時間にどうしました?」
「突然で申し訳ないのですが、すごくすごく急ぎなんです! 諜報部長さんにお会いしたいので、通していただけますか? 通していただけますよね? じゃあ通っちゃいます!」
「お、おい、ちょっと待ってくれ……いや、待ってくださいませ聖女様! あっしの方ですぐに確認をとってきますんで!」
いつもの白い聖女服に着替えたマデリンちゃんが、門番のジムさんに声を掛けた。
どうやら、二人は顔見知りらしい。
ジムさんは、あっけにとられているもう一人の若い門番に持ち場を任せて、正面玄関の方へと走って行く。
その後ろ姿を見送り、ジェイDさんが口を開いた。
「……アンタ、本当に十二聖女の一人だったんだな」
「えっへん! ネムジア教会ランマ王国支部担当、聖女マデリンとは――私の、私のことなのです! さてさて、さっさっさと行きましょう!」
「お、お待ちください聖女様! 今、ジムじいさんが確認に――アガッッ!!?」
マデリンちゃんとジェイDさんの前に立ち塞がった若い門番だったが、側頭部に魔法【石礫】の一撃を受けて崩れ落ちる。
……死んでないとは思うけど、真面目に仕事してただけの彼には同情を禁じ得ない。
「おい聖女マデリン、穏便に行くはずじゃなかったのか? こんなことをしては、いくらアンタでも……」
「ぼやぼやしてると、ウルラリィさんがエッチなエッチなことをされちゃいますよ? ……いいえ悲しいですが、本当に悲しいことですが、時間的にはもう完オチでアヘ顔ダブルピースしてる頃かもですが、気を落とさずについてきてくださいね、ジェイDさん!」
……もしかして、さっき詰め寄られたこと根に持ってるのかな?
ジェイDさんになんとなくあたりの強いマデリンちゃん、おれの方を見上げてニッコリと笑う。
正面玄関までもう少し、マデリンちゃんとジェイDさんは建物に入る直前、武装した男達に囲まれてしまった。
ジムさんに呼ばれて出て来たにしては早くね? おれ達が来るって、事前に判っていたかのようだ。
取り囲んだ男達の中から、ちょっと偉そうな頭髪の薄い男が歩み出た。
「貴方の方から来てくださるとは、捜しましたよ聖女ラ……マ!?」
「ラ、マ!?」
――ラマ!? ラクダ科哺乳類の?
しばらく意味不明の沈黙の後、頭髪の薄い男が再び口を開いた。
「……これは失礼、聖女様違いだったようで。して、聖女マデリンさま、今宵はどのようなご用件で? まさか今更、ワシの説教が恋しくなったというワケではありますまいな?」
「こんばんはドノバン教官、夜分に失礼します。その節は、大変、大変お世話になりまして、今でも時々夢でうなされるんですよー? そして、そしてその度に祈っておりました、全部抜け落ちてしまえばいいのにって」
「ぬぐぐ……!!」
バチバチと睨み合うマデリンちゃんとドノバン教官。過去に一体何があったのやら。
やりとりを見守っていたジェイDさんが、しびれを切らして口を挟む。
「パン屋の娘を連れ去った男を追ってきた、アンバーという男だ。ウルラリィを無傷で返すなら大人しく引き下がろう、そうでなければ教会を敵に回す覚悟だ!」
「アンバーですと? さて? いったい誰のことやら? そもそも、なぜ我らがパン屋の娘をさらう必要があるのですかな?」
「とぼけてもムダムダですよドノバン教官、ウルラリィさんがここへ連れ込まれるところは多くの人に目撃されているのです! ……もしやよもや、女性にもてない薄毛の四十八歳独身男が若くて美しいウルラリィさんに横恋慕ってことだったりー!?」
「誰が薄毛かっ!! ……だ、だいたいその者は、マデリン様が連れて来られましたそのイケメン獣人は、マデリン様とどのような関係ですかな!? 見たところ、冒険者か傭兵の類いとお見受けしますが、どこの馬の骨とも判らぬ無頼の輩を連れ歩くなど教会を象徴すべき聖女としての自覚とたしなみを――」
「おい聖女マデリン、アンタの言ったとおり、ぼやぼやしている場合じゃないんだがな?」
「……ところで私は、シラカミ諜報部長にお会いしたいと、すごくすんごく急ぎだからと伝えたはずなのですが? いい加減そこを通していただけますか、ドノバン教官?」
イライラし始めたジェイDさんをなだめつつ、ここの一番偉い人――諜報部長への面会を求めるマデリンちゃん。
なんでも、マデリンちゃんが昔お世話になったシラカミ諜報部長さんは、元パラディンの正義感溢れる女性で、話の分かる素敵な素敵なレディらしい。
「……生憎、部長は聖地ネムノスへ長期出張中でして、しばらく王都へは戻らないと聞いております。先の第二王子反乱事件の折から、諜報部は実質一部の教官達と御前様の主導で回っておりますれば」
「……? ドノバン教官は、その『一部の教官達』に含まれていないような口ぶりですね? ……えっと、『御前様』って何でしたっけ? そんな役職があるんですか?」
「――と、とにかく、いかに聖女様といえども今の諜報部へ不用意に近づくこと自体お勧めできませんな! 部長に用があるのでしたら、また日を改めて出直していただきたい!」
「おい、聖女マデリン……」
「仕方ありませんね。ですけど、ですが皆それなりに鍛えてますので――」
――ギャッ!!? ゲッッ!!? という周囲の悲鳴が、マデリンちゃんの言葉をかき消す。
ジェイDさんの曲刀の一閃が、周囲を取り囲む男達をまとめて斬り伏せた。
どう見ても剣の長さが足りないはずだが、何らかのスキル効果で攻撃範囲を拡張しているらしい。
「鍛えているから……なんだと?」
「――いいえ。ええ、どうぞどうか殺さない程度でお願いしますね」
「ま、待ちなさい聖女マデリン!! いくら貴方でも、あの方の怒りに触れればどうなるか……、本当にネムジア教会を敵に回すつもりですかー!!?」
初撃を辛うじて受けきったドノバン教官が叫んだ。
仲が悪いように見えた二人だけど、彼はかつての教え子であるマデリンちゃんのことを本気で心配しているようにも見える。
「心配ご無用! 私、そろそろ辞めたいと思っていたんです、聖女もネムジア教会も! 好きな人と一緒に冒険者として生きていくつもりです! ですから、ドノバン教官は適当に寝ててください!」
「なっ!? ワシは許さ……ぬうっ……ほげっっ!!?」
側頭部を狙った魔法【石礫】をギリギリかわしたドノバン教官だったが、続けて放たれた【石礫】を後頭部に受けて意識を失う。
普通直進するだけの魔法【石礫】のコースを変えているのは、マデリンちゃんのスキル効果によるものだろう。
「なかなかやる。聖女を辞めるなら、早々に王都を出ることをお勧めしておこう。……アンタは思ったよりもいいヤツみたいだからな」
「……? 話し合いによる解決は見込めないようですし、せいぜい派手に暴れましょうか。なあに、後々のことは大司教様にでも任せておけばいいんです!」
結局、マデリンちゃんとジェイDさんは玄関前で戦い始めることになってしまった。
話の分かる諜報部長さんが留守だったのは痛い。
二人の行く手を阻むヤツらは結構な人数が後から後から増えているようだけど、「百人斬り」の二つ名を持つジェイDさんに任せておけば、百人ぐらいまでなら大丈夫ってことでいいよね?
そんな光景を、おれとシャオさんは最初から屋根の上で見守っていた。
マデリンちゃんが聖女様の威光で早々に話をつけてくれれば良し、のらりくらりと時間がかかるようなら、とりあえずウルラリィさんの身の安全だけでも確保しなければと二手に分かれる作戦をとった。
正面玄関で戦闘が始まってしまった場合、その騒ぎを陽動にして、おれとシャオさんが建物内に侵入する手はずだ。
後々のことは、あまり気は進まなけど、マデリンちゃんも言っていたとおり大司教ユーシーさんの権力におすがりするということで。……少なくとも、ウルラリィさんが路頭に迷うことはないはず。
(オーイ、こちらはオレサマ! ケケケ……! ヤマギワー、アレアレ、アレ見てみろヨー!)
突然おれの脳内に響くオナモミ妖精の声。
おれもただ屋根の上でぼーっと見物していたわけではなく、オナモミ妖精を建物内に先行させウルラリィさんの居場所を探してもらっていた。
――ハイハイ、こちらヤマギワ。どうしたよ、オナモミ妖精くん? なんかあったー?
スキル【共感覚】! おれは片目を閉じ、建物内にいるオナモミ妖精と視覚を共有した。
次の瞬間、目前に肌色が広がる。
――!!? これはもしや、人の素肌なのか? ええい、オナモミ妖精、近すぎじゃ!! もうちょっと引いてくれないと、全体像が解らんじゃないか!!
(あれってセックスじゃん!? あんな人数で、すげー!)
なっ!!? ええいもどかしい!! オナモミ妖精と聴覚も共有! 現場の声を拾う。
「そろそろクスリも効いてきただろう? どうかな? このめくるめく快感に抗えるものかな?」
「あああああぁ、あああああぁ、あへぇ~~~!」
「ふふふ……、止まらんだろう? 一度このクスリの味を憶えたら、もう後戻りはできないんだよ、ふふふ……」
「ああああぁ、ああああへ、あへ、あへぇ~~~~!!」
どうやら、一人の女の子を複数人でナニしてアヘらせている模様。
イケナイクスリも使用しているようだ、おいおい……。
てか、オナモミ妖精!! もうちょっと引いてくれないと、おれがよく見えないでしょうが、バカチンがー!!
(チッ……、世話のやけるヤマギワだぜ!)
「さて、そろそろ全てを話す気になったかな? 話せば、お前の欲しくてたまらないコイツを深々とお見舞いしてやるんだがなぁ?」
オナモミ妖精が少し後退すると、おれにも、全裸で拘束されてベトベトのアヘアヘにされている美女の全体像が見えてきた。
キタキタキタキタ~~~~!!
……って、ルルさん? ベトベトのアヘアヘにされている全裸の美女は、往年の美人女優木ノ花ルルの若い頃にそっくりの、娼婦のルルさんじゃね?
なにやってんだ、こんなところで?
「――さあ素直に言え! 言えばくれてやる! 素直にすべて吐き出して天国にいっちまえ! 聖女は、聖女ラダは今どこにいる!?」
「ああああぁ、ああああへ、あへ、あへぇ~~~~!!」




