369 『ワケありドッペルゲンガー③』
永遠に続くかと思われた追跡。
でもさすがに、そろそろ体力の限界かな? みるみる遠く小さくなっていく金髪縦ロールさんこと、アントニア・チンチコール嬢。
「……ふう、こわかった」
「やっと引き離したんけ? ホントおっがねぇお嬢さんだったで」
――とか気を抜いて飛んでいたら、ぼん! ぼん! と魔法【火球】が続けざまに天井で弾けた。
「まだまだまだまだまだまだまだまだで~~~すっ!!!! 下りて――」
ひぇ!!? 追いついてきた!? 彼女、まだまだぜんぜん元気……いや、むしろさっきよりも速くね?
「――きなさぁぁぁいっ!!!!」
下りて――きなさい! そう叫んだアントニアさんは疾走する勢いのままジャンプして、天井ギリギリを飛ぶおれ達に斬りかかってきた!
――ギリィィィン!!!!
聖剣『ボンバイエ』の一閃を受け止めたのは、フライド君の剣だった。
……ええっ!? その剣、もしかして聖剣『ギンガイザー』じゃね!?
てっきり、忍者マスターの人が持っていったとばかり思ってたけど。
「苦手だな~、脳筋の剣も正義を叫ぶ口も――。後ろ向いて、脱糞だけしててくれたらいいのに」
「でぇぇぇいっ!!!!」
力任せに、フライド君を弾き飛ばすアントニアさん。
身体をひねり危なげなく着地するフライド君。
さて反撃かと思えば、そのまま踵を返し、一目散に通路の奥へと逃げて行く。
不意に、おれの背中から「光の羽根」が消えた。
――し、しまった、スキル無効化……! 聖剣『ギンガイザー』の効果か。
身軽に着地するドリィさんと、無様に落下し転がるおれ。
あいたた……フライド君め、おれを捨て石にしやがったな?
アントニアさんの敵意がピリピリと、スキルなしでも伝わってくる……! 今やおれ一人を標的と定めたようだ。
聖剣『ギンガイザー』の効果範囲はだいたい100mぐらいだったっけ?
フライド君が気を抜かずに走ってくれたら、およそ10秒でスキルは戻るはず……
……戻らんのだが?
「旦那!!」
――ギィィン!!
――ギリィィン!!
おれは剣を抜いて、アントニアさんの攻撃を続けざまに受け流す。
はっきり言って剣技はたいしたことなさそうだが、パワーとスピードが半端ない。
勇者の血を引く侯爵家令嬢とはいえ、スキルなしでこのパワーとスピードは異常じゃね?
「いずれ伝説として語り継がれる、わたくしの華麗なる英雄譚に、あなたのごとき薄汚い害虫の出る幕はありません!! 悪を断つ聖剣の加護よあれっ!! 大正義、執っ行ーっ!!」
「わわわっ、か、勘弁してください!! わわわざとじゃないんですーぅ!!」
――ギン!! ギャン!!
――ギン!! ギャン!!
――ギャン!! ギャリィィン!!
イカン……、腕が痺れてきた。スキルなしでこれ以上はマズい。
フライド君のヤツ、まさか90m離れた辺りで様子見てるんじゃないだろうな……!?
「ちょ、ちょっとお嬢さん、わざとでねぇって言ってるでねぇが!! 命まで取るんは……や、やり過ぎだべー!!?」
おれの後ろですくみ上がってたドリィさんだったが、見かねて口を挟む。
「引っ込んでいなさい!! 子どもとて正義の裁きは平等、いっさいの容赦はありません!! 目玉の一つは覚悟しておきなさいっ!!」
「め、目玉っ!? そんな……いくらお貴族様だがらって、横暴だで!! 大迷宮は、お嬢さんのトイレじゃねぇど!!」
「お黙りなさい!! 大正義の前にはどんな言い訳も――なっ!?」
おれの剣が、アントニアさんの剣を押し返す。
ドリィさんがやり合っている間に、スキルの無効化が解除されたのだ。
魔法【身体強化】の重ねがけで、おれのステータスがアントニアさんを少しだけ上回ったらしい。
「ドリィさん下がって、このお嬢さんには何を言っても無駄みたいだし」
「害虫め、こしゃくなっ!! 潔く、正義の裁きを受けるのですっ!!」
「正義、正義って言いますけど、おれら冒険者を見下して、言い訳も聞かず害虫呼ばわりするのは礼節に欠ける悪い態度だと思うんですが? 悪い態度――悪ってことですよ、アントニア様!」
「なっ!!? ……大正義の執行者たるこの私を、アントニア・チンチコールを悪ですって!!?」
「あ、それから、ダンジョンにウンコしたら砂をかけておくのがエチケットですよ? エチケット違反は悪ではないですか? ましてやあなたはお貴族様なんだし、公共の場でウンコしてそのままなんて、恥ずべき悪行です!」
「ううっ……そ、それは、共の者達がわたくしに代わってしかるべき対処を……」
「そもそもお嬢さん、お尻拭いたのけ? スンスン……なんかちょっと臭うんだけんど?」
「……な!? 何をバカな……ふ、拭いたに決まってるじゃないですかっ!! ……ス、スンスンするのはお止めなさい……!!」
本当か嘘か判らないけど、犬耳のドリィさんが言うと説得力あるな。
おれも、嫌がらせに鼻をスンスンしておくぜ。
「スンスン! スンスン! スンスンスンスン……!」
「お、お止めなさい! 止めて……」
「……さて、どうでしょうアントニア様、この場はお互い悪かったということで痛み分けにしませんか? そうですね、先におれの方が謝りましょう、ゴメンナサイ!」
「そ、そうですか――こちらこそすみま……ん? ――ふ、ふざけないでくださいっっ!!!! なぜわたくしがエチケット違反をあなた方に謝らなければならないのですかっ!!?」
「ドリィさん!」
おれは、ドリィさんの手を取り大迷宮の奥へと走り出す。
もうちょっとでうやむやにできるかと思ったけど、おれのトーク力では無理だった。やっぱり、アントニアさんがあきらめるまで逃げ続けるしかなさそう。
しかし、あっという間に回り込み行く手を塞ぐアントニアさん。
……ぐ、速い。
「この期に及んでわたくしをペテンにかけるとは、なんと邪悪な害虫でしょう!! 逃がすものですか!!」
――ゴイィィン!!!!
うぉおっ!!? アントニアさんの無造作な剣撃を受け止めたけど、なんて重い……!! 骨がきしむ。
【身体強化】の魔法を追加したけどぜんぜん足りない。つばぜり合いで、このまま押し潰されそうだ……!
「……ペ、ペテンだなんてそんな! ただおれ達は、ささっき逃げていったフライド君と違って、たまたま通りかかっただけでして……で、ですが、起こってしまった事故にはどんな謝罪だってしますしっ――な、なにとぞ寛大なご沙汰をですねぇ……!?」
「ふむ。確かに、あなた方に対しては、わたくしのスキル【大正義】が効果を発揮していない様子……それどころか、負荷になっているまである――」
「スキル【大正義】? それは……?」
「――だとしても、誇り高き勇者の末裔、わたくしアントニア・チンチコールを辱めた大罪は、その命をもってしても償えぬ悪なのですっ!! さあ時は来ました!! 聖剣『ボンバイエ』よ、わたくしに更なる加護を!! 効果【燃える闘魂】!! レディィ、ファイッッ!! ファイッッ!! ファイッッ!!」
――!!? うおぉ……!! 押し潰される……!!
アントニアさんのスキル【大正義】はよく解らないが、聖剣『ボンバイエ』の効果はさすがに察しが付いた。
要するに、単純明快な「身体強化」で間違いなさそう。ただし――、
「……も、もしかして【燃える闘魂】とは、時間経過とともに「身体強化」が上乗せされていく……みたいな?」
「ふふっ、知らないならお教えしましょう!! おっしゃる通り、パワー、スピード、体力、全てのステータスが、1分経過する毎に強化されていきます!! わたくしが、この聖剣『ボンバイエ』を抜いてから既に10分以上が経過しました。今のステータスは元々の五倍以上!! そして戦闘中、まだまだ上昇し続けます!! 圧倒的なステータスの前には、小手先の技術などまったく意味をなさないのです!!」
戦闘が長引くほどに強くなるってか……しかも上限がないとしたら、酷いチート効果だ。
負い目があるし攻撃するのは気が引けていたけど、これ以上アントニアさんが強化したら手に負えなくなる。……やるしかないか。
おれは、つばぜり合いの剣を引いてアントニアさんのバランスを崩した。
そのタイミングでスキル【遅滞】を発動!
周囲の時間がゆっくりと流れ始める。
脱糞シーンを見られた上にお気の毒だけど、手首に切れ込みをを入れさせてもらうよ! ごめんね、アントニアさん……!
――パッキン!!
「……え!? あれ?」
新品同様の、おれの『神殿騎士の剣』が折れた。
一方、アントニアさんの細い手首は無傷ですべすべ。
「もちろん、耐久力も既に鋼以上です!!」
アントニアさんの左手が、おれの剣を持った右手首をがっちり掴んだ。
……すごいパワーだ。い、痛い……振りほどけない!?
やばいこれ……、こんな所で命の危機だ。まじか……。
おれの右手首を締め上げたまま、アントニアさんがおれの胴体を横薙ぎにした。
――ゲイィィン!!
うぐぇっ……! おれは『竜鱗の具足』の効果【ドラゴンスキン】を発動、青色のエネルギー障壁で一撃は防いだが……そう何度も保ちそうにない。てか、痛い。
「だ、旦那っ!!」
「おや、なかなかいい鎧を装備しているようですね!? ですが、次の【燃える闘魂】に耐えられるでしょうか!? ――さあ、ファイッッ!! ファイッッ!! ファイッッ!!」
「がはっ……ド、ドリィさん……頼む……」
おれはスキル【共感覚】で、ドリィさんの脳内に直接作戦を伝えた。
この手は使いたくなかったが、こうなってしまっては仕方がない。
おれの右手を掴んだまま、アントニアさんは聖剣『ボンバイエ』を構え直した。
どうやら、また次の1分が経過したらしい。
「さて、時は来ました、覚悟はいいですね!? 大正義を執行しひぎぃぃぃい!!!!」
おれの肛門にドリィさんの指が深々と突き刺さる!
その感覚を、スキル【共感覚】でアントニアさんに伝えた!
ひぎぃぃぃい! となっている隙を付いて、おれは空いている左手で彼女の服の袖を掴んだ。――スキル【劣化】発動!
アントニアさんの身に付けている服が一気に数百年経年劣化し、軽く引っ張っただけでボロボロになって崩れて落ちた。……おっぱい。
「……え!? ひ、ひゃぁぁぁ~~~!!!!」
パンツ一丁になったアントニアさんが、はしたない悲鳴を上げてしゃがみ込む。
身体を隠そうと、掴んでいたおれの右手も解放してくれた。
「……ドリィさん、もういいよ?」
「――!?」
一生懸命おれの肛門をほじっていたドリィさんに声をかける。
さっき伝えた作戦では「肛門に指を突っ込んでくれ」としか言ってなかったので、加減が判らないのも致し方ない。
「こ、これはどういうことですか!? あなたの仕業なのですか!? 邪悪な害虫め、絶対に……絶対に許しません!!」
「あ、お嬢さん、余計な事かもしんねぇけんど……パンツにウンコの染み付いてんで?」
「あ、ホントだ」
「……!!? み、見ないでください!! ……か、かくなる上は――」
アントニアさんが、おっぱいを隠すことも止めて、すっくと立ち上がった。
……おっと、これはいけない。どうやら、覚悟完了してしまったらしい。
彼女のあの目は、おれ達二人を殺してすべてを無かったことにすると言っている。
でも、本当にそれで無かったことになると?
いつの間にか、大迷宮9階層の通路は、行き交う大勢の冒険者で溢れていた。
「え!? ええっ!!? い、いつの間に……!!?」
「あ~、こんな所に痴女がいる~!! あれれ~、なんかチンチコール家のお嬢様に似てな~い!!?」
と、おれが叫ぶと――、
「……!!? ち、違います!! 人違いです!! 人違いです~~~!!!!」
と、アントニアさんは、顔だけを隠して大迷宮の奥へと走り去っていった。
……ふう、なんとか生き延びた。
アントニアさんの姿が見えなくなってから、おれは通路に残った冒険者達を消した。
彼等は、おれのスキル【空間記憶再生】で再生した過去の立体映像だったというわけだ。
「なんかちょっとかわいそうだで」
ドリィさんは優しいね。
でも、アントニアさんのあの過激な性格はなんとかしないと、きっといつか酷い目にあってしまうに違いないって、おれなんか思うんだよね。
それはともかく、このまま先に進んでアントニアさんやフライド君に出くわしても厄介よな。
「帰ろっか」
「だでな」




