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368 『ワケありドッペルゲンガー②』

 聖女アイダ様に「金貸しベネットさん殺人事件」の現場検証に付き合わされて、解放されたのはお昼近くになってからだった。

 昼食を誘われたが、なんだかんだ理由を付けて丁重にお断りした。

 なんだかんだとは、「勇者選考会」に向けて一刻も早く大迷宮で修行したいとか、だいたいそんな感じだ。

 まあ本当の理由は、おれが「ヤマギワ」であって「ヤマダ」ではないからなのだが――。ちなみに、「勇者選考会」に出場するつもりはまったくない。





 おれとドリィさんは、大迷宮入口への坂道を下る。

 早朝ほどではないが、こんな時間でも結構混雑している。さすがは「王都の大迷宮」。

 


「しっかし、びっぐりしたでー」


「だよね。まさか、あのベネットさんが殺されるなんて……やっぱり、『金貸し』って人から恨まれたりするのかな」



「そうじゃなぐって、旦那、聖女様達とすごい親しそうだったで。やっぱり旦那って、スゴイ名のある冒険者でないのけ?」


「……親しそうだったっけ? 親しそうだったかな……まあ、なんて言うか、従兄弟いとこの友人とその上司みたいな? 顔見知りってだけでほぼ他人だよ」


 ちょっと切ないが、あの人達は「ヤマダの物語」の登場人物なのだ。

 コピーのおれが、好感度に関わるようなイベントに首を突っ込むのはマズいだろ? 昔のラブコメじゃないんだから。



 大迷宮に入って少し歩き、混雑がばらけてきた頃合いを見計らって脇道に入る。


 ――スキル【飛翔ひしょう】! おれは、人目を避けて「光の羽根」を広げた。

 ドリィさんを背中から抱っこし、大迷宮の高い天井ギリギリまで舞い上がる。

 

 昨日8階層、9階層でさんざんスケルトンを狩りまくったから、今日は10階層まで一気に飛ぼうか? この時間からだと、1時間ぐらい狩ってまたすぐ引き返す感じだけどね。





 昨日に比べて、雑談できる程度に、抱っこでの【飛翔】に慣れた様子のドリィさん。

 それでも、急カーブとか加速や減速のときには「あひぃ」とか「ほえぇ」とか切羽詰せっぱつまった声を上げるので、おれも多少気を遣って飛ぶことを心がける。



「そういえば旦那の名前、本当は『ヤマダ』っていうのけ?」


「……ち、違うよ? アレはあだ名みたいなもんで、本当は『ヤマ・D・ギワ』っていうんだけど、ミドルネームの『D』には誰も知らない世界の秘密があったりなかったり? ……と、とにかく『ヤマギワ』が正式名称だから、今後とも『ヤマギワ』でよろしく!」



「そうなのけ!?」


「そうなんだ。秘密だぜ?」


 我ながら苦しい言い訳。こんなことなら、始めから「ヤマダ」って名乗っとけばよかった。しかし、今更やり直すのも、それはそれで苦しい。

 おれは「ヤマギワ」として、ウソで塗り固められた「イヌっ子少女育成ルート」を突き進む決意だ。


 決意も新たに気合いを入れたら、腹が「ぐぅ~」と鳴った。

 ……もうお昼だね。きっと、抱っこしてるドリィさんにもよく聞こえたことだろう。



「ぐぅ~といえばさ旦那、聖女様からせっかくのランチのお誘い、断ってよかったのけ?」


「いいさ別に、おれ等にはサンドイッチがあるし?」


 今日のお弁当のサンドイッチはドリィさん作だ。

 おれ、そういうところ気が遣える程度には紳士なのだ。

 

 解りやすく尻尾フリフリ、嬉しそうなドリィさん。



「旦那、オイラの名前の『ドリィ』も愛称だで? 正式には『オードリィ』っての。別に秘密じゃないけど、なんか恥ずかしいからこれからも『ドリィ』って呼んでね?」

  

「え、あ、うん……?」





 ドリィさんに気を遣ったり、出発時間が遅れて急いでいたりしたせいもあって、その日のおれは少し注意力散漫(さんまん)になっていたと言えなくもない。

 

 とかくそんな時に事故は起こりやすいもの。

 9階層を飛んでいる時だった。

 前方不注意。おれは、通路の端で休憩しているパーティの頭上を何気なく通過してしまった。


 トラブルの元なので、いつもだったら絶対避けて飛んでいたと思うのだけど、気がついた時には避けきれず……。


 間の悪いことに、鎧の女騎士四人が広げた目隠し布の囲いの中で、身分の高そうな金髪縦ロールの女性がしゃがんで用を足している真っ最中だった。……要するに、ウンコしている所を真上から覗いてしまった格好。


 通過する時に、驚愕きょうがくの表情を浮かべたその金髪縦ロールさんとバッチリ目が合ってしまった。


 

「……え!? ひ、ひゃぁぁぁ~~~!!!!」


 金髪縦ロールさんのはしたない悲鳴が大迷宮9階層の通路に響く。


 おれは、「着地して誠心誠意謝ろう」と思って減速したのだが……。 



「だ、旦那、マズいで……!」


 ドリィさんの声に振り向くと、金髪縦ロールを振り乱した彼女が剣を抜いて追いかけてきていた、護衛の女騎士もできたてのウンコもその場に残して。



「待ちなさいっ、邪悪な害虫めっっ!! 待つのです!! 下りてきなさいっっ!!」


 その迫力に恐怖し、おれは再び加速した。

 ……だめだ、殺意がすごい。謝って済む感じじゃなさそうだ。


 ――スキル【危機感知】反応! 魔法攻撃が来る。

 飛んで逃げるおれとドリィさんを【火球】の魔法が追い越していった。



「……あぶねー」

「――あっぶな~」


 ――ん? 今の声は、ドリィさん? オナモミ妖精?

 おれの声にハモった声は、誰の声だ?



「……!?」


「キミらのせいで俺まで見つかっちゃったよ、困るな~」

  

 大迷宮の天井ギリギリを飛ぶおれ。

 そのすぐ横に、天井を併走する逆さまの男がいた。


 ……彼には見覚えがある。暗殺されたグランギニョル侯爵の馬車に乗っていた使用人風の青年、確かフライド君だっけ? タイコ担当の。



「……そんな所で何を?」


「もしかして、のぞいてたのけ!?」


「ははっ、まいったな~」


 覗いてたのか……。

 性欲を持て余すお年頃ってか? しかし相手が悪そうだぞ、フライド君?


 金髪縦ロールさんの魔法【火球】が繰り返し大迷宮の天井で弾ける。

 スキル【認識阻害】のあるおれはそうそう当たらないはずだが、フライド君の方はそうもいかないだろう。


 ……いや、そう思ったんだけど、天井を逆さまのままぴょんぴょん避けて結構余裕ありそうだな? やっぱり彼、ただのタイコ持ちじゃなさそう。





「はぁはぁ……待ちなさいっ!! せ、正義の裁きを受けるのですっっ!! はぁはぁ……」


 それにしても、しつこいな金髪縦ロールさん。

 もう随分飛んだのに、まだ追いかけて来るのか?

 悔しいのは解るけど、すごい執念しゅうねんと体力だ。



「……てか、そもそもなんであんなところでウンコしてたんだろ? 金髪縦ロールのくせに。トイレまで我慢できないほど緊急だったんかな?」


「あ、もしかしてトイレの穴にゴブリンがいたんでね?」


 あーなるほど、そういえば昨日そんなことあったね。

 でも、彼女は魔法【火球】が使えるようだし、ゴブリンが数体いたところでどうとでもなるんじゃね?



「ははっ! 鋭いね、犬耳のキミ~。苦労して、各階層のトイレにゴブリンを仕込んだんだよね~」


「ええっ!? 君の仕業しわざだったのあれ? てか、各階層に?」


「な、なにしてくれてるだ!?」



「魔法でゴブリンは倒せたとしても、その死体の上にまたがってウンコする気にはなれないという乙女の心理を突いた作戦だったんだけどね~ははっ!」


「……!?」

「……!?」


 ……つ、つまりどういうことだ? 各階層のトイレにゴブリンを仕込み、女冒険者が野グソするのを天井に張り付いて待っていたと?


 ……なんのために?

 ……決まってる、その光景を覗くためだろう。



「どんな気取った女でもさ~、出すモノを出す穴があるんだよ! ははっ、それはとっても心躍る素敵なことさ~! 美人がいたら誰だって想像するだろう、どんな風に脱糞だっぷんするのかって?」   


「――!!」

「――!!」



「でも今回の作戦、天井から見るのは失敗だったよ、ははっ! やっぱり脱糞シーンは下から見るに限るよね~?」


 ――って、知らんがな!

 脱糞マニアとは、フライド君……若いのに、また厄介な性癖をわずらってんね。





「はぁはぁ……待ちなさぃい!! はぁはぁ……待つのですぅ!! 正義……正義の……はぁはぁ……」


 はぁはぁ息を切らせながらも、【飛翔】するおれのスピードに付いてくる金髪縦ロールさん。

 うーん、ただ気の強いお嬢様ってだけではなさそうだ。



「彼女はチンチコール侯爵家令嬢、アントニア・チンチコール様ですね~、一族の男達を差し置いて聖剣『ボンバイエ』を継承した美しき女傑じょけつですよ~ああ、下から見たかった!」


 そう言うフライド君も、息も切らさず天井を走っているのだから、彼女以上にタダ者じゃないだろう……性癖もアレだし。



 さて、この追いかけっこ……一体いつまで続くんだ? 

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