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365 『ひきこもり勇者の建国日誌②』

誤字報告、ありがとうございます。

 かつての城塞都市キタカルの東、海岸沿いのちかけたその砦に住みついた男達が居る。

 異世界から来た彼等を、人は『勇者』と呼んだ。


 彼等は人前には滅多に姿を現さず、昼間は格子付きの窓を閉ざし、夜はいつまでも明かりを灯し続けた。


 カリカリカリカリ……。

 カリカリカリカリ……。



 12月の末、その夜も――。


 カリカリカリカリ……。

 カリカリカリカリ……。

 カリカリカリカリ……。



「……アマミヤ、ベタ終わったよ……」


「ありがと。ちょっと待ってて、もうすぐこのページあがるから」


 『人形の勇者』イノハラと『本の勇者』アマミヤは、机に向かい創作活動にいそしんでいた。

 アマミヤの描く「薄い本」と呼ばれるエロ漫画は、異世界の好事家に高く評価され、寄るない二人の大きな収入源の一つとなっている。



「……アマミヤさ、何を急にやる気出してんの? コレって、大司教ユーシーもの……だろ? ま、またネムジア教会に禁書にされるんじゃない? ……”くそプリ”の時みたいに」


「まーね、タイトルは『ゆきずりユーシー!』。こないだヤマダさんにしてやられたからさ、ちょっとした仕返しにね」



「……お、恐ろしい男だな、キミは。……だけどいいの? 『白百合しらゆりの騎士』さんから、また長文のお手紙来てたけど」


「どうせまた、英雄ナタリア✕聖女アイダで百合ゆりものを描いてくれって話でしょ? しつこいなぁ『白百合の騎士』、いったいどんな変態紳士なんだろ? まあネタとしては悪くないけど、今はユーシーかな? この前の決闘の一件もあって、今はユーシーが熱いと思うんだよね」





「……お手紙っていえばさ、どうする? ……アレ」


「公募による『勇者選考会』だっけ? 面倒だけど出ざるを得ないさ。活動資金二千万Gもでかいけど、『勇者』の肩書きは何かにつけてつぶしがきくからね」



「キ、キミはいいよな……スキル【借用しゃくよう】で、いくらでもチートが積める」


「イノハラだって、どうせ骸骨がいこつ仮面で身代わりを立てるんだろ?」



「……今回ばかりは身代わりって言ってもな……ゴトウでも他の『勇者』と当たったらキツイだろうし……。さ、最悪僕は棄権きけんを考えてるよ……」


「冒険者を雇うって手もあるけど、強いヤツはそれなりのお値段するよなー」





「アマミヤ殿、”背景”あがったのである」


 少し離れた机で作業していた初老の男が声を上げた。



「ああ、ありがとうイグナス君。まさか殿下にこんな絵心があったなんてね、助かるよ」


「なぁに、アマミヤ先生の作品に参加できるなど吾輩、光栄こうえいいたり!」


 第二王子の反乱で命を落とした彼、第一王子イグナスは、『人形の勇者』イノハラのスキル【死体操作】で動く死体『屍人しびと』と化していた。

 本当はなにかしら政治的な駆け引きに使えるのではないかと期待された第一王子だったが、今のところそんな出番はなく、王宮でつちかった絵画技術を見込まれ、もっぱら「薄い本」の作画アシスタントとして背景やモブキャラを担当させられている。



「……アマミヤも少し休まないか? メイドさんにお茶頼むけど、飲む?」


「いいね、そうしよう。イグナス君も飲むだろ、お茶?」


「紅茶なら、吾輩、マーマレードをたっぷり所望しょもうするのである」


 イノハラもアマミヤも日本語で話し、イグナスも当然のように日本語で応じた。

 この国の王族や上級貴族の中には、なぜか教養として日本語を身に付けている者がいる。


 贅沢ぜいたく言いやがって……とか、ぶつぶつ言いながら席を立つイノハラ。





 やがて、短すぎるスカートと胸元の大きく開いたコスチュームを身に付けた肉感的なメイドが、三人分の紅茶と瓶詰めのマーマレード、茶菓子を運んでやって来る。



『お待たせしました……ご主人様』



「へー、イノハラにしては珍しい趣味じゃん、キミってロリコンだったろ?」


「べ、別にナタリアちゃんはロリじゃないから。……そのメイドさんは近所の海岸で拾ったんだ」



「拾った!? そんな、カニやヒトデじゃあるまいし」


「……ほ、ほら最近、早朝の砂浜とか散歩するようにしてただ、ろ? 健康とかのために、さ? その時、海藻まみれの彼女が波打ち際に転がってるのをたまたま見つけたんだよね。女子が落ちてたらさ……ふ、普通拾うだろ?」


 ただしイノハラの散歩は、スキル【寄生きせい】で眷属けんぞくの『屍人』に乗り移り遠隔操作するスタイルなので、健康とかがどうこうなるのかアマミヤ的に疑問なのだが、ツッコミは控える。



「うーん、まあ、とりあえず美人かブスかは確認するだろうけど、なんか『屍人』にしては血色よくね? まるで生きてるみたいじゃん」


「……生きてる、よ? ……な、なんでも記憶喪失らしい」



「ええっ!? ないないない、そんなわけないじゃん!? キミが生きてる女の子を拾ったりするわけないじゃん!? ましてや、記憶喪失なんてあからさまに怪しい!」


 極度の人見知りで人里離れた場所に隠れ住んでいるイノハラが、眷属の『屍人』意外をそばに置くなど、同じ日本人のアマミヤ以外にはかつてなかったことである。



「おいおい……た、確かに僕は引きこもりだけど、人でなしではないぜ? ……でもまあ、見なかったことにしようか? と思わなかったか……というとそうでもない」


「……だよね」



「実は……、その時一緒に散歩してたイグナス殿下がさ、か、彼女のことを知ってるって……お城の近衛師団このえしだんに居たコだってさ」


「近衛師団って、あの王族とか偉い人の身辺警護するアレか? じゃあこのメイドさん、これで結構強いんだ?」


 アマミヤが興味深げに見上げると、手持ち無沙汰に立ち尽くしたメイドは、なぜか気まずそうに目を逸らす。



「……そう思って、うちの鑑定オバチャンに【鑑定】させてみたんだけどさ、……レベル1だった」


「レベル1で……記憶喪失? ――あっ、察し……」


 経験値と記憶を奪う【エナジードレイン】というスキルがある。メイドの症状は、そのスキルを行使されたことによるものに違いないとアマミヤは察した。

 なお、鑑定オバチャンとは、イノハラが眷属としている【鑑定】スキル持ちの【屍人】である。



「……それでも元は槍の達人らしいからね、魔法なしならレベル40の僕より強い……かも? い、生きてればレベルもまた上がるしね」


「キミより強いのかい!? そんな子を【屍人】にもせず雇うなんて、イノハラにしては大胆……つーか、不用心じゃん?」



「ああ……いや、『スキルの欠片かけら』使わせてもらった、【隷属れいぞく】のやつ。……薬だって言ったら簡単に飲んでくれて、ちょっと良心が痛んだよ」


「ええっ!? 使ったんだアレ。イノハラにしては思い切ったね? じゃあもしかして、童貞卒業したのかい?」



「そ、それはちょっと、違うだろ? ……な、なんていうか、ほら……な? 僕はそういうんじゃないし……あくまでも、僕に危害を加えないこととか命令に従うってことが重要なのであって……そ、それはなんか違うだろ?」


 やっぱりロリコンか……と、なま温かい目でイノハラを見るアマミヤだったが、そんなことよりも今は【隷属】状態の肉感的なメイドに興味芯々だった。


 試しに命令してみていいかい? と、イノハラに尋ねるアマミヤ。

 

 日本語は通じていないが、メイドは露骨な視線と不穏な空気を察知しやにわに慌て出す。



『……ご主人様、下がってよろしいか?』



『とりあえず、おっぱい見せてよ?』


『――!? ご主人様、下がっても?』



『……アマミヤの言うとおりにして、……ミズキさん』


『うぐっ……』


 イノハラが片言の異世界語で命令すると、メイドのミズキはとても嫌そうに顔をしかめつつも、胸元を開いてその豊満な乳房をぼろんぼろんと放り出した。



 ぼろん……『ナイスおっぱい!』

 ぼろん……『ナイスおっぱいである!』


 ……と片乳房ごとそれぞれ声を掛けるアマミヤとイグナス。

 ミズキは屈辱にふるえ目を伏せた。



「さっすが違法スキル! 効果てきめんじゃん?」


『……ご、ご主人様よ、もうしまってもよいだろうか?』


 早いところこの趣味の悪い余興を終わらせたいミズキだったが、イノハラは他の二人ほど異世界語が得意ではなかった。

 その隙をつく形で、イグナスがスッと手を挙げて発言を求める。



「吾輩、どちらかというと尻派でしてな」


『じゃあ次はパンツ脱いどこうか?』


『――!! ご、ご主人!!』



『……え、あーっと、アマミヤの言うとおりに、ミズキさん』


『……ぐひぃんん!!』


 悲鳴とも嗚咽おえつともつかない声がミズキの喉からもれた。







 始めに異変に気がついたのはミズキだった。

 ちょうどパンツを脱ぎ終わった時のこと。

 外の様子がおかしいと、窓から暗闇に目をこらす。



『武装した集団がこの砦を囲んでいるぞ、どうする!? 敵意があると見て間違いな――』


 ――ズゴゴゴーーーン!!!!

 ミズキの言葉を爆音がかき消し、激しい振動が砦を大きく揺らした。

 崩れた天井の破片がパラパラと室内に降り注ぐ。



「や、やばいよ!! 逃げよう!! 逃げよう!! 逃げよう!! 早く逃げようよーーー!!!!!」


 パニックになったイノハラがいつもより滑舌かつぜつよく「逃げよう!!」と繰り返し、アマミヤに取りすがる。

 連結式の槍を組み立てて「戦うか?」と勇ましいミズキだが、短いスカートの下はノーパンである。


 仕方なくアマミヤは、その場に居るイノハラ、ミズキ、イグナスを連れてスキル【空間転移】で跳んだ。



 一瞬で砦の一室から、砦のある海岸を一望できる丘に転移した四人。

 結果的に、その判断は間違っていなかった。


 四人が見たのは、夜空から星の雨が砦に降り注ぐ光景だった。

 炎と土砂が天高く立ち上がり、遅れて爆音と衝撃波が数㎞離れた丘の上にも届く。



「……な、なんなんだよ!!? どうしてだよ!!? ねえ、アマミヤ!!?」


「落ち着けよイノハラ。しかし、あの場に居たらひとたまりもなかったな」

 

 そう言うアマミヤも冷や汗と震えが止まらなかった。

 大勢の人間に命を狙われることなど、二人にとって初めての経験だった。

 そんなことが起こらないように、こんなへんぴな場所で隠れて暮らしてきたのだから。

 

 

「あれは確か上級魔法【流星】。あの魔法を使えるのは吾輩の知る限り二人だけ。……一人はパラディン№2エレジィ・レイモン』


 既に一度死んでいるせいか、落ち着いた様子の第一王子イグナスが語る。



「ネムジア教会が僕達を……?」


「だ、だから言ったじゃん!! 大司教とか聖女とかネタにしたらマズいってさ!!」


 イグナスが続ける。



『――しかし上位パラディンは聖地ネムノスから滅多に動かない。だとすればもう一人、大魔導キララ・アーケービィ……ギルドのS級冒険者であったか』


「冒険者ギルド!? ……なるほどね、『勇者選考会』か」


「……どういうことさ? 選考会は年明け、だろ?」



「多分、今回の『勇者選考会』で冒険者ギルドは組織を挙げて『勇者』の座を狙ってきてる。有力候補者を先に潰しておこうってハラじゃないかな? 例えば、現役『勇者』の僕達とかね」


「……冒険者ギルドか、ち、ちくしょう……イグナス殿下、S級冒険者って何人ぐらい居るんです?」


「吾輩の記憶では、確か四人……いや五人であったか――」


 イグナスは続けてS級冒険者の名を言い連ねていく。

 ――大魔導キララ・アーケービィ

 ――忍者マスター・サトル。

 ――キマリ傭兵団団長ガンバル・ギルギルガン。

 ――竜騎士ビュート・サラマンドラ。

 

 そして最後に、英雄ナタリアの名をあげた。





『ご主人様よ、戦うのか?』


 と勇ましいミズキだが、レベルは1である。

 短いスカートが夜風にはためく。脱いだパンツは瓦礫の下、回収は不可能だろう。

 ナイスヒップ! と、イグナスが小さな声でつぶやく。


 

「……どうする? ゴトウをけしかけるかい?」


「止めとこう、これで僕らが死んだと思ってくれたら何かと動きやすいじゃん?」



「……そうか、そうだね。でも、腹立つな……無理矢理外出させられるなんて。く、屈辱だよ」


 イノハラは、【空間収納】から取り出した「骸骨の仮面」で顔を隠した。

 およそ四年ぶりの空の下はやけに寒々しく、黒いマントの両端をキツく重ね合わせる。


 

「それは僕も同じ、せっかくの原稿が台無しだ。『ゆきずりユーシー!』は傑作になりそうな予感がしてたのにな」


 アマミヤも、失われた住処すみかと「薄い本」の原稿を思い、顔に苦渋の色を浮かべた。

 原稿に深く関わっていたイグナスも、沈痛な面持ちでうなずく。





『――あああっ!! ご、ご主人様よ、下着を……パンツを貸してもらえないだろうか? 私は、あれ一枚しか持っていなかったのだ』


 今更履いていないことに気がつき、慌て出すミズキ。



「……え? パンツ? パンツがどうかしたミズキさん……?」


『ミズキ殿、こんな時にワガママを言って、ご主人様をわずらわせるでない。しばらく我慢するがよかろう』


『――!!?』

 

 愕然がくぜんとするミズキ――自分はワガママなのだろうか? と、自問自答を繰り返す。


 

「さて、ミズキさんのパンツはともかく、こんな所に長居は無用、寒いしさっさと行こうか? すったもんだで忘年会は流れたけど、年明け早々『王都』で新年会も有りかもねー? こんな時のための『勇者互助会』じゃん?」


 12月の末、流れ星の降った夜のこと、海岸沿いの砦に住みついていた男達は一夜にして砦ごと姿を消し、二度と戻らなかった。

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