363 『ヒロイン達の事情~七番目のクリスティア~』
ヤマギワがあっさり店から去り、ベネットは拍子抜けした。報復らしい報復も賠償金の請求さえ無かった、命を狙われたというのに。
それどころか他人の借金まで肩代わりしていくとは……どこまでお人好しなのかと思わずにはいられない。
まるで十代の少年でもだまくらかしたような後味の悪さが、金貸しベネットの良心を苛む。
「やれやれ……始めからこんなことに関わるべきじゃなかった。とはいえ、私もこの店を守らなければならない……」
借金は利息も含めて完済されたというのに、ベネットのスキル【損得勘定】は相変わらず警告を発し続けていた、”旨くない”と。
カウンターに積み上がった十万G硬貨の山と、床に散らばったポイズンスパイダーの死骸の片付けを従業員に命じ、ベネットが店の奥へと戻ろうとしたその時、今夜二人目の招かざる客の来訪があった。
「夜分に失礼、お邪魔しますよ? ……おっと、こりゃあお取り込み中でしたかい?」
「こ、これはアンバーさん……いえ、少しマナーの悪いお客様にお帰り願っただけでして」
店内の惨状に顔を引きつらせるアンバー。”ディープスパイダーの魔石”を右胸に埋め込んだ彼から見て、ポイズンスパイダーの死骸の散らばった店内はさぞかし胸が悪い光景だろうと思い至り、ベネットは大いに慌てた。
「なにかトラブルですかねぇ?」
「いえ、アンバーさんの手を煩わせるようなことではありませんので、お構いなく」
ならいいんですがねぇ――と前置き、アンバーは本題に入る。
「実は、うちの者が八名ほど大迷宮から戻ってませんで。テッドのヤツによれば、ベネットさんから個人的な依頼を受けてたって聞いたもんですから、なんか知りませんかねぇ?」
「……確かにそんな話をしたことはしたのですがね、あいにく今夜その案件が片付いてしまったものですから、誠に心苦しいのですがその話は無かったことにしたいと思っていたところだったのですよ。……それにしても、大迷宮から戻らないその方達のことは心配ですね? いったい何日前から戻らないのですか?」
アンバーの仲間達八名を高額な報酬で雇い大迷宮でヤマギワ達を襲撃したベネットだったが、そんな事実はなかったと、とっさにしらを切ることにした。
「いえ、そういうのはいらねぇんで、ベネットさん。確かに大の大人が一日二日戻らないからって騒ぎ立てるようなことじゃないんですけどねぇ? 今朝、あんたと一緒にヤツらが大迷宮に入るところはうちのテッドが見送ってるのに、あんただけはここに戻って来てるって話なんで」
「……」
「――ついでに言わせてもらいますと、大迷宮9階層でヤツら八名全員の死体も見つかってましてねぇ?」
「……そういう事情であれば致し方ない、アンバーさんを騙すつもりはなかったのですが謝罪します。……しかし、私ども商会としても事情があって御前様を通さず、彼等八名と個人的な契約を交わしたのです。彼等が引き受けた仕事のさなかで力及ばず命を落としたとしても、それは自己責任であると考えるのですがどうですかな?」
「まあ確かに、ヤツらを冒険者や傭兵として扱うなら、そういう理屈も成り立つんですかねぇ?」
「身内のルールを私に言われましても……彼等は一言も言いませんでしたが? アルバイトは禁止されているとかそういうことは――な、なにを!?」
ベネットは、いつの間にか身体を拘束されていることに気がついた。
クモ男アンバーの”クモの糸”に手足が絡め取られている。
「それが奇妙なことに、ヤツらを殺したのは襲撃した相手じゃなくて、ベネットさんが飼ってる魔物だって言ってる人がいましてねぇ? ”死人に口なし”とはいかなかったようで」
そう言って剣を抜くアンバー。
彼の来訪が始めから報復目的であったことを知り、ベネットも覚悟を決めた。
『動くなアンバー!』
「――!?」
命令に抗えず、身体を硬直させるアンバー。
ベネットの【虫使い】は、虫系の魔物を操るスキルである。一か八かだったが、クモ人間であるアンバーにも効果があった。
続けて、アンバーに命じるベネット。
『私の拘束を解き、武器を捨てなさい!』
「…………」
アンバーの八つの目が悔しそうに睨みつけるが、命令には逆らえない。
自由になったベネットは、スキル【虫かご】で異空間からクモの魔物ディープスパイダーを呼び出す。実は、ベネットの【虫かご】に残った最後の一匹であった。
「やれやれ……本当に始めから関わるべきじゃありせんでした。まさか、たった一人に八人がかりで手も足もでないとは――。とっておきだったアラクネーやサンドワームまで失うことになり、我が商会は大損です」
「……!? アラクネーを、あの小男がぁ?」
「なぜか、S級冒険者ガンバル・ギルギルガンが居合わせまして。そうでなければ、私とてあんな無茶はしなかった。まったく……不幸な事故だったのです」
「俺達に……いやぁ、御前様にたてついてどうなるか判ってるんでぇ?」
「はて? 今夜、アンバーさんは私の所に訪ねてこなかった――ということでいかがでしょう?」
――食え、骨も残さず! と、ディープスパイダーをけしかけるベネット。
腹を減らしたディープスパイダーが、主人の許しを得て動けないアンバーへとむさぼりつく。
――ギリィィン!!
いつの間にか、アンバーの隣に細長い――白蛇のような女が立っていた。
彼女の振るった剣が、ディープスパイダーの牙を弾き返す。
「スキル【虫使い】でしゅか、アンバーしゃんの天敵でしゅね?」
真っ白いマントに腰まである長い黒髪、身体の凹凸はささやかだが美人と言えなくもない。
「あなたは……セブンス、クリスティア……なぜあなたが……!?」
「御前しゃまは、お怒りでしゅよ?」
ベネットはクリスティアを知っていた――、その強さも。
彼のスキル【損得勘定】が、”戦うのは大損”とけたたましく警告している。
『アンバー、私を守れ!』
クリスティアの足止めをアンバーに命じて、ベネットはディープスパイダーの背にまたがる。
ぎこちなく対峙した二人の横をすり抜け、人通りもまばらな表通りへと飛び出した。
クモの糸を操り、ベネットを乗せたディープスパイダーは屋根から屋根へと飛び移る。
小太りでそれほど動けるタイプでないベネットが大迷宮9階層を一日で往復できたのは、この移動方法によるものだ。
王都の西門を出て、大迷宮を囲む大壁まで一気に疾走した。
逃げ切った! とベネットが思った矢先――、目の前にクリスティアが立っていた。
彼女がニタリと笑うと、前歯が無いのが判った。
「しゅキル【音速】、十年前に亡くなった勇者しゃまのしゅキルでしゅ」
首が胴体を離れて意識が途絶えるまでの数瞬、ベネットはクリスティアのそんなつぶやきを最後に聞いた。
「……どうも、ご面倒をおかけしまして」
スキル【虫使い】の呪縛から解放されたアンバーが肩を落とす。
相性が悪かったとはいえ、商人に手玉に取られたことは荒事の世界で生きる彼にとって屈辱だった――、それをクリスティアに見られたことも。
「ちょうどこっちに用がありましたので、ついででしゅ。それに――」
「……?」
「――彼のしゅキル【虫使い】には前々から目を付けていたんでしゅよ……いえ、別にあなたをどうこうしゅる気はありませんので、しょんな顔しないでくだしゃいよ?」
「……! いえ、そんなつもりじゃ……」
「しゃて、わたしゅは次の仕事に行きましゅね? 確か『ハニー・ハート・メしゅイヌ王都本店』と言っていましたか……」
「えっ、なにしに? つぅかその店は貴方が行くようなとこじゃ……」
「大恩ある御前しゃまの命ならば、わたしゅはどんな仕事も厭いましぇん」
「マジですかぃ……」
アンバーは密かに、この細長い蛇のような醜女に惚れていた。
***
ガハハハハ! と賑やかな声をルルは部屋の外に聞いた。
常連の大男、S級冒険者ガンバルが来店したのだろう。
ルルはまだ呼ばれたことはなかったが、なんでも一夜に八人とか十人の女を相手にする怪物と聞いている。
持っているスキルの味も気になるが、その怪物っぷりも『淫魔』を名乗るルルとしては非常に興味をそそられた。もっとも、ステータス上彼女の種族は『虫女』ではあるのだが。
ここは『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』、王都で一、二を争う高級娼館である。
この時間、ルルはぽっかり空いた時間を持て余していた。
本当ならば今頃、金貸しベネットに得意の『大奥ひとり大回転だいじょぶだぁコース』をお見舞いしているはずだったが、どうやら今夜はすっぽかされてしまったらしい。
もうしばらく待っても来なければ、久しぶりにショーウィンドウに出て客引きでもしようかと思い始めた頃、店員から指名が入ったと声がかかった。
ルルの部屋に現れたのは、ベネットではなく見知らぬ女性だった。
女性の相手をすることはめったにないが、全く無いわけでも無い。
いつものように正座をして頭をたれ、ルルは客を迎えた。
「いらしゃいませ~、ルルで~す!」
『突然でしゅが、動かないでくだしゃい? わたしゅと一緒に来てもらいましゅ』
白いマントの細長い蛇のような女性客、クリスティアが命じた。
手に入れたばかりのスキル【虫使い】が、虫女ルルの身体を構成する全ての虫を硬直させる。
「……お、お客様、連れ出し出張は別料金ですよ~?」
『仕方ないでしゅね……ツケておいてくだしゃい、あて名はパラディン№7クリスティア・ハイポメしゃスで』
その夜、ルルは娼館から姿を消した。




