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362 『ヒロイン達の事情~サオトメ家の醜聞~』

 ――おにぃさま~! まってまって~、おにぃさま~っ!

 フリージアは兄が大好き、いつも後ろをついて回った。


 ――ほら、はしれはしれ~! もっとはやく! もっとはやく~っ! うふふふ~っ!

 四つんいになった兄の背にまたがって、乗馬ごっこ。ご機嫌フリージア。


 ――おにぃさま、あ~んして~! あ~ん!

 おやつのようかんを兄の口にねじ込む、お姉さん気取りフリージア。


 ――おにぃさま、ジアも大きくなったらおちんちんはえてくるかな~?

 時には、お風呂で兄と自分のを比べてみたりするフリージア。


 ――おやすみなさい、おにぃさま~、ちゅ!

 おやすみのキス。兄のベッドに潜り込むフリージア。

 

 幼い日のフリージアは兄クランドが大好きだった。大人になったら兄と結婚するのだと本気で信じていた。

 十歳上のクランドも妹のフリージアを溺愛した。相思相愛仲の良い兄妹、そんな二人を周囲の誰もが微笑ましく見守った。





 しかし幸せな時は流れ、何時の頃からか、フリージアとクランドの愛は微妙にずれていく。


 フリージア八歳の時、クランドは遊びに来ていたボンアトレー伯爵家子息七歳の目を指でえぐった。理由は妹を見る目がいやらしかったからというのもの。

 幸いにして子息の失明は免れたが、親同士で密かに進められていたフリージアとの婚約話は立ち消えになった。



 フリージア十二歳の時、王都の学院への留学が決まる。

 なぜ留学しなければならない!? 屋敷から通える「ミース魔導学院」でよいではないか!! と、猛然と抗議するクランドであったが、両親としては仲の良すぎる兄妹に少し距離をおかせたい意図もあった。

 フリージアの王都出発と時を同じくして姿を消したクランド――だったが、王都の学院で二人は同級生として再会する。


 フリージア十六歳まで、学院で彼女に言い寄る男達は、身分や年齢に関係なく、あらゆる手段でことごとくクランドに排除された。

 卒業までに死者が出なかったことは、紙一重の偶然に過ぎない。



 フリージア十七歳の時、いつものように一緒に風呂に入ろうとしたクランドをサオトメ家に長く使えるメイド長がたしなめた。

 これを不満に思ったクランドは、聖剣『ユニコーン・ホーン』を持ち出し、メイド長を文字通り消滅けしてしまう。


 それを知った両親は激怒し、フリージアも深く悲しんだ。

 さすがに反省したクランドは、メイド長の家族に謝罪し、以後フリージアと一緒に風呂に入ることを止めた。



 フリージア十八歳の時、チンチコール侯爵家子息との婚約が決まる。

 クランドが何かしでかすのではないかと警戒した両親だったが、当人は意に介した様子もなく、婚約者とも表向き友好的な関係性を維持した。


 月日は流れ結婚式の日取りが決まった頃、チンチコール侯爵家子息が失踪した。

 サオトメ、チンチコール両侯爵家の捜索もむなしく、子息の行方も生死も不明のままフリージアの結婚式は流れた。

 当然、両親はクランドを疑ったが、確たる証拠は何もなかった。



 フリージア二十歳の時、失踪したチンチコール侯爵家子息行方不明のまま婚約解消となる。


 婚約解消から三ヶ月後、キタカルの貧民街で二年半ぶりに変わり果てた姿のチンチコール侯爵家子息が発見される。子息は精神を病み失踪中のことを決して語らず、両足と男性機能は失われていた。


 知らせを聞いて思わずよろけたフリージアの身体を抱き寄せるクランド。

 その手が、背中から腰へ、腰から尻へとさりげなく動いた――。

 フリージア二十一歳、クランド三十一歳。この頃になってやっとフリージアにも、兄が自分に向ける愛が自分が兄へと向けるそれと絶望的にかみ合っていないことに気付き始めた。――慌ててクランドの手を払うフリージア。

 今までにない妹の反応にうろたえるクランドだったが、何も言わずただ悲しそうにその場を去っていった。





 翌年、フリージア二十二歳の時、新しい出会いがあった。

 『ピアノの勇者』フジウ・マサフミは小太りの冴えない小男だったが、異世界「日本」から召喚されてからは『勇者』としての活動のかたわら作曲活動に没頭し、多くの名曲を世に出した。有名な『英雄ナタリアのテーマ』も彼の作である。

 フジウの何度目かのリサイタルに両親とともに訪れたフリージアは、素直な感動を彼に伝える機会をえた。

 一目で恋に落ちたフジウは、全身が発光するほどの「勇気」を振り絞り、フリージアにピアノを教えるという約束を取り付ける。『勇者』にして『人気作曲家』からの申し出に、願ってもないことと両親もたいそう喜んだ。


 ピアノを教えるという名目で、週に二回サオトメ侯爵邸に通い詰めるフジウ。

 フリージアもゆっくりと、彼の誠実さと音楽に惹かれていった。



 いつも通りレッスンの後、夕食をよばれたフジウ。すっかり夜も更け、馬車を出すというサオトメ侯爵の厚意を丁寧に辞退し、一人徒歩で帰路についた。


 侯爵家の広い敷地と領民の暮らす街を隔てる小さな森の中で、フジウは三十人前後の武装した男達に囲まれる。

 数日前から周囲に不穏な空気を感じていたので、あえて一人になり襲撃を誘った。フジウにとって予想外だったのは、思ったよりも相手の人数が多かったことだ。


 とはいえ、フジウとて『勇者』の端くれである。【空間収納】から取り出した愛用のレイピアを抜いて深呼吸した。

 ――スキル【BGM】! どこからともなく流れ出す勇壮なメロディーは自身のステータスを強化し、敵を弱体化する。


 続けて、――スキル【音速マッハ】! 一瞬超スピードを出すだけのスキルであるが、隣を走り抜けるだけで衝撃波が敵を弾き飛ばした。

 また、逃げ出すにはもってこいのスキルだった。ただし、服はぼろぼろに破ける。  

 

 その夜以後も度々襲撃はあったが、その度にフジウは敵を退けた。


   

 季節は巡り、初めてのデート、初めてのプレゼント交換とたのしい時間はあっという間に過ぎて――また季節は巡り、初めてのキス。

 その一部始終を遠くから監視していたクランドは、自身の身体のどこかで何かがキレる音を聞いた。



 蒸し暑い夜だった。

 既にベットの中にいたフリージアは、かすかな気配に目を覚ます。

 

 ――!? おにぃさま? こんな夜中にどうなさったのです~?


 ――えっ!? な、なにを……苦しいです、おにぃさま!? どうなさったの……えっ!?


 ――えっ!? えっ!? え、え~っ!? 止めてください、おにぃさま!? おにぃさ……だ、誰か……んぐっ……誰かっ!


 ――イヤっ……助けて!! 誰かっ、助けて……フジウさま……!!

 

 その夜、クランドは実の妹フリージアを無理矢理犯した。





 次の日、フリージアはピアノレッスンを休んだ。

 心配するフジウに、夏風邪をひいたとメイドは説明したが、事実を知るのはフリージアとクランドだけだった。

 がっかりした様子で去って行くフジウを、カーテンの陰から見送るフリージア。

 

 

 フリージアは次とその次のレッスンも休んだ。クランドがどこからか見張っている気がした。

 肩を落とし侯爵邸を去るフジウ。――コホンと小さくせきをした。


 その後、フリージアとフジウが会うことは二度となかった。





 王都で流行し数万人の命を奪った伝染病は、馬車で三日の距離にあるミースにも蔓延まんえんしつつあった。

 空気感染する「オーク病」は、どういうわけか【疫病耐性】のスキルが効かず、感染症に無頓着むとんちゃくだった富裕層、高レベルの者により多く広がった。

 感染者は肌がオークの様な灰色に変色し、やがて全身から血を吹き出して死に到る。


 『ピアノの勇者』フジウの死は、『勇者』としてよりも『人気作曲家』として多くの人々にいたまれた。

 街の郊外に借りた一軒家で、人知れず孤独な死であった。



 フリージアは、フジウの死をベッドの中でクランドに聞かされた。

 




 ――二年後。

 フリージア二十四歳の時、実の兄の子を出産する。







 フリージア二十六歳、リーフ二歳の時、母子はフジウの死んだ一軒家を訪ねた。

 彼の死後住む者もない廃屋はいおく、風雨に朽ちたピアノの鍵盤には黒く変色した血の跡が『勇者』の凄惨せいさんな最期を物語る。


 思わず伸ばしたフリージアの指が鳴らない鍵盤に触れた時、突然ピアノが勝手に曲をかなで始める。

 【録音レコード】触れた場所に音を録音し残す――『ピアノの勇者』フジウの所持していたスキルの一つだ。 

 春風のように優しく暖かいメロディーに耳を傾け、短くも楽しかったフジウと過ごした日々を思い出すフリージア。


 それほど長くない曲が終わり、彼女はいつの間にか溢れ落ちた涙を静かにぬぐうと背を向けた。



『……あー』


 という懐かしい声が、立ち去りかけたフリージアの足を止めた。

 【録音】にはまだ続きがあった。話し出しに「あー」と付けてしまうのは、フジウの癖だった。



『あー、フジウだけど……フリージアさん聞いてくれてるかな? 聞いてくれてるといいんだけど――ごほっ……げほっ……聞いてくれてると嬉しい。この曲だけど、僕の最期の曲になると思う。きっともう会えないと思うから……だからこの曲、「陽ざしのなかのフリージア」って名付けてみたナハハ……ごほっ……げほっっ……げほっっ……ハハ……こんなこと言ったらあれだけど、ぶきっちょなキミでも弾けるようにちょっと易しめにしておいたから、よかったら弾いてほしい。それで僕のことたまには思い出して欲しい……なんちゃってナハハ……ハ……あいだい、フリージアしゃん。……大好きだ、愛してる……』


 後半は震える声で【録音】は途切れた。

 子供のように声を上げて泣き崩れるフリージア。つられてリーフも泣き出す。



 その数日後、フリージアとリーフの母子はサオトメ邸から姿を消す。

 廃屋の朽ちたピアノから、血の跡の付いた白鍵が一本抜き去られていた。


 

 知らせを聞いたクランドは大いに取り乱し、ミースから王都へ向かう西の街道を封鎖した。

 世間知らずのフリージアが向かうとすれば、留学したことのある王都の友人を頼る他ない。


 しかしその頃、フリージアとリーフはミースの南、クルミナへと馬を歩ませていた。



「ねえリーフちゃん、どこ行こっか~? 先ずはクルミナで海を見て~その後は、どこか行きたいとこある~?」


「うみ~?」


 母の胸を枕に馬に揺られるリーフが、眠そうに目をこする。。



「そう、うみ。――そうだ、船に乗ろっか~? お金なら大丈夫よ~おかあさん、働くも~ん!」


 その時、フリージアの腹がぐーと鳴った。

 不思議そうに母の顔を見上げるリーフ。



「――ウフフッ、ご飯にしよっか~、なるべく安くて美味しいお店を探すね~」


 望まぬ初体験や婚約者の死、出産等の経験を経て、レベル16となったフリージアが取得したスキル【捜し物】は、キーワードで目的の物や場所へのルートを検索できる。

 キーワード「安くて美味しいお店」で検索すれば、本人の知識や情報に関係なく目的地への最短のルートが脳内のマップに浮かび上がる。


 兄クランドの追跡を振り切ることができたのも、このスキルを逆手に取り、キーワード「クランド・サオトメ」で検索して目的地へのルートから離れるように馬を走らせた。


 例えば貴金属の鉱脈や隠された宝の在処など検索すれば簡単に大金持ちにもなれるはずのスキルであったが、残念ながらフリージアにはそれが思いつかない。





「スキル【捜し物】! キーワード『わたくしでもできる高収入の仕事』、『住み込み』で『託児所』とかあるといいよね~? じゃあ検索~!」


 クランドと両親、一族を挙げての捜索にもかかわらず、姿を消したフリージアとリーフの行方はようとして知れなかった。

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