361 『迷宮のドッペルゲンガー⑧』
「大陸の南西、海を越えた先、ランマ王国のどこかに、『世界バンク』はあるといいます。その頭取グレムリンは世界一の大金持ち! 一万年以上前から大陸中で使われ続けている全ての硬貨を、特別なスキルで作り続けているとか――」
カウンターに積み上がった10万G硬貨を一枚つまみ上げると、金貸しベネットさんは言った。
……世界バンク? 銀行かな?
ベネットさんは続ける。
「――ウソかホントかおとぎ話か? それでも、決して豊かではないランマ王国が、モガリア帝国時代以前から今に到るまで独立王政を守り続けているのも事実なのです」
「はぁ確かに、”硬貨を作る”なんてスキルがあったらお金に困らないでしょうね」
「私も昔はそのように考えていましたよ。ですが、厳格な『世界バンク』頭取は例え王族の命令であっても必要以上の硬貨を世に出さないといいます。そうすることで硬貨その物の価値を保ち続けているのだと、私も最近になって理解しました。――そしてもう一つ、スキルで作られたという硬貨のこの色や光沢は、どんな技術やスキルを用いても絶対再現不可能であるということも、通貨としての価値を担保し一万年以上使われ続けている理由と言えるのではないでしょうか……いや失礼、確かにこれは本物のグレムリン硬貨で間違いありません!」
……いや、おれとしては、硬貨の枚数を確認してもらいたかったんだが?
それにしても、硬貨の色や光沢は絶対再現不可能ってか? ウルラリィさんはスキル【増殖】で1万G硬貨を増やしたって聞いたけど、複製品は見る人が見ればバレバレだったってことか。
ベネットさんは自らの【空間収納】から借用書を取り出すと、目の前で燃やして見せた。
おれは領収書をもらって金貸しベネットさんの店を出た。
ベネットさんによると、一目で硬貨の枚数を数える【金勘定】は長年商売人を続けることで身に付いたスキルで、ステータスには表示されない類いの特技だそうな。
ともかく借金は完済となったので、今後、パン屋に借金取りが押しかけたり、ダンジョンで襲撃されたりすることはないはずだ。
(けっこうカネ使ったな~。あの姉妹におまえがそこまでしてやる必要あったのかよ~?)
……わかんないけど、あの家を出る前に心配事は片付けておかないと気分的にアレだろ? 始めからこうするつもりで手に入れたあぶく銭だったわけだし。
頭の上であぐらをかいたオナモミ妖精の問いかけに、心の中で応えるおれ。
てか、誰かのためになんかして喜ばれたりって、結構キモチイイ自慰行為なんだぜ?
あーそうそう、なんでおれが700万Gなんて大金を急に持ってたかって話だけど。
早い話が、とある”価値のあるもの”を売って手に入れたお金だ。
昨日「ニジの街」までわざわざ飛んだのは、この『竜鱗の具足』を受け取るためではない。むしろそっちはついで……というか思いつきで、本当の用事はその”価値のあるもの”を買ってくれそうな人に持ち込むためだった。
――で、実際まんまと売れた。
素っ裸で拾われたばかりのおれが用意できた”価値あるもの”といえば――そう、ケガレなき我が肉体、すなわち「童貞」! この長年熟成されまくった高潔なる魂の枷を……(ウソつけ~)……ええまあ、ウソなんですけど。
本当に売ったのは、たった今ツッコミを入れてきたオナモミ妖精の方だ。
――スキル【世界創造】限定解除、ステップ1『複製』で”オナモミ妖精”をコピーした。素材は、そこら辺で狩ったゴブリン1体である。
結果できあがったのは、見た目は”オナモミ妖精”そのものだが魂のない抜け殻の複製体「妖精の死骸」である。
ゴブリン1体から身長20㎝の妖精1体ができあがるのは、容積的にまったく腑に落ちないが、あまり深く考えても時間の無駄だろう。
おれはその「妖精の死骸」を怪しい薬局の店主――ロリババアのフラニーさんに持ち込んで1千万Gで売った。
実際に金を出したのは、その場に居合わせたシリアス王女様御一行だったわけだが、「若返りの薬」の原材料となる「妖精の死骸」を目にして四人が泣き崩れるという一幕もあった。
だけど、ゴブリンを素材に作った「妖精の死骸」が、「若返りの薬」の原材料として十分な効能を得られるのか不安だったので、おれはそこのところはないしょにしたまま「ニジの街」を逃げるように後にしたというわけだ。
(言っとくけど、オレサマのコピーはもうしねーぞー?)
おれだってあんな忌まわしいことはもうしたくない、今回は取り急ぎ大金が必要だったので反則っぽい手段に手を出したけど。
別にこれといったペナルティはなさそうだが、なんとなく悪いことをしたような後味の悪さはある。
だからだろうか、残りの300万Gもぱーっと使い切ってしまいたい気分もある。
(ん~? てことはよ~)
――ああ。
ベネットさんとの件が片付いて、緊張から解放されたおれの心に若干の余裕が出てきたようだ。
せっかく夜の繁華街まで出てきたし、行ってみようか? 例の店、『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』によ!
繁華街の奥、歓楽街を早足で歩くおれ。
酔っ払いをすり抜け、周囲に素早く視線を巡らす。
うっひょ~ワクワクとドキドキが止まらねぇ!
てか、あのネーチャンもあっちのネーチャンも、これからご出勤かな? それとも客待ちかな? きっと、学生時代はクラスのマドンナだったに違いない、おれなんか全く接点のないタイプだ、知らんけど! しかし、ザマーミロ! 今のおれには金がある! 金さえあれば、マドンナだろうがイケてるグループの女だろうが接点がアレしてアレできてしまうんだぜ、ゲヘヘ……!!
(ケケケ……! たのしそうだな~? おっと、あれじゃねーか、例の店~?)
上空から偵察していたオナモミ妖精が、巨大なメスイヌの看板を視認した。
スキル【共感覚】で、背の低いおれの視界にも派手な色彩が飛び込んでくる。ナイスだオナモミ妖精クン!
おおおお~!! ついにたどり着いたぞ、『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』!! 年末も、大盛況営業中だ~!! ワクワクとドキドキが止まらねぇ!!
――ガラガラガラガラ~~~!
おっと、馬車が来るぞ気をつけろ。てか、こんな混雑した場所に馬車で乗り付けるとか、迷惑なヤツがいたもんだ。
……馬車? いやいや、まさか……。
イヤな予感を感じて振り返ると、人混みをかき分けてこちらに向かって来るなんだか見覚えのある馬四頭引きのイカツイ馬車が見えた。
慌てて、細い路地に身を隠すおれ。
御者台で馬車を操るのは、上半身裸の大男――ガンバリ入道で見間違いようもない。
両サイドに、派手な美女も同乗している。
皆の衆、スマンの! とか言いながら、『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』の前に馬車を停めるガンバリ入道。
馬車の中からも、派手な美女が6人下りてくる。合計8人の美女と……同伴出勤ってやつか?
てか、おれ達には「グランギニョル家に知れればやっかい故」拾った武器や防具はしばらく売ったり使ったりしない方がいいとか言ってたくせに、なに堂々と拾った馬車乗り回してんだよ!?
「ダンチョ~、どうしたの~?」
「ふむ、ワシの【敏感肌】が視線を感じての。なあに、大方どこかの美女がワシの肉体美に見とれておったのじゃろうて、ガハハ!! さあ、早いとこ上がらしてもらおうかの? 先ずは風呂じゃ風呂じゃ!!」
ガンバリ入道と隣の美女の会話が聞こえた。
……あっぶね! なんとか見つからずにすんだようだ。特にこれといった理由はないが、なんとなくこんな場所で会いたくない。
しかし、スキル【敏感肌】わりと侮れんな。
「ご協力お願いしますー!」
「――!?」
突然声を掛けられて、路地に身を潜めていたおれは無駄に驚く。
見れば、身なりのいい青年がチラシを一枚差し出していた。
ああ、今朝も見たな、チラシ配りの人達。まだやってたのか? ――いや、お店の宣伝なら今こそかき入れ時か、なるほど。
そうだな、『ハニー・ハート・メスイヌ王都本店』にはガンバリ入道がいるみたいだし、他のお店を検討するのもありだな。このワクワクとドキドキを、ただ持ち帰るのは辛すぎる。
早速おれは、もらったチラシに目を落とす。
はてさて、どんな子がいて、どこまでのサービスをしてもらえるのかな? おっと、お金ならそこそこ、300万ほどあるんよ。
――おお! これはなかなか……肖像画の美女は、はんなり巻き毛のお嬢様風! イイね! かなりイイ! ……なんていうか、彼女を例えるなら……そう、花に例えるならば、グラジオラス!
――って、ミス・グラジオラス!? 「ニジの街」のエッチな闘技場『アンダー・ズー』の闘士『秘密の花園ミス・グラジオラス』!! ……いや、あの店は手入れがあって、今はネムジア神殿に再就職した――、
「――フリージアさんじゃねーか!?」
よく見ると、チラシには「探し人」とあった。
有力な情報には報奨金も出るらしい。
……そうか、エッチなお店の広告じゃなかったのか。
「し、失礼ですが!! あなた様は、フリージアお嬢様をご存じなのでしょうか!!?」
「あ、え、はい……」
思わずこぼした言葉を聞きつけて、立ち去りかけていたチラシ配りの青年がおれに詰め寄る。てか、「お嬢様」ってか? 確かに世間知らずっぽい雰囲気あったなフリージアさん。息子のリーフ君も、妙に礼儀正しかったし。
「いつ!? どこで!? なにとぞお教え願いたい!!」
「えっと、ニジの街の……か、歓楽街で……えっと」
相手の勢いに思わず「ニジの街」まで正直にしゃべってしまったが、フリージアさんも何か事情があって家を出たのかもしれない。
途中でそのことに思い至り、無理矢理軌道修正したが――有力な情報に感謝します! と、チラシ配りの青年は、おれに1万G硬貨を握らせると去って行った。
……まあ、危害を加えるとかそういう感じではなさそうだけど、やっちまったかな?
「ふむ、今のはサオトメ侯爵家の使用人じゃの」
「ぬおっ!? ガンバリ……ガンバルさん、風呂じゃなかったんですか?」
ガンバリ入道がいつの間にか背後にいた。易々とおれの【危機感知】を抜けてくるあたり、S級冒険者は伊達じゃないようだ。……あるいは、シャオさん並の善人なのか?
「ヤマギワ殿を見かけたので、一緒にどうかと思っての。――ふむ、そのチラシの美女は家出したサオトメ家の姫だの。なんでも、シスコンの兄に嫌気がさして家出したとか」
「また侯爵家ですか……って、シスコン?」
「縁があるの。そのシスコンの兄こそ最強の聖剣といわれる『ユニコーン・ホーン』の使い手、クランド・サオトメというわけじゃ!」
妹に過剰な愛情を注ぐ兄か。妹も兄も結構いい歳だろうに……家出するほどか?
「大丈夫かな、フリージアさん……」
「それはさておきヤマギワ殿、美女達がお待ちかねじゃぞ? 一緒に風呂とキメこもうではないか、のう兄弟!」
……兄弟とか、勘弁して欲しい。
おれはガンバリ入道の誘いをきっぱり断り、今夜は大人しくパン屋へ帰ることにした。




