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360 『迷宮のドッペルゲンガー⑦』

 馬車に乗って行かぬのか? と誘われたが断って、ガンバリ入道とは大迷宮8階層で別れた。

 おれ達は徒歩で階段を上り、周囲に人目のないことを確認してから、ドリィさんの魔法【空間収納】を使用する。

 亜空間に大量の荷物を出し入れし持ち運べる魔法【空間収納】は貴重で高価なスキルなので、用心のため人前では使用しないようにと彼女はしつけられているそうな。

 

 二人で両手に抱えていた大量の拾得物を、空間に開いた穴に放り込む。

 グランギニョル家四天王の死体からはぎ取った『白銀の鎧』や『魔剣』は、しばらくの間、堂々と装備することも売ることも難しいだろう。

 うーん、悩ましい。ほとぼりが冷めるまではこっそり使うしかないか。



 


 大迷宮を出ると夕暮れ時だった。

 まだ午後四時頃だと思うが、冬の日没は早い。

  

 一日の労働を終えた冒険者達で、大迷宮入口前の広場は大賑わいだ。

 広場を囲んだ大壁に面して並んだ各種店舗。その内、「素材アイテム買い取り屋」の窓口にはこの時間、長い行列ができていた。


 売りたい物は大量にあるが、人目のある窓口で直接ドリィさんの【空間収納】から取り出してみせるわけにもいかないので、何回かに分けて売るしかない。

 おれとドリィさん、二人で持てるだけの売り物を持って列に並んだ。



 三回並び直しては、四天王の装備以外の物を売り払い――だいたい、280万Gを得た。

 おれの感覚的にはもう少しいくような気がしてたんだけど……その日暮らしの冒険者相手だと思って足下見やがって、商売人め!

 それでも、280万Gはでかい。ドリィさんなんか、大金を見てガクガクふるえているよ。しゃれこうべとか死体は平気なのにな。

 


「そしたらドリィさん、140万ずつ山分やまわけね?」


「ええっ!? 140万? ……そ、そんなに!? オイラ、ほとんど見でただけだで……」



「スケルトン踏み潰したりしたじゃない? 手に入れた物だって、ドリィさんのおかげで全部持ってこられたし」


 実際、ドリィさんの【空間収納】がなかったら、今日手に入れた物の三分の二は捨ててこなけりゃならなかった。

 前にパーティ組んでたデブなんか、回復以外はウンコしかしなかったぜ? タナカってヤツなんだけどさ。



「旦那ぁ~! この調子なら、お金直ぐ貯るで~!」


 感動にむせび泣くドリィさん。

 でも今日みたいなことはそうそうないでしょ? ……多分。

 

 しかしそうだな。パン屋の借金の件、悠長にしてるわけにもいかないか。





 拾得物の売り払い、結構時間がかかってしまった。

 今や完全に日は落ち、ともされたかがり火と【浮灯うきあかり】の魔法が大迷宮前の広場を赤々と照らしだしている。



「あれ!? おねぇちゃん?」


 ドリィさんが、人混みの中にウルラリィさんの姿を見つけた。

 手を振り駆け寄ろうとするが、何かに気付いて立ち止まる。


 長身の青年と親しげに話すウルラリィさん。

 よく見たら、彼も犬耳だった。


 薄汚れた冒険者でごったがえすこの場所で二人だけが別世界の住民のようだ。

 おれの知らない優しい笑顔で、手に持った大きなかごを青年に手渡すウルラリィさん。


 くっそ、誰だよアイツ……。



「知ってる人?」


「……おねぇちゃんはモテるけど、決まった人はいなかったはずなんだけんど」


 ドリィさんも知らないウルラリィさんの秘密の彼氏か?

 まあ彼女ほどの美人なら、周りがほっとかないか。

 ほっとかれるのは、なんかしら問題のある美人だろう、何人か思い浮かぶけど。

 

 

 手渡されたかごを持って、ウルラリィさんに手をふる犬耳の青年。大迷宮の入口へ向かって去って行った。

 てか、この時間から潜るのか? 案外苦労人なのかな、イケメンのくせに。





「おねぇちゃん、こんな所でなにやってんだ? お店は?」


 少し不機嫌そうに、姉のウルラリィさんに問いかけるドリィさん。

 身内の逢い引きシーンを見せられる気分ってどんな感じなのやら? おれにはちょっと計り知れない。



「ドリィちゃん!? な、なにって配達だべ、大口の注文が入ったんよ……えーっと、見てたのけ?」


「配達って……代金は、受け取ったのけ?」



「! ……今回だけよ? ジェイ(ディー)さん達はまだ王都に出て来たばかりで色々大変そうだで……ほれ、困ってる同胞には手を差し伸べろって、よぐお父ちゃんも言ってたべ?」


 おっと、妹が妹なら姉も姉か。この姉妹ときたら、ちょっと心配になるくらい優しい。

 二人共、幸せになって欲しいもんだ。



「おねぇちゃん、バカなのけ? 相手がちょっとハンサムだからって、タダなんて! 借金だって返さなきゃなんねえのに!?」


「なんでそんなこと言うの、売れ残りのパンだで!? ドリィちゃんだって、ヤマギワさんを拾ってきたくせに!?」


 あわわ……なんかこっちにも矛先ほこさきが……や、止めません?



「ヤマギワの旦那を、あんなハンサムヒモ野郎と一緒にするでねえ! ほれ、今日だけで旦那はこんだけ稼いだで!? 旦那は、ぜんぜんハンサムじゃねえ!」


 ……その言い方はどうなの?

 140万G! ドリィさんの手の中の大金を目にして言葉を失うウルラリィさん。


 しばし沈黙した後、胡散臭うさんくさいものを見る目で彼女は言った。



「ヤマギワさん、後でお話があるべ」




 ***




 夕食後、ドリィさんがお風呂に入っている間に、おれは今日の出来事を順を追ってウルラリィさんに説明した。

 アラクネーさんが出てきた件や、ドリィさんが【空間収納】の魔法を使った件で少しピリついた顔をされたが――。



「グランギニョル侯爵様が暗殺!? そげな大事件、にわかには信じらんねえけんど――」


「ともかく、決して悪事によるお金じゃないって話でして」


 犯罪めいた手段で手に入れたお金でないこと、そこのところはそれなりに納得してもらえたと思う。


 しかし、おれは勘違いをしていた。問題はそういうことではなかったらしい。



「――いい機会だで、遠慮なぐ言わしてもらいます」


「……?」



「これまで、色々なくして行き場がないってヤマギワさんを気の毒に思ったでお部屋や食事を提供してきました。だども、私とドリィちゃんは嫁入り前の姉妹だべ、世間の目もあります。ヤマギワさんにそれだけの収入があるのでしたら、そろそろ――。どうかよぐお考えください」





(ようするに、どういうことだ~?)


 と、頭の上からオナモミ妖精。

 おれはパン屋の二階、ドリィさん達の亡くなったお父さんの部屋でベッドに座り、ぼけーっと物思いにふけっていた。


 ウルラリィさんの話は要するに――そろそろ出てってくんね? ということだ。

 言われてみれば、まったくもってその通りなんだよな。

 おれとしては、この前の借金取りの事とかあったから、なんだか二人を護ってるようなつもりでいたけど……ウルラリィさんにしてみれば、おれもヤツらと大差なかったのかもしれない。

 ましてや、彼女には頼れるジェイDさんみたいな長身イケメンが付いているともなれば、なおさらだ。とほほ……。

  

 おもむろに立ち上がったおれは、表通りに面した窓を開けた。

 冷たい夜風が吹き込む。



(おいおい、今夜さっそく出て行くのかよ~?)


 そんないじけたまねするわけないだろ、見くびるなよ?

 出て行くのはまだ先だ。でもその前に、やることやらないとさ。


 ――スキル【飛翔】! おれは背中に光の羽根を広げて、冬の夜空に飛び立った。

 寒っ……、冷たい風が頬をなでる。だけど、星がとても綺麗だ。







 王都を見下ろし、一番明るい場所を目指して飛ぶ。

 夜でも賑やかな繁華街はんかがい、その外れに人目を避けて降り立った。



(おっと~、もしかしてあそこか~? 例のお店『ハニー・ハート・メスイヌ』にとうとう行っちゃうのか~!?)


 おっと、それもいいな。でもそれは、やるべき事をやった帰りだ。


 おれが訪れたのは、王都でも一番華やかな繁華街の一等地にある三階建ての立派な店舗。

 扱うのは不動産売買や人材派遣……そして金融業。

 金貸しベネットさんの営むお店だ。


 深呼吸し入店。

 さて……。

 おれは、めったに出さない大きな声で店主を呼ぶ。



「こんばんは、夜分にすいません! ヤマギワと申します! ベネットさん、居ますよね!?」


 小柄でイマイチ迫力に欠けるおれだけど、今日は『竜鱗りゅうりんの具足』を身に着けて、腰には『神殿騎士の剣』を携えている。

 使用人も無下にはできず、慌てた様子で「少々お待ちください」と、店の奥へ走る。


 ほどなくして、人の良さそうな笑みを浮かべた店主、ベネットさんが出てきた。



「おや、確か……ヤマギワさんとおっしゃいましたか? 先日、ウルラリィさんのパン屋でお会いしましたね? こんな時間に、いったいどうなさいましたか?」


「こんばんは、ベネットさん。驚きました、見た目より動けるタイプだったんですね?」



「……はて? どういう意味でしょうか――」


 ベネットさんの言葉が終わるのを待たずに、おれは『神殿騎士の剣』を抜いた。

 

 ――ジュ、バッ!! バッ!!

 頭上から降ってきた”ポイズンスパイダー”を、身をかわしつつ、床に落ちる前に斬り捨てる。なめんなよ?

 


「スキル【虫かご】――ベネットさん、やはりあなたでしたね?」


 襲撃後、大迷宮第8階層から地上まで、走って移動したのなら動けるタイプと言わざるを得ない。



「ぐっ……わ、私は少し脅かそうと……命までどうこうするつもりは……」


「アラクネー、サンドワームそして、ポイズンスパイダー……よく言いますね? 黒フードの彼等は実際死んでますけど?」



「――ひぇっ!!?」


 おれが剣を振り払った拍子に、付着していた”ポイズンスパイダー”の体液がベネットさんの顔面にべちゃっと飛んだ。ええ、わざとやりましたが?。



「お返しに来ました」


「ど、どうか……手荒なことは……!!」



「いえ。お金を返しに来ました」


「えっ!?」



「あの犬耳姉妹の、パン屋の借金です。確か残りは500万Gぐらいでしたよね?」


「……利息含めて700万Gですが、ヤマギワさんが立て替えていただけるので?」


 ――ちっ、勢いに任せて値切ってみたが、この期に及んで抜け目ないベネットさん。商売人め!

 まあ、やり過ぎて遺恨いこんを残しても、今後のパン屋が心配だ。しゃーない。


 おれは、700万G――10万G硬貨×70枚を腰のポーチから取り出して、店のカウンターに積み上げた。



「ベネットさん、ご確認を」


 おれは、だいぶ軽くなった腰を伸ばした。

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