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359 『迷宮のドッペルゲンガー⑥』

 7階層へと続く階段前の広場に折り重なった死体、死体、たくさんの死体。

 ダンジョンの淡い光に照らされた黒い血だまりに濡れて、乾く間もない。

 その場に動くものは、馬車に繋がれた四頭の馬のみだった。


 スキル無効化――『聖剣ギンガイザー』の効果範囲外、およそ100m離れた通路の奥に避難したおれ達。

 その数分後、眠り込んでいたドリィさんが目を覚ますのと時を同じくして、遠くから聞こえていた音楽が止んだ。

 スキルで感知していた不穏な気配も去ったところを見計らって、おれ達はお貴族様襲撃現場へと引き返す。


 そこで目にしたのは、シュトラール騎士団とかいうイケメン達三十数名の無残な死体。

 それはまあ予想通りだったわけだが、意外なことに、とっくに現場を去ったと思っていたグランギニョル侯爵こうしゃくのイカツイ馬車がそのまま現場に留まっていた。

 


 慌てて脇道に身を隠すおれだったけど……ん!?

 馬の足下に、壊れたマンドリンと首の無い死体があった。

 

 あれ? あの派手な衣装はもしかして……?





「首はここだの」


 ガンバリ入道が、おかっぱ頭でちょびひげの生首を血だまりの中から拾い上げた。

 グランギニョル侯爵……死んでんじゃねーか!



「まんまと仇討あだうちされてしまったってことですかね? なんか、笑ってるみたいで不気味な表情ですが」


「おそらく笑っとったんじゃろう。気付かぬうちにあの世行き”首落とし”は忍者マスター・サトルの得意技じゃ。あやつの姿はどこにも見当たらんの?」


 もう一度馬車の周囲をよく見まわすと、護衛の四天王も首無し死体となって転がっていた。



「もう一人、太鼓を叩いてたフライドって青年もいませんね」


「フライド? はて、何者かのう? じゃが、いかにS級冒険者の忍者マスター・サトルとはいえ、一人でグランギニョルの四天王をほうむるのは無理があると思っておった。そのフライドとかいうタイコ持ち、忍者マスターに劣らぬ使い手と見たぞ」


 グランギニョル侯爵暗殺の犯人は、笛吹きの忍者マスター・サトルとタイコ持ちフライドで間違いなさそうだ。

 この場のどこにも見当たらない『聖剣ギンガイザー』は、彼等によって持ち去られたに違いない。


 ダンジョンで偉い人の命を狙ったりするのは、異世界あるあるなんだろうか?

 ともかく、この手のイベントはできるだけスルーするのが、殺伐とした異世界を生き抜く知恵なんじゃないかと思うんだが――。





「旦那ー、馬車ん中に金目かねめの物は何にも残ってねーさ! でも、こんなもん見つけたさ!」


 馬車の中をあさっていたドリィさんが、手にトイレットペーパーの様な物を持って飛び出してくる。さっき一眠りしたせいか、やたら元気だ。



「ほう、それは金持ちしか使わん”二枚重ね尻拭しりふき紙”だの! イヌっ子ドリィ、それはワシに譲らんか? ワシは【敏感肌びんかんはだ】じゃが、菊門きくもんは更に敏感での!」


「キクモン?」


 ……どうやら高級トイレットペーパーで間違いなかったようだ。

 ちなみに、”菊門 ”っていうのはお尻の穴のことね。



「ドリィさん死体漁りなんか止めときなよ、この人達はさっきの黒フードみたいなならず者ってわけじゃないんだぜ?」


 てか、なにも見なかったことにして、さっさとこの事件現場を立ち去りたい。



「だげんどー、このままにしたって別の誰かに取られるだけだで?」


「うむ、イヌっ子ドリィの言うとおりじゃ! 小っこいのに、なかなか肝が据わっておるのう。拾った物勝ち、それが暗黙のルールというものよ! 良さそうな物を持てるだけ持っていくが良かろう、こんな低層階ではすぐに人が集まってくるゆえな! だからその”二枚重ね尻拭き紙”はワシに譲れ、の?」


 …………。

 異世界に来て八年、こっちの感覚にもだいぶ慣れたつもりだったけどな。

 ドリィさんが尻尾フリフリおれを見るので、手を挙げて降参のポーズ。

 ――ほどほどにしときなさいよ?


 ドリィさんは待ってましたとばかりに、高級トイレットペーパーをガンバリ入道に押しつけて、早速、四天王の死体から『白銀の鎧』をはぎ取りにかかる。

 確かに、見た感じあの鎧が一番高く売れそうだ。あとは、やっぱり四天王が使ってた剣かな? 『魔剣』かもってガンバリ入道も言ってたし。

 ……おれも手伝うとするか。





 ドリィさんとおれが手分けした集めた拾得物は、シュトラール騎士団の『ロングソード』×32本、四天王の『白銀の鎧』×4セット。四天王の使っていた剣については、4本の内1本はガンバリ入道が取得し、残り3本をおれ達が取得することで話がついた。



「ほほう、これは良い物だ! この剣はワシにこそ相応しい! そうは思わんか、ヤマギワ殿!」


 剣がそもそも似合わないガンバリ入道だったが、掲げた剣の刀身が突然発火し燃え上がる。

 四天王の剣は、いずれも『魔剣』に分類される効果付きの名剣だった。

 その内、ガンバリ入道が手にしたのは『氷炎剣ひょうえんけん』。【氷属性付与】と【火属性付与】の効果が付いているそうな。……スキル【大炎上】と被ってね? 


 おれ達の手にした残りの剣は、魔剣『光輝こうき』――効果は【光属性付与】と【HP小回復】、『剛力ごうりきの剣』――効果は【重量操作】と【筋力増強】、そして『不浄ふじょうの剣』――効果は【マジックコーティング】と【MP小回復】。


 ……って、【マジックコーティング】!? キ、キターーー!!

 この剣だけは、『不浄の剣』だけはなんとしてもおれの剣にしたい。

 ここで騒いで、ガンバリ入道が「やっぱワシそっちがいいのう」とか言い出さないように……おれはポーカーフェイスを装う。



「旦那、すごい嬉しそうだで、その剣が気に入ったのけ?」


「え!? あ、イヤ、そうでもないケド……」


「ほう、それは『不浄の剣』といったか? 【マジックコーティング】はMP消費がでかい。【MP小回復】が付いているとはいえ、剣士が使いこなすにはなかなかコツがいると思うがの」



「使えなければ売るまでです」


 ……なんつってね? ほんとは売る気なんて全くないけど、この『不浄の剣』。



「ふむ、売り払うなら時と場所を選ぶがいい、暗黙のルールがあるとはいえグランギニョル家に知れればやっかいゆえな? ――ところで、残りの装備品やその馬車はワシがもらっても構わんかの?」


「え!? 馬車、乗って返るんですか? それこそ、犯人扱いされませんか?」



「このおかっぱ頭はこう見えて侯爵様じゃ、暗殺ともなれば大事件に違いない。第一発見者として、ギルドに報告せぬわけにもいかぬだろう。なあに、ワシも冒険者ギルドには顔が利くゆえ、説明すればおかしな言いがかりをつけられることもあるまい」


「……ガンバルさんは確か傭兵でしたよね?」



「ううむ。『キマリ傭兵団』と名乗ってはいるが、10年前に流行った”オーク病”で主要メンバーがバタバタ死んでの――、そうでなくてもここしばらく大きないくさもないものだから、もう長いこと冒険者稼業が我が傭兵団の主な活動となっておる!」


「”オーク病”けー。【疫病耐性】を持ってた人も関係なく感染して沢山亡くなったそうだで、当時活躍してた『勇者』様とかも」


 若いドリィさんでも知っている”オーク病”の大流行。

 確か、感染すると肌が灰色になる伝染病だっけ? 最後には身体中の穴という穴から血を噴き出して死ぬとか……【疫病耐性】のスキルが効かないってのはおっかない。


 でもまあ、つまり『キマリ傭兵団』は実質、この道10年のベテラン冒険者パーティというわけか。



「主に『ランマ王国ダンジョン』を拠点に活動していた我が傭兵団なのじゃが、方向性の違いから残ったメンバーも一人減り二人減り……まあ色々あっての、今のワシはソロ冒険者として、いつの間にやら『S級冒険者』などと呼ばれるようになっておったというわけじゃ!」


「S級!? てか、一人ソロかよ」

「団長すげー! 忍者マスターと同じだで!」



「ふふん! S級冒険者はこの国に5人しかおらんのじゃぞ、すごかろう? ゆえに、冒険者ギルドには顔が利く。どうじゃ、その鎧を譲る気になったかの?」


「譲らないですねえ」



「ふむ。それはさておき、『キマリ傭兵団』に入団する気になったかの? イヌっ子ドリィも一緒にどうじゃ?」


「入ら……それは……まあ、ちょっと考えときます」


 そうかそうか――と、満足そうなガンバリ入道。

 ちょっとしゃくに障るが、今日みたいな事もあるかもだし、いずれ仲間を増やすのも有りかもしれない。

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