357 『迷宮のドッペルゲンガー④』
おれを攻撃してきた黒フードの男達は深手を負って引き上げて行ったが、まだ通路の奥からこちらの様子を伺っているようだ。きっと上司のアンバーさんの指示待ちだろう。
痛い目にあってもう帰りたいだろうに、気の毒なことだ。
「ところで、ワシの『先祖伝来の槍』を壊したのだから、その鎧はワシに譲るのが人の道というものではないかな?」
――と、クモの巣に絡まって阿波踊りポーズのガンバリ入道。右手に穂先の無い槍、左手にはその切断された穂先の部分を握りしめている。
……そんな格好で妙に余裕あるな?
「断ってるのにそっちが突っついてくるから……あー、さっきはおれ達を助けようとしてくれたんですか?」
「どうやら、いらぬ世話だったようだがの」
いや。あの一瞬、敵の気を逸らしてもらって正直助かった。
この人を自由にするのはちょっと面倒くさそうだが、このまま阿波踊りポーズさせておくのも人の道に反するかな? 鎧は譲らないけど。
ガンバリ入道を捕らえている「クモの糸」を切ろうとした時、通路の奥から恐ろしげな悲鳴が響いた。
しゃにむにこちらへ逃げ戻ってくる黒フードの男達。
しかし途中で「クモの糸」に足を取られて転倒、ずるずると引きずられ引き戻されていく。
その間も通路の奥から男達の悲鳴は聞こえ続け、やがて静かになった。
ヤツらの上司、アンバーさんによるお仕置きだろうか? ……いや、別の何か、凶悪な何かがいる?
「だ、旦那、はやぐ! はやぐ!」
ドリィさんに急かされて、ガンバリ入道に絡まった「クモの糸」を切っていく。
……だが、でかい身体にぎちぎちに巻き付いて、なかなか面倒くさい。ガンバリ入道、面倒くさい。
――ぬらり。
通路の奥の暗がりから、白い素肌も露わな美女がぬらりと姿を現した。
むほ! おっぱい! おっぱい!! ……ん? でもなんか、体型がアンバランスだ。お尻が妙にでっかい。
よく見たら、腰から下がクモだった。
息絶えた黒フードの男達を「クモの糸」で引きずって、こちらへと近づいてくる。
「ややっ!? アラクネーではないか!! まさか実物に出会う日が来ようとは、なんたる僥倖!! 大迷宮とはなんと懐の深いことか!!」
腰から上は全裸の美女、下半身はでかいクモの魔物、アラクネーさんだ!
大迷宮にあんなエッチな魔物がいたとは……知らんかった。
でも待てよ……、おれのスキル【危機感知】によるざっくりした判定によると、10階層辺りに出てくるようなレベルの魔物ではなさそう。
大きさは軽自動車程度で中型の魔物に分類されると思うが、おなじみ大型のアビススパイダーよりもかなり格上の圧を感じる。
「旦那、ヤバイで! えらい強そうなん出てきた!! は、はやぐ!! はや……んぎゃぁぁぁ~~~!!?」
ドリィさんの声が途中で悲鳴に変わった。
ぼたぼたっ! っと巨大なミミズ四匹が、アラクネーさんとおれ達の間にどこからともなく降ってきたせいだ。太さは大人の胴体並、長さはおよそ15mの魔物――サンドワームである。
「アラクネーとサンドワーム、どちらも虫系の魔物だのう? さては、ヤマギワ殿の言うそのアンバーさんとやらは、スキル【虫かご】を所持しているのではないかな?」
知らん。そんなスキルがあるのか?
てか、「クモの糸」を見て、てっきりアンバーさんの仕業だと思っちゃったけど、もしかして違ってたりして? だとしたら、さっきドヤ顔で「まだやりますか、アンバーさん!?」とか叫んじゃったおれ、すごく恥ずかしい……。
それにしても、いよいよのんびりできなくなった。
おれは、ガンバリ入道に絡まった糸を切る作業を中止して、目の前に迫った魔物達に向かって身構える。
「残りは自分でなんとかしてもらっていいですかね?」
「ふむ、問題ない。だがこのままやられっぱなしも、ワシの団長としての沽券に関わるのう。そこでどうかな、あのアラクネーはワシに任せてくれぬか? もちろん、ヤマギワ殿の獲物を横取りする気はないのだが、どうかの?」
「……いいですけど、結構強そうですよ?」
「問題ない、ワシの方がもっと強いからの。では、参ろうか――むううん!! スキル【大炎上】!!」
突然、ガンバリ入道の身体が燃え上がった。まだ身体にまとわりついていた「クモの糸」が一瞬で燃え尽きる。
……スキル【大炎上】だと? 始めっからそれをやれよ、余計な手間かけさせやがって!
全身に炎をまとったまま、アラクネーさんに向かって突進していくガンバリ入道。
どうりで服を着ていないわけだ。
さて、あの人思ったよりも強そうだし、こっちはサンドワームどもをさっさと倒してしまおうか。
「……それじゃあドリィさん、まだちょっと早いですけど、サンドワームの倒し方を伝授しますのでよく見ておいてください――ん?」
ドリィさんが上の空だったので視線を追うと、そこにはアラクネーさんの背中にまたがったガンバリ入道がいた。
嫌がって身をよじるアラクネーさんの背後から、彼女のおっぱいをむっくらむっくら執拗に揉みしだくガンバリ入道。
ぐぬぬ……、うらやましい……じゃなかった、なにやってんだあのおっさん!? 止めろ、ちびっ子が見てるだろうがー!!
「乳輪のでかいおなごはがっかりだのう!! そうは思わんか、ヤマギワ殿ー!!?」
…………。
同感だが、気が散るので話しかけないで欲しい。
あと、アラクネーさんに失礼だぞ!
おれが四体のサンドワームを倒しきるまで、ガンバリ入道はアラクネーさんのおっぱいをいじくり続けた。
少しは仲良くなれたのだろうか? あ……ちょっとアラクネーさん、泣いてね?
「なんと!! サンドワームの魔石を砕いたか、ヤマギワ殿はせっかちだのう!! もう少しだったんじゃが致し方ない、この辺にしておこうか――むううん!!」
ガンバリ入道はアラクネーさんを「むううん!!」と抱きしめると、そのままスキル【大炎上】で全身から巨大な炎を吹き出す。
アラクネーさんはなすすべもなくのたうち、ガンバリ入道に抱かれたままひっくり返ると、クモの八本足をわしゃわしゃさせながら黒焦げとなって息絶えた。
……あんな死に方だけはしたくないもんだ。
「旦那ー! こいつら結構いい剣持ってるで! あっ、お財布に3万Gも入ってる!」
黒フード達の死体を漁るドリィさん。たくましい。
周囲には既に敵の気配はない。スキル【虫かご】を持っていたと思われる襲撃者は、さっさと逃げてしまったようだ。
おれのスキル【空間記憶再生】を使えば、犯人を特定し追いかける事もできるかもしれないが、ガンバリ入道の前でこれ以上手の内を晒したくない。
「さてとヤマギワ殿、約束どおりその鎧とワシの『先祖伝来の槍』を交換するがいい!」
そう言って、穂先のない槍を差し出すガンバリ入道。
「そんな約束はしてないです」
「ふむ。それはそうとヤマギワ殿、キマリ傭兵団に入団する気はないかの?」
「入らないですねえ」
「アットホームでやりがいのある職場なんだがのう?」
「入らないですねえ。……ドリィさん、そろそろ帰りましょう」
おれの呼びかけに、黒フードの死体から奪った戦利品を両手いっぱいに抱えたドリィさんが戻ってくる。
そんなドリィさんを、おれは背中から抱っこすると光の羽根を広げて飛び立った。
「それじゃあガンバルさん、おつかれです!」
「団長さん、さよならー!」
「ぬ!? 待たれよ、まだ話は終わっておらぬぞ! ワシの『先祖伝来の槍』を壊した責任を――お!?」
――スキル【世界創造】限定解除! ガンバリ入道の「先祖伝来の槍」を【修復】!
これで責任も義理も果たしたろ?




