355 『迷宮のドッペルゲンガー②』
――スキル【飛翔】! おれはドリィさんを抱えたまま、光の羽根をひろげて大迷宮の天井すれすれを飛んだ。
階層を下るにつれて、「アうッ、ウおッ、クひィィィ~~~ん!!」と焼きイモ屋に遠吠えするような声を上げていたドリィさんもだんだんと大人しくなったが、それはそれでなんだか不気味で心配になってしまう。
一気に第3階層まで飛んで、他の冒険者が見当たらない場所を見計らって着地した。……ここまで来れば、ガンバリ入道も追いつけまい。
「ダダダダンナ、いきなり何するだっっ!! せ、せきにん……責任とってくれろろ!!?」
真っ赤な顔で、脚をぷるぷるさせているドリィさん。
どんだけ怖かったのか知らんけど、責任とってくれろろ!!? と言われましても……、結婚でもしろってか?
――でもまあドリィさんには恩もあるし、そうだな……今レベル13のドリィさんがレベル16で次のスキルを得るぐらいまでは、ダンジョンでの戦い方やマナーなど冒険者としての心得を責任を持って伝授しようじゃないの。こちとら、この道八年のベテランだぜ?
「任しときなよ――って、ドリィさんどこ行くの?」
ふらふらと内股で歩いて行くドリィさんが壁に掲示された標識を指さす。
どうやらトイレ休憩らしい。大迷宮の低層階には各階に休憩所とトイレが設置されているのだ。
(ケケケ……! あのガキンチョ、メスだろ? セックスしねーの、セックス?)
――しねーよ! ”YESロリータ、NOタッチ!”という言葉を知らんのか? 紳士の掟ぞ!? てか、おれにそんな趣味はないつーの。
スキル【認識阻害】を解除したオナモミ妖精が姿を現し、おれの頭の上に着地した。
(がっつりタッチしてたじゃねーかよー。それに、あのガキンチョもハツジョウしてたみてーだし~?)
はあ? 発情? んなアホな。ドリィさんのあれは、猛スピードで飛んだせいでビビってだけで………………え? まさかそんな……あのドリィさんが?
……いやいやいや、まてまてまて! だからどうした!? どっちにしろ、おれにロリコンの趣味はねーからな!!?
(そしたらなんでさっさと例の娼館に行かねーんだ~? カネはもうあるんだろ~?)
――ふむ。それはなんていうか、染みついた習慣がな……昼間はやはり働くべきと。
朝起きてヒゲを剃って仕事に行く、それは休日を待つだけのクソみたいな毎日ではあったが、ただ懸命に生きた誇りでもあるのだ。
……てか、やっぱりエロスは日が暮れてからだろ? 少なくとも、おれはこれまでそうしてきた、その日を一日がんばったご褒美として!
(ハハ~ン、さてはビビってんな~? いいトシこいてざまぁねーな~? ケケケ……!)
び、びびってねーし! ……ただちょっと、昼間は客が少なくて目立つかなーなんて?
ほら、よく言うだろ? 葉っぱを隠すなら森の中、童貞を隠すならシロウト童貞の中ってな?
(ケケケ……!)
……どっちにしろ、朝から付いてきてるドリィさんをほっぽって行くわけにもいかんだろ?
そんなことを話していた時、「ほぎゃ~~~!!」という獣じみた悲鳴が聞こえた。……ドリィさんに違いない。
ここは大迷宮第3階層、確かにあっちこっちに魔物の気配はあるが、レベル13のドリィさんがこの辺のヤツらに「ほぎゃ~~~!!」はないだろ?
駆けつけてみると、ドリィさんがズボンを引っ張り上げながらトイレから飛び出してきた。
だんな~~~! と、半べそのドリィさんを抱きとめるおれ。尻尾が引っかかってお尻が半分見えていたので、ズボンを引っ張り上げてあげる。
ガンバリ入道のこともあって一応警戒はしていたが、トイレで待ち伏せしている系の変態はノーマークだった。
「だいじょうぶ、ドリィさん? なにがあったの!?」
「あ、穴になんが……なんが……」
「――!!? 穴って、ドリィさんの?」
「? ……!! バ、バガー!! 便所の穴に決まってるべ!!」
なるほどね。
大迷宮のトイレは、囲いがあるだけで深い穴が掘ってあるだけの簡易なものだ。どうやらその穴の中に何者かが潜んでいたらしい。……男女兼用のトイレでそれをやるとは、とんでもねぇ猛者がいたもんだ。
……さてこんな時、紳士としておれはその変態にどう対処するべきだろう? とっ捕まえて説教の一つでもしてやるべきか? 説教……苦手だな……。
いや、そんな気合いの入った変態がおれの説教ぐらいで改心するだろうか? その場では反省したような素振りを見せたとしても、またすぐに同じ犯罪を繰り返すに違いない。……やっぱり痛みを伴う制裁が必要か? 制裁……気が滅入るな……。
こうばしい臭いに息を止めて、便所の穴を覗きこむおれ。
底の方からこちらを見上げる、2×3=6つの黄色い目。……うへぇ、団体さんかよ。
――ん? 黄色い目?
「ゴブリンじゃねーか」
「旦那、殺っちまってくれろ!! オイラの大事なお股を汚らわしい目で覗きこんだ糞ゴブリンどもを、殺っちまってくれろろ!!」
殺っちまってくれろろ!!? と言われましても……おれの剣、穴の底まで届かないんだが。まさか、この穴に入れと? イヤなんだが。
「ムリ、おれ、遠距離攻撃、ない」
「な~んでだよ~ぉ!!? あと、なんで急にカタコト~!?」
こんなことなら、ガンバリ入道の『先祖伝来の槍』もらっとけばよかったかな? あの無駄に長い槍なら便所の底まで届いたかも。
それにしても、ゴブリンってこんな所にも湧くんだな。便所の穴もダンジョンの内ってことか。
便所ゴブリンに復讐を誓うドリィさんを連れてトイレを離れる。もっと下の階層なら、少なくともゴブリンは湧かないだろう。
さて、目指すは第8階層、急がないと日が暮れてしまう。
再びドリィさんを抱えて飛ぼうとするのだが、ドコを触るなとかナニを擦り付けるなとかなんだかんだ注文が多い。やれやれ……気分は、思春期の娘との距離感に悩むお父さんって感じ?
結果的に、背中からドリィさんを抱っこする形で妥協点を見いだした。
「8階層まで飛びたいんだけど、トイレがまんできる?」
「……へいきだで、もう出したから」
そうか……ひっかけたのか。
むしろ災難だったのは便所ゴブリンの方だったかもしれない。
ドリィさんを抱っこして飛んでいて、ふと気がついたことがあった。
「ドリィさんって、耳が二つだね」
「? 急になにさ、あたりめーだで?」
確かに当たり前なんだが、ネコ耳のシャオさんの場合、”ネコ耳”と”人の耳”合わせて四つ耳があった。元々人族のシャオさんは、右胸に”ミラージュキャットの魔石”を埋め込むことによって後天的に”ネコ耳”と”尻尾”を持つことになったからだ。
しかし、ドリィさんの耳は”イヌ耳”が二つのみで”人の耳”はない。
彼女は魔族に属する本物の獣人なのだと、おれは改めて実感した。
「あのさ、獣人ってやっぱ、発情期とかあったり――」
「ない」
あったりするの? と、言い終わる前に食い気味で否定するドリィさん。
別にセクハラをしたいわけではなく、単純な好奇心なんだが……。
「でもさ――」
「ない」
…………。
この世界の獣人に発情期なんてないらしい。




