350 異世界、憧憬
――!? で、でかい。
日本で迎えた5日目の朝、朝食の席に不敵な笑みを浮かべて現れたナカジマは、いやにでっかく見えた。
まあ、一九〇㎝近いヤツは実際でかいのだが、いつもは細長っ! って感じなのにな。
ナカジマに手を引かれて一緒に現れたアウロラさんは伏し目がちに頬を赤らめる。こちらも妙に艶々していて色っぽい。
思わず股間が反応しそうになるが……おっと、いかんいかん。
――くっそ、ナカジマのやつめ。
きっと見えてる世界が違うんだろうな……?
朝食後、連泊で世話になった旅館『玉月』をチェックアウトする。
その時、思いがけない一悶着があった。
「は……? いや、お支払いしますが?」
「……お代は、けっこうです」
宿泊料を精算しようとした会計幹事のナカジマだったが、金はいらないと女将に言われてしまったのだ。
おれ達総勢11名が四泊と、昨夜はアウロラさんが追加で一泊。そこそこの値段になると思うのだけど?
払う。けっこうです。の押し問答をしばらく繰り返すナカジマと女将。
余分に払えと言われているならともかく、タダということなら、おれだったらあっさり引き下がってしまうところだけど、ナカジマはそういう所かたくなだ。
そしてそれは相手の女将――タナカの母ちゃんも同レベルだったようで……。
……そう。タナカの母ちゃんが「お代はけっこうです」と言っているわけで、その理由は一つしか思い浮かばない。
おれは、ナカジマと女将のやりとりをボケッと見ている、タナカをひじでつついた。
「……?」
――いや、「……?」じゃなくって、お前正体バレてっから! と、おれのスキル【共感覚】で、ようやく事態を察するタナカ。そもそも、髪や肌の色を変えたぐらいで、タナカ成分が消しきれるはずもなく……ましてや、相手は実の母である。
少し考え込んだ後、すごすごと前に出たタナカは、押し問答を続ける二人にやっと口を挟む。
「あの~、ゴメンよお母ちゃん……、この人達は違うんだ。ぼくの本当に本当の友達だから……大丈夫なんだ……」
タナカはその昔、友達面した同級生達に、この旅館で無銭飲食された過去がある。
「……!! ……だったら、どうしてっ!!?」
――と激昂するタナカの母ちゃん。
その剣幕に、関係ないシーラさままで「びくっ!」となっててカワイイ。
ぼたぼたっと溢れ落ちる涙ながらに、母ちゃんは続ける。
「……どうしてそんな関西人みたいな格好でっ!! 田舎ホストみたいな偽名まで使って……!!」
――それな……いや、関西人に対する酷い偏見はこの際おいといて。
はたして、母ちゃんから8年分の説教をされるタナカであった。
その後、タナカの父ちゃんや、兄とその奥さんも現れてみなと挨拶を交わす。
どうやら家族全員にバレバレだったようだ。
「オルフェ、でス。はじめまシテ」
タナカに、ぼくのパートナーです――とトレンディな言い回しで紹介されたオルフェさんが、片言の日本語で挨拶する。
「イエーーース!!」
「猛、でかした!!」
――と、タナカの兄ちゃんと父ちゃん。血は争えない。
もう一泊していけと誘うタナカの両親を、近いうちにまた来るとかなんとか言いくるめて、おれ達が旅館『玉月』を後にする頃にはもう昼近くになっていた。
結局、タナカの母ちゃんは最後までおれ達の宿泊代を受け取らなかった。
まあ、おれがスキル【世界創造】限定解除で旅館をまるごと『修復』しといたから、長い目で見たら旅館『玉月』に損はないはず。
徒歩でショタベリアス様達が買った廃旅館にぞろぞろと移動。
ベリアス様とエルフメイドのルカさんハナさんは、今日からここに住むことになっている。
金を出したのはナカジマだが、代わりに王都のジーナス屋敷は好きにしていい約束だ。
そこから、先ずはラダさまがアメリカに向かって旅立つ。
途中までは、ナカジマが【空間転移】で送ることになっている。
行けるところまでとか言っていたが、おれ達がこっちに来た時に繋がった雪山が、どうやらカナダの山中だったらしいので、そこに跳ぶそうだ。
確かに、カナダとアメリカってなんとなく近かったような気がする、地図で見た感じ。
「またねー、ラダさまー!! またねー!!」
「シーラさま、今度会ったら『紳士同盟』に入れてあげますよ。なぜなら、わたくしはリーダーだから! 一緒にダンジョンに行きましょう?」
「いくー! なぜならシーラは、シンのぼうけんしゃだからー!」
突然の別れに、半べそのシーラさまが手を振る。
二人はすっかり仲良しだな。
「それではみなさん、ごきげんよう! 二年たったら、忘れずに迎えに来てくださいねー!」
タマネギ頭の全身鎧『銀のセラフィム』を身に着けたラダさまは、そう言い残してナカジマと共に【空間転移】して消えた。
ほどなくして、ナカジマだけが戻ってくる。メガネが曇り、頭にはカナダの雪がちんまりと積もっていた。
――さて、そしたらおれ達も帰るとしようか。
ナカジマに預けてあったガリアンソードを受け取るおれ。
――シュパ! パ! パ!
スキル【超次元三角】! 空間を三角に切り開き、次元の向こう側への窓を開く。
――シュパ! パ! パ!
続けてもう一度【超次元三角】! 次元の向こう側を更に切り開けば、その先がおれ達の帰るべき異世界だ。
三角の窓の向こう側に、どことも知れない森が見えた。
少し離れた場所にゴブリンの気配があるので、俺達の知る異世界であることは間違いなさそうだ。
「それじゃあベリアス様、ルカさんハナさんも、おれ達はこれで帰りますんで――」
「ああ。ヤマダ――それに、タナカさん、ナカジマさんも、本当に世話になった。礼を言うぜ!」
素直に頭を下げるショタベリアス様。
それに倣い、エルフメイドのルカさんハナさんも頭を下げる。
「まあ、ちょくちょく様子を見に来ますんで。くれぐれも、法にふれるようなことはやんないでくださいよ?」
「なにか困ったことがあったら、ぼくん家のお母ちゃんとかに相談してよ。友達三人が近所に住みつくって言っておいたからさー」
「いよいよなら、ラダ様やモガリアさんに連絡を取ってみるのも手だろう。あの二人なら、たいていのことはなかったことにできるだろう、あくまでも最終手段としてだが」
「……ああ、そうだな。……友達か、悪くないもんだ。俺はニッポンの学校で、幼なじみと友達をたくさん……、今度こそたくさんつくるぜ! ……ありがとう、俺の……最初の友達よ!!」
そんなことを言いだして目をうるうるさせるショタベリアス様に、こっちまでつられてうるうるしてしまう。
おれ達は最後にもう一度別れの言葉を交わすと、ナカジマの【空間転移】で、三角の向こうの更に向こう側に見える森へと跳んだ。
別れ際、思い出したように……いや、実際たった今思い出したんだろう、ベリアス様が付け足す。
「――そうそう、俺ん家の地下に氷漬けのでかい魔物が一体いるぜ! 親父がどっかで見つけてきた、真顔のタコみたいなヤツな? 数日ほっといたからって自然に解凍して動き出すなんてことはないと思うが、見た目キモくて禍々しいから、早めに始末することをおすすめするぜ!」
……フラグ止めて!!
こうして、アメリカに旅立ったラダさま、日本に永住することにしたベリアス様とルカさんハナさんを残して、おれ達八人は異世界へと帰還した。
ところで、異世界生まれの五人――ナタリアちゃん、オルフェさん、ロッドさん、アウロラさん、シーラさまは、次元を超える特異な旅行を経験したことで各々一つずつレベルアップしたそうな。
そして、昨夜特別な経験を積んだナカジマはレベルが五つ上がったそうな。
どうりで、でっかく見えるはずである。
……くっそ、ナカジマのやつめ。
きっと見えてる世界が違うんだろうな。




