349 『異世界チートタナカ~わたしを日本につれてって③~』
どうもー。タナカです。
温泉、好きですか? ぼくは別に~。だって、実家が温泉だし、クラスのやつらには卵の腐った臭いがするって言われてたしー。
あーでも、温泉番組は大好きですよ? あと、二時間ドラマ『混浴温泉美女連続殺人事件』シリーズとかも。
4日目――!
その日ぼくは家を買った。
日本に残るベリアス様とエルフメイドのルカさんとハナさんが住む用に、売りに出ていた廃旅館を現金で購入。ぼく、億単位のお金なんて初めて見たよ。
てゆーか、ナカジマ氏、なんでこんなお金持ってるの?
そのナカジマ氏だけど、前々から準備していた「ざまぁ」がいよいよ佳境だとかで、ヤマダさんと一緒にそっちにかかりきりだ。
そうなると、今日中に日本の不動産を売買契約しようとすると、手が空いているのはぼくしか残ってなかったというわけだ。ベリアス様達はこっちに戸籍も印鑑証明もないからねー。
「そんなわけで、ぼくの名義になってますからー、皆さんはこっちでは『タナカ』ということでー」
「む、家名か? 家名なら俺は『ヤマダ』と決めている! 俺に勝った男の名だからな、王者が名乗るにふさわしかろう! ――ヤマダ・ベリアス! うん、悪くない!」
「――え!? じゃあ私は『ナカジマ』にします! ハナは『タナカ』になさい?」
「え? え!? ずるいよ、ルカー」
……ちょっとー、なんで「タナカ」がハズレみたいな扱いになってるのー?
あー傷ついた! ぼくのナイーブなハートが傷ついた!
謝ってー! ぼくと、全国の「タナカ」さんに謝ってー!
「おい、二人共、なんだその態度は! 俺達のために世話を焼いてくれてるタナカさんに失礼だぞ!」
「す、すいません……」
「タナカ様、大変失礼いたしました……!」
言ってやって! ベリアス様、言ってやってよ!
「お前等エルフでメイドのくせに調子に乗るなよ? お前等なんか『タナカ』で十分だ! タナカ・ルカとタナカ・ハナで決まりだ!」
そうだ、そうだ! 「タナカ」で十分……ん?
……まあいいか。二人共、ぼくの嫁っていう設定ね。
「でもこの廃旅館、値段のわりに結構ぼろいねー。雨漏りとかしてそうじゃなーい?」
「それは心配無用だ。なんでもヤマダのスキルでまるごと『修復』できるらしいからな」
えー、なにそれ聞いてない! ぼくん家の旅館もお願いしたいんだけどー!?
それに、ルカとハナは掃除がプロだからな! ――と、ベリアス様。
三人はなんだかんだ仲がいいよねー。
その後もぼくは、電気、ガス、水道、ネット環境と世話を焼いた。
そして、早速部屋の掃除に取りかかったルカさんハナさんを残して、ぼくとベリアス様は、日が傾いた頃旅館『玉月』に戻る。
さて、俺はこれからエロゲーだ! ――と宣言して、部屋に帰っていくベリアス様。
他のみんなは、まだ戻っていない。ナカジマ氏とヤマダさん以外の面々は、さいたまでアイドルのライブを観たり高崎でスパゲッティを食べたりしてるはずだ。
ぼくはふと思い立って、旅館で働く家族達の様子を見に行くことにした。
厨房はお父ちゃんの縄張りだ。
――いたいた。
今晩客に出す料理の手を止めて、辛そうに腰を叩くお父ちゃんに、スキル【肉体治療】と【状態異常治療】を発、動!
――腰、治ったでしょ? 多分十歳ぐらい若返ったはずだから、長生きしてね。
受付に兄ちゃんと兄嫁がいた。
子どもができないのは猛のせいなんて言ってたけど、ぼくがいなくなった後も結局、子どもできなかったみたいだねー? だから言ったじゃん。
――スキル発、動! 二人共十歳若ければ、まだワンチャンあるんじゃない? いつまでも仲良くね。
――さて、お母ちゃんはどこかな?
旅館内をうろうろ探すと、清掃で空き室に出入りしているところを発見!
…………。
なんか、ちっちゃくなっちゃったなー、お母ちゃん。
――スキル【肉体治療】、【状態異常治療】発、動! 家族全員平均的に十歳ずつ……ああっと!?
遠距離から発動したっていうのに、お母ちゃんが突然こっちを振り向いた……まったく、勘のいいお母ちゃんだ!
良くなかったのは、慌てて廊下の影に隠れてしまったこと。こんなの怪しすぎるよ、ぼくのバカ!
近づいて来るお母ちゃんの足音に更に慌てたぼくは、すぐ横の客室「れんげつつじ」の間に飛び込んだ。……セーフ!
――ん? なんか臭いな?
てゆーか、暗い。なんでこの部屋、こんな薄暗くしてるの?
あれ、もしかして……、鍵がかかってなかったから空室だと思っちゃったけど、もしかしてお客さんいた?
「す、すいませーん。部屋間違っちゃったみたいで…………え!!?」
暗い部屋に目をこらすと、畳に真っ赤な血だまりが広がっていた……!
その血だまりの中央で、浴衣をはだけて乳房を放り出した老女が正座したまま突っ伏している~!
ヒッ……で、出た~~~!! ぼくの知らないうちに、実家が心霊スポットになってた件~!!
……!? いや、これ違う……幽霊じゃない! だって、ぼくのスキル【魂の回帰】が効かない!
――いや、むしろ効いた……!
がふっ! っと、老女がむせる。
老女は幽霊ではなく、死にたての死体だったようだ。
スキル【魂の回帰】――さまよう魂をあるべき場所に返す! で、昇天成仏するではなく、どうやら一時的に息を吹き返したらしい。
だけどこのままではまたすぐに息絶えるだろう。
ぼくは彼女を抱き起こすと、慌ててスキル【肉体治療】を発動! 老女の腹の傷を完璧に癒やした。
これって、どうみても自殺だよね? 老女の手にはべっとり血の着いた短刀が握られていた。
それにしても、「切腹」って――凄まじいな……。
まもなく、老女はぼくの腕の中で目を開けた。
「……あら、アタシ……、死に損なったのね……?」
「お客さん……、部屋でこんなことされると困るんですけどー」
「あなた、旅館の人? ごめんなさいね、弁償するわ。お金なら、たくさんあるの」
「はあ……」
「ああそうね。アタシがこんなことした理由でしょ? 話すわ」
いや別に……と出かかったぼくだったけど、彼女は話す気満々のようだ。
「――ところであなた、アタシのこと知ってる? 知らないかしら、今の若い人は」
「――え? ……あ! もしかして――、木ノ花ルルさん!?」
その時になって初めてぼくは、彼女が往年の美人女優、木ノ花ルルさん本人であることに気がついた。
ルルさんは、ぼくの反応を見て満足そうに微笑むと、情緒たっぷりに語り出す、自分が腹を切った理由を。
その声は、年齢を感じさせない勢いと自信に溢れていて、とてもさっきまで死んでいた人とは思えない。ましてや、自ら死を選ぶなんて、とてもとても――。
「――三十年愛され続けて、アタシの代表作と呼んでもいい人気ドラマ『混浴温泉美女連続殺人事件シリーズ』が、この春、ついに最終回を迎えるの……ここ、伊香保温泉旅館『玉月』を舞台にね」
――な……なんだってー!?
でもまあ三十年も続いてたのかー、あのシリーズ。地上波で乳首出すの難しい世の中になったしねー、仕方ないかー。
ちなみにウチの旅館、混浴じゃないんだけどね。
「それもこれも……共演の男優ども、古腰一発と下野平助がーっ!! あいつらがーーーっ!!」
びくっ!?
「――不倫、援交、セクハラ、次々と不祥事を起こした挙げ句っ! その挙げ句っ!! 主演女優をー!? 主演女優のこのアタシを、若い女に変えろだとぉぉお!!? 往年の美人女優、木ノ花ルルをーっ、ピチピチのねーちゃんに変更しろとかぬかしおって~~~!!!!」
ヒエェェェッ……。
誰がババァじゃ~!? あんたらだってとっくに還暦過ぎてるだろがぁ、ひひジジィどもめ~!!? と、チョー怖い往年の美人女優。
「……だけど、アタシも七十二歳。悔しいけど自分でも解っていたの、女優として……かつての輝きが失われつつあることなんて――。だからアタシは、悔しかったけど……本当に悔しかったけど受け入れたの、アタシの……木ノ花ルルの『混浴温泉美女連続殺人事件シリーズ』が、今回をもって幕を下ろすことを……!!」
うーんそうか。確か女刑事の役だったと思うけど、刑事だったら定年退職してるはずの年齢だもんねー。
自分でも納得の最終回だったなら、なんでハラキ~リ! なんてことになっちゃったんだろ?
――それはいいの。アタシが絶望したのは、もっと別のことよ……と、ルルさんの長セリフは続く。
「言ったとおり、三十年も続いたこのシリーズ。アタシの女優人生は『混浴温泉美女連続殺人事件シリーズ』とともにあったと言っても過言じゃないわ! だから決して少なくない感謝と言い得ぬ愛着があったのよ。……だからこのアタシが――往年の美人女優、木ノ花ルル自ら、最終回でメガホンを取る監督にとある提案をしてあげたのよ!!」
「そ、それは……!?」
ルルさんの熱演に飲まれて、ついつい合いの手のようなセリフを口にしてしまうぼく。いや~女優さんってなんかすごい!
「――それは、最終回サプライズヌード!! 視聴者が三十年待ちわびた、往年の美人女優、木ノ花ルルのタオルなし入浴シーンの解禁よ!!」
…………。
守備範囲の広いぼくでも、さすがにそれは……。
提案された監督さんも、さぞかし困ったんじゃないかな。
「――視聴者は、忘れられない経験をすることになるわ!! インターネットは大炎上の祭りになるの!! って、思ったのよ? ……でも監督から返ってきた答えは、アタシの予想とは違うものだったわ。『あと十年早く言って欲しかった』ですって……なんて無慈悲な言葉の刃」
……「十年」? 監督さんの優しさと心遣いを感じるのは、ぼくの気のせいかな?
あと、「大炎上」の意味、ルルさん、なんか間違ってない? いや、実際に放送されたら大炎上するだろうけどさ。
「――どうせっ! アタシのヌードなんて誰も求めてないのよっ!! 往年の美人女優、木ノ花ルルは終わったのよっっ!! アタシは絶望したわっ!! 絶望して、腹いせに死んでやることに決めたのよっ!! アタシらしく、潔く、腹かっさばいて死んでやることに決めたのよっっ!!!!」
「お、落ち着いてルルさん! ルルさんは、終わってないですよ。まだまだ、女優として求められてますって!」
「女優としてですって!? 往年の美人女優、木ノ花ルルに向かって、女優としてですって!!? あなたみたいなシロウトに何が解るっていうの!!?」
「あーいえ……ぼくは、その……『混浴温泉美女連続殺人事件シリーズ』の一ファンとしてですね……その……」
「ファンですって!? だったらあなたは、アタシの入浴シーンが見たかったとでも言うの!!?」
「あ……えー、それはまあ……最終回は非常に残念かなと……」
「そんなこと、どうでもいいのよ!! あなたはアタシが抱けるの!!?」
「……え? それは、ちょっと話が飛躍してるんじゃ……」
「死ぬわ!! やっぱり、死んでやる!!!!」
「いえ、抱けますー! ぜんぜんオッケーでーす!!」
~~~!!?
思わずそう言ってしまった次の瞬間、ぼくは唇をぶちゅっと奪われていた。
血の味がねばっと口の中に広がる。こうなってしまっては、致し方ないよね……。
――たっぷり三時間後、ぼくは「れんげつつじ」の間をあとにした。
……正直言って、意外に悪くなかった。
帰り際、ルルさんに怪しいメーカーの栄養ドリンクをもらったけど、ちょっと怪しすぎて飲む気にならない。後で、ナカジマ氏にでもあげようかな?
さて、その後のルルさんですけど――。
七〇歳を超えてなぜか四十代全盛期の美貌を取り戻し、往年の美人女優改め、永遠の美人女優として彼女は、芸能界で奇跡の再ブレイクを果たすのです。
とあるインタビューで、ルルさんは語りました。
「――若さの秘密ですって? 実はね、伊香保のとある旅館で、エッチな座敷童に出会ったのよ。彼がアタシに、魔法をかけたのウフフ……本当よ?」
ルルさんの言葉は業界内でまことしやかに広まって、特定されたうちの旅館『玉月』と「れんげつつじ」の間は数年先まで予約がいっぱいの大盛況! 新館が建つほどの利益をもたらしてくれるのだけどー、それはもう少し先のお話だったりするのです。




