286 秘宝の番人
王都の大迷宮56階層でおれは、ヤスダの死体から装備を剥ぎ取っていた。
ちょっと罰当たりな感じもするが、このまま裸足というのもちょっと落ち着かない。
今更ではあるけれど、50階層の休憩所でシマムラさんに『クラムボンの鎧(脚部)』を返却してからおれは裸足だ。
シマムラさんは元々履いていた靴を「よかったらどうですか?」と薦めてくれたが、その時は「へいきへいき」と軽い調子でお断りした。
だって、死んだテリーが買ってくれたブーツとか言うからよ……。
まあそれでも、ここまでシマムラさんに「鎖」で引っ張ってもらったり、おんぶしてもらったりしてたのであまり気にならなかったが、戦闘中などずっとスキルで20㎝【浮遊】しているのは、いまいち踏み込みがふんわりしてしまう。
まあそんなわけで、周囲を見渡すと、ヤスダの足にもう彼には必要のない革靴があったというわけだ。
ちなみに、ヨシザワの靴は黒焦げだし、ヤグチの靴は【巨人化】したときにはじけ飛んだので、ヤスダの遺品一択だ。……フトモモからたれた血がちょっと着いてるけどね。
>装備 メケメケ皮ブーツ【防御+10】、【防水】、【防臭】new!
ふむ。サイズはちょっと大きいけど、まあいいか。
メケメケって知らんけど魔物か? 「魔族領」ではメジャーなのかな。
……南無。呪うならニセ勇者ヤマモトとか大魔族のべー……なんとかにしろよ?
おれはヤスダの死体に短く合掌して、その場を離れた。
――「勇気モリモリの剣」! おれは『ガリアンソード』を光らせて灯りにする。
そして、スキル【空間記憶再生】でアンディ君やシマムラさん達の記憶映像を立体的に再生する。
ヤグチから聞いたゴトウのスキルはやばすぎる。だが、アンディ君の【スキル封印】を上手く使えばなんとかなるだろう。……てか、【スキル封印】以外の対処方法が思いつかない。
それにしても……、さっきからアンディ君が繰り返し【短距離転移】を繰り返すものだから、非常に追跡しづらい。その度に見失うから時間がかかってしようがない。
であれば……と、おれは【空間記憶再生】を再検索しアンディ君達を追いかけて行くゴトウの立体映像を再生した。
――!! 早っ。
おれは、ゴトウの走るスピードに合わせて走り出す。
……が、直ぐにちょっときつくなって、再生スピードを落とす。
やれやれ、「モリモリの剣」の灯りがあるとはいえ、こんな暗い場所で全力疾走とか、ちょっと無理。
そもそも再生されているゴトウの映像自体が、心霊スポットを訪ねる大学生みたいな感じで暗いのだ。そして時々すごく明るくなるのは、ジェフ君の「地雷」っぽい罠を踏んだ瞬間だろう。
……こいつ、爆発も炎もぜんぜん効いてねぇ。スキル【魔法反射】と【物理吸収】……なんてチートな野郎だ。どこの主人公様だよ!
でもチートっぷりならアンディ君も負けてないぞ? 【スキル封印】はずるい! おまけに、【鑑定】持ちのマイちゃんというヒロインまで付いているのだから、どこの主人公様だっつーの!
若干スローでゴトウを再生し、走り続けることしばらく、元々ガタイのいいゴトウがひとまわりでかいマッチョに変身する。
おっと、どうやらスキル【超人化】を使用してスピードを一気に上昇させたようだ。
――早っ。再生スピードを落としているのにこの早さかよ……とか思っていたら、ガクンとスピードが落ちた。
……あ。これシマムラさんの【水田地帯】のぬかるみに足を取られているっぽいな。
おっと。さらに【足枷】の錘が足ばかりか腕や首にまで……。
しかし、それでも焼け石に水って感じか。ゴトウの勢いは止まらないぜ!? どうするシマムラさん!?
――ん? 不意に、おれの足下の感覚が失われる。
56階層は床もごつごつしているから深めの段差でもあったかな~~~~~!!?
気がつくと床がなかった。
ゴトウの背中に気を取られて、床にぽっかり空いた大穴に走り込んでしまった。
57階層へと落下するおれ。
とっさにスキル【浮遊】を使い落下の衝撃を殺す。――着地成功っと。
灯りを上に向けると、ちょうどゴトウが落ちるシーンだった。
追っ手を遠ざけるためにダンジョンに大穴を開けてしまうとは、大胆なことするよね。その発想はなかったぜ。
およそ20mぐらい落下したゴトウ。
その拍子に【浮灯】の魔法が消えて真っ暗になり、【空間記憶再生】が途切れる。
再検索し再びゴトウを再生し直す。案の定無傷っぽい。
暗い大迷宮で全力疾走しては時折壁に激突し方向を変える。
……無茶苦茶だ、こいつ。ミチシゲの方を再生しておけばよかった。
そんなゴトウの立体映像を追跡するおれ。
やがて上層階への階段を発見するが、ここに来るまでにたっぷり2時間はかかってしまったと思う。
てか、上りの階段のすぐ隣に下りの階段があるじゃねーか!?
結構時間経ったし、もしかしてアンディ君達はこの階段をもう通過したかも?
そう思ったおれは、検索し直そうとしたが……ん? ためらうことなく上層階へ向かう選択をしたゴトウの立体映像だったが、急に様子が変わって大きく飛び退いた。
……おいおいまさか、アンディ君達と鉢合わせになって戦闘が始まったのか!?
おれはゴトウが戦っている相手の姿を検索し、再生した。
――!?
なんだあれは!? ゴトウは何と戦ってる? 魔物か?
白くて長い髪とヒゲの猿っぽい……人間? おれは映像を一時停止してじっくり観察してみる。
よくマンガとかで長い髪の毛で乳首を隠している女性キャラとかいるが、長いヒゲで股間を隠しているおっさんとか誰得だよ? 腕が妙に長くて魔物の様ではあるが、股間で見え隠れするモノはまあ普通……より、ちょっと大きいか? まあ人間サイズだ。
おれは一時停止を終了し二人の戦いの行方を見守る。
――げげ……うそだろ!? あっという間にゴトウがやられてしまった。
なにがどうなったのかよくわからなかったが、ゴトウは四肢を切り落とされて床に瀕死で転がった。
てか、【魔法反射】とか【物理吸収】はどうなった? この猿っぽい全裸のおじさんも【スキル封印】とか持ってるのか? そもそも、大迷宮の57階層を全裸でうろついているなんて異様過ぎる……。
四肢を失ったダルマ状態のゴトウの襟を掴んで、階段の方へと引きずっていく猿っぽいおじさん。下へ向かうのか?
周囲を『ガリアンソード』で照らしてよく見ると、ゴトウが流したであろう血と切断された手足が残されていた。……グロい。
……やべぇ。アンディ君達やシマムラさんがあれに出会ってなければいいけど……。
階段周辺を検索すると、30分以上前にアンディ君達がここを通過したのが判った。
そして猿っぽい全裸おじさんが下りていったのがだいたい20分前……大丈夫かな?
おれは、下りの階段に向かうアンディ君達四人の立体映像の後を追いかける。
おっと、58階層に下りたら直ぐそばに59階層への階段があった。
これは楽ちん。おれはアンディ君達の映像にくっついて、59階層への階段を下りていく。
――な!? なんだここは!?
59階層に下りたときには他の階層とそう代わり映えのしない場所だと思っていたのだが、壁をよくよく照らしてみたらドッキリ、うっふん! 裸の美女達の石像がずらりと並んでいるじゃねーか!?
おれは思わず手近の一体に手を伸ばしその曲線をなぞる。アンディ君達の立体映像はおれを置いて先に行ってしまったが、そんなこと今はいい。先ずはこの美女達を吟味しなければ。
……!! な、なんと精巧な!! ……ええっ!? そんなところまで……!?
すげえや! ここはなんていう秘宝館だい? 王都の大迷宮59階層の「大秘宝館ですぞー!!」と、ついつい声を上げて叫んでいた。
「わあ!? びっくりした。なんだい君は、いつからいたの?」
「あっ、えっと……どうも。入場料が必要でしたか……?」
――って、よく見たらさっきの猿っぽい全裸おじさんじゃないか……!? やべえよやべえよ、早速見つかってしまった。
「いや金は取ってないよ。……君もあれかい? 下の階層に行くのかい? 止めやしないよ、男子はね」
見た目に反して、案外若々しい声だ。
この猿っぽいおじさん、壁に向かって何をやっているのかと思えば、どうやら壁をガリガリ素手で削って鋭意創作活動中らしい。
「も、もしかして、ここにある石像は全部あなたが作ったんですか!?」
「そうさ、すごいだろ? 全部オレの嫁さ」
「いや素晴らしいです。おれにお金があれば、一体依頼したいぐらいです」
「金かー、金はいらねーなー」
そう言って、猿っぽいおじさんは創作活動に戻る。
固い壁を粘土でもこねるように素手で削り、みるみる内に美しい女性のフォルムが現れる。まるで、元々壁の中に居た人間を発掘したかのような腕前。……すごい。
……!?
てか、この石像の弾けるロケットおっぱい。
引き締まった腹筋。
後ろの方まで続く濃いめの……。
はち切れんばかりの筋肉質で長い脚。
……シマムラさんじゃね?