348 『異世界チートタナカ~わたしを日本につれてって②~』
「どうもー。タナカです。……って、あれ? なんで冒頭のセリフにカギ括弧付いてるの?」
「――え? 今回のエピソードは一人称視点じゃ書きにくいって?」
「あーまあ、そういう事情なら仕方がないね。そんなわけで、『異世界チートタナカ~わたしを日本につれてって②~』をどうぞ~!」
タナカは、誰にともなくそう言った。
***
日本滞在3日目のこと、タナカとオルフェは連れだって郊外の大型ショッピングモールに出かけた。異世界では珍しい食品などを大量に仕入れて持ち帰るためだ。
具体的には、カレー粉とチョコレート、それにコーラ。その他、タナカが個人的に時々食べたくなる、カップ麺やスナック菓子なども。
「道場のみんなへのお土産、なんにしようかー?」
「そうですね、あの肌触りのいい洋服や下着なんか喜ぶと思いますけど? あと、靴とか」
「いいねー。それ、採用!」
「いえ、他にもなにかいい物があるかもしれません。私、もう一周してきます」
予算の許す限りの買い物をすませてそろそろ帰ろうかとか思い始めた頃、タナカに声をかけるものがあった。
「お前、田中かよ!?」
「――!? あ……、梁瀬くん……」
短い髪を茶色に染めた大柄の男はヤナセ・ダイゴ。高校時代、タナカを三年間奴隷のように扱った同級生達のリーダー格である。
「ブハッ、なんだよその頭!? お前今、何やってんだよ? 旅館じゃねーの?」
タナカはスキル【擬態】で肌や髪の色を変えていたが、その姿は本人が思うほどタナカ成分を消し切れていなかった。
「え、えーっと、ちょっと、海外? ……みたいな? 今は、一時帰郷で……」
「ふーん、そうか。たまにはまた集まろうぜ? な?」
「あ、うん……でも……」
「アンタ~ちょと、来てよぉ~! ……? 友達~?」
以前、実家の旅館で無銭飲食された思い出がよみがえり、返答を言いよどむタナカだったが、場をわきまえない女の大声に遮られる。
「――って、田中じゃん!? ぷはっ、ナニその頭~!? 失笑~!!」
「やあ……、久しぶり」
会話に割り込んだ針金のように痩せた派手な女は、ヤナセの妻だった。
タナカは彼女のことを一度遠目に見たことがあったが、たった今初めて同じ中学の同級生だったと気がついた。ただし、名前までは思い出せない。
「…………!!」
「…………!!」
タナカを指さして笑っていたヤナセ夫妻だったが、突然息を飲んで黙り込む。
なにごとかといぶかしむタナカだったが、二人の視線はいつの間にかタナカの隣に立っていた黒髪のエルフ、オルフェに注がれていた。
その中性的な美貌に、言葉もないヤナセ夫妻。
「……田中、彼女は……?」
「えっと、なんていうか……」
説明に困るタナカの手をそっと握ったオルフェは、ヤナセ夫妻に向かって会釈し、妖しく微笑んだ。
「いつもありがとう、オルフェさん――」
ヤナセが去った後も、タナカの手は小刻みに震えていた。オルフェは、握った手に力を込める。
「――今の彼が、前に話した梁瀬くんだよ。あっちの世界でレベルアップした今のぼくなら、簡単には負けないと思うけど……、どうしても苦手意識があってさー。あはは……情けないねー?」
「復讐、したいですか?」
「……いいや。そんなのぼくらしくないしー、むいてないよ。でも、今のはちょっと痛快だったよねー? これって、『ざまぁ』なんじゃないかなー?」
「……? なにが?」
「あの梁瀬くんが……ふふっ……負けた~! って顔してたよ。……ぼくのオルフェさんが、あんまり綺麗なんでさ」
「……!」
***
ヤナセ・ダイゴは、妻子をフードコートに残し一人、屋上駐車場でタバコに火をつけた。
「――ウィーッス、オレー。今さ、ベーシアに居るんだけど、肉団子田中に会ったぜ。――それがさ、あいつ頭、銀に染めてて笑っちまうの。――なんか海外に居るらしい、一時帰郷だと。――デブのくせに、いい女はべらせやがって、ムカつくんだよな――」
高校時代の仲間とスマホで話ながら、ヒートアップしていくヤナセ。
「――でさ、また久しぶりにあいつん家の旅館に集まらね? もちろん、あいつのおごりでさ」
しかし、かつての仲間の反応は「お前、まだそんなことやってるの? 普通に犯罪だぞ、それ?」と、ヤナセの予想と違い冷めたものだった。
つい最近まで彼と一緒に悪さを繰り返していたというのに、そんなことはすべて過去のこと、若さ故の過ちとして、自分の子供には「いじめはいけない」などと言ってみたりする賢明な大人になっていた。
――チッ! と舌打ちして、ヤナセは通話を終えた。
長くのびたタバコの灰が風に崩れて落ちる。
吸い殻をポイ捨てしようとしたその手を、冷たい手が掴んでひねった。
「――!? ――っ痛う、なにしやが――って、あんたは!?」
ヤナセの手を強い力で握ったのは、オルフェだった。
『ゴミは、ゴミ箱へ』
「はぁ!? 田中の野郎に言われて来たのか? ……っ。痛えよ、離せ」
オルフェに日本語はほとんど通じないし、オルフェの異世界語もヤナセには意味不明だ。
『優しいタナカは、あなたを見過ごすつもりのようですが、私は違います』
タナカにはトイレに行くと言って、店内で待ってもらっている。ここに来たのは、オルフェの独断だった。
「おい、判んねぇのか? 離せよ!! 「「……離せって言ってんだよ!!!! ……うっ!?」」
ヤナセのドスのきいた声が、ヤナセ自身の耳に本人が意図したよりも大音響で響いた。
『『タナカはあなたによって三年苦しんだとか。若い時の三年は長いですね、人族にとっては特に』』
「「――な、なんじゃこりゃ!? うるせぇ!? うっ……」」
オルフェの異世界語もヤナセ自身のつぶやきさえも、ヤナセには耳を壊すほの音量で聞こえていた。
この異常な状況は、この女に手を掴まれているせいか? と察したヤナセは、空いている方の手で振りほどこうとしたが、突然目を開けていられないほどの強い光に視界を奪われ、思わず顔を覆う。
『『エクストラスキル、コール【コンフィグ】! あなたの「音量」と「明るさ」を設定しなおしました』』
「「う……、うるせぇ! 何言ってるか解らねえけど、もっと小さい声でしゃべってくれ……」」
『『このスキル、あっちの世界なら世界の環境設定に干渉することができるのですが、こちらの世界では対象にいちいち触れなければならない』』
「……?」
『『私はこの設定でもいいと思うのですが、労働力であるあなたが再起不能になって、あなたの家が没落することを優しいタナカは望まないでしょう。そうすると、いじれそうな所は……』』
気がつくと、ヤナセは屋上駐車場で耳を押さえてうずくまっていた。
うっすらと目を開け、オルフェの姿が既にないことを確認する。「明るさ」は、元に戻っていた。
次に、手のひらで耳を叩いて、「音量」も元に戻っていることを確認した。
「くそっ、なんだったんだ、ありゃ……魔女かよ……!?」
悪態をつき強がるヤナセだったが、オルフェの姿を思い出すと肝が冷えた。
もうタナカにちょっかいを出す気にもなれず、二本目のタバコに火をつける。
くわえると瞬く間に灰になるタバコ。……このタバコ、こんなに短かったか? とヤナセは思った。
オルフェは去り際に、ヤナセの設定「音量」と「明るさ」を元に戻したが、別項目の設定を変更していた。
――それは、「時間の流れ」。
あくまでも体感的なものであるが、ヤナセの体感時間は今後生涯二倍の速さで流れる。
夕焼け空、名も知らぬ鳥の群れが飛ぶ。
タナカとオルフェは、ナカジマの迎えを待たずに歩きで帰路についた。
荷物はすべてオルフェの【空間収納】の中だったし、レベルアップしたことで、タナカも歩くことが昔ほど苦にならなかった。
「――鳥ですね」
「うん。一瞬、ハーピーかと思っちゃったよ」
「ちょっと昔は、あっちの世界にも空を飛ぶ鳥がいたんです」
「40年前だっけー? 鳥が空を飛ばなくなったって」
「ユニコーンとかバブルスライムも、最近ではあまり見かけなくなりました」
「絶滅危惧種ってやつ~?」
日が暮れると急に寒さが増す。
旅館への帰り道は、徐々に勾配を増していく。
タナカは早くも、スマホでナカジマを呼びたいと思い始めていた。
「……あと、オリジンエルフ」
「……あー」
「実は私……、1万年生きてるんです。そして多分、この先も……」
本当は2万年だが、オルフェは1万年さばを読んだ。
「いいじゃない、何万年でも。一緒にスローライフしようよ?」
「タナカ……?」
「ほら、ぼく、スキル【状態異常治療】で若返ることできるから、世界の終わりまで生きるつもりだよ? でさ、オルフェさんが一緒に居てくれたら寂しくないし……エッチもできるし」
「ふふっ……スローライフですか。タナカがそういうなら、世界の終わりまで一緒に――」
「ところでさ、そろそろナカジマ氏呼ばない?」
「……ダメです」
結局その日、タナカとオルフェはたっぷり時間をかけて徒歩で旅館に帰った。




