343 『モガリア・ファンタジー』
19年前にアメリカが行った異世界転移実験は失敗した。
しかし、その実験に便乗して、目に見えない幽体である森永アリアことモガリアはたった一人、異世界到達に成功するのだった。
次元を超えるゲートを抜けてモガリアが降り立ったのは、大陸の最北――現在では「大深域」と呼ばれる最も魔力含有気体の濃い場所だった。
アメリカ人エージェント達はその毒気にあてられひとたまりもなかったが、幽体であるモガリアにはまったく影響なかった。
――ここが異世界? 半信半疑ではあったが、モガリアはワクワクを止められなかった。
死んでしまったアメリカ人エージェント達のことを悼みつつも、好奇心でいても立っても居られず、モガリアは異世界を見て回る冒険に出発した。
そして、数日で失望することになる。
モガリアの見た異世界、そこに暮らす人々は、中世以前――石器時代に近い素朴な暮らしをしていた。スキルもレベルも、魔法もなく、青銅や鉄製の武器さえも使われていなかった。
また人々の見た目も、青白い肌以外は地球人とほとんど変わらない。見目麗しいエルフもいなければ、凶暴な魔物もいない。
――退屈すぎる、彼等の文明が発展していくのを見ているだけしかできないなんて! と思ったモガリアは、その時始めて元の世界に帰りたいと思ったが、何度か試してどうやらそれもできないと思い知る。
更に、そんなことよりも差し迫った問題が自身に起きていることにモガリアは気がついていた。長い時間幽体で飛び回っていたことで、だんだんと自分の身体の境界が曖昧になり、人の形を保つことが難しくなっていたのだ。
慌てたモガリアは、大陸の最北まで引き返す。初めて異世界に到達した場所だ。
そこには、数日を経過し低温でカチカチに凍り付いた、アメリカ人エージェント達の死体があった。
その内の一体に、幽体のモガリアは一か八か乗り移ってみる。
――できた! そして、思わぬ収穫もあった。
アメリカ人エージェント達は、その身に一つずつスキルを宿していた。おそらくは、異世界転移した時に取得したものだろう。
名前さえ定まらない彼等のスキルは、凍った身体もたちまち治す「治癒」、離れた場所に一瞬で移動する「転移」、物を改造したり創り出したりする「創造」、そしてなんと過去に時間移動できる「時間移動」。
モガリアは、それら四つの死体を乗り換えることで、四つのスキルを自由に使用できた。
死体を乗り換える度に、生前は優秀で野心に溢れていたであろうエージェント達の影響を少しずつ受けることになるのだが、モガリアがそのことに気がついたのはだいぶ後になってからだった。
――これらのスキルを使って、私がこの世界の文明を発展させればいずれ……いや、そんな悠長なことをしなくても――それは、ふとした思いつきだった。
先ずは「治癒」と「転移」、「創造」のスキルを駆使して、モガリアは異世界人達に取り入った。
言葉は通じずとも、奇跡を目の当たりにした異世界人達が、モガリアを女神のように崇めるようになるまでにそれほどの時間を要しなかった。
それは、モガリア教の始まりであったかも知れない。
次にモガリアは、「創造」を使って「転移」を別のスキルに改造する。「転移」を失うのは惜しかったが、目的のための糧とすることとした。
できあがったそのスキルは、大陸全体を範囲とし、大陸で生きる物すべてに「ステータス」を与えた。
――その名も【神域/モガリア・ファンタジー】。
その時から、この世界には「レベル」があり、レベルが8の倍数に達した時には「スキル」を一つ取得できる。
名称の定まらなかったモガリアのスキルも、その時からステータスに確定され名称を得た。
「幽体離脱」はスキル【肉体共有】、「治癒」はスキル【再生】、「創造」はスキル【世界創造】、「時間移動」はスキル【時間遡行】と呼称される。
最後に、モガリアを信仰する信者達の中から信頼のおける者達を、スキル【時間遡行】で千年過去に送り込んだ。
彼等はレベルアップにより二つ以上のスキルを持つ者達であり、過去世界において数人でも未来を変えうる超人であった。
――次の瞬間、モガリアの時間がこの異世界に到達した時点に巻き戻る。
それはモガリアにとって最初のループであった。
世界は大きく変化していた。いくつかの国があり、法律があり、宗教があった。
しかし、スキルは失われていた。【神域/モガリア・ファンタジー】の効果は、【時間遡行】した信者達の子孫までには引き継がれなかったのだ。
モガリアはその結果に納得できなかった、これでは地球の過去とそう変わらない。彼女の憧れた異世界ファンタジーは、この程度のものではないのだ。
モガリアは一周目と同じようなルートをたどり、信者達を今度は二千年過去に【時間遡行】させる。
その際モガリアはスキル【世界創造】を使用し、スキル【再生】を持つ死体を素材にして、信者達を長寿の「エルフ」に改造した。これで、彼等と彼等の子孫は千年を生きるだろう。
モガリアは二回目のループを経験する。
世界は「エルフ」の支配する巨大な宗教国家となっていた。
「オリジンエルフ」と呼ばれるようになった信者達と、モガリアは二千年ぶりに再会を果たした。
女神として歓待を受けるモガリアだったが、その夜、暗殺されそうになり命からがら逃げだすことになった。
二千年の月日が信者達の心を変えた。今となっては、モガリアの存在は邪魔者でしかなかったのだ。
モガリアにとって三回目のループ。
今度は、スキル【世界創造】で数体の「妖精」を生み出し、二万年過去に送り出した。
「妖精」には、【自己増殖】と【世界創造】、【神域/モガリア・ファンタジー】の能力を与え、”自然環境の保全”や”ダンジョン創作”、”ステータス能力のメンテナンス”といった役目をプログラムした。
一緒に送り出した「エルフ」達を両性具有に改造したのは、前回酷い目に遭わされた腹いせでもあった。
――結果、「境界の山脈」の北側に「魔族」が住みつくようになっていた。
ダンジョンから溢れ出た「魔力含有気体」の影響で、獣は「魔物」となり、人間は「魔族」となった。
「魔族」達は迫害を受け、「境界の山脈」の北側――後に「魔族領」と呼ばれる地へと追いやられたのだ。
人族と魔族の間では、繰り返し争いが起きた。
「魔族領」は魔力含有気体が濃く、人族が攻め入ることは少なかったが、魔族は頻繁に「境界の山脈」を超えて人族の領域を侵した。
歴史上、魔族領に時折現れては人族を滅亡寸前まで追い込む「魔王」に対抗するためモガリアは、異世界から8年おきに減った分の勇者を11人まで補充召喚するスキルを大陸全体に展開する。――そのスキルは皮肉にも、【魔界/我は求め訴えたり】といった。
召喚され易いのは、”異世界に興味のある者”や”元々はこちらの世界で天寿をまっとうしたがたまたま地球に転生した者”などである。
スキル【魔界/我は求め訴えたり】を持たせた「妖精」を、一万年前に送り出す。
その後も、「境界の山脈」に10柱の「神獣」を配置する、宇宙から天魚の襲来に備えて強力なスキル【次元切断】を持つ勇者を過去に送り込むなど過去への干渉を繰返し、その度に世界は大きく小さく変化しやがて、モガリアが当初から思い描いていた異世界ファンタジーを形作っていく。
そして千年前、「境界の山脈」のほぼ中央に神域をかまえていたはずの「蛇神ムシャウジサマ」が、その場所を奪われるという事件が発生した。
その事態に対処するため、とうとうモガリアは自分自身で過去へと【時間遡行】する。




