341 行けたら行く
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「明日、アメリカに発つそうだ」
「ナカジマ氏が送っていくんじゃないのー?」
「行けるところまでは送るが……あいにく、アメリカまでは行ったことがないものでな」
おれ、タナカ、ナカジマの三人は、旅館『玉月』大浴場の温泉に浸かりながら、日本で過ごした四日間を振り返っている。
おれ達一行、明日にはあっちの世界に帰る予定なのだが、ショタベリアス様とエルフメイドのルカさんハナさんは日本に移住することを早々に宣言していた。
そして今日になって、こちらに残ると言い出した人がもう一人……。
「ふ~ん。そこからは、自力で海の上を行くのか~。でも、アメリカなんて、本当に一人で大丈夫なのかな~?」
「そうだな。何か聞いているか、ヤマダさん?」
「それなんだけど、実は一人じゃないんだ。言おうかどうかちょっと迷ったんだけど……」
「……!?」
「……!?」
***
昨日――日本に来てから3日目、おれは実家の様子を見に行った。
おれ自身にそんなつもりはまったくなかったのだが、ナタリアちゃんがどうしても行きたいと言うので、とりあえず家の前までは行くことにした。
……はっきり言って、今更母親に合わせる顔がない。
でもこの機会に、ナタリアちゃんと地元デートも悪くない。かわいこちゃんと一緒ならば、あの灰色の町並みも色づいて見えるに違いない。そしてあわよくば、うっしっし……。
――とか思っていたのだが、ナタリアちゃんの誘いでシーラさまも一緒に付いてきた。
…………。
……まあ、二人共楽しそうだからいいか。
「あの、くたびれた分譲住宅がおれん家です。母親と妹が住んでるはずです」
「へー、じゃあ行こう。ボク達を紹介してよ、ヤマダ」
「え!? いや……、それは止めときます。おれ多分、行方不明ってことになってるでしょうから、今更出てっても気まずいだけっていうか……それに、もうこっちに戻って来る気もありませんしね」
「そっかー、じゃあボク、ヤマダのママに挨拶して来るから待っててね?」
「ええっ!? なんで?」
「なんでってボク、ヤマダのヨメになるから、ママに挨拶しておかないとね。――シーラさまも行く?」
「いくー! なんでってシーラは、ヤマダのシンのヨメだからー!」
「え? そ……え? あ……」
――とか口ごもっているうちに、おれを残して走って行くナタリアちゃんとシーラさま。
***
「ちょ~っと待ったー!!」
タナカの声が大浴場に響き渡り、おれの回想シーンを遮った。
「な、なんだよ、タナカ氏? 急にでかい声だして」
「ヤマダさん、いつの間にナタリアちゃんとそういう感じになってたの!? ぼく、ショックなんだけど!? シーラさま、シャオさん、大司教様、もじゃもじゃ頭の子に加えてナタリアちゃんまで!? ……ハーレムじゃない!? ハーレムかよっ!? ナカジマ氏ご覧よ、こんな所にハーレム主人公様がいやがりますよ!!?」
「そう興奮するなよ、タナカ氏。たまにはいいんじゃないか? 異世界っていうのは、苦労が報われる世界でもあるのさ」
「まあ、苦労っていうか……、ナタリアちゃんにしても、おれがたまたま手に入れたスキルが彼女の求めてたスキルだったってだけで、『ヨメになる!』って言われた時もまさか本気だとは……」
「おっと、出ましたよ~! 『おれ、またなんかやっちゃいました?』的な~? 出ましたよ~! あーあ、ナタリアちゃんは、ぼくのハーレムに入るはずだったのになー!」
「男女のことなんてだいたい”たまたま”なんじゃないのか? イケメンに生まれるのもブサイクに生まれるのも、”たまたま”だし、巡り会ったりすれ違ったり、惹かれ合うのも”たまたま”――そうじゃないか?」
「……お、おう。そう言われたらそうなのか?」
「どうしたの、ナカジマ氏~? のぼせたの~?」
「私も今回の『ざまぁ』で一応の区切りが付いたと思ってな。そろそろ一歩踏み出してみようかと考えている、アウロラさんとのこと」
最近しかめっ面ばかりだったナカジマに、ようやくいつものとぼけた生真面目さが戻って来たようだ。まだEDのこととか解決していない問題も残ってるだろうけど、とりあえず「おめでとう」の言葉を贈ろうか。
でもさ――、
「本当に”たまたま”なのかなー? おれ達が異世界転移したのもそうだったのかな……?」
***
しばらく、ナタリアちゃんとシーラさまが駆け込んで行ったおれん家をボケっと眺めていたが、よく考えたらこんなところをご近所の人に見つかるのはマズイと気がついた。世間的に、おれは失踪した山田さん家の長男なのだ。
ふと思い立ち、おれはスキル【飛翔】の羽根を広げて空へと飛び立つ。
スキル【認識阻害】を発動しておくことも忘れない。こんな年の瀬の真っ昼間に空を見上げてる暇人もそんなにいないだろうけど、万が一見とがめられても、【認識阻害】の効果で、でかい鳥が飛んでるな――ぐらいに思ってスルーしてくれるんじゃないかな?
おれが向かったのは、実家から数分飛んだ所にあるお寺、この機会に親父の墓参りでもしておこうかと考えたというわけだ。
人気のない墓地に降り立つおれ。
少し曖昧な記憶をたどり、我が家の墓所を探し歩いた。
――トゥルルルル~!
武装集団からぶんどったスマホが静かな墓地に鳴り響く。
おっと、ナタリアちゃんからだ。……もう用は済んだのかな?
「もしもし、ヤマダかい? ボク、ナタリア。ヤマダのママが、話したいってさ」
「え?」
「――八郎太!? 八郎太なの!?」
「あ……うん……」
ナタリアちゃんに代わってスマホから聞こえてきたのは、八年ぶりに聞く母親の声だった。
「あんたどこで何してるの!? 突然いなくなったと思ったら、こんな若くて綺麗な女の子があんたのヨメだなんて……!? 何か、悪いことでもしてるんじゃないでしょうね!?」
「いや……ちょっと……考えがあって……今は、遠い国で暮らしてるっていうか……別に、悪いことはしてない……と思ってるけど……」
「こんな高価そうな宝石とか金塊まで……本当に悪いことをしてるんじゃないんだね?」
「……? ナタリアさんになんか貰ったの?」
「それから、”えりくさ”って健康飲料とか”そーま”ってお酒もたくさん……」
「……それ。……まあ……おれの方からもお礼言っとく」
「ところで、シーラちゃんって子は、あんたの子供なの!?」
――とかなんとか、母親からの質問攻めになんだかんだと応えていると、知らないうちに頬を涙がこぼれて落ちた。
思えば、こっちの世界でおれのことを心配してくれるのは母親ぐらいなもんだ。
だからこそ、おれはせいぜいスマホ越しに格好をつける。
「――そんなわけで、おれは遠い外国でかわいいヨメ達と幸せにやってるんで……たぶん、日本にはもう……」
「親が生きてる内に、一回ぐらい顔を見せに来なさいよ?」
「……行けたら行く」
スマホの通話を終えて、おれはみっともなくゆがんだ顔をゴシゴシとこする。
そろそろナタリアちゃんとシーラさまを迎えに行く頃合いだろうけど、せっかくここまで来たのだから墓参りだけは済ましてしまおうか。
――と言っても、お花も線香も用意してきたわけではないので、お墓の前にしゃがんで適当に手を合わせる。もちろん、お墓に話しかけたりする趣味もない。
「アリア、元気だった? あ、死んでたっけ? そっかそっか……」
――と、ご近所のお墓に手を合わせているジーンズ姿の女性にその時始めて気がついた。……いつから居たんだろ?
思わずガン見してしまい目が合う。慌てて会釈し、その場を離れるおれ。
どうやら彼女は、お墓に話しかけるタイプの人みたいだし。
「――あ、待ってください。ヤマダさんですよね?」
「え?」
背中からかけられた声に振り返り、もう一度ジーンズの彼女を注視する。
三十代半ばぐらい? 化粧っ気のない美人だ。なんていうか、とても清潔な印象。
もしや同級生? 妹の友達? ……と、記憶をたどるが該当しそうな人物に心当たりがない。
「あ、いいえ……たぶん初めましてです」
「……ですよね」
「私の名前は、森永アリアと申します。ヤマダさんには、いつも娘がお世話になってるみたいで――」
「……?」
森永アリア? 娘? ……誰のことだ?
更にもう一度、彼女の顔を凝視するおれ。……そう言われてみれば、誰かに似ているような気がしないでもない?
「――あ、モガリアって名乗った方が解りやすかったですよね?」
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