339 『夕闇のドッペルゲンガー④』
……ビビってるわけじゃないぞ!?
(ケケケ……! 誰に言ってるんだよ~?)
――そうだ、オナモミ妖精、下の様子ちょっと見てきてくんね?
いいけど~? とか言って、一階に飛んでいくオナモミ妖精。
やがて、ヤツのスキル【共感覚】が階下の”光景”と”音声”をおれに届ける。
薄々予想はしていたが、おれとオナモミ妖精は別々の身体となっても内部的にはなんらかの繋がりがあるらしい。これは便利だ。
一階店舗に訪れためんどうな客は、どうやら三人。
一見、人の良さそうな笑みをたたえた小太りのおじさんが借金取りだろうか?
ウルラリィさんに馴れ馴れしく抱きついている男と、売り物のパンを勝手に頬ばってる男はいかにも荒事担当といった感じ。
「月々の返済はきちんとしているはずです! ベネットさん、なぜ急にそんなことを――!?」
「そう言われましても、こちらにも都合がありまして。この通り借用書もございますし、ねえ?」
そう言って、細かい文字の書いてある紙をヒラヒラする小太りの借金取りベネットさん。
ウルラリィさんに頬ずりする柄の悪い男が続ける。
「いえね、ベネットさんが困っていると人づてに聞きましてねぇ? そこでどうです? 返せるあてがないなら、うちで働いちゃくれませんかねぇ? なあに、通いで構わねぇんで、ウルラリィさん? そうすりゃあ借金は立て替えますし、お給料だって出ますぜぇ」
「おい! オメー、おねぇちゃんから離れろって言ってるべ!!」
「おっとっと、賢そうな坊ちゃんじゃねぇですか。でも、行儀が悪いですねぇ?」
「止めで!! ドリィに手を出さないで!!」
「アンバーさん、その辺にしておいてください? あくまでも穏便に。それから、そのドリィはれっきとした女の子ですから、間違えちゃいけませんよ」
「そりゃ失礼。妹さんねぇ、それはそれは……将来が楽しみですねぇ?」
「わ、わかりました……その、ドリィには――」
「FF外から失礼しまーす! おれとしては、このパン屋がなくなってしまうのは非常に惜しいと思うのですが、どうでしょう? というのも、ウルラリィさんの焼くパンは王都一ですのでー!」
しばらくオナモミ妖精の目と耳を介して様子をうかがっていたおれだったが、このままだと話がまとまってしまいそうだったので、慌てて階段を駆け下りて話に割り込んだ。
「……FF? どちら様でしたかな?」
「あーえーっと、ここのパン屋に少なくない額を出資をしています、ヤマギワです。初めまして、ベネットさん?」
「ほほう。私は亡くなった店主とは親しかったのですが、私以外からも出資を受けているという話は初耳ですな。ヤマギワさんとおっしゃいましたか? 失礼ながら、その話は本当のことですかな? もしや、適当な嘘で話を先延ばしにしようとしているなどということは……?」
「ウルラリィさん、この方の言ってることは本当のことで?」
「……いえ、わたすも初耳――」
空気読んで! 話し合わせて! ――と、スキル【共感覚】でウルラリィさんの心に直接呼びかけるおれ。
「――そ、そういえばー、クルミナに二号店を出すってお父ちゃん言ってダカモナー?」
ちょっと苦しいけど、悪くないよウルラリィさん。
ドリィさんに至っては、「へーそうなんだべー」と納得している様子。
ベネットさんは小さく舌打ちすると、荒事担当の二人に目配せした。
――おっと、【危機感知】反応!?
店のパンを勝手に頬ばっていた方の男が、敵意丸出しでおれに向かって来る。
レベル30は超えているだろうパン食い男、感覚的にはオークマン・ブラザーズと同じくらいの強さかな? 武器さえあればわけないんだけど……。
なおも近づくパン食い男。
おれの目の前までやって来て――、
――そして、しゅんと消えた。
スキル【超次元三角】! 床に設置しておいた”次元の外に開く三角の窓”に、まんまと落っこちたパン食い男。……決まったぜ、初見殺し!
「て、てめえ……、テッドに何をしやがった!?」
こっちのセクハラ男はアンバーさんって言ったっけ? この手の暴力をひけらかすやからには、下手に出てるばかりだと話しさえ聞いてもらえないからな。
かといって、あまりやり過ぎてキレさせても怖いんで……相手にするなら――。
「ベネットさん、その借用書によると、返済期限はまだまだ数年先のようですけど? 書面で交わした契約を一方的に打ち切るのは信義に反するのでは? こっちにも都合がありますし」
「……私が出資したのは、あくまでもお父上のパン作りの腕前を担保としたものです。それが失われ売上げが落ち込んでいる以上、契約の見直しがあることは致し方ないことかと?」
「売上げの落ち込みは経営規模の縮小ってやつじゃないですか? おれは、ウルラリィさんの技術は決してお父上に劣るものではないと思って、クルミナ出店の2千万Gを出資させてもらったんですけどね?」
「2千万Gですと!? バカな……!?」
「に、2千万……!?」
少な過ぎてもあれなんで、ちょっと多めに見積もってみた。
ウルラリィさんまでなぜか青くなってるけど……多過ぎたかな? ドキドキ……。
「え、えーっと、そしたらアンバーさん? アンバーさんが、おれの2千万Gも立て替えてくれるんですか? ウルラリィさんなくしては、この店は閉店するしかないわけですしー」
「……証拠は? 借用書はあるんですかねぇ?」
「い、いやー、今日はたまたま居合わせただけでして……」
「まあいいでしょう。アンバーさん、今日のところはこの辺にしておきましょう。私のスキル【損得勘定】が、これ以上は良くないと言っています。――ヤマギワさん、この件に関してはまた後日、第三者を交えて話し合いの場を設けましょう。言うまでもない事ですが、その時は借用書をご用意願いますよ?」
「も、もちろん……」
「……ヤマギワさん、それで、テッドのヤツはどうなったんですかねぇ?」
不満そうに言うアンバーさんに若干ビビりつつ、おれは中空に大きめの三角を描いた。
スキル【超次元三角】で、異次元の外への窓が再び開く。
三角窓の向こう側から「アニキ~……」と、悲しげな声が聞こえてくる。
上も下もない次元の隙間からパン食い男テッドが自力で脱出するるのは無理そうかな? めんどうだが迎えに行くか……とか思っていたら、アンバーさんが三角窓に向かって手をかざした。
間もなく、三角窓から糸でぐるぐる巻きにされたテッドが引っ張り出された。
……アンバーさんの手のひらから射出された糸か? まるで、例のあのヒーローみたいじゃねーか!?
よく見たら、彼の額にクモの目が六つあるのが判った。人間の目と合わせて八つ。……どっちかっていうと、特撮モノの怪人か。
多分、おれと同じで右胸に魔石を埋め込んでいるのだろう。
「アニキ~、すまねぇ~……」
パン食い男テッドのやつ、元気そうだがズボン濡らしてね?
まあ確かに、あのよく解らない空間に取り残されたら怖いよな。
こうして、三人のめんどうな客は帰って行った。
帰り際、アンバーさんの八つの目がギロリとおれを睨む。……コワっ。
「ダンナ、オイラ見直したよ! やるでねーか!?」
ドリィさんもお喜びだ。
女の子と判ったせいか、ちょっとかわいく見えなくもない。
「その場しのぎですけど、お金を工面する時間は稼げましたね」
「だでな! ダンナ、夕飯食べて行きなよ! なあ、おねえちゃん、いいでしょ?」
え、ええ……と、躊躇いがちに了承するウルラリィさん。
まだ警戒されているようだが、この状況で帰れとも言えないだろう。
心なしかまだ顔色のすぐれないウルラリィさんが続ける。
「……あの、ヤマギワさん? 2千万Gというのは、本当なんですか……?」
いやいや、その話、まさか本気にしている人がいたとは。
さっき、「空気読んで! 話し合わせて!」って伝えたはずだけど……どう解釈したんだウルラリィさん?
「そんなわけないじゃないですか。2千万なんてウソですから安心してください――」
だけど面白そうだから、もう少しだけ乗っかっておこうかな。
「――実はたったの200万Gなんですよ、わはは! あ、せっかくなので、夕飯ごちそうになりますね? わはは!」
「にひゃく万……!!」
しめしめ、夕飯ゲット! それどころか、上手くすれば泊めてもらえるかも。
あわよくば、ウルラリィさんと大人な関係を築いてしまったり!? うっしっし……。
(ケケケ……! ヤマギワ、やっぱオマエ、ちょっと変わったな~? ケケケ……!)




