285 『はんじゅく3兄弟! ダンジョン攻略はじめました~オレ達の戦いはこれからだ!~④』
シマムラ・スーザンとアンディの意見が分かれた。
「引き返してヤマダさんと合流しましょう? 最初に落ちた男とまた出会ってしまう可能性があります!」
「俺達だったら勝てますよ。いよいよなら、また下の階層に落としてやればいい」
「チューして……?」
「でも、ヤマダさんは残りの二人とまだ戦っているかもしれない。見捨てるようなことは……」
「もうくたばったんじゃないですかね? 勝ってたら勝手に追いかけて来るでしょうし。だいたいあいつは信用できねーです。さっきのヤツらの仲間かも――」
「アンディ君、チューして……?」
「ヤマダさんはそんなに悪い人では……」
「そもそも刺客どもの狙いは俺達でしょう? だったら、もうヤマダを巻き込む必要はないんじゃないですか?」
「アンディ君、チューしてよ……」
「……そう……ですね」
「せっかくここまで来たんです、俺達は三人だけでもこの先……最深部を目指しますよ? もちろん、スーザン様が一緒に来てくれたら心強いですけど」
「アンディ君、チュー……」
「…………」
「…………」
「チューして……?」
「……こんなことを言うのはあれですけど、してあげたらどうです? さすがにかわいそうで……」
「ええっ、でも……」
「アンディ君……」
「男らしくないんじゃないですかね? かわいいおねだりじゃないですか、チューぐらい」
「ぐっ……」
観念したのか、「ちょっと来い」と言って少し離れた通路の陰の暗がりにマイを引っ張って行くアンディ。
その場に残されたスーザンとジェフは、暗がりから聞こえてくる二人の声に耳を澄ます。
「……ちょ、待て! 慌てるんじゃねえ! まずはコイツで口をゆすげ! 俺もゆすぐから」
「なんで~? いいじゃ~ん、そんなの~?」
「嫌なんだよ、さっきのやつと間接キスみたいで」
「ひっどーい! なんか、ひっどーい!」
一悶着あったようだが、やがて「ぐじゅぐじゅ~、ぺっ!」と二人が口をゆすぐ音が聞こえてくる。
それを聞いていたジェフが、声を落としてスーザンに話しかけた。
「あの――スーザン様、キスしていいですか?」
「え!? ダメに決まってます! なんでそうなるんですか?」
「僕だってマイちゃんが好きなのに、こんなのってヒドすぎます」
「だ、だからって、なんで私がジェフ君と……!?」
「アンディの兄貴はマイちゃんのことそれほど乗り気じゃなかったのに、スーザン様がたきつけるからこんなことになってるんじゃないですか?」
「だって、マイちゃんはさっきあんなことがあって、傷ついてるから……」
ちょうどその時、暗がりの二人にも動きがあった。
「ば、ばか、よせ! キスだけだキスだけ! むぐっ……むごっ……ぷはっ……ベロはよせ! ベロは! ……むぐほっ……!!」
暗がりから湿った音が聞こえ始める。
思わずその音に聞き入るジェフとスーザン。
――ちゅば。ちゅばっ。じゅるる……ちゅばっ……。
「……僕だって、今まさに深く傷ついているんです。だから、いいじゃないですかキスぐらい?」
「それとこれとは…………むぐっっ!?」
ジェフはスキル【浮遊床】で浮き上がり足りない身長を補うと、無言でスーザンの唇にむさぼりついた。
「おい、どうかしたのかー?」
ごたつく気配を感じたのか暗がりの中からアンディが声をかける。
「――んばっ…………いや、別にー? ……そっちは終わったのー?」
キスを中断し、ジェフが応える。
「あ、ああ」
「まだまだ~! むちゅ~ぅ!」
――ちゅば。ちゅばっ。じゅるる……ちゅばっ……ちゅばっ……。
アンディとマイが再びむさぼり合いだしたのを聞いて、ジェフも中断していたスーザンへのキスを再開する。
ジェフ13歳、どこで覚えたか大人のキスだった。
小一時間後アンディとマイが暗がりから戻って来て合流する、「待たせたな」と謝罪するアンディだったが、ジェフとスーザンもさほど暇を持て余してはいなかった。
唇をぬぐい、外していた『クラムボンの鎧』を装備しなおすスーザン。
言葉少なく大迷宮の奥へと歩き出す四人。
スーザンも今更引き返そうとは言い出さなかった。ヤマダは死んだか逃げたかしたのだろうと、割り切ることにした。
アンディの言うとおり、四人が合流できたのだから、もうこれ以上ヤマダを巻き込む必要もない。
少し顔を合わせずらかったというのもある。
しばらく歩くと下の階層へと続く階段を発見した。
もしかすると下層に落ちたゴトウが待ち構えているかもしれないので、四人は慎重に階段を降りる。
57階層に下り立つと、降りて直ぐの場所にさらに下層へと続く階段を発見した。
ダンジョンの上りと下りの階段はそれなりに離れた場所に設置されているのが普通で、こんなことは珍しい。
元々作りかけのような大迷宮57階層にあっても輪をかけて手作り感があり、誰かが勝手にショートカットを作成したようにも見える。
そんな予想を裏付けるように、58階層へ下り立つと直ぐそばに59階層への階段があった。
つまり56階層から59階層は、ほぼ直通の階段が設置されていることになる。
55階層に入ってから一体の魔物にも出くわしていない。54階層のケツアルコアトルが、ある意味この大迷宮の節目であったことは間違いなさそうだ。
下り立った59階層は、また少し他の階層とは雰囲気が違った。
相変わらず壁がでこぼこしていると思ったのだが、ライトで照らしよく見てみると、壁という壁に裸婦像が立体的に彫られていることに気がついた。
まるで石化した女が埋め込まれているかのように、無数の石像が通路を行く者を左右から見下ろす。
様々な種族、様々な年齢層の女性達が思い思いのポースで壁におうとつを作りだしていたが、共通しているのは、皆一様に美しい女性がモデルとなっていることだった。
「な……なんなんだこりゃ……?」
「誰かが彫ったのかなー?」
「こんな所に? でも外から持ち込んだって感じでもないね」
裸婦像には継ぎ目がない。外から持ち込まれたものではなく、壁から直接彫り出されたもののように見えた。継ぎ目はないが、割れ目や突起、シワなどの細かい部分まで省略されることなく作り込まれており、芸術品とは違う何か別のものだと思われた。
通路を抜けると少し広い空間に出た。
その空間だけは、床に敷き詰められた平らな石がぼんやりと発光し、円形の広場をぐるっと囲む裸婦像を照らし出していた。
そして、正面にはなぜか石造りの白い鳥居があった。
異世界のダンジョン深層になぜ急に和風なのか? ――という疑問は残るが、日本からの転移者は昔から度々この世界に来ているらしいので、そこから先は神聖な場所であるというシンボルとして異世界でも共通認識されていた。
鳥居にはしめ縄が渡され、中央には警告文の書かれた石碑が置かれていた。
警告文によると、どうやらその鳥居の先に進めば60階層へと続く階段があるらしい。
60階層から先は光さえ届かぬ地獄のような場所であるという。
アンディ達がここまで来た目的は、ここ「王都の大迷宮」最深到達記録を更新することである。
最深部64階層に至るためには、鳥居の先に進まなければならない。
「おう、いらっしゃい。今日は千客万来だな」
背後から場違いに陽気な声がかかり、アンディ達四人は一瞬で大量の冷や汗を流す。
ゆっくり振り返るとそこにいたのは、真っ白い長い毛で全身を覆われた猿のような人物だった。
服を着ているようには見えないが、魔物ではないらしい。
アンディ達四人は、どういうわけか身体が震えて、声も出せなくなっていた。
「あれ? もしかして女子が一緒なのかよ? いやー、わはは、こんな格好で失礼」
猿のような人物の長い腕が、何か大きなゴミ袋のような物を引きずっているのに気がついた。
「……ああっ! もしかして、この人ってお友達だったかい? 急に攻撃してきたもんだからよ――」
悪りいね――と言って引っ張り起こされた大きなゴミ袋のような物は、四肢を切断され瀕死のゴトウだった。




