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330 『中島博士の黒いつぶやき【異世界編】④』

+8/7/22

 早朝、ヤマダさんの【危機感知】が、宿の外を取り囲む軍勢を察知する。

 おそらくは、ギルドか宿の人間から情報がもれたのだろう。


 仕方なく私達は、ブルースさんユメコさんと共に、犬耳のグリランドさんと出会った砦まで【空間転移】で引き返す。

 ブルースさんは魔族領東側「ベール領」を拠点にしているとのことで、しばらくはそちらに向かって移動することになる。


 昨夜はあまり聞けなかったユメコさんのことを聞く。

 彼女は18年前にクラスごとこちらの世界に召喚されて来た日本人だという。

 特殊なスキル【歌声】を所持していたため幾多の戦場に駆り出され、またそのスキルについて継承実験が繰り返されたという。


 数年前、とある係争地で行方不明になり、その後「ルクス領」で発見されるまでの足取りは不明とのこと。

 召喚された当時、彼女は可憐な女子高校生だったそうで、なんとも嫌な話である。


 ともあれ、彼女をかつてのクラスメイトの所まで連れて行くことには、ラダ様のことが気になるであろうヤマダさんも賛成のようだ。









+8/8/2

 10日以上かかったが、やっと「ベール領」にたどり着いた。

 タナカ氏のスキル【肉体治療】を以てしても身体の衰えたユメコさんを連れての道行きは思ったよりも時間を食ってしまったが、これで心置きなく「ルクス領」へ戻れるというものだ。


 ブルースさんに一度だけ仲間にならないかと誘われたが、ヤマダさんが直ぐに断っていた。

 ラダ様の事でそれどころではないのかと思ったが、スキル【危機感知】が反応していたのだと後で知らされた。

 そういえば、スキル継承実験などというものもあるようだし、あまり目立つのも考えもののようだ。





+8/8/3

 私の【空間転移】で「ルクス領」に戻ったが、騒ぎを起こした同じ街での聞き込みは危険と判断し早々に街を出る。

 「ルクス領」の大まかな街の位置はブルースさんから入手済みだ。


 また、ブルースさんの手の者が独自に情報を集めてくれることになっている。

 あまり信用はできないが、今は頼るより他にない。









+8/8/10

 三つ目の街に到着した。

 これまでに二度襲撃を受けたが、私達の敵ではなかった。

 

 相手は魔族ではあるが、ヤマダさんは一度も殺していない。

 やはり、ヤマダさんもタナカ氏も基本的に善人で悪にはなりきれない人のようだ。私とは違う。

 こうなっては、例の件は頼めない。

 

 結局、「勇者互助会」を頼るしかないのか。





+8/8/12

 「ルクス領」で最大の勢力、大豪族ルキシスの支配する街に到着した。

 いつもの様に、フルフェイスヘルメットを着けてギルドで情報を集める。

 もしかするとこの方法は追っ手を招くだけの悪手なのかもしれないが、それ以外の方法も思いつかない。むしろ、追っ手からなにか情報が得られないかと期待している。


 はたしてそのギルドでは、相手の方が私達を待ち構えていた。

 透き通るほど青白い肌、美しい魔族の女はルシアと名乗った。

 大豪族ルキシスの七人の娘の一人だという。


 彼女は私達を夕食に誘った。

 ラダ様捜索に手を貸したいと、向こうから言ってきたのだ。

 何か裏があるのは間違いないが、ヤマダさんもタナカ氏も大いに乗り気である。相手が美女だからというのは間違いなくあるだろう。


 ルシアさんが去った後、ブルースさんの手の者と称する男に話しかけられる。

 その人によると、大豪族ルキシスの娘達は互いに跡目を争い、熾烈な抗争を繰り広げているとのことで、ルシアさんの思惑は私達勇者を味方に付けたいということではないかとのことだ。

 ただ、ルキシスの娘は6人だったはず――と彼は言い残して去った。どういうことだろう?



 夜、指定された場所で私達を迎えたのは同じ顔をした二人の美女だった。

 髪型だけが違うルシアさんとルナアさんは双子の姉妹というわけだ。

 

 ヤマダさんはラダ様捜索のため彼女達の配下となることに決めたようだ。

 タナカ氏も躊躇せずに同意する。二人がその気なら、私も付き合うしかないだろう。

 

 ただ、ヤマダさんはここでも、「殺人は基本的にお断り」と念を押していた。

 まあいいでしょう――と、双子の姉妹も同意する。



 私達にはそれぞれ個室が用意された。

 何しろここは大豪族ルキシスの家族の住む屋敷である。久しぶりに、安心して眠れそうだ。

 

 私は一人になった隙をついて、王国の「本の勇者」アマミヤ氏の下へと【空間転移】した。彼に一つ頼み事をするために。



 用事を済ませて、再び【空間転移】で部屋に戻ると、部屋になぜか姉のルシアさんが居た。

 私は、どこに行っていたのか問い詰められることを覚悟した。


 しかし、彼女は何も言わずに私の腕を掴んだ。

 まさか私に対して色仕掛けだろうか? と一瞬疑ったが、何かを吸い取られている感覚に慄然りつぜんとする。経験値が吸い取られていることに気がついた時には、すでに何個かレベルを失っていた。あの忌まわしいスキル【エナジードレイン】に違いない。


 私は慌てて隣の部屋へと【空間転移】で逃げた。

 そこはタナカ氏の部屋。ベッドの上では、素っ裸のタナカ氏の上に、見知らぬ美女がまたがっていた。

 正気に戻れと、私はタナカ氏もろとも巻き込んで魔法【火球】を放つ。

 タナカ氏にまたがっていた美女は、コウモリの羽根を広げて飛びすざり魔法を避けた。あの美女はサキュバスに違いない。


 あちち――と言ってベッドから転がり落ちたタナカ氏。

 私は、サキュバスの頭上に【アイテムボックス】から大岩を落として止めを挿した。

 タナカ氏にレベルを聞くと、「ああっ、レベル1に戻ってる!」とのことで、たっぷりと吸われてしまった後だった。


 その時私は、最も気にかけなければならなかったヤマダさんのことをすっかり忘れていた。

 慌ててヤマダさんの部屋へと【空間転移】すると案の定、妹のルナアさんが、眠っているヤマダさんの唇に吸い付いていた。


 私が魔法を撃つと、ルナアさんも魔法を撃ち相殺させた。

 立ち上がった拍子に、彼女のスカートの中からごとりと何かがカーペットの上に落ちた。


 それを拾い上げようと手を伸ばした彼女だったが、私がもう一度魔法【火球】を放つとそれをあきらめて、窓ガラスを割って夜空へと飛び出した。

 その音で、ヤマダさんがやっと飛び起きる。

 私は最も気になることを尋ねた、レベルは? と。


 

 なんてことだ、ヤマダさんのレベルも1に戻っていた。

 スキル【次元切断】も消えてしまったことだろう。

 しかし、少しホッとしている自分が居たのも確かだ。私もまだまだ、悪人にはなりきれなかったということだろうか。

  

 

 私は、遠隔通話アイテム「アステカの腕時計」で、計画の中止を「本の勇者」アマミヤ氏に告げた。

 彼は残念そうにしていたが致し方ない。


 ルナアさんがカーペットの上に落としていった物が気になったので拾って確認した。

 それは、少しねめった「エラとヒレのある天魚のメイス」だった。ラダ様が装備していたはずの物を、どうしてルナアさんが?



 ともかく、レベル1になってしまった二人を連れて、私は【空間転移】で屋敷から脱出した。

 人里離れた森の中で夜を明かす私達三人。



 明け方まで悩んだが、私は眠っている二人を連れて【空間転移】で王国へと跳んだ。

 そして、「本の勇者」アマミヤ氏に修正した計画を伝えた。





+8/8/13

 「本の勇者」アマミヤ氏にサキュバスの死骸を提供し、スキル【エナジードレイン】と【催眠】を取得してもらった。アマミヤ氏がスキル【借用】で他者のスキルをコピーする時、スキル1個につき対象の血液200ccが必要なのだ。


 ヤマダさんとタナカ氏には、【催眠】でもうしばらく眠っていてもらう。

 そして、異世界に来てから今まで8年間の記憶を【エナジードレイン】で消す。


 レベル1から似た様な冒険を最初からやり直すことで、ヤマダさんはもう一度スキル【次元切断】を取得するに違いない。


 序盤のストーリーは「攻略本」を用意しよう。今までつけていた冒険の記録が役に立つ。

 「攻略本」に基づき私が誘導すれば、皆一緒に同じような成長が見込めるだろう。


 ラダ様の捜索は打ち切ることになるが、どうやら私達が考えていたよりも彼女はしたたかであると知った。

 私の予想では、ラダ様がやろうとしていたのも私と同じようなことだったのではないかと思う。放っておいても、いずれ彼女の方からヤマダさんの前に現れるだろう、どんな姿でかは知る由もないが。


 そして最後に、私のレベルも1にしてもらう。

 なにがきっかけでぼろが出ないとも限らないからだ。


 アマミヤ氏には、私の血液600ccを今回の報酬として提供した。





+8/8/14 

 今日からまた再出発だ。

 「スキル」取得の仕組みにはまだまだ謎が多いが、私にはあの「スキル」がどうしても必要だ。

 あのスキルを使い私がやろうとしている外道な行為を、きっと二人は許さないだろう。

 だが、私はどうしてもそれをなさなければならない。

 その時こそ、本当の意味で私は再出発できると信じているのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ちゃんと相談する」はバッドエンド回避の最有効手段だと誰かナカジマに教えてあげて
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