283 紳士のふるまい
おれは、負傷しているヤスダの元へと通路を引き返す。
ケリを付けなければならないが、その前に聞いておきたいこともある。
「く、来んな……!!」
ヨシザワが死んだところを見ていたのだろう、ヤスダは酷く怯えていた。
床がボコボコっと盛り上がり、5体の人型ゴーレムがおれの前に立ち塞がる。
ヤスダのスキル【土人形】だ。顔に写真を貼る余裕はなかったのか、5体ともハニワのような顔をしている。
――勇気百倍! おれは、『ガリアンソード』に光をまとわせる。
ヤマダ流、勇気モリモリの剣!!
ムチ状に伸ばした『ガリアンソード』で、人型ゴーレム5体をまとめて一薙ぎ二薙ぎ。
堅いことは堅いが、モリモリの剣ならジャガイモほどの抵抗もない。バラバラに砕けて土塊に還った。
「ひ~っ……許して、許してくださいー!!」
フトモモを押さえて座り込んだまま命乞いするヤスダ。
見た目もスキルも下っ端っぽい。……こいつは、『スターバラッド』殺害にどの程度関わったのだろう? 少し話を聞こうか。
『君らって、もしかして日本人か?』
「――!?」
おれは日本語で話しかけてみた。
ヤスダの反応からして、どうやら間違いなさそうだ。
『こっちの世界にはどうやって? トラックにひかれたとか?』
『お、おれっち達は来たくて来たわけじゃ……、大魔族べーノンってやつの召喚実験とかにたまたま巻き込まれたってだけで、奴隷みたいな扱いだし帰れないし、クラスのやつらはどんどん死んでくしで……』
『……? クラスって、それはいつのことだよ?』
『もうすぐおれっち達も32歳になるから、もう十八年になるんだな……』
ってことは、こいつら中学生でクラス召喚されたってことか。
なるほど。それは少し同情してしまうが……。
『だからって、やっていいことと悪いことの分別は付くよな? 君らが40階層でやったことさ、例えここが異世界だとしても』
『そりゃまあそうだけど……でも、おれっち達は魔族領で人間だからって差別されてずっと酷い目にあってたって言うのに、山脈のこっち側の人間どもはそんなこと知らんふりして幸せそうにしてやがって……!!』
『うっせー、くず! そんなん理由になるか!』
『ま、待ってよ、殺したのはミチシゲ君とかヤグチ君で、おれっちは……』
――犯しただけってか? どくずが……!!
要するに、「リア充爆発しろ!」ってやつだろ?
ほんと、イライラする。まるで、ちょっと前の自分を見ているようで、すごく不快だ。
妄想で爆発させるのは勝手だけど、本当にやっちゃったらダメだろ!?
『……君ら、陽キャパーティを襲うためにわざわざ大迷宮の深層まで?』
『えっとそれは、スーザンって女の子を探して捕まえてこいってさ、ヤマモト君がジーナスって偉い人に頼まれたから……おれっち達ヤマモト君には頭が上がらないんだよね、クスリとかもらってるし』
――!!
なんてこった。こいつら、本当にジーナスの刺客じゃねーか。
そして、ニセ勇者ヤマモトもこいつらのクラスメイトってことかよ。
……さて、こいつどうしよう?
話してる間に魔法でも撃ってくれば、すっきり首を飛ばしてやったのに……、スキル【危機感知】にさっぱり反応なし。どうやらすっかり心が折れてしまっているみたいだ。
いや、むしろ日本語で話しかけたりしたもんだから、親近感さえ抱き始めている節がある。
こんなおめでたいやつの首を切り飛ばしたら、なんかおれの方が悪者みたいじゃねーか?
『ヤスダ……たよな? 君のスキル、全部言ってみて』
『……【泥沼】、【開墾】、【土壁】、【土塗装】、【土人形】、【自然回復】……あと、魔法は【石礫】、【湧水】、【浮灯】』
ウソは言ってなさそうだ。とりたてて危険そうなスキルもない。
てか、いさぎよく農業で身を立てろと言いたい。
おれは、『ガリアンソード』を鞘に納めた。
『ヤマモトとか他のクラスメイトとは縁を切れ、そして罪を償え』
『で、でもおれっち、ヤマモト君のクスリがないと……』
『甘ったれんなよ? 死にたくなかったら死ぬ気でやれ! せいぜい苦しんで、自分のやったことを反省しろ……!』
『わ、判ったよ……』
『――まあ、いよいよなら、そういうの得意そうなデブに心当たりがないこともないけど……』
『……デブ?』
こいつを生かしておいていいのかどうかおれにはまだよく判らない。
でも、おれがやりたくないから止めておく。
後で後悔するかもしれないが、その時はその時だ。
『最後に、ミチシゲとゴトウのスキルを教えてくれ』
『おれっちも全部は知らないですけど、ミチシゲ君は【金縛】、【感度調節】、【発情唾液】とかよく使ってましたよ……あと、【絶倫】とか持ってたはず』
…………。
ミチシゲの社会復帰は無理そうだな。
『――ゴトウ君のスキルは完全に戦闘特化で……多分、戦ったら誰も勝てない』
ゴトウ君のスキルは――と、ヤスダが口にしかけた時だった。
――【危機感知】反応! おれは、とっさに身をかわす。
「ぐぇぇっ……」
おれがかわしたその剣は、ヤスダの口から後頭部へと貫通した。
何度かけいれんし息絶えるヤスダ。
暗闇の中からにょろりと伸びた腕が、ヤスダから剣を引き抜く。
――ギィィン!!
――ギギィィン!!
にょろりにょろりと切りかかってくる攻撃を切り払いつつ、おれは暗闇の奥を『ガリアンソード』の光で照らす。
20m以上離れた場所から腕だけを伸ばして剣を操るのは、半裸の男――ヤグチだった。
ジェフ君の「地雷」っぽいスキルの罠を踏んづけて黒焦げになったはずなのに、すっかり回復してやがる。
……そういえば、ヤグチにはアリサちゃんを目の前で殺された借りがあったよな。
――ジャラン!
攻撃を『ガリアンソード』で受け止めた瞬間に【変形】【回転】ギミックを作動!
ムチ状に【変形】した『ガリアンソード』の分解した刃がヤグチの腕にぐるりと【回転】して巻き付く。
そしてそのまま、おれは容赦なく剣を引いた。
「ぐぁぁっ、いてぇぇぇ~~~!!!!」
ズタズタに切り裂かれて千切れ落ちる、ヤグチの腕。
おれは『ガリアンソード』を再び【変形】させ剣状態に戻し距離を詰める。
「……ってえな~!! くっそ、くっそ、俺のスキルも教えてやるよ! 【超回復】!!」
ヤグチの千切れた腕が、肘からにょきにょきと生え替わる。
――ふむ。黒焦げ状態から回復したのはそのスキルのおかげってわけか……やっかいな。
「――【物品圧縮】……解凍!!」
腰のベルトに挿していた小剣が、そのまま拡大し巨大な大剣になる。
――ほう。武器を「圧縮」して持ち歩き、使う時には「解凍」して元に戻すってことかな? ……便利そうだな。
「――【伸縮する腕】……は省略するぜ~? そんで、こいつがおれの切り札だぜ~【巨人化】!!」
変身の時に手に噛みつくのはお約束か? メキメキと巨大化したヤグチは、大迷宮の天井ぎりぎり身長約12mの巨人になる。
ヤグチが使うには大きすぎた大剣も、巨人化した今ならおあつらえ向きというわけだ。
……!!
でもまあ、あれだ……えっと、そうそう……く、駆逐してやる……!
戦いは数分で決着した。
ヤグチの右胸に埋め込まれた魔石を砕いたことで、【巨人化】のスキルは失われた。
「……俺が元々持ってたスキルは【超回復】、それでなんとか生き延びてきたようなもんさ~。その他は【不眠】、【口笛】、【接続】、【同時通訳】と、どれも戦闘向きじゃなかったからな――」
「――あ~? そうさ、俺は魔族を殺してその魔石を奪い、身体ん中に埋め込んで【巨人化】とかのスキルを得た。バイマンってムカつく野郎がいてさ、夢子ちゃんを泣かせたあいつが許せなくてよ――魔石はほんのついでさ……」
「……【不眠】なんてスキルを得てから、俺が眠れたのは夢子ちゃんの【歌声】を聞いた時だけだったからさ~もう15年ぐらい眠ってねえよ。けど、さすがにそろそろ眠くなってきたからさ~、もう黙るぜ――」
「――ああそうだ、寝る前に教えといてやるよ。ゴトウのスキルは【魔法反射】、【物理吸収】、【状態異常無効】、【無呼吸】、【超人化】ぶははっ……どうだい? 勝てそうかい? まあ信じようが信じまいが俺の知ったことじゃね~よ――」
「――おやすみ、夢子ちゃん……」
おれはヤグチの首を切り落とし、眠らせた。