317 ヤマダさんのバカ!!
おれの脳内にいる「もう一人のヤマダ」は、おれが忘れてしまった8年間の記憶からなる、おれとは少しだけ違う別人格だ。
普段出しゃばって話しかけてくるようなことはないが、スキル【空間記憶再生】で過去の記憶を検索する時の静止した時間――「走馬灯モード」の中では、よくおれの相談相手になってくれたりする。
そんな「もう一人のヤマダ」だが、おれが忘れていた過去を少しずつ思い出すにつれて、その存在は薄く弱くなってきていた。
元々同じおれなのだから人格が統合され一つに戻ると考えるべきなのかもしれないが、やつにはやつの冒険と恋の思い出があり、やつ自身できれば消えたくないと思っている節がある。……てか、おれだったらきっと消えたくない。
『くれぐれも、出し惜しみするなよ?』
――と、「もう一人のヤマダ」が言う。
異世界から来たおれ達の絞り出す「勇気」は、こちらの世界においては単なる心意気ではなく、勇者の持つ目に見えない補正力「勇者のオーラ」と呼ばれたりする。
スキルの効果や状態異常を【無視】する特性は魔王に対抗し得る唯一の手段とされ、「異世界からの召喚者」=「勇者見習い」という図式は、大昔から知る人ぞ知るこちらの世界の常識らしい。
そんな「勇者のオーラ」を意識して使い出してから、おれは忘れていた8年間の記憶を加速度的に思い出し始めた。
そしてそのことが、過去の記憶からなる「もう一人のヤマダ」の存在を脅かす。
――なるべく手数をかけず、一気にかたを付ける。
それがおれの出した結論だ。
……とはいえ、利き手が使えないのはイタイな。
右腕の骨とあと、多分アバラとかもちょっといってる。
『そいつは特別に、おれがなんとかしてやるよ』
はあ? なんとかって、アイダ様かエリエス様にこっそり回復魔法でも頼むのかよ……? 反則じゃね?
(ケケケ……! そんなことより上から来てるぜ、でっかいやつ!)
げげっ……!! おれはうつ伏せ状態だから見えないけど、オナモミ妖精が視覚を【共感覚】して見せたのは、頭上から迫りつつある巨大な鉄の拳だった。
……さっきアビススパイダーを潰したやつだ! ベリアス様のスキル【浮遊鉄拳】の進化形じゃないかと思われる。
言われなかったら対処が間に合わなかったかもしれん。
サンキュー、オナモミ妖精……!
『だったらついでにあれも見せてやれよ、オナモミ妖精』
――?
オナモミ妖精の視界に写ったのは観客席。
最前列の無骨な鎧が目を引く。
――って、その鎧の人に抱っこされてるのはおれの嫁、シーラさま推定4歳じゃないの!?
よく見たら、ナタリアちゃんとナカジマとタナカ、ヘルガさんと……隣のオリエンタルな美女は誰だっけ? ……みんな、おれの応援に来てくれたのかな?
てか、ナタリアちゃんが立ち上がって柵を乗り越えようとしてるのマズくない? なんか乱入しようとしてるように見えるんだけど……ああ、マズいのはおれだった。
おれのピンチに、あのナタリアちゃんが取り乱して……? ハハッ……、おれには英雄と仲間達がついてる! なんか勇気が湧いてきた。
ナカジマやタナカはともかく、シーラさまやヘルガさんの前でこれ以上ぶざまな格好は見せられねーな。ナタリアちゃんが乱入したら、それこそ大事だしね。
――悪いけど、ここからは使わせてもらうぜ? 「勇者のオーラ」。
『おれはそう簡単に消えねーよ、ラダ様に一目会うまではな』
ニセモノの方のラダ様な?
もしかしたら顔を変えて、客席のどこかで観てるかもしれないな。
『……そういうことだ。だからかっこよく決めろよ? ヤマダ、やっちまえ……!』
――ドッゴォォォン!!!!
「走馬灯モード」を抜けると次の瞬間、頭上から巨大な鉄拳が落ちてくる。
その一撃は円形闘技場を大きく抉り、土砂を天高く跳ね上げた。
『決まった~~~っ!! ベリアス様の巨大な「鉄の拳」が~、ヤマダをぺっちゃんこですぅ~~~!!』
『――バカな!!? あれでは助からんぞ……!?』
『……見えたっちゃ』
『なんだ、聖女エリエス? アザリン殿の黒ずんだ脇の下でも見えたか?』
『――!!?』
『「鉄の拳」が叩きつけられる直前、ヤマダ様が地面に三角形を描いたのが見えたっちゃ』
――スキル【超次元三角】! おれは間一髪、異次元の隙間に逃げ込むことに成功していた。
よく解らない空間に入るのはちょっと怖かったが、さっきベリアス様で人体実験はクリアしてるしな。
おれは次元の隙間を飛び、少し離れた場所に三角の窓を開いて元の空間へと戻った。
そして、観客席のシーラさま御一行に向かって手を振る。
――お~い!
元気に手を振り返すシーラさまとナタリアちゃん……と、鎧の人?
……誰、あの人?
『ええ~~っ!!? ヤマダ、生意気にもベリアス様の攻撃を避けていた~~~!!』
『ヤマダのやつ、ヒヤヒヤさせる』
『……ヤマダさんのバカ~~~!!』
『……!?』
『……!?』
『わ、わたくしじゃないっちゃよ……?』
……今の、おれに対するストレートな誹謗中傷は、どうやら貴賓席からの声のようだ。
『死んじゃったかと思ったじゃないですか~~~バカ~~~!!』
ふむ。どうやらユーシーさんがかなりテンパっているらしい。
でも、こっちは命がけで戦ってるんだからさ、「バカ」はないだろ……!?
『おっと~ぉ? 決闘前の宣言以降、これまで沈黙を守っていた大司教様からコメントがいただけるようですぅ! 皆様ここはひとつ、ご静聴願いますぅ~!』
――ざわわ……。
実況のキャプティン・アザリンの呼びかけに、観客も息を潜める。
『――私、ウソをついていました。……あの時とか、あの時も――』
――あの時って、どの時だよ……!?
『……解説のアイダ様、あの時とはどの時でしょう?』
『そんなこと知るか……!!』
『しーっ、静かにするっちゃ!』
『――私、本当は嫌なんです……!!』
……え!? もしかして、本当はおれと結婚したくないとか?
あれ? ……あれ? ……今更!? なんか泣きそう……。
しかし、ユーシーさんの言葉には続きがあった。
『……他の人は嫌なんです!! ヤマダさんじゃないと嫌なんです!! ヤマダさんがいいんです!! ヤマダさんが……すす好きなんですっ……!!』
……あれ? やっぱり涙が……。
でも違う涙だ……ぐすん。
『……だから、負けないでっ!! 絶対に勝ってっ……!!』
――ぶるぉぉぉぉお!!!!
わはは、うらやましいか? 観客どもめ!
あれは、おれのユーシーさんだ……!
『ギャフーーーン!! ノロケだ~っ!! ノロケてくれましたわ~、大司教様め~~~っ!!』
『ふふっ、いい歳して可愛いじゃないか、我らが大司教様は。長い付き合いだが、あんなユーシーを見たのは初めてだ』
『やれやれ、恋とは煩うものですか。――それで、女性にあそこまで言わせて、ヤマダ様からは何もないんですっちゃ?』
そう言って、マイク的なアイテムを投げてよこすうちの上司。
結構距離あるのに、いい肩してるなエリエス様。
てか、思わずマイク受け取っちゃったけど、急にそんなこと言われても気の利いたセリフなんて思いつかないぞ……!?
『アーアー……っと、えー……………………そうだな……、ウソつきはお仕置きだ! 今夜は眠らせないぞ!!?』
――なんつって!
ビシッと、貴賓席のユーシーさんを指さすおれ。
――ぶぅぅぅぅぅ~~~!!!!
おれの小粋なセンスが解らない異世界お兄ちゃん達には大不評のようだ。
『ヤマダ、キモっ!!』
『キモいな……』
『キモいっちゃ』
……あと、女性陣にも概ね不評と。
だが、耳まで真っ赤になっているユーシーさんの反応は悪くないと見た。
おれは、入場口の近くにいた係の人にマイク的なアイテムを返す。
「どうだい? 殴られて、気が変わったんじゃねーかい?」
ちょっと調子に乗ってマイクパフォーマンスとかしている隙に、ベリアス様は倒したはずの四人の内二人を回復させて三人組になっていた。
「NTRは、薄い本程度で十分。おれは、ハーレムものの方が好きみたいです」
「かっ! ハーレムかよ!? あんなもん、誰も幸せになれねぇんだぜ!? がっかりだ、せっかく話の解るやつだと思ったのによ!!」
「なにもセックスばっかりが幸せじゃないでしょうよ!? 一緒に鍋をつついたり、ボードゲームしたり、風呂に入ったり……いろいろあるでしょうよ!?」
「ちっ……、そこに気付くとはな……。仕方ねぇ、こうなれば力尽くで味わってもらう他ねぇな、NTRの味をよ!!」
三人の内一人のベリアス様がおれに斬りかかる。
金色のオーラ【王の領域】をまとわせた大剣が迫る……!!
――スキル【勇気百倍】……!!
スキル・魔法効果【無視】――モリモリの剣。
武器・防具耐久値【無視】――カチカチの剣。
それら「モリモリ」と「カチカチ」のいいとこ取り――、
「――勇気、モチモチの剣!!」
――キィィン!!
おれの『ガリアンソード』が、ベリアス様の大剣を【王の領域】ごと切断した。




