307 甘塩っぱい関係
王都の南西にある巨大な円形闘技場は満員御礼だ。
観客席北側に設けられた偉い人用の席から、王様が高らかに『護国祭』の開催を宣言する。
――ぶるぉぉぉぉぉ!!!!
と、大いに盛り上がっている観客達。
そんな闘技場の盛り上がりを、おれは格子の付いた罪人用の控え室の中で聞いていた。
……ああ。おれだって、お客さんとしてこのイベントを愉しめたらどんなによかったか。
ドキドキが止まらん。
そして、時々不整脈が……ああ、もうすぐおれの出番が来る……!
『第24回、白黒コロシアム~!! いよいよ始まりました、年末恒例のこの催し!! 今年王国を騒がせた重犯罪人を処す、白が勝つのか!? はたまた黒が勝ってしまうのか~!? 実況はあたくし、キャプティ~ン・アザリンですぅ~!!』
――うほぉぉおおぉぃ!!!!
――あふぉぉぉおおぃ!!!!
――キャプティ~~~ン!!!!
って、誰だよ! 有名実況者なのか、キャプティン……!?
『――そして~、解説にお招きしたのはこちらのお二人~先ずは、みんなのお姉様こと~、聖女アイダさまぁ~ん!!』
――ぶひぃぃぃ、アイダさま~~~!!!!
――ののしってくれ~~~!!!!
――アイダ様、僕を踏んづけて~~~!!!!
おお。アイダ様の人気も大したものだね、主にマニアックな層に。
『……なんだその肩書きは、知らんぞ? まあなんだ、一回戦で対戦するベリアスとヤマダ、二人のことをよく知る者として、私なりに解説役を務めさせていただこう。よろしく頼む』
『よろしくお願いしますぅ~! さ~て続いてもう一方は、みんなの妹こと~、聖女エリエスさまぁは~ん!! ペロペロ!』
――にょっほ~~~!!!! ペロペロ!!
――エリエスちゃ~~~ん!!!! ペロペロ!!
――エリエスさま~~~!!!! ペロペロ!!
おっと、うちの上司エリエスさまの人気もなかなかだね、そのどす黒い本性を知らない他所のお兄ちゃん達にとっては。
『王都のお兄ちゃん達~、ニジの街の聖女エリエスだっちゃ!! よろしくだっちゃ!!』
――だっちゃ!!? だだだっちゃ!!?
さては、タイターさんの入れ知恵か? 特徴的な語尾でキャラを立てるって策か!? なんて姑息な……!!
隣のアイダ様も、何言ってんのコイツ……という目で見ているが、本人はしてやったりといった様子で、口元をニマニマさせている。どうやら手応えを感じているらしい。
……あの人、本気だ。本気で、大司教の座を狙ってやがる……!!
『よろしくお願いしますぅ~! ペロペロ……こほん! さて~そんなお二人と観客の皆様に、早速お知らせしなければならないことがありま~す!』
『……む? 何事だ?』
『なんだっちゃろ~?』
『実は、昼過ぎに予定されていた二回戦、「元枢機卿ウナル・バズーカv.s.昆虫軍団」を一回戦と入れ替えて実施することになりました~!!』
『はぁ? なんだそれは、聞いてないぞ!?』
『ええ~っ、虫は嫌いだっちゃ……』
『は~い、元枢機卿ウナル・バズーカの罪状ですが、今年起こった重大事件としてまだ記憶に新しいあの王位簒奪事件を影で操った真の黒幕でありま~す!! 悪の勇者ネノイと画策し、恐れ多くも国王陛下を拘束監禁したうえ第一王子イグナス殿下とそのご家族を含む多くの貴い命を害した大罪人なのですぅ~!!』
『どうなっている!? 私にネムジア教会の、身内の恥を解説しろというのか!?』
『ちっ、この展開は想定外……だっちゃ?』
『実は……ごにょごにょ……』
『……なっ!? 遅刻だと!? それなら、ヤマダの不戦勝でいいではないか!?』
『いや~、そこはほら、運営も気をつかったというか~、空気を読んだというか~……えへ?』
『おいヤマダ、聞こえているか!? ベリアスのヤツ、遅刻らしいぞ! まったく、付き合いきれん!!』
そうだそうだ! そんなのずるいぞ! グレイス様とセリオラ様は潔くおれに抱かれろー!!
『聖女アイダよ、まあまあ……そこは、まあまあ……ってことで、の?』
……なっ!? 王様め。ひいきだ!! 差別だ!!
――アイダ様、まあまあ……!!!!
――まあまあ……!!!!
――まあまあ……!!!!
ぐぬぬ……、観客まで王様に乗っかって悪乗りを……!!?
『まあまあ、アイダ様、陛下もああおっしゃってますし、ね? ぶっちゃけ、ウナル・バズーカって人はどんな人なんですか~?』
『ぐ……それはまあ、ネムジア教会という巨大な組織の中であの地位まで上り詰めたのだから、かなりできる男であったのは間違いないだろう。確か、七年前の「ブルボーンの大獄」事件にも深く関わって……おっと、これは口を滑らせたか? 忘れてくれ』
『あ~、そういうのはいいので~、なんかもっとこう人となりとか、交友関係とか~? ……ほら~? ねぇ?』
『そんなこと知るか! 私はダブエスター神殿担当だぞ!? ……いや、交友関係だと? なるほどそういうことか。聞きたければ、そっちの貴賓席ですましているおデコちゃんに直接聞けばいい!』
ふは! 言うね、アイダ様。
元枢機卿のウナル・バズーカって人と聖女グレイス様が愛人関係なのは、王都では知る人ぞ知るスキャンダルであるらしい。なにしろ、おれですら知っているぐらいだ。
『でわでわ~、おデコちゃんこと貴賓席のグレイス様、そこのとこらへんについてどうぞ一言~?』
『誰がおデコちゃんですか! あんなお年を召した方とわたくしが何かあるはずがありません! そもそも、わたくしは正真正銘、けがれなき無垢の乙女ですから!』
実況者キャプティンの問いかけに、貴賓席のグレイス様が応じた。
ああしてまんまとのせられてしまうあたり、グレイス様はセリオラ様に比べてまだ可愛げがあると言えなくもない。
『ふふっ、無垢な乙女だっちゃ? それにしては、なかなか珍妙なステータスでいらっしゃいますことだっちゃ?』
『――!!? エ、エリエス様!? 他人のステータスを勝手に覗くのは無作法ですよ!!? ……お二人とも、わたくしに対してそのような態度はどうかと思いますよ? 何しろ、もうすぐ大司教が替わるのですから?』
『それは素敵! 大司教が若返るのは、わたくしとしても望むところですっちゃ!! きっと、王都のお兄ちゃん達もそう思ってるっちゃ!!』
『大司教に求められるのは象徴たる威厳と美しさです!! そんなことも判らない小娘が……』
『お二人とも、いい加減になさい……、消しますよ?』
今まで黙って聞いていた貴賓席のユーシーさんが、秘技『大司教プレッシャー』で威嚇する。
闘技場の熱気が一気に冷めた気がした。……コワい。
「陛下~~~!! 私は、オギノス殿下の命令に従っただけで、陛下に反逆しようなどという大それたことなど……おお!! 聖女グレイス!! やっと君に会えた!! 君からもどうか、陛下にとりなしてくれ!! 私はそんな大それたことをするような男でないと……!!」
闘技場に頭髪の薄い中年男が引き出されて来た。
あれが、元枢機卿ウナル・バズーカって人かな?
――あ。どっかで見た顔だと思ったら、シーラ様達モガリア教徒の皆さんをネムジア教会中央神殿に迎えに行った時に見た、タイターさんの上司って人だ。
あの人、暴言を吐いてナタリアちゃんを怒らせたもんだから、空気を読んだタイターさんに蹴っ飛ばされたのを憶えている。
……とてもじゃないが、できる男には見えない。
「――お~い、聖女グレイス!? グレイスにゃん!? 私のことが判らないのかい!? 私だよ!? 君の大切なウナルぴょんだよ!!? お互いのおしっこをすすりあった、ウナルぴょんのことをよもや忘れたなんてことは……」
『お……お黙りなさい!!!! ななな、なにをなれなれしい!!!! ウナルぴょんなんて方は知りません!!!! き、気安く話かけるんじゃありません!!!!』
「グレイスにゃん……そんな……!? 私の……ウナルぴょんのおしっこは甘い香りがして美味しいと言ってくれたじゃないか……!!? グレイスにゃん!!!?」
『……だ、黙れ、糖尿!!!!』
『くっくっくっ……!!』
『ぷぷぷっ……!!』
元枢機卿ウナルぴょんとグレイスにゃんのやりとりを見て、アイダ様とエリエス様が心底楽しそうに笑っているが、おれはウナルぴょんが気の毒過ぎてちょっと笑えない。
『え~っと、これ以上はキャプティンの身に危険が及びそうな気がするので~、粛々と進行させていただきますぅ~! さあいよいよ、白軍コーナーから昆虫軍団の入場で~す!!』
その声を合図に、闘技場へ魔物の群れが解き放たれる。
でかいクモ一匹と、中ぐらいのクモ八匹、小さいクモたくさんの大中小クモセットだ。
南の遺跡でシャオさんが戦ったクモと同じ魔物だな。……確か、八畳間ぐらいあるでかいのがアビススパイダーで、こたつぐらいのがディープスパイダーだっけ? 小さいのは知らない。
――ぶるぉぉぉぉぉ!!!!
と、観客が大いに盛り上がる。
うへぇ……、ちょっとどうなってんの異世界ピープル!? これ、楽しいか?




