305 異世界来たし本気出す
空が低い。灰色の冬の空だ。
えらく冷え込むなと思ったら、どうやら雪もぱらつき始めた。
――おれ……死なないよね? もしかして今日、死んだりしないよね……?
油断すると、奥歯がカチカチ言いそうになるけど、これはあれだ。寒いからだ。
みぞれっぽい雪が王都の石畳を濡らす。
異世界の冬は骨身に染みるなあ。
おれは今、『護国祭』のメイン会場である円形闘技場――コロシアムに向かって馬車移動中である。隣の席にはユーシーさん、向かいの席には長身メガネの聖女アイダ様とパラディン№9エルマさんが一緒だ。
美女達に囲まれて、いつものおれだったらスーハー深呼吸を過呼吸になるほど繰り返すところだが、今日ばっかりはそんな余裕もない。
ふと横を見ると、ユーシーさんの膝の上の手が震えていた。
さりげなくその手を握るおれ。
おれの方も震えているので格好つかないわけだが、強がったところでユーシーさんには筒抜けだしな。
「寒いですね」とおれ。
「そうですね」とユーシーさん。
そんなやりとりを見て「きさま……」と腰を浮かしかけたエルマさんをアイダ様が止めた。
慌てて手を離すおれ。
***
『護国祭』前日の夕食は豪華だった。
ミノタウロス肉のすき焼きと白いご飯、デザートは栗のケーキ確か、モンブランってやつだ。
薦められて、飲めないワインもちょっとだけ。
……あれ? これってあれかな? 最後の晩餐的な……。
そういえば、死刑囚は刑の執行前に好きな物注文して食えるって何かで読んだような……そういうやつかと思い至り、ついついワインをもう一杯。
――うっ……!?
体内のアルコール量が許容量を超えたおれはトイレに駆け込み、せっかく食べた物を全部吐き出すこととなった。
「本当にダメなんですね、お酒。大丈夫ですか?」
「へいきです。吐いたので楽になりましたよ」
部屋を訪れたユーシーさんの問いかけにおれは応えた。
風呂上がりだろうか、濡れた髪が妙にエロっぽい。
「ヤマダさんは損なことばかりですね」
「いや、お酒ぐらい飲めなくたって別に……」
ああ、そういうことじゃないのか。
まあ確かに妙なことに巻き込まれることは多いようだけど、悪いことばかりじゃなかった。
ユーシーさんにも出会えたしね。
それに、今までも結構危ない橋渡ってきたけど、なんだかんだ上手くいったし、今回だってなんとかなるんじゃないかな?
多分、きっと…………いや、いやいや……まてよ。
今回ばっかりはさすがにダメかもしれない。
おれ、死んでしまうかもしれない。
……そんなわけで、今生の思い出にやらしてくれねーかな、セックス?
――って!? あれ!? あれあれ!? 今なんか、ゆでだこのように顔を赤くして目を伏せているユーシーさんが小さくうなずいたような気がしたけど気のせいか?
……いや、気のせいじゃないかもしれない。だって、ツッコミがないし……!!
念のため説明しておくと、ユーシーさんはおれの心が読める。
どういう理屈か解らないが、おれの持ってる妖精の触覚よりもユーシーさんの持ってる触覚の方が格上だからじゃないかと思う。
確かに、明日おれが決闘に敗れれば、ユーシーさんはベリアス様にその場で純潔を奪われてしまうのだ。
であれば、その前の晩にぱぱっとセックスしてしまおうとユーシーさんが思ったとしても、すごくつじつまが合う!
……間違いない、ユーシーさんは今晩、おれの部屋にセックスしにやって来たのだ! おれと初セックスするために!
「……そ、そそそそういう言われ方をすると……アレなんですけど……」
や……やややややったぜ!! こ、こここ今夜は眠らせないぞ……!!!!
おおおれは勢いのままにがばっと行こうとしたが、不意にユーシーさんに突き飛ばされるる?
――あ、あれ……!?
(ドアの外に……居ます)
スキル【共感覚】で、脳内に直接ユーシーさんの声が届く。
チラリと見るとドアの隙間から覗く三つの目と視線が合い、その後ささっと隠れた。
ドロシーちゃんモランシーちゃんの姉妹と、どうやらクロソックス夫人に違いない……。
「場所を変えましょう」
ユーシーさんが部屋の窓を開け放つ。
光の羽根を広げて冬の夜空へと飛び立ったユーシーさんとおれ。
レベル24で取得した妖精スキル【飛翔】、今すごい役に立ってるぜオナモミ妖精よ!
見てるか!? もしかしたら、今夜こそお披露目できるかもしれないぜ、セックスってやつをよ! ひゃっはー!!
「……オナモミ妖精って何ですか?」
「えーと、おれが殺して魔石を奪った妖精ですね」
「……!? ヤマダさんは、よくそういうものを見るんですか?」
「いいえ、大迷宮の深層で急にしゃべり出したんですよ、おれの失った記憶を乗っ取ったとか言いだして」
「恨まれたりとか?」
「いや、そういうのは忘れたそうです、脳ミソ無いそうで」
「……そういうものですか」
「ユーシーさんの魔石に、そういうのは?」
「……時々夢を見ます。この大妖精の魔石を代々継承してきた、歴代大司教達の断片的な記憶です」
「へえ……どんな?」
「大抵は悲しい恋の記憶です。……知ってますか? 歴代の大司教は皆、生涯独身だったとか……ご存命の先代も、まだ……」
「……ああ、まあ、仕事にのめり込み過ぎて婚期を逸してしまったなんてことは、ありそうな話ですね」
てか、ネムジア教会の大司教って魔石を代々継承するのか。
じゃあ、ユーシーさんが大司教を辞めて、大妖精の魔石を次の大司教に継承すれば、もう心の中を一方的に覗かれる事もなくなるわけじゃね?
……なんだよかった。正直、ほっとしてる。
夜の王都を見下ろしながら、並んで飛ぶユーシーさんとおれ。
「……今まで見えていたものが見えなくなるのは、少し不安になります」
そう言って、おれに手を伸ばすユーシーさん。
その手を握り返そうと、おれが手を伸ばした時だった。
――スキル【危機感知】反応!? 後ろから、凄いスピードで接近してくる……!?
「――何か来ますっ……!!?」
と、振り返ったおれ達が見たのは、翼を広げたパラディン№9エルマさんと№10マルク君だった。……マルク君の翼は白い羽毛で綺麗だな、どうでもいいけど。
「ヤマダ~!! ユーシー様をこんな夜更けに、どこへ連れて行く気だ~~~!!?」
……ヒエッ!? エルマさんが凄いお怒りだ。
そういえばあの人は、おれとユーシーさんが仲良くするのをよく思っていない一派の急先鋒だった。
「ヤマダさん、振り切りますよ!?」
ユーシーさんがおれの手を掴むと、飛ぶスピードがぐんと上がった。
手を繋いでスピードアップとか、昔のマンガかよ……!?
早々にあきらめて見えなくなったマルク君。
しばらく泣きながら食い下がってきたエルマさんだったが、それでもいつしか夜の空の彼方に置き去りにした。
かなり遠くまで来てしまった。王都の灯りが小さく見える。
「――うっふっふっ……、スキル【脳力解放】……!!」
なるほど、そういうことか。
ユーシーさんの、なんだか胡散臭いスキル【脳力解放】は、全てのステータスとスキルの効果を一段階引き上げる。
二人の妖精スキル【飛翔】を【脳力解放】してスピードアップしたというわけだ。
でも確か、一度に一人にしか効果が無いと聞いていた気がするけど……?
「……だって、あの時はまだ出会ったばかりで、手を繋ぐような仲じゃなかったじゃないですか」
……な!!?
どうしよう。
今すごく、この子とセックスしたい……!!
「……そ、そうしたら……中央神殿の私の執務室ならこの時間誰も来ませんよ……? エルマ達に見つからないように、大回りに迂回して王都に引き返しましょう……?」
――任せてくれ!! おれのスキル【危機感知】が、エルマさんの位置を把握している……!!
中央神殿のバルコニーに降り立ったユーシーさんとおれ。
窓からそっと室内に侵入する。
月明かりが差し込むだけの部屋で向き合う二人。
……えっと、先ずは「髪」だっけ?
おれはユーシーさんの髪をとく。
形のいい後頭部からうなじへ、うなじから妖精の触覚へと手を滑らせる。
はふう……と、ユーシーさんが吐息をもらす。
……じゃあ、次は「耳」だったよね? わくわく……。
「……いいえ。『耳』はもっと後です、とばしてください」
――えっ!? だって、ユーシーさんが言ったんじゃんよ? 「髪」→「耳」→「唇」の順番だって、その順番を守らないとレイプと見なすって……!
「……あれは……私が間違っていました。あのことを書いた本の出版社には、既にネムジア教会から正式にクレームを入れてあります」
……!? 権力の使いどころよ……。
でもまあ、そしたら「耳」はとばしますけど……?
おれは、ユーシーさんの両肩に手をかけて引き寄せる。
…………。
「あの……、目を閉じてもらっても……?」
「え、あ、は……はい……」
…………。
しかし、ますます目を見開くユーシーさん。
……こ、こいつ、手強いぞ……。
こんな時、ギャルゲの主人公様ならどうする?
最近はどぎついエロゲしかやってなかったせいで、さっぱり判らん……!
ええい、ままよ……と、おれはユーシーさんの顔を両手で掴んで、無理矢理唇を重ねる!!
すなわち、エロゲのキスだ……!!!!
「んん~~~~!!!!?」
してやったり!!
初見プレイなのに、エロゲのキスを成功させるとは、おれってば天才か!!? 長年のイメージプレイが功を奏したってか……!!?
むむ、まだ抵抗するか……?
しかし、おれは知っている!! エロゲのキスにはまだ先がある……!!
「ん~~~~!!!!? んん~~~~!!!?」
おっと、思考を読んだな、ユーシーさんめ!!?
ならば、ここからの行程を先に説明しておこう。
お互いの理解なしに舌先を突っ込んでは、思わぬ失敗をしてしまいかねないからな、じゅるる……!!
とぷん。
――は!?
突然、執務室の床が液状にゆるんで、おれとユーシーさんを飲み込んだ。




