304 『はぐれパラディン純情派⑥』
一方その頃、谷底に取り残されたベリアスは焦っていた。
「くそっ、結局逃げるんじゃねぇか! どこだよ、ここ……?」
目の前にそびえる「境界の山脈」の近さからして、王都から北へ100~200㎞といったところだろうか? 例えベリアスが全力で走ったとしても、日没までに王都にたどり着けるか微妙なところだ。
絶壁を見上げるベリアス。
ここを登れば、王都が見えるだろうか? ――と、金色のオーラで形作った腕で、ほぼ垂直に切り立った壁に取り付く。
およそ50mはありそうな絶壁だったが、苦もなく這い上がり数分で頂上まで手が届く。後は身体を引き上げるばかり――と、その時だった。
べリアスのオーラの腕が掴んだ岩壁と周囲一帯に、急激な魔法力の収束を感じた。
――ドゴン!!!! 魔法【爆発】が、ベリアスの眼前、絶壁の頭頂部で弾けた!
「うおぉぉぉ!!?」
崩れた壁面ごと谷底へと落下していくベリアス。
その視界が、階段を登るように空へと駆け上がるカスパールの姿を捉えた。
やつめ、戻って来やがった! ――と、なぜか少し嬉しそうなベリアス。着地も気にせずに、二対の巨大な鉄の拳、スキル【浮遊鉄拳】を発射した!
階段状に設置したスキル【透明障壁】を足場にして、空高く駆け上がって行くカスパールに鉄の拳が迫る!
――スキル【位置交換】! 落下中のベリアスとカスパールの位置が一瞬にして入れ替わる!
「そのスキルはもう見飽きたぜ!!」
――スキル【超反射】! ベリアスは目の前に迫った鉄の拳を、金色のオーラの腕でキャッチすると、着地したカスパールに向かって投げつける!
地面を滑るように【疾走】し、攻撃を避けるカスパール!
今度こそ逃がさねぇ! と、落下しながら鉄の拳を操るベリアス。
突然、カスパールがターンして振り返る。
どういうわけか、追いすがって来ていた二対の鉄の拳が、カスパールの左右を素通りしていった。
「ベリアス君、よそ見しすぎ」
「あぁぁああ……!!?」
落下の途中、ベリアスが空中で静止していた。
肩口から深々と、不可視の壁面【透明障壁】が肉厚の刃のように食い込んでいる。
カスパールは、落下してくるベリアスの真下に【透明障壁】を縦に設置し罠を張っていたのだ。
空中で身動きのとれないベリアスは、金色のオーラの腕を伸ばし、【透明障壁】を破壊して地面に落ちた。
「ごふっ……お、俺の【王の領域】を貫くなんてな……ずいぶんHPを削られちまった。だが、俺には【大回復】の魔法があるから……!?」
「おっと、ステータスを見たね? 気付いちゃったかい?」
両手に剣を装備したカスパールが歩み寄る。
「こいつは……、どうなっていやがる……?」
「スキル【影狩】……!」
魔法【大回復】で傷の治療を始めたベリアスに、カスパールが斬りかかる!
通常攻撃ではベリアスの金色のオーラ【王の領域】を貫くことはできない。
それでもカスパールは、二本の剣で、繰り返し斬りかかる!
「あんたの攻撃は【王の領域】で全部弾いてるっていうのに……!?」
カスパールは両手の剣で繰り返し斬り続けた!
その全ての攻撃は【王の領域】に阻まれ、ベリアスにダメージを与えることはなかったが、斬りつける度にベリアスの「MP」を確実に削っていった。
スキル【影狩】とは、敵の防御を無視して「MP」にダメージを与える……!
「……最初からだ、僕は最初からこのスキルを使って、君の『MP』だけを削っていた」
「せこいまねしやがって……!!」
ベリアスは急激に減っていく「MP」にもうろうとしつつも、スキル【浮遊鉄拳】で四つのの鉄の拳を出現させ、至近距離からカスパールを狙う。
カスパールは、構わず切り続ける! 今までの鬱憤を晴らすように、斬って斬って斬りまくる!!
「うぉおおおーーーっ!!!!」
そして、鉄の拳が放たれる前に、ベリアスの全ての「MP」を削り切った!
『MP』0――、昏倒し前のめりに倒れるベリアス。
鉄の拳は全て、地面に落ちて消えた。
身体を覆っていた、金色のオーラも消えた。
「……トドメだ」
カスパールは、ベリアスの無防備な背中に向かって魔法【掘削】を撃つ。
ぼごっ!! というイヤな音がして、ベリアスの背中に大きな穴が穿たれた。
――直後。
再び、ぼごっ!! というイヤな音がして、カスパールの胸から金色の拳が飛び出した。
「がふっっ……な? ……だ、誰だ……!?」
「俺は王者ベリアス。やっと掴まえたぜ! このまま、王都まで送ってくれよ」
「……!? だ……ったら、僕が今まで戦ってたのは……?」
「そいつも、さっきまではベリアスだった」
「……!?」
「さっさと王都へ戻してくれよ? そしたら、特別に【大回復】をくれてやるぜ?」
「……い、嫌だって……言ったら……?」
「この拳を引き抜けば、あんたは回復魔法を使う間もなく死ぬだろうぜ?」
だよね――とつぶやいたかと思うと、カスパールは一歩前に出て自らベリアスの腕を引き抜いた!
――スキル【位置交換】! カスパールは、自身とベリアスの位置を交換し、ベリアスの背後をとった!
そして、渾身の一撃を叩きつける!
――ギィィン!!
カスパールの剣は、ベリアスの金色のオーラに弾かれて折れた。
「ばかやろうが……!」
次の瞬間、四方から打ち込まれた鉄の拳が、カスパールの残された命を削り飛ばした。
***
――十二年前。
『護国祭』で賑わう祭りの雑踏の中で、迷子のカスパールは聖女ユーシーに手を引かれていた。
「おねえちゃん」
「なあに?」
「おねえちゃん、かわいいね。大きくなったらぼくのおよめさんにしてあげるよ」
「ぷぷ。ざんねーん、私は弱虫で泣き虫のおぼっちゃんとは結婚しませーん」
「ぼ、ぼくは弱虫でも、泣き虫でもないぞ!」
「えー、そうだっけー? カスパール君、そうだっけー?」
「今からだ! 今からぼくは強くなるし、ぜったい泣かないし」
「へー、ふーん。じゃあせめて、ベンジャミンより強くないとねー」
「――!? ベンジャミンってだれさ!?」
「ヒミツー」
――えー、おしえてよー、ずるいよー!
――ずるくありませーん。
とか話している二人と、カスパールは雑踏の中ですれ違った。
そうか、六歳の時の僕はあんなことを話していたのかと、鮮明に思い出す。
信仰だって? ただの初恋じゃないか――と。
「僕は相変わらず弱虫で泣き虫のままです、ユーシー様」
カスパールはそうつぶやくと、顔を拭い雑踏の中に消えた。




