301 『はぐれパラディン純情派③』
王都の商業区画、その大通りから少し奥まった場所にあるとある酒場に、場違いに品の良さそうな女性が入店する。
酔った男達の注目を一身に集めるが、白いマントの下からのぞく剣の鞘を見て皆目を逸らす。
白いマントの女は、パラディン№9竜人エルマ。
大人しそうな外見とは裏腹に、生まれつき体内に「ドラゴンの魔石」を宿す、希少なドラゴニュートである。
彼女は店内を見回すと、迷わずに奥の席へと向かった。
「私を使いっ走りにするなんて、偉くなったものですね?」
そう言ってエルマは、テーブルの上に小石状の粒を三つ置いた。
「ありがとうエルマさん、助かりました」
そのテーブルで待っていたのは、フードを目深に被り顔を隠したカスパールだった。
向かいの席に座ったエルマは、自分用の酒と料理を注文する。
カスパールはテーブルに置かれた三つの小石状の粒「スキルの欠片」を摘まみ上げると、躊躇うことなく口に放り込んだ。そして、コップの水で一気に飲み下す。
「あきれた、確認もしないなんて。毒でも塗ってあったら死んでますよ?」
「№9のエルマさんが、僕を殺すのに毒を?」
「それもそうですね。……スキルはそれで間違いありませんか?」
目を閉じたカスパールが自身のステータスを確認してうなずく。「確かに」と言って、懐から財布を取り出そうとしたカスパールをエルマが止めた。
「結構です。ここは私が持ちますから」
「いえ、スキルの方の支払いを」
「……あのヒヒ爺を切ったこと、他の誰がなんと言おうと、私は褒めてあげます。そのスキルは……そう、私からの餞別です」
「……ありがとう、エルマさん」
「でもキミ、ちょっと見ない間に……なんだか十年ぐらい老けたみたいですね? ユーシー様が大変なことになっているのに、妙に落ち着いてるし……」
「――!? ユーシー様に何かあったのか!?」
「――って、知らなかっただけですか」
「何があった!?」
カスパールはこの時になって初めて、ヤマダとベリアスの決闘の勝敗に大司教ユーシーの純潔が賭かっていることを知った。
「――純潔だってぇ!!!?」
突然発したカスパールの大声に、酒場が一瞬にして静まりかえった。
注文の酒を持って来た女将さんも、怖じ気づいてテーブルの手前で固まっている。
「い、いやですねぇ、キスぐらいで、そんな大げさな……あら、お酒来ましたよ! ありがと~女将さん~! お騒がせしてごめんなさいね~彼ったら、本当に嫉妬深いんです…」
必死に周囲に愛想を振りまきごまかす、エルマ。
なんだ痴話げんかだったかと、次第に酒場が元の賑わいを取り戻していく。
「……キミ、ちょっとふざけないでくださいよ!? 指名手配犯のくせに、なに悪目立ちしてるんですか!?」
「なんでそんなことになってるんだよ!? どうしてユーシー様がそんな賭けを?」
「そんなこと、私だって知りませんよ! ……でも、グレイス様とセリオラ様が国王陛下まで巻き込んで、引くに引けない感じになってるようです」
「くそ、アバズレどもめ……!」
「キミ、少しは大人になったのかと思いましたけど、相変わらずのようですね。でもまあ、今は落ち着きなさい。ヤマダが負けた時には、私とランポウさんがベリアスを殺せば済むことです」
「……そうだよね。ヤマダに任せておくわけにはいかない」
「待ちなさい! そんな小手先のスキルで何を企んでるか知らないけど、キミの出る幕じゃありませんから!」
「そんなの僕の勝手だろ!? ……まあ……でも、僕が失敗した時には、頼みますよ」
何を言っても無駄か――と、エルマは深いため息を落とした。
***
その夜、カスパールはシリアス王女の部屋を訪れた。
ネムジア教会神殿騎士の僧衣で正装したカスパールは、部屋に招き入れられると、王女の前で片膝をつき頭を垂れた。
「カスパール・メッシュ、お招きにより参上いたしました。王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「そういうのは結構よ。立って、顔を見せなさい?」
取り巻きの一人がそう言うので、カスパールは立ち上がって顔を上げる。
「あ、あら……」
「かっこいいじゃない……?」
「ちょ、ちょっとシリアス様っ、当たりですっ、当たりですよっ!」
「はぁはぁ……あぐぁ……」
「あぐぁ……じゃないですよ!?」
「そ、それじゃあ、私達は部屋に戻りますね……?」
「殿下、しっかり!? シナリオ通りに……!」
「く、くぉぐぁ……はぁはぁ……」
取り巻きの女達が出て行き、シリアス王女とカスパールが部屋に残される。
しかし、さっきからシリアス王女の様子がおかしい。
息が荒く、手足が小刻みにけいれんしている。
「こぉ……んばぁ……ゎ」
どうやら、さっきから「こんばんわ」と言おうとしていたらしい。緊張しすぎである。
年齢は三十と少し、美人と言えなくもないが、こじらせた処女というのはどうやら本当のことのようだと、それほど経験豊富でもないカスパールにも察しがついた。
それならばそれで、むしろやりやすい――と、カスパールは自ら口を開いた。
「お酒を作りますね? 僕も一杯いただきます」
「……は」
「……乾杯」
「……ぃ」
「僕のことはカスパールとお呼びください」
「カしゅ…………シり……」
「そうですね、ではシリー様と呼ばせていただいても?」
「――でゅふ……ふ……」
「さあもう一杯、お酒を」
「ごくごくごくごく……げひょっ! げひょっ……!」
「少し、暑いですね……冬だというのに」
「……ふぐぉ!?」
「シリー様も暑いでしょう?」
「……あぐぁ!!」
「おきれいですよ、シリー様……」
「くぁせ……ふじこ……」
カスパールは、一晩じっくり時間をかけて接待の役目を果たした。
明け方、眠っているシリアス王女を起こさぬようにそっと部屋を出るカスパール。
部屋の前の廊下には、取り巻きの三人が毛布にくるまって眠っていた。
どうやら、ずっと中の様子に耳をそばだてていたらしい。
大浴場へと向かうカスパールの前に、ナタリアが現れた。
「おつとめご苦労様。上手くいったかい?」
「……あの方は、本当は誰なんですか? 本物の王女にしては若すぎるし、途中で羽根と尻尾が生えたんですが?」
「それはまた……初々しい」
「……?」
「オタクだとか行き遅れと言われて久しい彼女も、これできっと新しい一歩が踏み出せるはずだよ。いい仕事したね?」
そう言ってナタリアが投げてよこした物を受け取るカスパール。
小石状の青黒い粒、【隷属】の「スキルの欠片」で間違いないだろう。
「これを飲み込めば……?」
「目の前にいる人物に【隷属】する。――さあ、どうぞ?」
カスパールは、早朝の廊下にナタリア以外誰も居ないことを確認すると、その「スキルの欠片」を飲み込んだ。
「――飲めたかい? そしたら……」
カスパールの目の前で、ナタリアも「スキルの欠片」を飲み込んだ。
「……!?」
「これでおあいこ――ってわけさ?」
「今のはまさか、【隷属】の……?」
「さて、どうだいこれから、朝風呂でボクともう一勝負?」
「い、いえ、さすがにもうカラカラで……遠慮します。……あ!?」
カスパールのステータスには確かに負荷スキル【隷属】が刻まれていたが、ナタリアの誘いをあっさり拒否することができた。【隷属】の効果が相殺されている。
「それはつれないね。ところで、上手いこと派生スキルは出たかい?」
「……出ました、スキル【影狩】。感謝します、ナタリア様……!」
いたずらっぽく笑って去って行くナタリアの小さい背中を、カスパールは頭を下げて見送った。




