300 『はぐれパラディン純情派②』
ネムジア教会でパラディンをやっていたカスパールにとって、モガリア教会の拠点として馴染み深かったモガリア教会道場は、いつの間にか『旅館玉月モガリア道場支店』の営業を開始していた。
畳の宴会場は、昼間に到着したらしい団体の貴婦人達で賑わっていた。
どうやらこの旅館、案外流行っているらしい。
風呂上がり浴衣のカスパールは、貴婦人達の目を避けるように、宴会場の隅の席に座った。
酒とオレンジジュースの瓶を両手に持って、幼女がカスパールの席にやって来る。
どうしてもお手伝いがしたいシーラ推定4歳、見ている方がハラハラする。
「おのみものです!」
「あ、うん。じゃあ、ジュースください」
「お、シーラさま、お手伝いかい? 偉いね。ボクにも、お酒をちょうだい」
そう言って、浴衣姿の英雄ナタリアがカスパールの隣の席に座った。
カスパールとナタリアのコップに、それぞれジュースと酒を注いだシーラが、「またね!」と言って去って行く。
「ナタリアさんは、モガリア教会の関係者なんですか? 僕はてっきり、冒険者ギルドの人なのかと……確か、ギルド設立に関わった大幹部って……?」
「そうだよ。長生きすると、いろいろやらされるのさ」
「じゃあ、モガリア教会も?」
「うーん、これはあんまり人に言ってないんだけど、まあキミとボクの仲だし別にいいかな?」
一度言葉を切ったナタリアは、コップの酒を一口飲んで続けた。モガリアはボクのママだよ――と。
その時、宴会場の音楽と照明が変わり、客がどっと湧いた。
舞台に上がったデイジー率いる「ダゴヌウィッチシスターズ」のステージの始まりだった。実は、新メンバーが数人増えているのだが、ここにいる客達にそれが判る者は残念ながらいない。
後に、この場所が異世界オタク達の聖地となるのは、また別のお話である。
舞台の上で歌い踊るデイジーに声援を送るナタリアの横顔を見つめて、カスパールは昼間ダンジョンで交わした彼女とのある約束のことを思い出していた。
***
モガリア教会道場のほど近く『渓谷のダンジョン』29階層でカスパールは、英雄ナタリアとナカジマから若干威圧的に問い詰められている。
「ところで、キミはなにをしているの?」
捨てられているダメになった剣を見て、ナタリアが尋ねた。
来たるべき戦いに向けて、「ドラゴン種」を仮想敵とし修行をやり直していると、正直に答えるカスパール。
「……けど、僕もレベル40です。今更高火力のスキルも望めないし、少々行き詰まっています」
「ふーん。ドラゴンとの戦い方なら、普通は『魔法』か『強い武器』だよね?」
「魔法【掘削】と【爆発】は取得しました。でも、当たらなかったら意味がない……」
「ドラゴンよりも素早いのか。――だったら『強い武器』だけど、ラダさまのヨロイみたいなのとか、三侯爵家の『聖剣』、ヤマダが使ってた『魔剣』とか?」
「ヤマダさんの『リスピーナの短剣』なら盗まれましたよ?」
ヤマダの名前が出て少し動揺するカスパールだったが、ナタリアもナカジマもそんなことには無関心だ。
「……あとは、ドラゴンを食べる天魚の武器とかかな?」
「天魚? 天魚ってなんですか?」
カスパールが聞き返す。
「天魚、知らない? 宇宙から来るでっかい魚。そういえば、最近見ないよね」
「……どれも、僕にはあてがないです。ラダ様に頼めば、『銀のセラフィム』を貸してくれたりしませんかね?」
「あの鎧はラダ様専用ですね。スキル【質量操作】がないと絶対無理です、重すぎて」
ナカジマが口を挟んだ。
『銀のセラフィム』はとにかく重い。ナカジマとタナカの二人がかりでも、持ち上げることはおろか押してずらすこともできなかった。
「……やっぱり、それなりの武器をできるだけたくさん用意してあたるしかないか」
「さて、そんな悩めるキミに、ボクからもう一つだけ」
「……!? なにかご存じなんですか、ナタリアさん!?」
「その前に、キミのその敵について、もう少し詳しく聞かせてよ? もしも、キミのやろうとしていることがボク達にとって都合の悪いことなら、ボクは今ここでキミの息の根を止めなくちゃならない――でしょ?」
穏やかな、どこか浮世離れした口調はそのままに、ナタリアが放った殺気にあてられて一瞬気が遠くなるカスパールだったが、覚悟を決めて打ち明ける。
カスパールの目的は、王弟ジーナスの息子――ベリアスの暗殺である。
ヤマダとベリアスの決闘前に、ベリアスを亡き者にしてしまおうと企んでいた。
「へー、大司教様のためにね。キミって思ったより健全だね」
「……健全ですか?」
「だってほら、キミってなんか若いのに女の子に興味なさそうだったからさ、てっきりそういう趣味の人なのかと」
「…………」
「おっと、ゴメンね。年上好きのキミにはサービスしちゃうよ? 正攻法じゃないけど、スキルの裏技みたいなものさ。教えようか?」
「ぜ、是非、お願いします!!」
「あるスキルを四つ取得すると、もう一つ別のスキルを派生取得する。魔物由来の三つのスキルと特別な一つのスキルが全部必要。裏稼業の人達の間では割と有名な裏技だよ。表の世界で真面目に生きてる人達からしたらちょっと体裁が悪いのかな?」
「ナタリアさん、僕はもうお尋ね者ですから」
「いいね。じゃあ、魔物由来の三つのスキルは【虚剣】、【穴熊囲い】、【恐慌付与】。もう一つの特別なスキルは【隷属】」
「……!?」
スキル【虚剣】とは、攻撃をする時に虚像の攻撃が同時に現れる。当然、虚像の攻撃に殺傷能力はないが、本物の攻撃と虚像の攻撃を戦いの中で見分けるのは難しい。
スキル【穴熊囲い】とは、ステータスから攻撃力を一時的に減らし、その分を防御力に上乗せする。一度変動させたステータスはしばらく元に戻らないという欠点がある。
スキル【恐慌付与】とは、相手に恐怖の感情を抱かせる。恐怖を感じた相手がどのような反応をするかは個人差があり、大抵は縮み上がって動きを鈍らせるが、中には半狂乱になって反撃してくる場合もあり得る。
「魔物由来の三つのスキルは、どれも使い方次第で案外使えるスキルだよ。お店で買えるしね。さて――」
「ナタリアさん、【隷属】というのはもしかして……」
「そうだね、負荷スキル【隷属】――反抗する意思さえ失い無条件でご主人様の言いなりになってしまう。まごうことなき、違法スキルだよ」
「誰かの奴隷になれということですか? そもそも、そんな違法なスキルをどうやって……」
ナタリアは、自身の【空間収納】からじゃらじゃらと「スキルの欠片」を取り出した。
「ボクはけっこう人気者だからね、みんながあの手この手で【隷属】させようとするんだ。何個か飲んじゃったこともあるよ」
小石大の青黒い粒が、十数個。それら全てが【隷属】の「スキルの欠片」であるという。
そして、こともなげに、飲んでしまったこともあると言う。あの時は酷い目にあったよ――と、過去の失敗を笑い飛ばす英雄ナタリア。
「そしたら……、ナタリアさんが僕のご主人様になってくださるんですか?」
「でもほら、これって違法なやつじゃない? ボクもまだ自分が【隷属】されたことはあっても、他人を【隷属】させたことはないんだよね」
「お願いします、ナタリアさん……いえ、ナタリア様! ぼ、僕にできることだったら、何でもしますから……!」
「いいね。その言葉が聞きたかった」
「……!?」
「モガリア教会って、若い男の子が少ないんだよねー」
「…………」
カスパールは少しだけ後悔した。しかし、今更後には引けない。
「実はさ、ホテルのお客にちょっと高貴な女性がいてさ――まあ要するに、接待?」
「……判りました」
「ホントに!? 助かるよ。ああ、そんな身構えるような不細工でもないし、年齢もキミの好きな大司教様とそう変わらないから、そこは安心して? ただちょっと、こじらせ気味の処女ってだけで」
「……僕に務まりますかね? 実はあまりその……」
「え、練習が必要? なんなら、ボクがちょっとレクチャーするけど?」
「は!? いえ、それには及びません。なんとかしてみせます! ……でも、そういうことなら、僕をまず【隷属】してから好きに命じたらいいじゃないですか?」
「そいうのはどうも違うらしい、彼女の取り巻きが言うにはね? ボクにはそのへん、さっぱりなんだけど。――あと、できれば初々しい方がいいらしい。そっちはまあ、ボクにも判るよ」
「気の毒に……」
「別に、ナカジマでもいいけど?」
思わずもらしたナカジマだったが、矛先が向いて慌てる。
「い、いや、私は不能でして。サキュバスの色香にも無反応でして」
「精神的なものだろ? 王女をこましたら治るんじゃない?」
「王女!?」
「あ、そうそう。オタクで行き遅れって言われてるシリアス王女がお相手だよ? 美女だろ? よろしくね、カスパール君」
接待の相手がシリアス王女と知り、やはり事前のレクチャーを受けておこうかと悩むカスパールだった。
それでも、今更後には引けない。




