299 『はぐれパラディン純情派①』
――誰かが泣いている。
――幼いこどもが泣いている。
それは十二年前の、『護国祭』。
多くの人達で賑わう祭りの雑踏で両親とはぐれてしまった少年は、生まれて初めて感じる不安に押しつぶされて、ただ泣くことしかできなかった。
「どうしたのぼく? 迷子かな?」
泣くばかりの少年の前に、白い神官服の娘がしゃがみ込んで声をかけた。
大人になって思い返せば、ほんのささいな出来事に過ぎない。
しかしその時の少年にとっては、彼女だけが絶望の暗闇に差し込んだ希望の光のように思えた。
「おい、ユーシー、式典に遅れるぞ? 私はごめんだ、グレイス様のねちっこい説教とか」
「アイダさん、先に行って説明しておいてもらえますか? お腹の具合が悪いとか、適当に。――ねえぼく? お名前は?」
「ぐすっ……、カスパール。……カスパール・メッシュ」
その日から、少年の信仰が始まった。
カスパールは、貴族仕様の豪華なベッドの上で目覚めた。
幼い頃――、6歳の頃の夢を見ていた。
大司教ユーシー、当時まだ聖女の一人だった彼女との忘れ得ぬ出会いの情景。
***
「おはようございますー、メッシュさん。今日もダンジョンですか?」
「……ええまあ、そのつもりです」
食堂でカスパールに声をかけてきたのは太った男――タナカである。
指名手配され王都を離れたカスパールは、馬で一日の距離にある高レベルダンジョンを目指した。
通称『渓谷のダンジョン』、そのほど近くにモガリア教会の信者達が暮らす『道場』と呼ばれる施設があった。
ネムジア教会の元パラディンであるカスパールにとっては要監視対象として馴染みの深い施設であったが――いつからここはホテルになったのだろう? いつの間にか、モガリア教会道場は『旅館玉月モガリア道場支店』の看板を掲げていた。
とはいえ、たいした準備もなくここを訪れたカスパールにとっては、滞在場所としても身を隠す場所としても非常に都合がよかった。
「ぼく達も、最近は23階層辺りをぐるぐるしてるんですよ。アンデッドモンスター狙いなもので」
「はあ……」
モガリア教会の関係者のようでもあり料理人のようでもある「ムラサメ」と名乗ったタナカの正体を、カスパールは掴みかねていた。
ダンジョンの23階層をぐるぐるしていると聞けば、レベル30前後の中堅冒険者のようでもある。
このホテルの朝食は、バイキング形式だった。
皆がそれぞれ小さなトレイを持って、スープやパンを配る従業員の前に並ぶ。
食堂に集まっているのは、どうやら宿泊客ばかりでなく、この道場で暮らす信者達も含まれているようだ。
ここで暮らす信者には、どういうわけか若い女性が多く男性が少ない。
そんな中で、若く容姿の整ったカスパールは否が応にも周囲の注目を集めた。指名手配犯である彼としてはどうにも居心地が悪い。
おのずと、顔を伏せがちになるカスパールだった。
どうぞ――という配膳の女性の声に、スープの注がれた皿を受け取るカスパール。
礼を言おうと顔を上げた時に、初めてその女性と目が合った。
「――って、デイジー様!? こんなところで一体なにを……?」
「は、はわわ……わ、わたくしは、そのような者では……ち、違います! 人違いです!!」
目つきの鋭い配膳係の美女――聖女デイジーは、カスパールの指摘を受けて、あからさまにアワアワし始める。
聖女デイジーもまた、王都で起きたとある事件に関わった者として追われる身であった。
数日前にヤマダの紹介でここを訪れたものの長期滞在するほどの資金もなかったため、同行した仲間共々あっさり改宗しモガリア教徒の一人となっていた。
「後ろつかえてますからー、そういうの後にしてくださーい?」
その声に振り返ると、カスパールの後ろで無骨な全身鎧を着込んだ女が順番待ちをしていた。
「あ、ああ、すみません……って、『銀のセラフィム』!!? も……もしかして、あなたは……?」
カスパールには、その無骨なタマネギの様な全身鎧に見覚えがあった。
――魔王と戦える超重鎧『銀のセラフィム』! そして、それをまとう人物といえば元パラディン№6、聖女ラダではなかったか?
「……!? ち、違います! ヨロイ違いです! 止めてください、ナンパですか!?」
バイザーを下げて顔を逸らすその女性。
聖女ラダは、数ヶ月前に『魔族領』で消息を絶ったと聞いている。その彼女が、どうしてモガリア教会の道場に入り浸っているのか? ――と、思わず問い詰めたい衝動に駆られるカスパールだったが、自分自身、追われる身であったことを思い出し、目を逸らし口をつぐむ。
***
カスパールは朝食後、スキル【位置交換】で『渓谷のダンジョン』に飛んだ。
『渓谷のダンジョン』は高レベルダンジョンと呼ばれるだけあり、低層階であっても容赦なく強い魔物が現れる。
しかしそんなことはお構いなしに、カスパールは深層へと潜っていく。
30階層まであるダンジョンの28階層、29階層を巡回し獲物を探す。
その階層に時折現れる「ドラゴン種」が狙いだ。
「ドラゴン種」の種族特性、エネルギー障壁【ドラゴンフィールド】を貫く方法として、カスパールの持つ手段は二つ。
一つは床を高速で推進するスキル【疾走】で加速し剣を突き立てる正攻法。
もう一つは、突進してくる相手の正面に不可視の壁面【透明障壁】を角を立てて設置するカウンター。
一つ目のやり方は武器をダメにする可能性が高く、もう一つの方法では相手の突進力次第で不発になる場合がある。
そしてどちらの場合も、一撃で仕留められる可能性は低い。
火力不足――相手が武装した人間程度であれば気にする必要もなかったが、強力なシールドを持つ「敵」に対しては、そのことが今まさにカスパールを悩ませていた。
カスパールは既にレベル40を超えており、次のスキル取得レベル48までには膨大な経験値が必要だった。人間の限られた寿命でレベル48に至るのは、ほぼ不可能と言われている。
「くそっ……!」
何度か攻撃を繰り返した末、地竜を倒したカスパールだったが、不満そうに刃こぼれした剣を捨てた。
魔法【空間収納】から予備の剣を取り出し装備し直す。
「――!?」
その時、背後に気配を感じて、慌てて身構えるカスパール。
「ごめんね、驚かせちゃったかな?」
――誰だ!? と、問いかける言葉をカスパールは飲み込んだ。
自然発光するダンジョンの灯りに照らされたその人物は、わざわざ問いかけるのもはばかられる有名人だった。
一見十代の少女のようにも見える、小柄な美しいエルフ。
「英雄ナタリア……様!? なんでこんな所に……?」
「どうもー」
なぜここに英雄ナタリアが居るのか? もしや、王族を殺めた自分への追っ手だろうか? カスパールは、激しく思考を巡らせる。
もしも追っ手がかかるとしても、それはパラディンの誰かだと想像していた。まさか、レベル50越えの英雄ナタリアが現れるとは思ってもみなかった。
カスパールは、いつでもスキル【位置交換】でダンジョン外へ飛べるように身構えた。
「そう警戒しないでよ、ボクはちょっと口封じに来ただけで――」
「口止めです、ナタリアさん……!」
ナタリアの後ろから、背の高いメガネの男が訂正した。
カスパールの背中に嫌な汗が流れる。「口止めに来た」と「口封じに来た」では、趣が多少異なる。
「ああ、そっか間違えた。止めに来たんだった、息の根とかを?」
「……それだとやっぱり口封じですから。口止めですよ」
たまたまなのかわざとなのか? ナタリアの発言には、時々不穏な言葉が混じるため、その度にカスパールは肝を冷やした。
今朝の食堂でのやりとりでカスパールがネムジア教会の人間であると知れた。
ネムジア教会側の人間であるカスパールはあまり頓着していなかったが、弾圧を受けていた側のモガリア教会側からすれば彼を警戒するのは当たり前のことだった。
ナタリアの「口止め」とは要するに、道場施設に居る聖女デイジーや聖女ラダを含めて訳ありの人達のことを口外しないようにとのこと。
また、モガリア教会そのものにちょっかいをかけてくるなという、威圧混じりの警告でもあった。
「僕もお尋ね者ですから、他人のことを言えるような立場じゃないんです」
「ほほう、というと?」
いつの間にか、カスパールはメガネの男――ナカジマと直接話をしていた。
ナタリアは放っておかれて、少し不満そうにしている。
カスパールはナタリアを警戒しつつ、自身が王都でしでかした事――王弟ジーナス殺害について語った。
そして、「僕はもう、大司教様のパラディンを辞めましたから……」と、話を締めくくる。
王弟ジーナス殺害――思っていたよりもやらかしていたカスパールに、ナカジマは頭を抱える。このままでは、またモガリア教会は災難に見舞われるのではないか? ――と。
考え込んでしまったナカジマに代わって、ヒマそうにしていたナタリアが何かを思い出したように問いかけた。
「――あ。キミがころしたジーナス君だけどさ、瞳の色は何色だった?」
「確か、赤に近い茶色でしたが……、それがなにか?」
「うーん、だよね? でも昔は、マグナスと同じ青緑だったんだよね」
「……?」
マグナスと言えば国王の名前だと、カスパールはようやく思い至った。




