281 正直まいった……。
――前回までの「ずっこけ3紳士」は?
大迷宮での修行中、地下48階層に取り残されてしまった「おれ」ことヤマダは徒歩での脱出を試みるが、途中の階層で殺人事件を目撃してしまう。
犯人は日本からの転移者とおぼしき5人組。凶悪な彼等から追われる身となってしまったおれは、大迷宮の深層へと追い詰められて行く。
50階層で再会した『黒金の勇者』シマムラさんとパーティを組み、追跡者に対抗しようとするおれ。
シマムラさんが面倒を見ている若い冒険者3人組アンディ君、マイちゃん、ジェフ君とも合流できたので、追跡者に5対5で対抗できるとほくそ笑んでいたのだが……、どうやらシマムラさんとおれの仲を誤解したアンディ君に、敵認定されて勝負を挑まれてしまう。
こんなことしている場合じゃないのに……!
――正直まいった……。
アンディ君は足を肩幅に開いて体を半身に、左手は腰に置き、右手のショートソードを相手の目の高さに掲げる。
自分自身で「はじめっ!」と叫ぶやいなや、仕掛けてきた。
ショートソード切り上げ! からの、肘打ち! しゃがんで半円を描く足払い! 激しく踏み込みトドメの正拳突き! ――と繋がる四連コンボ!
――ぽかり!
おれは「錆びた剣」の腹で、アンディ君の無防備な頭を叩いた。
頭を抱えてしゃがみ込むアンディ君。
「……ま、まだまだぁ!!」
しゃがんだ状態から、ショートソードを両手で構えてカエル跳び! からの、床に手を着き両足をプロペラのように回転させるキック! キック! キック! さらに、ショートソードを構えなおし、トドメのカエル跳び! ――という、踊るような連続攻撃!
――ぺこり!
おれは「錆びた剣」の腹で、アンディ君の無防備な後頭部を叩いた。
「~っくぅぅ…………」
うずくまり痛みに耐えるアンディ君。
「アンディ君、見事な連携と言いたいところだけど、見当違いの方向に技を出し続けても隙だらけだぜ? 相手の動きに合わせないとさ……」
「ぐ……うるせぇ!!」
そう一声叫んだアンディ君は、おれの目の前から姿を消した。
彼の切り札である、瞬間移動のような技だろう。
ただ、おれにはスキル【危機感知】があるし……いや、【危機感知】に頼るまでもないか。十中八九、彼が瞬間移動する先はおれの背後だろう。
アンディ君の瞬間移動に合わせて、おれは後ろに向かって背中からタックル!
昔やった格闘ゲームのハチマキ巻いたキャラが使ってたような、体重の乗ったイイ感じのタックルがアンディ君を吹っ飛ばした。
「アンディ君!!」
「兄貴!!」
マイちゃんとジェフ君が、アンディ君に駆け寄る。
シマムラさんだけは、付き合いが長いだけあって、おれの勝利を確信していたようだ。
「……くっ、くそっ、なんで俺の【短距離転移】が判ったんだ!?」
「おれだってスキルの一つや二つ持ってるさ。てか、転移先が背後ってのもありがちじゃね?」
――正直まいった……。
大迷宮の深層まで来られるのだからもう少し強いと思っていたのだが、シマムラさん以下のポンコツじゃねーか……。
おれを追ってくる日本からの転移者とおぼしき5人組は、結構高レベルなうえに殺人をなんとも思っていないようなイカレたヤツらだ。
シマムラさんとアンディ君達三人組には、ヤツらを迎え討つ頭数になってもらおうと思っていたけど、それはちょっと酷な気がしてきた。
少しの間だけでも相手しておいてもらって基本的にはおれが各個撃破していく腹づもりだったが、それでも下手したら命に関わるかもしれない。
――正直まいった……。
今更だけど事情を話して、マイちゃんのあの「窓のないレンガの家」に立てこもって迎撃する方向で話を進めた方がいいんじゃないだろうか……?
でもそれを言ってしまったら、シマムラさんのワガママボディを自由にできる約束が無効になってしまいそうな……いや、シマムラさんのことだし上手く話せば気付かれないか……?
「マイ、ヤマダが使ってるスキルは何だ!?」
「うーん……、多分【危機感知】ってやつかも!」
――!? アンディ君め、まだ負けを認めない気か?
どうやら、マイちゃんにおれのスキルを【鑑定】させたようだ。
何を企んでいやがる? 仲間の手を借りるなんてずるいぞ……!
「ヤマダ、俺のとっておきをくらえ! 【スキル封印】! ヤマダの【危機感知】!!」
――げ!? 【スキル封印】だって!?
……ああっ!? まじか!? おれのスキル【危機感知】が使えなくなってる……!?
「……ちょ、ちょっと待ってアンディ君、大事な話があるんだけど? あの、ほらあれ、おれ達を追ってくる刺客についてさ――」
「うるせぇ!! そのスキルなしで、おれのコンボをかわせるもんならかわしてみろよ!!」
アンディ君は足を肩幅に開いて体を半身に、左手は腰に置き、右手のショートソードを相手の目の高さに掲げる。
そして問答無用、「しねぇ!」と叫ぶやいなや仕掛けてきた。
ショートソード切り上げ! からの、肘打ち!
しかし、確実におれを捉えたかに見えたそれらの攻撃は、むなしく空を切った。
――スキル【空間記憶再生】! アンディ君が攻撃を仕掛けたのは、スキルで再生した「数秒前のおれ」の立体映像。
本物のおれは、アンディ君からは死角になるその立体映像の陰に潜んでいた。
確実に当たったかに見えた攻撃がすり抜けて困惑するアンディ君だったが、コンボをキャンセルするわけでもなく、そのまましゃがんで半円を描く足払い!
その足払いをジャンプで避けた拍子に、おれのヒザがアンディ君の顔面に入ってしまった。鼻血が飛び散る……!
――あ、ごめん。
なんだか話が切り出しづらくなってしまった。
なんて思っていたところ、おれの視線を遮るように、「真っ黒い鎧」が目の前を通り過ぎる。
……? 『クラムボンの鎧』……シマムラさん? でも、シマムラさんはあっちでライトを照らしているはず……ってことは?
「やれやれ、やっと追いついたぜ鎧野郎!」
「んー? 近くで見たら、なんか女の子っぽくない~?」
……しまった!
スキル【危機感知】が【スキル封印】されてたせいでヤツらの接近に気付くのが遅れた。
酷いタイミングで、日本からの転移者とおぼしき5人組に追いつかれてしまった。
さっき目の前を通り過ぎた「真っ黒い鎧」は、5人組の一人、小太りの偉そうなヤツ――確か、ヨシザワのスキル【残留記憶投影】で再生したシマムラさんの立体映像だったというわけだ。
ヨシザワのスキル【残留記憶投影】はおれの【空間記憶再生】と名前が違うだけでほぼ同じスキルらしい。空間に残った「真っ黒い鎧」の映像記憶を再生して、その後を追ってきたのだろう。
ただ、おれがその「真っ黒い鎧」をシマムラさんに返した場面は端折ったのか、中身が入れ替わっていることには気がついていないらしい。
「おいおい、仲間が増えてるじゃないか。どうする? かわいこちゃんもいるみたいだけど?」
「はいはーい! 先ずは、『クスリ袋』を取り返すのが最優先だと思いまーす! ミチシゲ君はエッチだと思いまーす!」
「……同感だ」
……こうなってしまっては是非もない。当初の予定どおり、5対5のパーティ戦であたるか。
おれは、まだ事態を把握できていないアンディ君達に呼びかける。
「アンディ君、シマムラさん、刺客だ! 気をつけて!」
「僕より、ヤグチ氏の方がエッチだから! ともかく、全員僕の【蛇眼】をくらいな……ほぎぃぃ~~い!!?」
――スキル【共感覚】! おれは、自身の肛門に指二本を突っ込んでその感覚をミチシゲと共有! ヤツのスキル発動を妨害した。
本人は【蛇眼】とか言ってるが、ミチシゲのスキルは確か【金縛】だったはずだ。おれはどうにか無効化することができたが、はまれば一発で全滅しかねない危険なスキルに違いない。
突然奇声を発し膝をついたミチシゲに皆が気を取られている隙に、アンディ君はスキル【短距離転移】でおよそ30m跳んだ、マイちゃん、ジェフ君、シマムラさんを抱いて。
どうやら、そのぐらいの距離が限界らしい。……てか、おれを置いていくなよ!!
「アンディ君、剣! おれの『ガリアンソード』返せよ!!」
おれの声に振り返ったアンディ君は、『ガリアンソード』を床に捨てた。
どうやら、『アステカの腕時計』を返すつもりはないらしい。
その『アステカの腕時計』のライトで通路の奥を照らすと、更に30m【短距離転移】した。
おれは、捨てられた『ガリアンソード』に向かって走り出す。
「……くっそ!」
「かわいこちゃーん! 待て待て~!」
おれとほぼ同時に走り出したのは、半裸の男ヤグチだ。
他の三人も走り出す。少し遅れてミチシゲも――。
おれは、『ガリアンソード』を拾うと同時に、後ろから追ってくるヤツらに向かって横薙ぎの一閃を放つ。
ギミック発動! 『ガリアンソード』の刀身はバラバラに分裂し数珠つなぎのムチ状に伸長する。
――ヤマダ流、青田薙ぎ……!!
ふぉん――と妙な音を立てて、『ガリアンソード』の刀身は床に落ちた。
刃は確かに、先頭を走っていたがたいのいい男のすねに吸い込まれたように見えたが……?
そいつは、何事もなかったように、おれを無視して横を通り抜けて行く。
「……!?」
「ゴトウ、そのおっさんはどうするんだよ!?」
「……任せる。俺は、鎧のヤツを追う」
あのがたいのいい男、ゴトウっていうのか。
どうなってるんだ、ヤツの身体……?
このやり方だと、ご新規さんは見込めないかもな……。
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