455 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて⑦~』
(どうして!? どうして私がこんな目に!?)
マザードラゴンの娘、四女ディスペナは心の中で叫んでいた。
ゴイゴスタ男爵邸、大浴場。全裸の男女があちらこちらで絡み合う大乱交パーティー会場の片隅で、何度も何度も叫んでいた。
湯船の縁、タイルの上に、浮き輪のような髪型の中年男が仰向けに寝そべっていた。
フンドシ一丁のエレクチアン司祭である。
彼こそは、ゴイゴスタ男爵によって決められた、今夜のパーティーでディスペナのパートナーとなる男であった。
正確には、三人の姉達も一緒にということだったはずなのだが……、ディスペナは三人の姉達に身体を抑えつけられて、寝そべったエレクチアン司祭の顔の上にまたがって立たされていた。姉妹が身に付けているのは丈の短い着物一枚で、下からは丸見えであった。
なぜこんなことをしているのかといえば、エレクチアン司祭の指示である。司祭の密技の根幹に彼のスキル【フェロモン原液】があった。【フェロモン原液】は異性を発情状態にする粘液を分泌するスキルであるが、司祭の【フェロモン原液】はなぜか頭頂部から多量に分泌する。浮き輪のような髪型の、ちょうど髪のない部分である。
エレクチアン司祭は姉妹に、頭頂部へ股間を擦り付けるように指示した。
そして姉妹の力関係によって今、ディスペナがまたがらされている。
三人の姉達に身体を押されて、じりじりと腰を落としていくディスペナ。彼女の剥き出しの股間が、ゆっくりとエレクチアン司祭の頭頂部へと近づいていく。
そんな姉妹の様子を、湯船の縁に身体を預けて見守る女の姿があった。やっとのことで入り乱れる男女の群れから抜け出したリスピーナである。
湯船の中で身体をまさぐられ、腹に刻まれた【淫紋】と湯に含まれる”中毒性のある粉薬”の影響もあり、快楽に翻弄された彼女であったが、どうにか正気を取り戻しつつあった。もしも身体が自分の身体であったなら、目的も忘れて朝まで愉しんでいたことだろう。
(リスピーナさん!? リスピーナさん、大丈夫なんですか!? しっかりしてください、いよいよ護衛の娘達も男爵から離れましたよ!)
(ああ……すまない。キミの身体を粗末に扱うつもりはなかったんだ)
(もうそのことはある程度あきらめがつきましたので、リスピーナさんのやるべき事に集中してください)
(そうか! ならばここで一気に本番解禁といこうじゃないか、気持ちいいぞ!)
(は? なっ? ダ、ダメに決まってるじゃないですか!? 何言ってるんですか!? 倒すべき宿敵がすぐそこにいるんじゃなかったんですか!?)
(それなんだがキミの身体……、足腰に上手く力が入らない。はたしてこんな状態で戦えるのかどうか……?)
絡み合う男女の群れの中で身体をまさぐられたリスピーナ。スキル【マジックコーティング】で作りだした極細Tバックで貞操だけは守り抜いたが、繰り返し何度も絶頂させられたことで身体がヘロヘロになっていた。しかも、下腹の奥には未だ満たされない淫欲の渦が激しく渦巻き続けている。
そんなリスピーナが見守る先で、エレクチアン司祭の顔の上にまたがったディスペナがゆっくりと腰を落としていく。
嫌がる彼女の抵抗もむなしく、三人の姉達に力任せに押さえつけられて、司祭の頭頂部から分泌する【フェロモン原液】を股間の敏感な部分で舐めとろうとした――ちょうどその時であった。
ドガシャァァァーーーン!!!!
不意に、大浴場の外からガラスの割れる大きな音が響いた。
続けて、客達の悲鳴と怒声。
その中に混じって、「なんで飛竜がっ!! やべえ!! やべえよ!!」と叫ぶ誰かの声が聞き取れた。
一瞬誰もが呆気にとられたその時、いち早く我に返ったディスペナは「しめた!」とばかりに、身体を押さえつける姉達の手を力任せに振りほどき、ついでにエレクチアン司祭の顔面を踏みつけると、音の出所へと向かって走り去っていく。
遅れて三人の姉達も、エレクチアン司祭の腹や股間を踏みつけると、ディスペナの後を追って走り出す。
あっという間に瀕死状態となったエレクチアン司祭だけが、その場に放置されて残された。
***
キャサリンが脱衣マージャンの勝者となり、司会の豚鼻マスクがその勝利を宣言した直後のことだった。
ドガシャァァァンーーー!!!!
壁面を彩る色ガラスを突き破って、一体の飛竜がギャンブル会場へと乱入した。
ご禁制のアイテム「誘因玉」によって興奮し暴走した飛竜は動く者全てに襲いかかり、会場はまたたく間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
「なんで飛竜がっ!! やべえ!! やべえよ!!」
「に、逃げろ!! 食われちまう!!」
「血、血がこんなに……死ぬ! 死んじまうぅ!! 誰か、回復魔法をかけてくれよぉ!!」
「おいっ!! ここの飛竜どもはマザードラゴンの支配下にあるから、絶対に人を襲わないんじゃなかったのかよ!! 何とかしろよ!!」
何人かの客が巨体に踏みつぶされ、何人かの客がかぎ爪で切り裂かれた。
また何人かの客は尻尾で薙ぎ払われ、何人かの客は生きたまま食われた。
真っ赤な血と臓物に彩られ狂乱のるつぼと化すギャンブル会場。
そんな殺戮の嵐吹き荒れる中にあって顔を青ざめさせつつも、舞台上のリオは一人ほくそ笑む。
(来たワぁ、来ましたワぁ~! コッコの【豪運】! 全てをひっくり返すこのアクシデント! このタイミング、間違いないわ! コッコの【豪運】は間違いなく有るのよ! 黄色いメスガキめ、何が「万能スキル」か! 「運気逆転」か! 私たちをたばかりやがって! 許さない! 絶対に泣かしてやるわ!)
「ちょっと運営、避難誘導しなさいよ! 飛竜のエサなんてゴメンなんだけど!?」
司会進行の豚鼻マスクに詰め寄る青い少女。
そんな彼女を「うるせぇ、知るか!!」と、ぞんざいに突き離し、豚鼻マスクは舞台から飛び降りて逃走する。
ぎゃおおおおおおん!!!!
「ちょ、まっ……ぐへぇ!!」
逃走する豚鼻マスクを踏み潰して、会場に二体目の飛竜が降り立った。
続けて、三体目四体目の飛竜も侵入して来る。
キャサリン達四人の少女たちは逃げ場を失い、舞台上に取り残された形になってしまう。
「リオちゃん、どうしよ~?」
乳房を震わせて泣きべそをかくコッコ。
(ふん! バカ女め。このノータリンにマージャンを教えるのは本当に骨が折れたわ! その分まだまだ稼がせてもらわなくっちゃ、元がとれないのよ!)
コッコの手を強く握るリオ。口元には不敵な笑みが浮かぶ。
「コッコ、私から離れちゃダメよ。きっともうすぐ助けがくるから!」
(――この子のスキル【豪運】がある以上、この子の傍が一番安全なはずよ。さあコッコ、あなたの【豪運】で私をこの窮地から救って見せなさい!)
どぐしゃっっ!!!!
狂乱状態の飛竜一体が天井を突き破って吹っ飛んでいく。
丈の短い着物一枚を身に着けた背の高い美女が一人、長い脚を高々と天に掲げていた。
別会場から駆け付けたルイーザの娘たちの一人、ディスペナである。
そして彼女の後から更に三人の美女が駆けつける。ディスペナの姉達、長女エアリアル、次女エルニーナ、三女ベルイッタである。
『なんですのこれ~、困ってしまいますわ~?』
『スンスン……変なニオイがしますねぇ……正面玄関の方かしら』
『まったく、グレーテルったら何をやっているんでしょう。後でお尻ペンペンなのだわ!』
『姉様達、ここは私が! 立食会場と玄関ホールをお願いします! ここが終わったら外で合流しましょう!』
のんきな姉達に指示を出したディスペナは、ギャンブル会場に続々と侵入してくる飛竜達を次から次へと蹴り飛ばしていく。
それを見送った姉達三人は顔を見合わせ、『あら、なまいきね~』、『処女のくせに』、『ディスペナも後でお尻ペンペンね』と、それぞれつぶやくと、立食会場や玄関ホール、ニオイの元へと向かって走り去った。
「しめた! 魔法が使えますわ!」
「そうか、あの豚男が死んだから首輪の効果が解除されてるのね」
キャサリンが、自身の『隷属の首輪』を【風刃】の魔法で切除すると、それを見ていた青い少女もそれに倣った。
やっと解放されたと思った次の瞬間――、
「えっ!?」
「うそっ!?」
キャサリンと青い少女、二人は同時にゴブリン達の待ちうけるローションプールへと落下した。
司会進行役の豚鼻マスクの男が手放していったリモコンを操作したのは、リオであった。
「バカね! 貴方達は買われたのよ? 勝手なことをされては困るわ! 最後まで奴隷としての役目を果たしなさい!」
「ちょっと! 話が違いますわ! わたくしが勝ちましたのに!」
「おい! ふざけるな! こんなことをしている場合じゃな――キャッ!!?」
ギギグギギ!! グギギー!!
一斉に群がったゴブリン達に押し倒されてしまうキャサリンと青い少女。
ぴったりと密着されて、魔法を放つこともできない。
必死に抵抗するキャサリンの目に、先にローションプールに落ちた少女達の姿が映った。
彼女達の暗い瞳が、「ざまあみろ」と言っているようだった。
ゴブリン数体に群がられ、力任せに両足を押し広げられながら、キャサリンは舞台に空いた四角い穴から覗く天井に、不格好に飛ぶ何かを目にした。
――あれは、コウモリ?
しかしそのいびつなコウモリは、空中で少年に姿を変えた。
空から翼のない天使が舞い降りる。
――いや、重力にまかせて落下するウィリアム少年だった。
「キャスー!!」
***
ディスペナ達、護衛のドラゴン姉妹が去った直後の大浴場――、
他会場の騒ぎなど無関心に大乱交はつつがなく続いていた。
湯船の中、抱き合うマザードラゴン・ルイーザとギルドマスター、サザビー・ダモクレス。
二人の身体は、二本の男根と絡み合う舌とで密着し繋がっている。
その唇が、ヨダレの糸を引いて離れた。
「行ったか」
「まだイってないわあ…………が、ぐが!? げぼはぁあ……!!?」
ルイーザが突然多量の血を吐いた。サザビーの顔面が赤く染まる。
無造作に突き飛ばされて、彼女の身体は湯の中に落ちて沈む。最後まで繋がったままだった二本の男根が、粘液の糸を引いてすっぽ抜けた。
「竜殺しの毒だぜ、あの世が見えたかよ?」
サザビーは続けて、巨大な槍を【空間収納】から取り出してルイーザの身体を刺し貫いた。更に次々と追加の槍を取り出しては、念入りに彼女の身体に突き立てていく。
またたく間に、両手、両脚、心臓、顔面を貫いた計6本の槍が、ルイーザの身体を湯船の底に縫い止める。いずれも、【竜種特効】の効果付きの槍である。
ひいいぃっ。ぎゃぁぁぁぁぁ!!
湯船が真っ赤な血に染まり、誰かの悲鳴が大浴場に響き渡る。
呆然としていた客達が我に返り、全裸半裸で逃げ出した。
悲鳴を合図に、女二人が肌を重ねていたそれぞれのパートナーを殴り飛ばした。
A級冒険者パーティ、クレパスライサーのマチュとウメコである。
「キャハハ! マジかよ! ギルマスのヤツ、ドラゴンばばあをマジでやっちまいやがった!」
「気を抜くのは早いわ、あれの娘達が戻ってくる前に、ここのブタどもを寝かしつけるよ!」
「マチュ、ウメコ、誰も逃がすんじゃねぇぞ!」
「任せとけよ、ギルマス! おらよ、【雷撃】!!」
バリバリッ……ドン!!!! ドバン!!!!
言うが早いか、けたたましい閃光と轟音が大浴場に響き渡る。
マチュの雷魔法が、湯船に浸かったままの客たちを容赦なく感電させた。
「ちょっと、私の【真空結界】が先でしょう!? 気を付けなさいよ!」
大浴場で大きな音を立てればルイーザの娘たちが引き返してきてしまう。
ウメコの苦言に「おっと、わりぃわりぃ」と軽く返すマチュ。
というのも、苦言を呈しつつも、ウメコのスキル【真空結界】は【雷撃】魔法よりも一瞬早く大浴場全体を囲い、中と外で完全な遮音状態を完成させていたからだ。
もちろん、【真空結界】によって遮断されるのは音だけではない。この結界を通り抜けようとする者は、生身で真空を泳ぐ決心が必要である。要するに、容易ではない。大抵の生物は死亡するだろう。
「いやぁ、びっくりしたねぇ」
雷魔法の轟音に驚いて、チハヤの顔面に尻もちをついていたゴイゴスタ男爵が、やっと事態を把握して振り向いた。
赤く染まった湯船の惨状に、思わず眉をしかめる。
「さて男爵さまよぉ、どうする?」
「うわぁおいおい……こ、こりゃあどうしたことですかなサザビー殿? こんな余興は聞いておりませんぞ?」
「だから、どうするって聞いてんですよ? 頼みのマザードラゴンはくたばったし、護衛の娘達もとち狂った飛竜の相手でてんやわんやさぁ」
「はて……どうするとは?」
「おとなしく死ぬか、戦って死ぬかってことでしょうよ! くははっ、どっちみち死んでもらうのは決定なんだけどもよ」
「なぜだねサザビー殿、日陰者同士、我らはうまくやってきたではないか? 今更、なぜ我らが争わねばならぬ!?」
「くはっ、なぜだとぉ?」サザビーは一呼吸置いた後、「――目障りだからに決まってんだろうがぁぁぁぁっ!!」
叫んだ。叫びながら、【空間収納】から取り出した槍をゴイゴスタ男爵めがけて投げつける。
ギリィィィイン!!
裸の胸を容易に貫くと思われた槍は、男爵の肌を覆った青い光に弾かれて後ろに逸れた。
「目障り……と、そんなふうに思われておったとは、いささかショックであるな」
「ちっ、【ドラゴンフィールド】かよ……! 【マザードラゴンの加護】を受けて、人間のくせに竜種扱いってのはマジだったんかい」
「そもそも! そもそもですぞサザビー殿、ちいーと勘違いがあるのではないですかな?」
「なにが――」そう言いかけた次の瞬間、サザビーの腹にゴイゴスタ男爵の拳が撃ち込まれていた。
「おっと、今のを受けるとは、さすがですなサザビー殿」
「……ごふぅ!」
サザビーは赤いオーラで拳を受け止めた。しかし少なくないダメージが貫通し、血の混じった胃液を吐く。
「ふむぅ、我自ら戦うのは久しぶりだが、昔はそこそこ鳴らしたほうでしてな」
「ぺっぺっ……ムカつくなぁ!」
サザビーは【空間収納】から取り出した2対の曲刀を両手に装備すると、その刃に赤い【マジックコーティング】を纏わせた。
対して、ゴイゴスタ男爵は身体から立ち上る青い【ドラゴンフィールド】で巨大なドラゴンのかぎ爪を形作る。
振り下ろし、なぎ払う青いかぎ爪!
巨大な質量を受け流し、切り払う2対の赤い曲刀!
青と赤の閃光が何度も激突し、削りあって鮮やかな火花を散らす!
「おいおい、ギルマス~もしかして苦戦してんのか~い? へへっ、お手伝いしてさしあげましょうか~?」
「余所見しないで! マチュ、ここの客をあまり侮らないことよ」
どこからともなく現れた6体のオークが、マチュとウメコを取り囲みにじり寄る。今にも二人に飛びかからんと、召喚者である中年女の指示を待っている。
また別の客が放った範囲魔法【炎柱】を、ウメコが真空の壁で蹴散らすと、それをきっかっけに6体のオークがヨダレを垂らしながら二人に襲いかかった!
「ブリュリュ、ブヒィィィィィィ!!」
バリリッ……ドン!! ドドン!! 無慈悲に降り注ぐ、マチュの【雷撃】!
ッパッッッ!! ッパッッ!! オークの手足、客の首、それらを容赦なく切断する、ウメコのスキル【飛刃】真空の刃!
「ちっ、忙しいな! ワリィなギルマス、やっぱそっちまで手がまわらねぇや!」
「もとより、あの方が一騎打ちの助太刀など望むとは思われませんが」
ウメコはギルドマスター、サザビー・ダモクレスの勝利を疑っていない。彼がまだ使っていない最強スキルであれば、【ドラゴンフィールド】さえも貫くと知っていたからだ。
一方、同じ大浴場の片隅で、リスピーナは突然始まった内輪揉めに困惑していた。
ルイーザの娘達が四人とも去り、しかもご丁寧に大浴場全体が真空の結界で隔離されているこの状況は、ゴイゴスタ男爵の命を狙う彼女にとって願ってもない好機であった。
リスピーナは、サザビーがゴイゴスタ男爵に勝てるとはこれっぽっちも思っていない。あの程度でどうにかなる相手であれば、500年前に決着していただろうから。
ならばすぐにでもこの争いに介入するべきであったが、リスピーナはまだそれができずにいた。【淫紋】で身体がうずき、足腰に力が入らなかったばかりか、先程マチュの放った雷魔法を察知しつつも、湯船からの脱出がギリギリ間に合わず――感電し全身が痺れているのだった。
湯船の縁でだらしなく裸体を弛緩させるリスピーナは、自身のマヌケさに歯噛みした。
横たわり自由の利かない彼女の視界に、偶然か――はたまた運命に導かれたかのように一人の少女の姿が映った。
ついさっきまで、ゴイゴスタ男爵の肛門を舐めさせられていたチハヤ・ボンアトレーである。
後ろ手に拘束された彼女の腕。その腕と手枷の隙間に、小さな赤い光が発生し、ゆっくりと赤い渦となって回転し始める。
チハヤの意図を察し、リスピーナは感嘆した「彼女の心はまだ折れていないのだ」と。
***
少し時間を遡り――。
ウィリアム少年が変身した歪なコウモリが地下第三階層を訪れた時にはまだ、ゴイゴスタ男爵邸は平穏であった。
正面玄関には、只者でない雰囲気をまとった美女が睨みをきかせており、他にどこか邸内に侵入できる隙間はないかと飛び回っていた。
ちょうどそんな折り、不意に二階の窓が開け放たれた。
窓辺に佇む怪しい男が、指先に【浮灯】の魔法を数回灯しては消した。
それは、ギルドマスター、サザビー・ダモクレスの指示による、ケーナへの作戦開始の合図であったが、そんなことウイリアム少年が知る由もない。
怪しい男の頭上を抜けて、ウィリアム少年はまんまと邸内へ侵入した。
キャサリンの姿を探し邸内をさまよう歪なコウモリ。
その時になって、ふと重要なことに気がつく。
(しまった、【動物変化】を解除したら僕、素っ裸じゃないか……!)
なるべく人気のない場所を飛んでいたところ、「スタッフ控室」のドアが彼の目にとまる。
そこで少年は閃いた、「そうだ! スタッフ用のコスチュームを拝借すれば、邸内を怪しまれずに探索できるじゃないか」と。
変化を解き人間の姿に戻ったウィリアム少年は、スルリとスタッフ控室へと忍び込んだ。
そして、派遣コンパニオン用に用意された黒光りするレザーのコスチュームを、何気なく手に取った。
ちょうどその時、遠くから「おーほっほっほ!! おおーっほっほっほ!!」という、どこかで聞き覚えのある高笑いが確かに聞こえた。ホッとするのと同時に、早く迎えに行かなければと焦り出すウィリアム少年。
「な、なんだこれ……?」
思わず声が出ていた。焦りながらも、ウサミミマスクや尻尾までも身に付けたウィリアム少年であったが、その時になって初めて気がついた「あれ? このコスチューム、レザー足りなくね?」と。少年の常識の範疇において、本来隠すべきであろう尻や股間が丸出しであった。彼は男であったため、胸が丸出しなのはそこまで気にならなかった、その時はまだ――。
さすがにちんちん丸出しではいられないと、派遣コンパニオンが脱ぎ散らかした女物の服や下着を漁り出すウィリアム少年だったが、その時突然背後で、スタッフ控室のドアが勢いよく開いて肝を冷やす。
ふふふ~ん♪ と、鼻歌交じりで現れたのは、先程正面玄関前で見かけた只者でない雰囲気をまとった美女――マザードラゴンの娘達の末っ子、グレーテルであった。
彼女は、誰かの下着を握りしめたまま固まっているウィリアム少年のことなど気にもとめずに、着ていた服を脱ぎ捨て、せっせと黒光りするスタッフ用コスチュームを身に着け始める。
本来隠すべき股間も尻も、胸も丸出しで、なるほど女性が着るとそうなるのかと、その時になって始めてウィリアム少年は、逆バニースーツのあるべき姿を思い知るのだった。
『ちょっと、そこのアンタ!』
「は、はひぃ!?」
不意に、グレーテルに話しかけられて、慌てるウィリアム少年。
彼にしてみれば、勝手に脱ぎだしたのはグレーテルの方なのだから責められるいわれはないと言いたいところではあるが、そもそも部外者なのでそうも言えない。
『チールが上手く貼れませんの、手伝ってくれませんこと?』
そう言ってグレーテルは、控え目な胸をぐいっとウィリアム少年に突き出した。
チール? 一瞬途方に暮れる少年だったが、彼女が差し出したハート型のシールと、ピンク色の乳首を交互に見て察する、「どうやらこのコスチュームは、乳首と股間をシールで隠して完成するらしい」と。
誰かの脱ぎ捨てた白い衣で股間を隠しつつ、どうにかこうにかウィリアム少年はグレーテルにシールを貼り終えた。
彼女は少年に『ありがとう』と礼を言うと、満足そうにぐるりとその場で一回転する。
『どうかちら? エロいかちら?』
「そ、そうですね……え、エロカワイイかもです?」
ご満悦のグレーテルは『アンタのチールも貼って差し上げましょうか?』と言うが、間髪入れず「いえ、大丈夫です」と返すウィリアム少年。
『そういえばそうね、貼りやすそうだわ』
ウィリアム少年の平らかな胸を見てそう言うと、優越感を隠そうともせずドラゴンの尻尾を左右に振るグレーテル。『じゃあね!』と一言、スタッフ控室を飛び出していった。
最後まで、ウィリアム少年が部外者で、おまけに男だとは疑わなかったらしい。
グレーテルが去った後、スタッフ控室に残されたウィリアム少年は思い悩む。さすがに、このシール一枚では少年のちんちんは隠せない。二枚……いや三枚ならばなんとかなるか? 意外に大きいちんちんをどうにかしようと四苦八苦していると、表が何やら騒がしいことに気がついた。
ぎゃうおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉん!!
ぎゃうおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉん!!!!
何体もの飛竜が正面玄関に殺到し、邸内はパニック状態に陥っていた。
「ひ、飛竜!? なんで……うそでしょ!?」
恥ずかしがっている場合じゃないと思ったウィリアム少年は、逆バニー姿のままスタッフ控室を飛び出した。
シール三枚だけを貼ったちんちんが、ぶらんぶらんと心細く揺れた。
ウィリアム少年は脇目もふらずに走った。
目指すは、キャサリンの高笑いが聞こえた方向。
途中、エントランスで昏倒しているグレーテルを見かけたが無視する。
ぎゃうおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉん!!
ぎゃうおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉん!!!!
背後から聞こえる飛竜の雄叫びに背中を押されるように、パーティー会場へと駆け込む。
運良くそこが、キャサリンのいるギャンブル会場であった。
中央の舞台の上、半裸の少女達の中にキャサリンを見つけるウィリアム少年。
あろうことか彼女は、黄色いブラのみを身に付けて、下半身は丸出しであった。
頭に血が上り駆け寄ろうとする少年であったが――、天井から乱入した何体めかの飛竜に行く手を阻まれる。
「なんなんだよもう! キャス、キャスー!!」
必死に叫ぶ彼の声は、周囲の喧噪にかき消されてキャサリンまで届かない。
飛竜を迂回して走る彼の目に、キャサリンが舞台下の檻の中に落ちるのが見えた。
檻の中には、妙にヌルヌルツヤツヤしたゴブリン数十体が待ち構えており、落下したキャサリンともう一人の少女に向かって一斉に群がるのが見えた。
意を決したウィリアム少年は再び、スキル【動物変化】を使用しコウモリに変化して飛翔する。
上空から、少年は舞台上に開いた穴へと飛び込んだ!
変身を解き、再び彼女の名を呼ぶ!
「キャスー!!」
「ウィル!?」
天使のごとくローションプールに舞い降りるウィリアム少年。
全裸だが、股間はハート型のシールで辛うじて隠れていた。
――ツルン!
着地と同時に、ローションに足をとられて滑って転ぶウィリアム少年。
しかしその勢いのまま、キャサリンと青い少女に群がっていた数十体のゴブリンを蹴散らし二人の窮地を救った。
(ああ、ウィル! ウィル! わたくしのウィリアム! わたくしの為に、ウィリアムが来てくれた! わたくしを助けに来てくれたのだわあ!)
――と、感動にうち震えるキャサリン。
(ああ、ウィル! ウィル! ……ちょっと、ウィル?!)
キャサリンの目の前で、ゴブリンに群がられるウィリアム少年。
あっという間に組み敷かれて、押さえつけられてしまう。
ゴブリン達はなぜか、キャサリンと青い少女を無視して――、少年の尻に! 彼の尻穴に狙いを定めた! 醜悪で凶悪なイチモツが、ウィリアム少年に迫る!
「や、やめろ!! 放せ!! 放して!! あ、ああっ……」
「ウィル!? ウィル!!? ウィリアムーーー!!」
めりり……!
抵抗もむなしく、少年の尻穴を押し広げていくゴブリンの醜悪で凶悪なイチモツ!
「い、痛い! やめて! 助けて! キャス! キャス~~~!!」
ぬぷ……ぬぷぷ……!
ローションが潤滑液となって、挿入を容易にしていた。
泣きながら助けを求めるウィリアムの姿に我慢できなくなったキャサリンは、こいねがうように左手を天に掲げる。
直後、天井に発生した暗雲から、巨大な獣の手が彼女に向かって伸びていく。
その巨大な獣の指先に、彼女の掲げた左手が触れた。
「かしこみかしこみ、キャサリン・マグワイアが願い奉る、神獣サンノウマサルの加護よあれ!」
キャサリンは、迷わなかった。
愛しいウィリアム少年のため、スキル【サルの手】を使うことを。




