452 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて④〜』
およそ500年前。大陸統一前の群雄割拠の時代――、
今のクルミナ領辺りにあった小さな街に血気盛んな少女がいた。
彼女の名前はリスピーナ・アスキッス。女だてらに剣術にのめりこみ才能を開花させ、剣の申し子などと呼ばれた若き天才であった。
12歳で父、ジャスピオン・アスキッス将軍を打ち倒し、13歳で騎士団の剣術指南――剣豪アケチに勝利した。
14歳、国が主催する権威ある剣術大会では、聖剣ボンバイエを所持する『暦の勇者』フカマチを破り優勝。またそのことがきっかけで、フカマチのパーティメンバーに誘われ、以後行動を共にすることになる。
異世界召喚された勇者にはありがちなことなのだが、勇者フカマチもまた例に漏れず、自分は物語の主人公であるかのように振る舞った。女癖も悪く、パーティメンバーは美少女ばかりが増えていった。
7人目の美少女がメンバーに加わった時に、リスピーナは、勇者パーティからの離脱を申し出る。
フカマチは大いに慌ててリスピーナを引き留めたが、彼女の決心は変わらなかった。
勇者パーティを抜けたリスピーナであったが、このまま帰郷して親の決めた意気地のない許嫁と結婚させられるのも気が進まなかったので、一人の冒険者として活動を続け剣の道を極めようと決めて旅立った。
それからほどなくして、冒険者として頭角を現し始めるリスピーナ。
街道を荒らす4つの大盗賊団を次々と殲滅し、『根こそぎ』リスピーナと呼ばれたが、彼女はこの二つ名をあまり好まなかった。
次に、アルザウスダンジョンを単独踏破したことで、『穴姫』リスピーナと呼ばれたが、面と向かってその名を呼んだ者は彼女にブン殴られたという。いかがわしい店の名と同じだったからだ。
濃霧に迷ってたまたま立ち寄った湖畔の村では、数年おきに生け贄を要求するという巨大な貝の魔物を討伐した。
その時リスピーナは、自ら、『クルミナの疾風』を名乗ったが、その二つ名はあまり浸透せず、すぐに忘れ去られた。
しかしその一方で、冒険者ギルドの前身、労働者派遣協会が毎年発表していた冒険者ランキングで女性として始めてトップテンにランクインし、『剣姫』もしくは『剣鬼』と呼ばれるようになる。
15歳から17歳、彼女が剣士として最も美しく、華々しく輝いた時代であった。
リスピーナが『剣姫』と呼ばれ出した丁度その頃、立ち寄った街で「怪人黒騎士マスク」の噂を聞いた。
黒騎士マスクなる黒ずくめの怪人が、エルフの娘の片脚を切っては、その片脚だけを持ち去るという猟奇的な事件である。
義憤を感じたリスピーナだったが、おそらくは異常者の仕業だろうし、ほどなくして衛兵に捕まって終わりだろうと高をくくり、この件に積極的に関わるつもりは一切なかった。
一切なかったのだが、ある日――、
道端で突然尻を撫でられて振り返ると、そこには真っ黒い全身鎧を身に着けた男が立っていた。
男の真っ黒い盾には”目玉の異様に大きい女の絵”が描いてあり、真っ黒い兜の奥からは、「グフフ……」とくぐもった笑い声と荒い息づかいが漏れ聞こえてくる。
一目で「こいつだ!」と思い至ったリスピーナは怒りにまかせて抜剣し、次の瞬間、男の頭部を真っ黒い兜ごと両断した。
とっさに顔面を割ってしまい、これでは人相も判らないなと死体を放置して立ち去るリスピーナ。
しかし翌日、新たなエルフの犠牲者が出たことで、自分の間違いに気がつく。
お尻を撫でられたからといって殺してしまうのはやり過ぎだったかもと、罪の意識に苛まれるリスピーナ。
そんな罪悪感を抱いたまま彼女は、元々は関わるつもりのなかった怪人黒騎士マスクの事件に、積極的にのめり込んでいく。
――やがて、黒騎士マスクの正体――ブラッケン・ゴイゴスタ男爵を追い詰めたリスピーナだったが、男爵を守護するマザードラゴンの化身ルイーザに敗北してしまう。
ゴイゴスタ男爵に囚われ純潔を奪われるリスピーナ。
それからおよそ二ヶ月間、男爵とその配下達に陵辱され続け、『暦の勇者』フカマチに救出された時には、彼女は腹に子どもを宿していた。
リスピーナを憐れんだフカマチは、お腹の子は自分の子だと偽り、彼女を実家へと送り帰した。
その時始めて、リスピーナは許嫁のボンチャック・ボンアトレーが何者かに殺されたことを知らされる。
そして彼の遺品の盾を見て、許嫁を殺した犯人が自分であったことを察する。同時に、盾に描かれている”目玉の異様に大きい女の絵”が自分の似顔絵であったことを知るのだった。
リスピーナはその後も、剣の研鑽を続けた。彼女の所持していたスキル【記憶】は、これまで経験した全ての戦いを憶えており、繰り返し学習することができたし、敗北した記憶もまた何度も思い返しては検証を重ねることができた。
しかしそれでも彼女は二度と旅に出ることはなく、後進の育成にのみ力を注ぎ、やがて年老いて死んだ。
復讐を諦めたのか、ただ勝ち筋が見えなかったのか、それは本人にしか判らない。
――が、しかし、彼女は死ぬまで剣の研鑽を続け、己の持つ全ての剣技と戦いの経験を【記憶】し続けた。
そして死の間際、リスピーナ本人の希望により【スキル抽出】、【結晶化】によって、彼女のスキル【記憶】の”スキルの欠片”が抜き出された。
抜き出された彼女のスキル【記憶】の”スキルの欠片”にはリスピーナの擬似的な人格が宿り、血族の女子のみがその声を聞くことができたという。
時は流れて今、リスピーナの剣技はいくつかの流派として世に残り、スキル【記憶】の”スキルの欠片”は――なぜか……逆バニー姿のとある男爵令嬢の手の中にあった。
「ぐすん、ぐすん……、こんなのってないです……話が違います……」
(いや……まあ……なんだ……、ドンマイ?)
「こんな珍妙な服を着せられて……、下の毛も剃られて……うううっ……」
(そう嘆くな。男好きのする良い身体じゃないか? モテないヤツらに、見せつけてやるのも功徳を積むというやつだろう)
「見られるどころかっ!! 広げられたり突っつかれたりしてるんですよ!! もう、やってられません!!」
(……ふむ。まあ、どうせもう二度と会うことのないヤツらだ、旅の恥はかき捨てという言葉もある)
「挙げ句の果てにはっ、私のことを知っている人にまで会ってしまうしっ!!」
(すまない。【認識阻害】を解除したのは、私の判断ミスだった。ウサギマスクを過信しすぎたな。あと、キミの知名度も甘く見ていたようだ)
立食パーティー会場二階、紫色の個室、ベッドの上で逆バニー姿の男爵令嬢がベソをかいていた。胸と股間のシールは剥がされて、ヘソの下には【淫紋】が刻まれている。
「……いえ。アマルスキン・カムリィとは、二年ぐらい前に上司の勧めで一度お見合いをしたことがあるのです……。元々乗り気ではありませんでしたし、なんか気持ち悪かったのでお断りしたのですが、彼の方は結構しつこくて」
(なるほど、こんな所で運命的な再会というわけだな。乙女心は揺れなかったのか?)
「バカ言わないでください! ――ところで、お腹に付与されてしまったこの変な紋様は何でしょうか? 彼を殺せば消えるのでしょうか?」
(さて、似たような紋様をどこかで見た気もするが……しかしまあ、確かにキミの貞操は危機一髪ではあったが、殺してしまうほどのことではないだろう? 本命のゴイゴスタ男爵に辿り着くまで、騒ぎは御免こうむりたい)
ベッドの下、絨毯の上でアマルスキン・カムリィが一人、尻丸出しで腰をカクカクさせていた。白目をむき、だらしなく口元は緩み、ヨダレが絨毯を汚していた。
「……これ、カムリィ氏は今、どういう状態なのですか?」
(私の【記憶】を体感している。ゴイゴスタ男爵とその配下に陵辱され続けた二ヶ月間の屈辱と快楽のより抜きシーンだ)
「え? ん? リスピーナさんの【記憶】? それってどういう状況ですか?」
(私の主観で、私がこの身で感じた感覚を追体験している。つまり女役だ、私の【記憶】だからな)
「…………」
(経験豊富そうなこの男にとっても、やられる側の感覚は新鮮だろう。案外ハマるんじゃないか?)
「なんか……キモイし、ムカつきますね。ああ、ぶっ殺したい……!」
(スマンが後にしてくれ。騒ぎになって、マザードラゴンとその娘達をまとめて相手どるのはさすがにキツイ)
「……分かりました。その代わり約束、忘れないでくださいよ!? 身体の主導権を明け渡しますが、【認識阻害】を怠らないでくださいよ!?」
(シールは貼りなおさないのか? だいぶ粘着力は落ちているようだが)
「貼りますよ!」
床でカクカクしているアマルスキン・カムリィをその場に残し、逆バニー姿の男爵令嬢が紫色の個室を後にする。しかして彼女の肉体を操るのは、かつて『剣鬼』と呼ばれたリスピーナ・アスキッスなのだ。
***
リンドリンドの放ったドラゴンブレスは、旧帝都モルガーナ地下第2階層のおよそ4分の1を扇状に焼き尽くした。
巻き上げられたちりやほこりは分厚い雲となってダンジョンの淡い光を遮り、赤熱化した廃墟と地面だけが明るい。
やがて雨が降り始めると、深い霧が傷ついた街並みを覆い隠してゆく。
ぎ……ぎぎぎ……ぎぎぎぎぎぎ……!
数メートル先も見えない霧の中、何かを引きずるような音に耳をすますリンドリンド。
姉フォーリンの様子を伺うも、彼女はそのことを特に気にしたふうもなく、ただ雨に濡れた前髪だけをしきりにいじくっている。
いつもと変わらぬ姉の様子に拍子抜けしたリンドリンドは傷ついた左目の修復に集中した。
音は徐々に近づきそして遠のいていった。
ぎぎぎ……ぎぎぎ……ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!
一度は遠のいていった音がまた別方向から聞こえてきた。
リンドリンドが振り返り目を凝らすと、濃霧の中を汚れた甲冑の小男が自らの剣を引きずりながらコソコソと歩く姿があった。
『おいそこの!! どこへ行くつもりだ!!?』
「ひぃっっ!? べ、べつにおれは、その……」
『地下3階層に行こうとするやつは、ぶっ殺してもいいって言われてんだぜ!!?』
「すすす、すいません! すいません! そんな気はないんです! そんな気はないんです~!」
ぎ……ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!
ぺこぺこと頭を下げながら、元来た道とは別の、明後日の方向へと逃げ去って行く小男。卑屈な態度と剣を引きずる耳障りな音が、リンドリンドを苛立たせた。
『なんだあれは?』
『あなたのブレスで焼きだされた住人じゃなくって? お気の毒に』
『どさくさに紛れて、下に行こうとするやつがいないとも限らねえ。もしかしたら、さっきの木刀野郎みたいなのが混じってるかも分からねぇっしょ、ふしゅるるる……!』
『そうね。このありさま、どうにかして埋め合わせをしないと、母様に大目玉をくうわね』
『……そ、そのことなんだけど姉様――』
母ルイーザに対して何か良い言い訳はないものかとリンドリンドが問おうとしたその時、不意に足元がぽっかり抜けて二人は何もない空間に放り出された。
姉妹の足下、次元の隙間へと開いた一辺約50mの三角形の窓。それは、汚れた甲冑の小男――ヤマダのスキル【超次元三角】であった。
霧の中、姉妹の周囲にこっそり描いた大三角形。してやったりとほくそ笑むヤマダ。
しかしそんなせこい手がそうそううまくいくはずもなく、なにしろ姉妹はマザードラゴンの娘達、飛べるのである。
上も下もない次元の隙間に落下しながらも、二人は【ドラゴンフィールド】の青いオーラを素早く身に纏い、身体を上昇させた。
シュビビ~!!
シュビビ~!!
シュビビビビ~~~!!
そんなことやろな――と、待ち構えていたパラディン№8ロハン・ジャヤコディが、姉妹に向かってシュビビ~と【光線】の魔法を放つ。
一本ではなく四方八方から、スキル【分裂】によって12体に分裂した小さいジャヤコディが一斉に放った12本の【光線】は姉妹の脱出を一瞬遅らせる。
続けてヤマダが、三角形の一辺に剣を立て【超次元三角】を閉じた。
『やってくれましたね、人間!!』
姉妹の姉フォーリンの怒声が空気を震わせる。
妹リンドリンドは次元の隙間に取り残された。失った左目の再生に力を集中させていたことが彼女にとって災いした。
「うわぁ、一人落としそこなった! やべぇ、すごい怒ってる!」
「一人ずつなら何とかなりそうって言うてはりましたやん!? 何とかせぇよ、ヤマダはん!」
蜘蛛の子を散らすようにちょこまかと逃げて行く12体のロハン・ジャヤコディ。
激怒するフォーリンの剣幕に思わず立ちすくむヤマダ。
彼を標的に定めたフォーリンが青い弾丸となって突進する。
たまらずヤマダはスキル【遅滞】を発動。ゆっくりと流れ出す時間の中で、それでも速いフォーリンの突進をギリギリでかわしつつ、「ガリアンソード」で斬りかかった。
がっしゅ!!
黄金色の勇気のオーラを纏ったヤマダの「ガリアンソード」は、フォーリンの【ドラゴンフィールド】を苦もなく貫通し、彼女の尻尾に深い傷を負わせる。
スキルで圧倒しながらも、尻尾の切断に至らなかったのは、ヤマダの技量不足によるところだろう。
慌てたフォーリンは、ロングスカートの乱れも気にせずに回し蹴りを繰り出した。
低身長を逆手にとって、しゃがみ込んだヤマダは再び「ガリアンソード」を斬り上げる。
その時、スカートの奥をチラ見することも忘れない。
むむっ、ベージュ色か……! と、余計な事に気をとられて、脚の切断にも至らなかったのは、ヤマダのスケベ心によるところ。
ずごん!!
結果、フォーリンの強烈な右フックを「黒い許嫁の盾」で受けることになり、ヤマダは数メートル後方へ吹き飛ばされてしまう。
その時、スキル【遅滞】の効果も切れた。ゆっくりと流れていた周囲の時間が、元のスピードを取り戻す。
「何してけつかんねん! 真面目にしいや!」
相当離れたどこかから、ロハン・ジャヤコディの叱責が飛ぶ。
ヤマダはそれを無視して、「ガリアンソード」と「黒い許嫁の盾」を構えなおしフォーリンと向き合った。
早々に切り札のスキル【遅滞】を使ってしまったヤマダであったが、実のところまだ少しだけ余裕があった。正体不明なスキルや範囲魔法を使ってくる敵に比べれば、パワー系のドラゴン娘はヤマダにとってやりやすい敵と言えた。
ならば、セクハラをしない手はない――と、ヤマダは思う。
「ならば、セクハラをしない手はない……あ、言っちゃった」
『わたくしはドラゴンの化身、下着など見て何が楽しいか? 汚らわしい下等生物め!』
浅くない傷を負ったことで、フォーリンは少し慎重になる。
ロングスカートの裾を破り捨て、中空へと舞い上がり距離をとった。
尻尾と脚の傷は既に塞がり治癒しつつあるのが見てとれた。そして、何も履いていないフォーリンの股間も地上から良く見えた。
フォーリンがついさっきまで履いていたベージュ色の下着は、ヤマダの手に握られていた。両手は「ガリアンソード」と「黒い許嫁の盾」で塞がっている。だからそれは彼の尻から伸びる第三の手による仕業であった。闇属性魔法【黒手八丈】である。
「へへっ、げっとだぜ!」
「ア、アホかー! そんなんしとる場合ちゃいますやろ!」
『え……なっ?! それはっ、わたくしの?! えっ? ええっ!?』
遅ればせながら履いてないことに気がつき、慌てて脚を閉じ股間を隠すフォーリン。ドラゴンの化身とはいえ乙女である。下着は見られても恥ずかしくないが、その中身はまた別なのだ。
ズ……ズゴゴゴゴゴゴ……!!!!
そんな素っ頓狂な状況を見計らっていたかのように突然地面が揺れた。
ドゥロン!! ドゥロン!! ドゥロロン!! ドコドコドコドコドコ――ドゥロロン!!
濃霧の中で機械仕掛けの獣が目を覚ます。
薄闇を切り裂くヘッドライト。
重く低い咆哮をあげながら三輪バイクが加速する、新たな相棒を乗せて。
「カーッカッカッカッカッカ――!!」
ドゥロン!! ドゥロロロン!!
スキルによって【傾斜】した地面をジャンプ台に、三輪バイクにまたがったクリプトン・ランスマスターが中空のフォーリンに向かって飛んだ!
『へ――、えっ!?』
「フジマル殿と吾輩のッ、漢柱の!! 心意気なのであるッ!!」
バコーーーン!!
裂帛の気合いと伴に振り下ろされた木刀は、下着を失ったことに動揺して警戒がおろそかになっていたフォーリンの額を叩き割り、地面へと叩き落とすのだった。
***
領主館、皇帝の大浴場。
いくつもの金の灯りが、湯面にゆらゆらと揺れていた。
湯気は静かに立ちのぼり、開け放たれた天窓を抜けて星空へと溶けてゆく。
いびつな羽をはばたかせ、若いコウモリは飛び立った。
そんな彼の雄姿を見送るサル顔の男がひとり。湯船の縁に身を預け、ぷかりと身体を浮かばせた。
「グッドラックですぜ、ウィリアム坊っちゃん」
そうつぶやくとサル顔の男ブーマーは、唇をすぼめ、ふうっと湯気を吹き飛ばす。
身分不相応な大浴場を独り占めすることしばらく、衝立の向こう側、脱衣所に訪れた人の気配に、ブーマーはニタリとサルっぽい相貌を崩した、「しめしめ、やっぱり来やがったか」と。
(――そんでもって、グッドラック俺ちゃん! へっへっへ、なあに、お上品な照明で薄暗いうえに、この湯気でウィリアム坊っちゃんかブーマー様か、そうそう見分けがつくもんでもねぇでしょうよ?)
ほどなくして、湯気の向こう側にタオル一枚を身体に巻いた美女達が姿を現した。
皇帝の元妻、モルガーナ公爵、クルエラ、ミモザ、エマの四人である。
「……なんであんたがここにいるんだい?」
押し殺したモルガーナ公爵のその言葉には、聞く者を物理的に押し潰しかねない迫力があった。
秒でバレやがった……!! 頭を抑えつけるかのごときプレッシャーで、湯船にサル顔を沈めてゆくブーマー。
ぶくぶくぶくぶく……!!
このままでは、溺死してしまいかねない。
ちょうどそんな時だった。
誰かの幸運が別の誰かの不幸であるように、また誰かの不幸は別の誰かの幸運であったりする。
どばしゃぁぁぁん!!
「……ぶへっ、ぶほっ!? な、なんだぁ!?」
決して意図したわけもなく、沈みゆくブーマーに救いの手を差し伸べたのは、天窓から湯船に落ちてきた、とびっきり不幸な男――ガンガンズガン団のガンサクであった。
数分前――。
「やってやるぜぇ!! スキル【バーニングフィンガー】!!」
ガンサクの左手指に灯った炎で、右手に持った爆弾三つに次々と着火する。
領主館前の路地の暗がりから走り出たガンサクは、正門に向かって更に加速していく。
「おらよ!! スキル【投擲】!!」
スキルをもって投げ放たれた、爆弾三つが領主館の塀の内側へと弧を描いて飛んだ。「爆弾100個、領主館に向かって投げ込んでみた」チャレンジの始まりである。
――あれ? ガンサクは領主館の外周を走りながら、投げた爆弾が派手な爆発音を発するのを待ったが、一向にその時は訪れない。
訝しんで振り返れば、塀の向こう側に大きなシャボン玉が一つ浮かんでいる。そしてそのシャボン玉の中にガンサクが投げた爆弾三つが囚われているのが見えた。まるでビー玉の模様にでもなってしまったかのように、シャボン玉の中で静止した爆弾三つは爆発することも、落下することもなくそこに静止し続けた。
(な、なんだよありゃ!? くそっ、もう見つかっちまったのかよ……!?)
気が付けば、塀の内側からいくつもの大きなシャボン玉が浮かび上がって来る。
そのうち一つに、ショートパンツの活発そうな少女が一人腰かけていた。イガラシ姉妹の妹、カオルである。
「アハハ! 爆弾男、ホントに来た。まさか、一人ってことはないよねぇ?」
さして重くはないとはいえ少女一人を乗せてはじけて消えるどころかフワフワと宙に浮かぶシャボン玉がただのシャボン玉であるはずもない。
――スキル【バブリウム】! シャボン玉の結界に切り取られた内側の状態はそのまま維持されるのだ。
故に、ガンサクが続けて【投擲】した爆弾六つもシャボン玉二つに捕獲されて静止した。
「ちっ、スキル【アフターバーナー】!!」
ガンサクは、足の裏から炎を噴射し、シャボン玉に腰掛けた少女カオルに向かって飛んだ。一気に接近して邪魔な彼女を排除する腹づもりであったが、塀の上に槍斧を携えたエルフのメイドが立ち塞がる。
ぶぅん!!
ドラゴンライダー・アマネによる槍斧の横薙ぎを、ガンサクは足裏の炎を逆噴射して辛うじて避けた。
しかし、槍斧の斬撃と伴に放たれた付与効果の衝撃がガンサクに追い打ちをかける。
「――【衝撃付与】!! ドラゴンライダー・アマネの槍斧は回避不能!!」
「うぐっ」
急所を腕でガードしつつ後退するガンサク。
「アマネさん、別働隊は? コイツぜんぜん弱いし、絶対、捨て駒だと思うんですけど?」
「ですが、陽動というわけでもなさそうです。ライティの目を借りても、領主館に近づく者は見当たりません」
「ええーっ!? じゃあただの鉄砲玉ってこと?」
「あるいは、若気の過ちといったところでしょうか」
「う、うるせぇぇぇっ!!」
一声そう叫ぶとガンサクは、カオルとアマネに背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
数百メートル走って、顔面に吹き付ける突風に思わず腕で顔を覆う。
見上げると、ガンサクの行く手を通せんぼするように、巨大ドラゴン・ライティが滞空していた。
背後から追ってくるアマネと、正面のライティに挟まれた形である。
(冗談じゃねぇ!!)
――と方向転換するが、アマネに追いつかれてまたも行く手を塞がれてしまう。
跳躍し彼女の頭上を抜けようとするガンサクだが、それを叩き落とさんとする槍斧が迫る。
間一髪、スキル【アフターバーナー】を使い空中で身体を一回転させて槍斧をかわすと、ガンサクは領主館に向かって再び駆け出した。
ただその時に、アマネの槍斧に付与された衝撃波がかすめたことで、背中に担いだ布袋が小さく切り裂かれていたことに彼はまだ気付いていなかった。
「あれ、戻って来たの? ったく、弱いくせに、たった一人で何がしたいのよ!」
「うるせぇ!! これでもくらいやがれ!!」
ガンサクは領主館の塀を飛び越えて、爆弾入りの布袋をシャボン玉に腰掛けた少女カオルに向かって投げつける。
当然のように、布袋は彼女のスキル【バブリウム】で作り出したシャボン玉に囚われて静止した。
しかしそうなることはガンサクも予想していた。投げつけた布袋の後を追いかけるように加速し、シャボン玉が布袋を捕らえるとそれを足場にして更に跳ぶ、カオルに向かって!
「なっ……!?」
「おらぁ!! スキル【バーニングフィンガー】!!」
スキルの炎を五指に纏わせ、ガンサクの右手がカオルに迫る!
為す術もなく顔を覆い目を閉じるカオルだったが――
――ドゥン!! バドゥン!!
不意に地面で数個の爆弾が弾けた。
それは、破れた布袋からこぼれて落ちた爆弾に、ガンサクの足裏から噴射した【アフターバーナー】の炎が着火したことによる暴発であった。
意図していなかった爆発に、ガンサク自身も驚いて一瞬身をこわばらせる。
その隙を逃さなかったカオルは、ガンサクの身体全体をシャボン玉の中に封じ込めるのだった。
ああ、またか――ガンサクには馴染み深い突然の不幸。しかし、彼の不幸は、それだけだはまだ終わらない。
パチュン!
最初の暴発が、爆弾入りの布袋を捕らえていたシャボン玉を割った。
そして布袋からこぼれ出た残り八十個以上の爆弾が次々と連鎖的に爆発した!
ドゥン!! バドゥン!! ドバババドゥドゥドゥゥゥゥゥン――!!
爆風に煽られて、ガンサクを捕らえたシャボン玉は天高く舞い上がり――、
どばしゃぁぁぁん!!
「……ぶへっ、ぶほっ!? な、なんだぁ!?」
――大浴場の天窓を突き破って、サル顔のブーマーと四人の美女達が対峙している最中の湯船へと落下するのであった。
この後ガンサクは、モルガーナ公爵、クルエラ、ミモザ、エマの四人の美女達を相手に朝までスケベな行為を繰り返すことになる。
要因としては、モルガーナ公爵が所持していた「オークの睾丸酒」、クルエラが所持していた「フェロモン原液」、ミモザが所持していた「サキュバスの涎」また、エマが面白半分で持ち込んだ「中毒性のある粉薬」といった秘薬媚薬が風呂の湯の中で混ざり合ったことによって怪しいガスが発生したことによるところである。
しかし、真の理由は違う。
不幸を糧に因果律を捻じ曲げ、あらゆる偶然を手繰り寄せガンサクをエロイベントへと導く、彼のスキル【アンラッキースケベ】に巻き込まれた事による事故であった。
かくして、ガンサクの不幸はブーマーにとっての幸運に転んだ。
(うひょひょひょひょ!! ちょうちょ~う最高だぜ~!! うひょひょひょひょ!!)
ガンサクが招いたエロイベントに、まんまと紛れ込んでイイ思いをしてしまうサル顔のブーマーなのであった。
***
(コウガ先輩――貴方は今、何処でどのようにしてお過ごしでしょうか……?)
チハヤが槍を学んだザマ流槍術道場の最も才能に溢れた門下生、コウガ・ハクケン。
スキル【マジックコーティング】の進化形【マジックフィールド】に至った天才であり、同じスキルを所持するに至ったチハヤにとっては追い求めるべき理想であった。
卓越した槍術の腕もさることながら、小柄だが冷ややかで整った面差しは年上年下を問わずに女性門下生達を魅了し、異性などに興味なしと突っ張っていたチハヤでさえも、実のところ密かに想いを寄せていた。
チハヤがそんなことを思い出してしまったのには理由がある。
むっちゅ~! ちゅば! ちゅば! むちゅるむちゅる……ちゅっぶぁ~!
そこはゴイゴスタ男爵邸、地下牢。
両腕を鎖で吊られた逆バニー姿のチハヤ・ボンアトレーは、筋肉質の大男ジッポーに唇を奪われていた。
むちゅるっむちゅるっむちゅるっむちゅるっ……ちゅっぶぁ~!
肉料理の油と香辛料風味のジッポーの舌が、チハヤの口内を無遠慮に蹂躙し犯す。
それは、凶悪な面構えのフェンスと筋肉質の大男ジッポーが始めた無意味な尋問ごっこであった。
チハヤちゃんってば、もしかして処女なのかヨー?
お風呂で身体のどこから洗うんだなやー?
オナニーするべー? 週に何回するじゃんヨー?
野グソしたことあるだなやー?
――などなど、どうでもいいことを質問しては、チハヤの返答に「不正解」だとか「0点」だとか難癖を付けては、逆バニー姿で拘束されているチハヤにセクハラを繰り返した。
その課程で、胸と股間のシールはもちろん、ウサギマスクさえも奪われてチハヤは既に素顔を晒していた。
チハヤがパーティーに潜入したのは、”中毒性のある粉薬”の出所を探るためであり、それを依頼したのはパラディン№8ロハン・ジャヤコディであったが、そんな「目的」や「背後関係」さえ質問されないまま尋問ごっこは続き、いい加減そんな遊びに飽きてきたフェンスから出た質問が――
チハヤちゃんの初恋について話しなヨー? であった。
むちゅるっむちゅるっむちゅるっむちゅるっ……ちゅっぶぁ~!
コウガのことを少しだけ語ったチハヤであったが、そんな甘酸っぱい返答はフェンスとジッポーに大不評で、彼女の初キッスはジッポーの脂っこい唇によって奪われた。
「おーいジッポー、長ぇんべー? いい加減にしとけヨー? 彼女、泣いてるじゃんヨー!」
「――ん~ん~ちゅばっ! なんでー? なんで泣いてるだなやー!? おでに失礼だなやー!?」
「つーかヨー、そろそろ一発出しとかないとたまんなくなっちまったじゃんヨー! ムラムラじゃんヨー!」
「ちっちっちっ! 兄ぃ、これは尋問なんだなやー! 聞くこと聞かなきゃ、尋問じゃねぇんだなやー!」
「けっ、ナマ言いやがってヨー! だがなージッポー、こーゆー時の質問なんてとっくの昔っから決まってんだヨー! このフェンス様を、あんまし舐めんじゃねーべー!」
「さっすが兄ぃ! ハクシキだなやー! インテリだなやー! ドグサレゲドウだなやー!」
……へへっ、まあよ。とか前置きし、フェンスが口にした質問「俺とジッポー、どっちに処女をくれるじゃんヨー?」を上の空で聞きながら、チハヤはまだコウガのことを考えていた。
(ウズマキ……そう、ウズマキだ! コウガ先輩は、体表に纏った【マジックフィールド】を局所的にウズマキの様に回転させて、金属の刃さえも削ってみせた。もしもあの時に……、あの女の青いかぎ爪に頭を掴まれた時に、コウガ先輩と同じことが私にできたなら……?)
どうにもならない。勝てっこないと諦めていたチハヤの心に、再び静かな闘志が宿る。
天井から吊られた両腕を、スキル【マジックフィールド】の赤い光が包み込んだ。
(……回転させて、ウズマキを作る! コウガ先輩の【マジックフィールド】はこんなものじゃなかった。もっと速く! もっと荒々しく! もっと! もっと! もっと! もっと!)
「おいおいおいおい、なーに悩んじゃってんだ、チハヤちゃんヨー!? 俺だべー!? 俺に処女膜ぶち抜かれてーんべー!? ジッポーよか、俺のがスマートで渋くて百倍いい男だんべーヨー!?」
「にしし……分かってねーなー兄ぃは、女は筋肉が大好きなんだなやー! カチコチの筋肉とカチコチのちんちんがイイって、四番竜舎のケーナだって言ってたもーん!」
「なっ……!? ジッポー、てめぇ、ケーナといつの間に……!?」
「えっ? 兄ぃはケーナのこと、細目だし貧乳だしでぜぇんぜんチンコが反応しねぇべーって、いっつも言ってたんだなや? もしかして、狙ってたんだなやー?」
はぁ?! べ、別に狙ってるわけねーべ! と、動揺を隠せないフェンス。
『飛竜牧場』で働く同僚のケーナに、フェンスが何度も告白してはフラれ続けていることをジッポーは知らない。
チリチリチリチリチリチリチリ――チチチチチチチチチチチチチ……!
フェンスとジッポーがケーナのことで揉めている間も、チハヤは【マジックフィールド】を回転させる技の習熟に集中している。両腕を拘束する金属の手枷を、赤い光のウズマキが少しずつ削り始めていた。
そのことにまだ気付かないフェンスとジッポー。
「へっ! ま、まあヨー、ジッポーにゃケーナ程度のブスがお似合いだべヨー! ってことでヨー、チハヤちゃんの処女は俺がいただくってことでいいんべー?!」
「いんや、それとこれとは話が別だなやー! いくら兄ぃでも、チハヤちゃんの処女は譲れないだなやー!」
「困りますねぇ、うちの従業員に勝手なことをされては」
言い争いに、不意に割って入った男に驚くフェンスとジッポーだったが、その男の浮き輪のような髪型には見覚えがあった。
「え、エレクチアン司祭様!? ……えっと、こ、これは違うんスヨー!」
「だ、だなやー! 尋問なんだなやー!」
「確かキミ達は、『飛竜牧場』のフェンス君とジッポー君でしたかな? なんでも従業員の更衣室にもよく乱入してきたりするそうですね? まあちょっとぐらいのイタズラならと、これまで目をつむってきましたけれど、あまり度が過ぎるようならば、ゴイゴスタ男爵様にご報告しなければなりませんかなぁ」
エレクチアン司祭にそう言われてしまっては、フェンスとジッポーにはもう何も言えない。男爵への告げ口だけは勘弁して欲しいと司祭に懇願しながら、地下牢から去って行く二人。
思わぬ救援に成り行きを見守っていたチハヤだったが、フェンスとジッポーが立ち去ると、思わずホッと息をつく。
しかし気がつけば、未だ両手を吊られ隠すことのできない身体を舐め回すような視線に気がつき身震いする。
「……あの、エレクチアン司祭様?」
「ふむ? チハヤ殿、妙な所でお会いしますなぁ」
「あの、危ないところをお助けいただきありがとうございます。お手数ですが、この手枷を外していただけないでしょうか……?」
「……ふむ? ああ、もちろんもちろん!」
そう言いながら、吊られたチハヤの背後に回り込むエレクチアン司祭。
チハヤは、丸出しの尻に視線を感じて身をよじる。
「……あの、司祭様?」
「ところでチハヤ殿、処女というのは本当ですかな?」
「ヒッ!?」
背後から司祭に抱きすくめられて、小さな悲鳴を漏らすチハヤ。
中断していたスキル【マジックフィールド】の回転を再開しようとするが――、
フーッ! とチハヤの顔面に吹き付けられる、司祭の手のひらの上の白い粉。
「あーそうそう! そういえば、”中毒性のある粉薬”のことは何か分かりましたかな? こんな所で捕まっているぐらいですから、たいして分かっていないのでしょうな? せめて、使ってみたら多少解るかもしれませんぞ? ねぇ?」
「がはっ! げほっ! こ、この粉は、まさか……!? …………!!?」
鼻から吸い込んだ”中毒性のある粉薬”は、ほんの数秒でチハヤを前後不覚の幻覚酩酊状態に陥れるのだった。
彼女のピンチはまだまだ続く。




