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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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450 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて②~』

 「逆バニー」とは? ――本来隠すべき胸や下半身を隠さず、腕や脚、背中のみを隠す給仕衣装である。当然ながら、頭部にはウサミミ、尻にはウサギの尻尾を装着しなければそれとは呼べない。なお、晒された部分を二プレスなどで隠すか否かは、ご主人様の嗜好によるところ。


 旧帝都モルガーナ地下第三階層、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵邸で開催されることとなった高額賞金首達百数十名を招いたパーティー。それは、勇者選考会予選参加者達を街に潜む賞金首達にけしかけたモルガーナ公爵の策略に対抗するため、自身もまた高額賞金首であるゴイゴスタ男爵が急遽開催を決めた「悪の饗宴」であった。


 一方、王都に蔓延する”中毒性のある粉薬”について調査をすすめるパラディン№8ロハン・ジャヤコディは、その粉薬が旧帝都モルガーナ地下第三階層から定期的に出荷されているという情報を掴み、チハヤ・ボンアトレーにパーティーへの潜入調査を依頼した。





(……なんで!? なんで私がこんな目に……!?)


 右を見ても左を見ても、どいつもこいつも悪そうなヤツばかりが集まった薄暗いパーティー会場に、逆バニー姿に身をやつしたチハヤ・ボンアトレーはいた。両乳首と股間こそハート型のシールで隠してはいるものの、尻は丸出しの屈辱的で変態的なコスチュームにくじけそうになる。

 レザーのマスクで顔半分が隠れているのがせめてもの救いだった。


 チハヤの役割は、そんな逆バニーの格好で客達に酒を運んでまわること。もちろんその際に、ありえないセクハラを受けることもあるだろう。

 そして時には、酒のまわった客の求めに応じて、性的なサービスも行わなければならないし、夜も更ければ、個室へと誘われて同衾することまでも業務の内である。



「さぁてと、さっさと若いイケメンつかまえて朝まで愉しむとしようかね。気をつけな? もったいぶってると、不細工なおっさんとか変態しか残らないからね」


 そう言って、ベテラン嬢のカルメンはチハヤの尻を叩いて喧噪の中に堂々と分け入っていく。

 彼女の引き締まった生尻を見送り、チハヤはこの世界で生きる女の誇り高い生き様にしばし感じ入った。



(いつまでもモジモジしている場合じゃないぞ、チハヤ! カルメン姐さんのように堂々としていれば、逆バニーだって素敵に見えなくもないじゃないか!?)


 とはいえ、チハヤは個室に連れ込まれるわけにはいかない。どうにか人目を避けてパーティー会場を抜け出し、”中毒性のある粉薬”の出所を明らかにしなければならない。

 そもそも個室で何をすればいいのか、チハヤにはわからない。なんとなくはわかるが、多分無理である。

 だから、客は適当にあしらい、素早く目的を果たしたら、さっさとゴイゴスタ男爵邸を脱出しなければならない。


 銀のトレイにワイングラスを乗せ、尻を引き締めパーティー会場を闊歩するチハヤ。

 仕事をしている風を装いながら、突然のセクハラ避けにもなると、これもカルメンからのアドバイスである。


 

(パーティー会場は三つ。先ずは会場の間取りを把握して、抜け出す)


 豪華な食事と様々な酒が用意された立食形式のメイン会場は、一番客が多い。

 舞台では薄着の女達が卑猥なダンスを踊り、楽団がムーディーな音楽を奏でる。

 階段を上がると二階席があり、その奥にはいくつかガラス張りの個室があった。

 紫色の室内が外から丸見えであるが、内カーテンを閉めれば目隠しをすることもできるだろう。

 実のところ、チハヤが配属されたのはこの会場で、本来ならばここで給仕業務にあたるべきである。

 

 チハヤがふと見ると、さっそく個室に連れ込まれていく逆バニーの姿が見えた。

 よく見れば、控え室で男二人に下の毛を剃られていた影の薄い同僚ではなかろうか? そして、彼女の尻を掴んで強引にベッドへと誘うのは、詰め襟の白スーツを窮屈そうに着こなす中年男。


 その男の顔に、チハヤは見覚えがあった。このパーティーに潜入するにあたり、ロハン・ジャヤコディから要注意人物として手配書を見せられた一人。



(地下第一階層、歓楽街の王アマルスキン・カムリィ! 聞いていたとおりの好色漢か)





 立食パーティーの会場を抜けて、チハヤはギャンブル会場へと足を踏み入れた。

 そこではやはり、一目で悪人と判る客達が、ルーレットやカードなどの賭けに興じていた。

 各テーブルのディーラーは逆バニー達が務めている。コスチュームこそチハヤと同じ逆バニーではあるが、彼女達はディーラーとして一通りの技能を修めているプロなのだと知ってまたも感じ入る。


 ギャンブル会場の中心には小さな格闘リングが設えられていて、ロープの内側では小さな水着の女同士が戦っていた。どちらが勝つか? そういう賭けなのだろう。武器こそ使っていないものの、素早い立ち回りと迫力ある技の応酬で観客を愉しませている。

 きっと、ポロリもあるだろう。


 しかし、なによりチハヤが目を見張ったのは、攻防の際に閃く赤い光――。



(――あれは、【マジックコーティング】の光……?! なめらかで無駄がない……! 二人共、どう見ても達人クラス……なんでこんな所に……?!)


 そんな戦う女達を特等席で観戦する酷薄そうな男がいた。

 彼もまた要注意人物の一人。



(地下第二階層を支配し、モルガーナダンジョンで捕れる素材や魔石、ドロップアイテムの全てを独占するギルドマスター、サザビー・ダモクレス! ヤツ自身も、ヤツの周りの連中も相当強い……!)


 視線を感じたのか、振り向いたサザビーと目が合いそうになり、慌てて目を逸らすチハヤ。足早にその場を離れる。





 三つ目の会場は――と、不用意にチハヤが近づくと、周囲の客達に怪訝そうな目で見られる。

 それもそのはず、その会場は大浴場であった。


 巨大な風呂場で、全裸の男女が入り乱れる。

 湯船に浸かって肌を寄せ合う者達もいれば、タイルの上で絡みあう者達もいる。

 一対一であったり一対二であったり、様々な形で身体を重ね合う。

 そこは正に、大乱交会場であった。


 誰もが全裸のその場所で、半端な逆バニー姿のチハヤは浮いていた。そもそも乱交会場に給仕役の出番はなさそうで、慌てて踵を返すのだった。





 ちょうどその時、三つの各会場で一斉に声が響いた。



『あー、あー、やあやあ皆さん、ごきげんよう! 聞こえておりますかな? 我こそはブラッケン・ゴイゴスタ男爵! この屋敷の主にして、このささやかな饗宴の主催者であります! 今宵は、突然の開催にもかかわらず、たくさんの方々に我が屋敷へとお越しいただき大変嬉しく思っております! 我らがこうして集まり愉しい遊びに興じることができるのも、ひとえに皆さんのご協力と支えがあってこそ! この場を借りて深く深く感謝いたしまする!』


 チハヤが注意しなければならない人物として、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵の名は外せない。彼女が追う”中毒性のある粉薬”の流通に深く関わる人物として最有力なのも男爵であろう。

 しかし、ロハン・ジャヤコディによれば、この屋敷で最も注意すべきなのは彼ではないという。


 男爵の挨拶は、なんらかのスキルで拡声されて、会場に流れ続ける。



『――さて今回、このように急な催しとなってしまったことには理由があるのです! というのも、とある傲慢なご老人達が浅知恵を働かせましてな。我らとその友人達へと、勇者選考会予選参加者なるそこそこ手強い刺客をけしかけたというではありませんか! ああ、なんと浅はかなご老人達であることか! ――とまあ、この件に関する報復は近いうちに必ず行うこととして、今宵から明日の深夜まで、皆で手を取り合い我ら一丸となって老人達の陰謀に立ち向かおうではありませんか!

 さてさて、それはさておき、準備期間はわずかではありましたが、できる限りの用意をいたしました! それはもう、美食、美女、音楽、ギャンブルそして例のクスリも――可能な限りの悪徳を用意いたしましたとも! お互い日の当たらない場所に住まう友人同士、せいぜい愉しく凄そうではありませんか! さあさ、うたげだ!! お愉しみあれ!!』


 客達の歓声と拍手の中、廊下の奥から現れた黒ずくめの男。彼が屋敷の主、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵である。


 そして、そのとなりに寄り添う金髪の美女こそが、この屋敷で最も注意しなければならない人物、ルイーザ・ゴイゴスタ男爵夫人であった。



 彼女の姿を一目見て、チハヤは思わず後ずさる。

 ロハン・ジャヤコディがなぜルイーザを最も注意すべきとしたのか、その時始めて真に理解した。


 ゴイゴスタ夫妻の背後に付き従う四人の美しい護衛。内一人は、ゴイゴスタ邸に到着したときに声をかけてきた長身の美女であることに、チハヤは気付く。

 彼女一人に震え上がったというのに、今、目の前には彼女と同格と思しき護衛が三人もいる。


 しかしそんな護衛達でさえ、ルイーザ夫人に比べれば数段格下なのだと、チハヤは本能で悟ってしまう。



(ウソ……あんなバケモノが……五人も……、恐ろしい……今すぐ逃げ出したい……)


 ゴイゴスタ夫妻が目の前を通り過ぎた後も、チハヤは小刻みに震え、その場から動けずにいた。

 トレイの上のワイングラスがカタカタと鳴る。







 いただくぜ? そう言って、一人の男性客がトレイの上のワインを手に取り、飲み干した。

 ついでのように、立ち尽くしているチハヤの肩を気安く抱き寄せる男。



「へへっ、ウサギちゃん、どうかしたのかい? 寒いのかい、震えてるじゃねぇか?」


「……え?! い、いえ……別に……」


 男の顔を見て固まるチハヤ。彼は、ついさっきギャンブル会場で見かけたサザビー・ダモクレスであった。



「結構鍛えてるようだが、元冒険者かい? へへっ、なまじレベルが高いと判っちまうよなぁ、別格の強さってやつがよ。かくいう俺もさ、何度見てもぶるっちまうぜ」


 そんなことを言いながらチハヤの身体に手を這わすサザビー。

 その手を払い除けたい衝動を必死に抑えるチハヤ。



「あ、あの……何かお持ちしましょう、か?」


「だがよ、気に病む必要はねぇんだぜ? あれは正真正銘の別格だからな。俺もそう考えて、折り合いをつけるようにしてんのよ。マザードラゴンの化身、ルイーザ夫人と八人の娘達は、俺達人種とは存在そのものが隔絶した上位存在なのさ……!」



「……マザードラゴンの化身!? ルイーザ夫人と八人の娘……八人?」


「ああ。残り四人は会場外の警備だろうさ……クソっ! あんなのがまだ四人もいやがる……クソっ……クソっ! クソっ! クソっ! なんでこの俺が、まるでガキみてぇに震えて……クソっ!」


 話しながら興奮し始めたサザビーは、もぎりもぎりと乱暴にチハヤの尻を揉んだ。


 尻穴を絞り蹂躙じゅうりんに耐えるチハヤ。



「……ぎ……ぐっ…………!」


「――お!? おっとっと、こりゃいけねぇ、俺としたことが。シッポが取れちまった、ワリぃワリぃ、あーっと、どこいっちまったかな? シッポ、シッポ……へへっ……、まっ、これでいいか――」


 不意に蹂躙が止みホッとしたチハヤだったが、「シッポ、シッポ」と何事か不穏な気配を感じて振り返る――が、時、既に遅く。



「え? ――い、いぎぃぃぃっ!!?」


 尻穴に突然の違和感を感じてその場に崩れ落ち、銀のトレイを取り落とすチハヤ。

 骨付き肉の骨が、尻の穴に深々と挿し込まれていた。


 ショックでその挿さった骨を抜くこともできないチハヤを残し、ゲタゲタと笑いながら去って行くサザビー。





(ぐ……ぐぎぎ……油断だ! 油断していた! とっさに【マジックフィールド】を発生させることもできなかった……! 要注意人物の一人と知りながら、油断しすぎた……! なんてマヌケなんだ、私は……!

 ぐ……うっ……ううっ…………落ち込むのも、泣くのも後だ! 研ぎ澄ませ、チハヤ! 惰弱な心を踏み潰せ! 涙止まれ! 涙止まれ……!)


 チハヤの心の叫びとは裏腹に、どうしても涙が溢れた。

 ……尻を撫でられるかもしれないとは聞いていたけど、異物を尻穴にねじ込まれるなんて聞いてませんでしたよカルメン姐さん! と、そう思わずにはいられないチハヤであった。  

 



 ***




 同じ頃、地下第三階層へ続く街路は魔法【土壁】で分断されていた。

 【土壁】の向こう側――三階層へ続く坂道側で対峙するのは、『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターVS.Aランクパーティ二十数名。


 そして、【土壁】のこちら側――中心部に近い側で対峙するのは、チーム『銀狼』のフジマルVS.『釘バット』バイパー&『豹面』オーソンである。





「ヒヒッ、喧嘩一番ってか~? 大きく出ちゃったが~、いいのか~い? 2対1になっちまったぜ~」


 顔も身体もピアスだらけの痩せた男が『釘バット』バイパー。その二つ名とは無関係に、彼の得物は、マイクスタンドのような長い杖であった。――賞金額は250万G!



「我は、キサマに先を譲っても構わぬぞバイパー? 隙間時間は天国の妻と語らっている故な!」


 豹の獣人の皮を被った長身の男が『豹面』オーソン。彼がいつも頭に被っているのは、死んだ獣人の妻の遺した毛皮だという。だが、曜日毎に違う獣人の毛皮を使い回している。――賞金額は300万G!



「オイオイオイ~、つれねぇこと言うなよ『豹面』のぉ~、身の程知らずのガキンチョを、デュエットでボコボコにしちまえば楽ちんじゃね~かよ~?」


「恥を知れバイパー、若僧相手に二人がかりなど戦士としてあり得ぬ! それに、我がパートナーは七人の妻達のみ!」



「ごちゃごちゃうるせぇぇぇぇぇぇ!!」


 ドゥロローン!! ――ドゴン!!

 問答無用! 先手必勝! とばかりに、三輪バイク「二代目トラ子」にまたがったフジマルが、のんびり構えていた二人に突進した!

 

 この突進を、バイパーは身軽にジャンプで躱したが、オーソンはまともに食らって背後の【土壁】まで吹っ飛びめり込んだ。


 ちっ、一人仕留め損なったか――と、小さく舌打ちし空を見上げるフジマル。



「あぶねぇ、あぶねぇ、行儀が悪いねぇ~? それが王都の流儀かい、フジマルくんよぉ~?」


空に浮かんだ六角形の舞台。その上に立ったバイパーがフジマルを見下ろす。

 彼のスキル【ステージ】は、100人乗れる浮遊舞台。上下左右自在に動くが、スピードは駆け足程度。



「おーおー逃げんのかぁ、よぉ!?」


 バイパーを煽りながら、【土壁】にめり込んだまま動かないオーソンの様子を窺うフジマル。今のうちにトドメを刺しておきたいところだが、上空が気になってそれどころではない。



「ヒヒッ、そっちこそ逃げんなよぉ~? 俺様、オンステージだぜぇ~!」


 高さおよそ8m、二階建の屋根ぐらいの高さから、バイパーが次なるスキルを使用する。

 手のひらに生み出した「鉄の釘」30本を連続で撃ち出す、スキル【鉄釘】は、魔物よりも人間を殲滅するのに高い効果を発揮する。


 ズババババ――!! と降り注ぐ【鉄釘】の弾丸を木刀で振り払いながら、三輪バイクを走らせるフジマル。

 何本かの【鉄釘】は防御をすり抜け、フジマルとトラ子の身体に傷を増やしていく。



「くそったれがぁ!」


 ドゥロロン!!

 フジマルは、三輪バイクをターンさせると、バイパーに背を向けて急加速し、元来た路を逆走する。

 要するに逃げだした。



「ヒッヒヒヒッ! 喧嘩一番が笑わせるぜぇ~! おらおら、逃げろ逃げろ~蜂の巣になっちまうぞ~!」


 六角形の浮遊舞台【ステージ】の高度を保ちながらフジマルの後を追い、【鉄釘】を打ち続けるバイパー。

 しかしスピード差により距離が開いていくことは否めない。やがては、三輪バイクを駆るフジマルは【鉄釘】の射程外まで逃げおおせることだろう。


 ここまでかとバイパーが追撃を諦めかけた時に、フジマルの三輪バイクが再びターンした。そして、全速力で引き返して来る。


 ズババババ――!!

 向かってくるフジマルに対し、バイパーは【鉄釘】の連射を再開する。



 ドゥロローン!!

 三輪バイク「二代目トラ子」を加速させるフジマルはバイパーに接近して、更に接近して――浮遊する【ステージ】の真下を通り抜けるそのタイミングで、三輪バイクの座席に立ち上がって空へと跳んだ!



「舐めんじゃぁぁぁねぇぇぇぇ!!」


 三輪バイクによる加速と伴にジャンプ! フジマルの渾身の力を込めて振るわれた木刀の一撃は――しかし、むなしく空を切った。


 

「ヒヒッ、助走つけてジャンプなぁ~、やると思ったぜ~! バレバレだっつーの! 高度を上げといて正解だったぜぇ~! もうちょっとで届いたのに、残念だったなぁ~!」


「いいや、届いてるぜ、なぁ?」


 失速し落下していくフジマルの後を追うように、バイパーも浮遊する【ステージ】の上から放り出されて落下していく。



「んな、なんじゃこりゃぁぁぁぁ~!!?」


「スキル【走死走哀そうしそうあい】! どっちか死ぬまで、走り続けるってことさ! 下りてこい、バイパーさんよぉ?!」


 フジマルのスキル【走死走哀そうしそうあい】は、自分の周囲に空気の壁を作り出し、巻き込んだ敵に一対一の近接戦闘を強いる。なお、本当のスキル名は【乱気流のおり】。

 スキルの射程距離半径3mに巻き込まれたバイパーは、フジマルに引っ張られて落下し着地した。



「調子に乗ってんじゃね――!?」

「オらッ!」


 直後、【鉄釘】を撃とうとしたバイパーの左手をフジマルの木刀が弾く。



「こん、くそ野郎が~っ!!」

「ソイヤあッ!!」


 続けて、バイパーの長杖の横薙ぎをスッパリ切り飛ばすフジマルの木刀。



「ぐっ……ま、待って――」

「うっルせぇぇぇぇーッしャあ!!!!」

 

 最後に、がら空きになったバイパーの脳天に、フジマルは渾身の力を込めて木刀を振り下ろした。







 一方、【土壁】の向こう側、『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターVS.Aランクパーティ二十数名――。



「『流星の貴公子(シューティングスター)』だぁ!? 聞かねえ名だなあぁ!! 本気でこの人数を一人で相手しようっていうのかあぁぁん!?」

「さっきの妙なスキルにゃ焦ったが、ネタが割れちまえばどうってことねえ!! 要は、”地面を傾ける”ってだけのスキルだろ!?」

「それとも何かー!? そのスキルでリーゼント野郎が助けに来てくれるまで時間稼ぎでもしようっていうんかー!?」

「おい、待て待て、”地面を傾ける”ってなかなか厄介かもしれねぇぞ? 一斉に遠距離攻撃でやっちまうのが正解だろうさ。つーか、近距離だと同士討ちしちまう」


 【土壁】の上に立ったクリプトンを見上げ、Aランクパーティ二十数名が一斉に魔法やスキル攻撃を放つ!

 降り注ぐ豪雨のごとき遠距離攻撃に為す術もなく立ち尽くすクリプトン。少なくとも、Aランクパーティの彼らからはそのように見えたのだが――?



「カーッカッカッカ!! 吾輩は、身体が柔らかいのである!! そして素早い!! 『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターここにあり!!」


 クリプトンは、ぐにゃりぐにゃりと軟体生物のように身体をくねらせたり、のけぞらせたりして攻撃を躱し続ける。それはまるで、舞台の上で踊り狂う操り人形のようであった。

 ――スキル【スライムボディ】! その身体はぐにゃりぐにゃりと柔らかく、触れればヒンヤリと冷たい。また、感度がよく敏感なので、馴染みの娼婦達から『流星の貴公子(シューティングスター)』とあだ名されるほど早い!



「――なっ!? 当たらねぇ!? ぜんぜん当たってねぇぞ!!」

「バカな……避けてやがる!? あんな雨あられの攻撃を!? あり得ねぇ!!」

「スキルか!? 妙にくねくねしやがって、身体が柔らけぇじゃ済まされねぇぞ……!」

「いや……身体が柔らけぇとか素早いとかよりも、ハンパねぇのは、あれを躱せる動体視力だ。あの男、強いぞ!」


 遠距離攻撃が途切れるとクリプトンは、いつもは装備していないフルフェイスヘルムを装着した。

 長槍を右手に構えて――、左手が余っていることに気付き、両手で構えなおす。

 突撃準備を完了し、スキルの使用を宣言する。



「スキル【傾斜】である!!」


 ズ……ズゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 街路全体が、クリプトンの立つ場所が高く、Aランクパーティー達が立つ場所が低く傾いていく。



「うおおおぉっ!? す、滑る!!」

「うっ、くっ……、踏ん張りが利かねぇ!!」

「ヤツが来るぞ!! 備えろ!!」

「撃て!! とにかく撃ち続けろ!!」


 傾いた街路を滑り落ちていくAランクパーティの面々、足下がおぼつかず、放たれる遠距離攻撃の狙いが定まらない。



「カーッカッカッカ!! 吾輩は、【高い所が好き】である!! そしてこのスキルは【高い所が好き】!!」


 何を言っているんだ? とAランクパーティの面々は思ったが、それはクリプトンの持つスキルの名であった。

 

 長槍を片手に、坂道を駆け下りていくクリプトン。

 ――スキル【高い所が好き】とは、相手よりも高い場所に立っている時にステータスとテンションが上昇するのだ。



「ぬぅ、そっちから来るのか――ぐぇぇぇぇ!!?」

「なっ……スキル【硬――うぎゃぁぁぁ!!?」

「撃て、撃てって――ふがぁぁぁ!!?」

「ちょまっ――ぎぃぃぃぃ!!?」


 クリプトンは長槍を振り回し、Aランクパーティ4~5人を吹き飛ばしながら駆け抜ける。


 駆け抜けた場所で振り返り、再度スキル【傾斜】を使用する。

 傾いた街路を滑り落ちていくAランクパーティの面々を高い場所から見下ろしながら、クリプトンは少し不満そうに手持ち無沙汰の左手を見た。



「ふむぅ……コメット号と一緒であれば、今の突撃であと2人が3人はやれたであろうに……いや、嘆いても始まらぬか、ならば笑い飛ばすまでのこと!!」


「お、おい、また来るぞ!!」

「何とかしろ!! ヤツの足を止めるんだ!!」

「なに転がってんだよ、タンクども!! 仕事しろよ!!」

「くそっ、狙いが定まらねぇ……!!」



「コメット号よ、未熟な吾輩を見守ってくれ!! カーーーッカッカッカッ!!」



 クリプトンは、繰り返し坂道を駆け下りながら、Aランクパーティの面々を殲滅していくのであった。




 ***




 夕刻、旧帝都モルガーナ領主館の食堂――。

 食卓を囲むのは、四人の皇帝の元妻、モルガーナ公爵とクルエラ、ミモザ、エマ。

 客として、イガラシ・レイコ、カオル姉妹も同席している。ただし、サル顔の勇者ブーマーの同席は許されず、彼は別室で食事することとなった。


 イガラシ姉妹の当初の目的であった『巌の勇者』イガラシ・ゼンゾウの忘れ物『神鎧バンダースナッチ』の返還は許され、姉妹は代わりに『巌の勇者』イガラシ・ゼンゾウ作の裸婦像4点を献上した。

 裸婦像のモデルがモルガーナ公爵達四人であったため一悶着あったが、「今更恥ずかしがる年齢でもないか」ということで一応落着した。


 『巌の勇者』イガラシ・ゼンゾウのことを語る四人の淑女達はどこか楽しそうで、その孫であるイガラシ姉妹は大層気に入られた。

 そうこうしているうちに日が暮れて、姉妹は領主館に一泊することになるのだった。


 夕食後、イガラシ姉妹の姉、レイコが切り出した。一つお耳に入れたい情報があるのですが――と。





『くそっ、こんな小せぇ爆弾なんか何個投げ込んだところで、領主館がどうなるもんでもあるめぇに……!』


『ちっ、不甲斐ねぇ……”領主館に手投げ爆弾100個”やるしかねぇか。……だがな、どうなっても知らねぇぞ? 俺の不幸アンラッキーを舐めんじゃねぇぜ……!』



「……なんだい今の声は? あんたのスキルかい?」


 食堂に突然響いた不穏な声に、モルガーナ公爵が顔をしかめる。



「おっしゃるとおりです。わたくしのスキル【虚無への供物】は、どこかの誰かがこぼした誰にも届かなかった言葉――要するに世界中の独り言を集めるスキルなのです」


「世界ざます?! 世界中の独り言なんて、それこそとんでもない数になるざましょ?」


「んふぅ~、立ち上がるときについつい『どっこいしょ』とか言っちゃうのだわさ」


「あらあら、わたくしだって一人の時は陛下の肖像に話しかけてしまったりしますわぁ」



「スキルを得た当初こそわたくしも苦労しましたが、今では『時間帯』や『地域』、『キーワード』などで絞り込みができるようになったのです。『フンショクの勇者』ブーマー様のことを知ったのも、このスキルのおかげなのですよ」


「どこかの誰かって言ったねえ? つまりは、よく解らんヤツが、近いうちに領主館に襲撃を仕掛けてくるって話だね? ヤレヤレだ」


「アマネさん、念のため警備を強化するざます。特に領主館の外回りを――」


「んふぅ~、騒がしいのは勘弁して欲しいわいな~、今夜はお楽しみがあるってのに~」


「あらまあ、ミモザさんたらお客様の前ではしたないわぁ――いいえぇ、気にしないで、こっちのお話しよぉ」



「はぁ? いえ――もし今夜、何かあったとしたら、わたくし達もお力添えさせていただきますので。ねえ、カオルちゃん?」


「え、うん。まかしといて、です!」





 領主館襲撃を企む謎の襲撃者とは?

 四人の淑女達の今夜のお楽しみとは?

 まもなく、日没。旧帝都モルガーナの暗く深い夜が始まろうとしていた。




 ***




 ゴイゴスタ男爵邸、ギャンブル会場――。

 ついさっきまでキャットファイトが繰り広げられていた中央の舞台上に、色違いのドレスを着せられた少女が8人上げられた。首には一様に禍々しい『隷属の首輪』が巻かれている。

 その内、桃色、水色、黄色、黒色ドレスの4人が、マージャン卓を囲む。


 はたしてェ、何色の乙女が勝ち残るのかーッ!? 舞台の隅で進行役を勤める豚鼻マスクの男が宣言し、間もなく賭けの受付は締め切られる。

 

 黄色いドレスの少女――ミース魔導学院三年生キャサリン・マグワイアは、いつの間にか美しいドレスを着せられて、なぜかこんな場所でマージャンを打っている自身の状況に困惑していた。

 頭の中にもやがかかったように、どうにも記憶がはっきりしない。



(えーっと、えーっと、確かわたくしは地下街のカジノで大勝ちして……そう、大勝ちしたのよ! それで……それから、レナリス婦人とキャプティン様と個室で乾杯して……えーっと、乾杯して……それから――)

「――あ、それロンです!」


『おーっとォ、黄色乙女がローン! 桃色乙女の花びら一枚、喰いタンの餌食となったーッ!』


 進行役の豚鼻マスクは、客達に向けて勝負の結果を実況しつつ、また、桃色の少女に対しては「さっさとドレスを脱ぎな」と冷酷に命じる。


 すると、命じられるままに立ち上がり、着ていたドレスを脱ぎだす桃色の少女。


 客達が一斉にはやし立て、少女の顔は羞恥に歪むが、『隷属の首輪』によって隷属状態の彼女は豚鼻マスクの命令に逆らえない。


 恨みがましい目でキャサリンを睨みながら、桃色の下着姿になった少女は再び卓に着いた。



(ううっ、そんな目で見られても……わたくしだって、負けたくないんだからしょうがないじゃない……! こんな首輪を付けられて、どうしたらいいのか……とにかく今は、どんな安い手でも上がり続けるしか……)





「ツモ! アガリよ」


 東二局、黒色ドレスの気の強そうな少女がツモで上がった。

 ま、満貫! でも、脱衣マージャンで点数は関係ないでしょ? と、ホッと胸をなで下ろすキャサリンだったが――、



『キターッ! リーチ一発ツモ、チートイツー! 黒色乙女、親マーン! 情け無用の全体攻撃だーッ!』


 全体攻撃? と、首をひねるキャサリンだったが、豚鼻マスクから「マイナス3千点で一枚脱衣がここのルールだぜ」と今更のルール説明があり、黒色を除いた3人の少女達に脱衣命令が下される。 



(き、聞いてないし!! え? え? なにコレ? なにコレー!? 逆らえない! 豚野郎の命令に逆らえないぃぃぃっ!?)

 

 命令に抗おうにも抗いきれず、席を立つキャサリン達3人。

 首に巻かれた『隷属の首輪』の効果によって、彼女達は豚鼻マスクの命令に逆らうことができない。その時になって始めて、キャサリンも首輪の効果を身をもって知るのだった。


 会場から一斉に下品なヤジが跳ぶ。

 客達の視線を素肌に感じながら、キャサリンと水色の少女はドレスを脱ぎ、それぞれ黄色と水色の下着姿になって卓に戻った。

 このゲームは、まだ続くのだ。


 はたして残る一人、桃色の少女はというと――、彼女は既に一局目でドレスを脱衣していたから、次はブラジャーを外さなければならない。

 会場の客達からのよこしまな視線と歓声を一身に浴びながら、少女は震えながら涙を流した。

 しかしそれでも、隷属効果に抗えず……、ぎこちなくそのささやかな胸をポロリと晒すのであった。


 残すところ桃色のショーツ一枚となった彼女が卓に戻ると、第三局が始まる――が、それでも会場の興奮は収まらない。皆、間近に迫った桃色少女の無残な結末を期待しているのだ。





 三局目。キャサリンにとっては幸いなことに、桃色の少女にトドメを刺したのは、やはり黒色ドレスの少女だった。

 桃色少女の捨て牌を容赦なくロン上がりして、口元に笑みさえ浮かべていた。 

 

 豚鼻マスクに命じられるまま、ふらりと立ち上がった桃色少女。

 そして次の瞬間、彼女はリング上から姿を消した。


 床の仕掛けが作動し、リング下のローション風呂に落とされたのだ。

 ローション風呂には十体の発情したゴブリンが待ち構えており、一斉に桃色少女に群がっていく。


 彼女の悲鳴。

 ゴブリンの雄叫び。

 客達の下卑た歓声。

 いつまでも続く彼女の悲鳴。

 しかしその悲鳴はやがて聞こえなくなり、ゴブリン達の激しい息づかいだけが続く。



 舞台上のキャサリン達に舞台下の状況は見えていない。しかし、聞こえてくる声と音だけでも桃色少女の身にふりかかった悲惨な運命は想像に難くなかった。

 このゲームは、まだ続く。敗北すれば、桃色少女と同じ運命をたどることになるだろう。


 

(こ、こんなの勝ち続けるしかないじゃない! 最悪、スキル【サルの手】を使うことになったとしても……) 

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