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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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449 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて①~』

 寒々とした冬空の下、旧帝都モルガーナに鐘楼の鐘の音が陰鬱に鳴り響く。

 午後3時を知らせる鐘である。

 

 二頭引きの白い箱馬車が四台連なって、細い石畳の路を行く。


 やがて馬車は、らせん状に設けられた長い坂道を下り、広大な地下街へと至る。


 白いフードの御者が操る白い馬車には、やはり純白の僧衣を纏った美しい女達が乗せられている。僧衣とはいっても身体にぴったりと張り付くように薄手で、深いスリットから太ももが見え隠れする特殊な僧衣は、聖職者にあるまじきふしだらさであった。


 彼女達は「接待尼僧」である。

 しかし、ネムジア教会諜報部で性接待や潜入捜査、ハニートラップなど様々な場面で接待尼僧が活躍したのは十年以上も昔の話。表向き、ネムジア教会では廃止されたことになっている業務なのだが――実のところ彼女達は、教会とは全くの無関係。教会支部の存在しない旧帝都モルガーナに左遷されたエレクチアン司祭が副業で始めた人材派遣会社の従業員であり、接待尼僧の格好だけを模した派遣コンパニオンなのであった。



「おやアンタ、新人ちゃんかい? えらく緊張してるみたいだけどさ」


「……別に、そんなことない……です」



「へぇー、見た感じイイトコのお嬢さんって感じじゃん? エロいオッサンに尻なんか撫でられたら、キャー! とか言って卒倒しちまいそうじゃないのさ?」


「なめないでください、こう見えて元冒険者ですから。ただちょっと今は……その、……ひざに矢を受けてしまいまして」


 チハヤ・ボンアトレーは、話しかけてきたタバコ臭い女を適当にあしらう。

 王都に蔓延する「中毒性のある粉薬」調査のため、関係者と思しき人物の屋敷で開催されるパーティーのスタッフとして潜入することをパラディン№8ロハン・ジャヤコディに依頼された彼女だったが、エロいオッサンに尻を撫でられると聞いて憂鬱な気持ちが増していく。



「そりゃ恐れ入った。まあ、なにを隠そうアタシも元冒険者さ。もっともアタシの場合、ケガをしたのはアタシじゃなくって当時つきあってた男だったんだけどね。――王都の大迷宮かい?」


 聞かれて、チハヤが仕方なくうなずくと、タバコ臭い女は空気を読まずに話し続ける。大迷宮は8階層からがキツイとか最近の王都は物騒だとか、ネムジア教会諜報部を陰で牛耳ってた御前(ごぜん)様が死んだらしいとか、そんな話をとりとめもなく話し続ける彼女は、本当にただ新顔のチハヤを心配して声を掛けてきた噂好きの三十代女子であるようだった。

 チハヤは先程、ついついキツイ態度で接してしまったことを少しだけ反省する。



「――あ、そうそう、アタシはカルメン。この仕事、結構長いからさ、わかんないこととかあったら、このカルメン姐さんに何でも聞いてちょうだいよ?」


「よ、よろしくカルメン姐さん。私は……、チハヤです」





 チハヤ達接待尼僧を乗せた白い馬車はなおも疾走を続け、また下りの坂道にさしかかる。

 地下第二階層から第三階層へ下る道の前には武装した男達が睨みをきかせていたが、白いフードの御者が片手を挙げて合図すると、馬車は呼び止められることもなくその前を素通りして行く。


 地下第三階層は、地上とはうって変わって青空だった。気温までも上昇する。

 そのフロアには「飛竜牧場ドラゴンファーム」とブラッケン・ゴイゴスタ男爵の巨大な屋敷だけがあった。

 本来公共の物であるべき広大で温暖なモルガーナダンジョン地下第三階層は、長くゴイゴスタ男爵が強大な戦力と莫大な財力によって占有している。


 ゴイゴスタ男爵屋敷の広大な庭を抜け、玄関前ロータリーで四台の白い馬車は連なって停車した。


 馬車を降ろされ、スタッフ控え室へと白フードの御者に引率されるチハヤ達二十数人の接待尼僧。

 

 そんな中、四台目の馬車から降ろされる少女達の姿をチハヤは見た。

 一見、少女達は美しいドレスで着飾った貴族令嬢のような装いで、格好からして接待尼僧とは別格の客のようであったが、その首には一様に禍々しい首輪がはめられており、目は虚ろに輝きを失っていた。

 


「カルメン姐さん、彼女達は?」


「奴隷さ。綺麗な格好させられちゃいるが、あの首輪は『隷属の首輪』だよ。どうせろくでもない余興の為に買い集めた処女奴隷ってとこじゃないかね? 金持ちってのはホントにヤレヤレだ」


 声を絞って尋ねたチハヤに、カルメンも小声で応えた。

 つい足を止めて、接待尼僧とは別の控え室へ引率されていく処女奴隷達を見送る二人。

 

 なお、その処女奴隷達の中に、ミース魔導学院三年生キャサリン・マグワイヤの姿もあったが、チハヤは彼女と面識がない。





『そこのあなた方、何をぐずぐずしているのです? さっさと、控え室に行きなさい』


「――ヒッ!?」

「ふぎゃっ!!」


 不意に何者かに話しかけられて、小さな悲鳴を漏らすチハヤ。

 一瞬で心を押し潰されるような恐怖に支配されていた。とっさに、スキル【加速】まで使用して距離をとろうとし、後ろに居た影の薄い接待尼僧に衝突して一緒に転倒してしまうほどに。



(バ、バケモノか……!? こんな桁外れのプレッシャーは、王者ベリアスの【威嚇】か、それ以上……!)

 

 尻もちをついたチハヤを見下ろすのは、青い軍服のような服を身に着けた、おそらくは屋敷の使用人らしき長身の美女だった。

 彼女のたった一言で、チハヤは震え上がり、我を忘れて逃走しようとした。レベル39であっても――いや、レベル39だからこそ、生物として圧倒的に格が違うと本能が警鐘を鳴らす。

 その証拠に、大迷宮の8階層辺りで冒険者を引退したカルメンは、さして怯える様子もない。



「ちょ、ちょっとヘーキかいアンタ達?! イヤだねぇ、緊張しすぎだよ!」

 

 カルメンは、尻もちをついているチハヤともう一人の接待尼僧を助け起こすと、「スイマセン、スイマセン」と繰り返しながら、二人の手を引き引率の白フードの後を追う。

 

 チハヤの身体はまだ小刻みに震えていた。



 そんな三人の醜態を怪訝そうに見送る長身の美女だったが、やがて興味を失い踵を返す。

 その尻には、人化した龍種のなごりである尻尾が揺れていた。

 

 彼女の名はディスペナ。千年を生きるマザードラゴンの娘達の一人である。




 ***




 同日、夕刻。

 旧帝都モルガーナ地下二階層の冒険者ギルド前に、このファンタジー世界の世界観からは若干逸脱した三輪バイクの「二代目トラ子」が停車していた。

 

 ごいん! という大きな音と伴に、冒険者ギルドの中からイカツイ大男が鼻血をまき散らしながら飛び出してくると、トラ子は勝手に数十㎝バックしてそれを避けた。三輪バイクでありながら意思を持つ彼女は、車体に鼻血が付くのを嫌がったのだろう。



「支部長のサザビーってヤツを出せって言ってんだ!! 何度も言わすんじゃねぇよ、なあ!!?」


 長大な木刀を肩にかついだ銀髪リーゼントの男が、周囲の男達を威嚇する。

 その木刀は、スキル【阿離我刀アリガトゥ】で作り出した心意気の漢柱おとこばしら。なお、本当のスキル名は【幻想武装】。

 彼こそが喧嘩一番、チーム『銀狼』のトップ、A級冒険者フジマルである。


 さほど広くもない冒険者ギルドの床には、彼に挑んだ挙げ句、ブザマに叩きのめされたイカツイ男達が既に何人も積み重なっていた。



「だっ、だから最初っから、支部長は留守だって言ってるじゃねーか!」


 すっかり怖じ気づいたギルド職員の中年男が、カウンター奥から上ずった声で返す。



「チッ、だったら、Aランクの『釘バット』バイパーか『豹面』オーソン――それか、チーム『クレバスライサー』……あとなんだっけか、チーム『オーガのこぶし』とかはいるだろ!?」


「……ここのトップチームどもは全員、支部長のお供だ。ここには居ねぇよ! みんな連れだって第三階層に向かったっつーの!」


 思わずフジマルは、その日何度目かの舌打ちをした。今朝、勇者選考会予選で集めるべき記念メダルが100万Gと聞いたとき。自分の財布の中身を確認したとき。ミズチの素材が20万Gにしかならないと知ったとき。高額賞金首の情報を求めてたまたま入った酒場の酔っ払い達に自慢のリーゼントを笑われたとき。そして、その酔っ払い達を締め上げて聞き出した情報を元に、ここなら間違いないと思ってやって来た冒険者ギルド・モルガーナ支部で手荒い歓迎を受けた挙げ句、目当ての連中が全員留守と判った今、今日だけで計5回以上は確実に「チッ」とやらかしている。


 その時、派手な鎧を着た大男が冒険者ギルドを訪れる。

 近所の商店や宿屋で聞き込みをしていた『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターである。



「フジマル殿! どうやら、ここのギルドマスター殿は今朝早くにAランク冒険者達を引き連れて、地下第三階層に向かったようですぞ! なんでも、ゴイゴスタ男爵邸で催されるパーティーにそろって出席なのだとか――ややっ!? これはどうしたことか、こんなにも人が床に寝て? もしや、こちらの冒険者ギルド支部は治療院も兼ねているのであるかな?」


「ランスマスターの旦那、俺もたった今、サザビーの居所を知ったところだぜ! ったく、余計な手間掛けさせやがって!」



「どうやら、賞金首どもは吾輩達を恐れて身を寄せ合っているようですな、カーッカッカッ!」


「まとまってくれてんなら探す手間が省けるってもんだぜ、なあ?! 旦那、さっさと行こうぜ、地下第三階層によ! ボヤボヤしてっと陽が暮れちまう!」


 昨日なんとなく意気投合した二人は、今日もなんとなく一緒に行動していた。


 ドゥロロン!! 三輪バイク「二代目トラ子」に二人乗りし、地下第三階層に向かって走り出すフジマルとクリプトンであった。




 ***




 同じ頃、旧帝都モルガーナの領主館に美しい姉妹とサル顔の男が訪れていた。

 応接室で彼女達姉妹を出迎えたのは四人の淑女達。皇帝の元妻、ラケシス・モリ・モルガーナ公爵とクルエラ、ミモザ、エマである。またその背後には、メイド姿のドラゴンライダー・アマネの姿もあった。


 奇妙な来客――特に、どこか見覚えのあるサル顔の男に顔をしかめつつ、モルガーナ公爵がシワ一つない美しい口を開いた。



「バラッド村の”イガラシ”といったかい?」


「はい! レイコ・イガラシと申します。隣が妹の――」

「カ、カオルです、ども」


「つまりは、『巌の勇者』ゼンゾウ・イガラシの血を引く者というわけざますね」

「んふぅ~『巌の勇者』イガラシ、その名前、久しぶりに聞いたのだワさ」

「あらまぁ、『巌の勇者』様といえば思い出すわぁ、前代未聞の『後宮、夜這い事件』!」


 イガラシ姉妹の姉レイコが名乗ると、四十年以上前に大迷宮で消息を絶った『巌の勇者』イガラシを知るクルエラ、ミモザ、エマが次々と口を開く。



「ふん! 要するに『巌の勇者』イガラシの孫ってことかい。確かあの男は嫁が十数人もいる女の天敵だったからねえ、あっちこっちに子や孫がいるだろうさね――ん? もしや、あんたらの祖母は……」


「母の名はユカリ、祖母はアザミでございます」


「そういうことざますか。アザミさんといえば、ミモザさんの妹御ざますね」

「んふぅ~!? アザミの孫ぉ!? 言われてみれば、姉の方はあの子の面影がなくもないのだワさ?」

「あらあらまぁまぁ、ミモザさんから見たらぁ、大姪っていうことかしらぁ?」



「羨ましいねえ、うちのできの悪い大甥とは違って応援してやりたくなるじゃないのさ! 勇者選考会、ぜひ勝ち抜いて欲しいねえ!」


 モルガーナ公爵のできの悪い大甥とは、オウガス・タカス・モガリアのことである。

 彼に比べて、勇者の血を引く美しいイガラシ姉妹は、とても将来有望そうに見えた、思わずえこひいきしてしまいたくなるほどに。


 しかし、モルガーナ公爵の視界の隅に最初から、どうにか無視しようとしても無視できない異物があった。

 そのことについて、いよいよ尋ねなければならない。

 彼女は、その異物から目を逸らしつつ話を続けた。



「……ところで、そっちのサル顔は一体全体なんなんだい?」


「はい! こちら、『フンショクの勇者』ブーマー様です」


「……てっきり『ミスリル鉱山』か『地下闘技場』送りにでもなると思いきや、まさかこんなに早く……いえむしろ、そのサル顔と再びまみえることになるとは思ってもみなかったざます」

「んふぅ~、『糞食の勇者w』という称号に釣られたのかしら~? そういえば、アザミもそういうところあったのだワさ~」

「あらあら、いったいおいくらGで競り落としたのやら、ちょっと興味がありますわぁ」



「はん! 『糞食の勇者w』かなんか知らないが、ぞいつ、弱いじゃないさね? レベルもスキルも、とてもじゃないが勇者選考会で役に立つとは思えないがねえ」


「実はそのことで、公爵閣下にご相談が――」




 ***




(な、なんだこれはぁぁぁぁっ!!?)


 チハヤは、心の中で絶叫した。

 ゴイゴスタ男爵邸のスタッフ控え室で配られた女性スタッフ用のコスチュームは、どう見ても必要なレザーが足りていない欠陥品であるかのように見えた。


 これには、さすがのベテラン接待尼僧カルメンも苦笑するしかない。



「タハハッ、こりゃあお賃金がイイわけさ! さすがのカルメン姐さんも、こんなので給仕したこたぁなかったよ。『逆バニー』っていったかねぇ? 都会じゃこんなんが流行はやりなのかい?」


「逆……バニー……!?」


 そのコスチュームは異常であった。本来隠すべき場所、胸と股間がくり抜かれたようにぽっかり開いていた。両の胸と股間は、専用のシールを貼って隠すらしいが、尻は丸出しである。

 顔の上半分を隠す、ウサミミ付きレザーマスクがせめてもの救いと言えるかどうか。



「まっ、開き直るしかないね! こういうのはさ、モジモジしてる方が目立つのさ! かえって堂々としてりゃ、案外誰も気にしないもんさ!」


 そう言って、カルメンは着ていた尼僧服をさっさと脱ぎ捨て、小さな下着も丸めて放る。

 彼女の引き締まった肉体が露わになり、元冒険者というのは本当のことらしいなと、チハヤはぼんやりとそんなことを考えていた。





 不意に控え室のドアが開いたのは、チハヤが股間のシールを丁度貼り終えた時のことだった。



「へいへいへいへい! 着替えにどんだけかかってんだヨー!? いつまで経ってもミーティングが始めらんねぇじゃねえかヨー!?」


「うへぇ!! スゲぇぜ兄ぃ!! 逆バニーってのを世に出した、アマミヤ先生ってお人は天才だなや!!」

 

 下卑た笑いを浮かべながら、中年男二人が着替えを終えたばかりのチハヤ達を無遠慮に眺めまわす。

 凶悪な面構えのフェンスと筋肉質の大男ジッポー。

 彼らは普段、「飛竜牧場ドラゴンファーム」に住み込みで働く従業員であるが、年に何度か本邸でパーティーが開催される時には、運営スタッフとして駆り出されるのが通例であった。そしてこんなふうに、派遣コンパニオンの控え室に乱入するのも通例なのだった。



「ひい、ふう、みい、よぉ……ってあれ? あれれ? 変だべ? 何か変じゃんヨォ? 確か逆バニーの給仕は24人って聞いてたのにヨー! 何回数えても25人いるじゃんヨー!」


「変なのは兄ぃだで! 数字も数えられなくなっちまったんだなや!? ひい、ふう、みい、よぉ……って、変だなやー! 25人いるだなやー!」



「ホレ見ろ! ホレ見たことかヨー!? こいつは困ったべー! まだエレクチアン司祭様はお見えんなってねぇしヨォ! 一人増えたなんて聞いてねぇヨー!? どうすんだヨー!?」


「へ、変だなやー! 困っただなやー!」


 給仕係が一人多いと慌て出すフェンスとジッポー。

 ついでにもう一人、チハヤも慌てていた。なぜなら、人数が一人多いのは、調査のため潜入した自分のせいだろうと自覚があるからだ。なにしろ今日の今日で急遽決まった潜入調査である。エレクチアン司祭の不手際を責める気にはならなかった。

 顔はウサギのレザーマスクで隠しているが、なんとなく彼らに背を向けるチハヤ。

 しかし、コスチュームは生尻丸出しであることを思い出して、慌てて正面に向き直る。



「ちょいとお兄さん達、別に一人多かろうが多い分には構わないんじゃないかねぇ? だって綺麗どころはたくさんいたほうがお客さんも喜ぶだろう?」


 そう言ってしなやかな身体をくねらせる逆バニーのカルメン。



「た、確かにそのとおりじゃんヨー!」

「そそそ、そうだなやー! 多い方がいいだなやー!」


 あっさり納得するフェンスとジッポーに、チハヤもそっと胸をなで下ろす。



「一人帰れなんて言われたらさタイヘンだものね。なにしろ、お賃金がイイからさ」


 男二人に聞こえないように、小さな声でカルメンが囁き。

 チハヤも小さくうなずき返す。


 ホッとしたのもつかの間のこと――、



「へいへいへい、ちょっとそこのアンタ!! どういうことだヨー!!? なんだそれヨー!!?」


 凶悪な面構えのフェンスが突然怒鳴り声を上げた。

 思わずビクッっとなるチハヤ。正体がばれたか!? 潜入調査もここまでか!? とレザーの内側に冷たい汗が流れる。



「え? え? 私? 私ですか……!?」


「そうだヨー!! アンタだヨーおねーちゃん!!」


 怒鳴られたのはチハヤではなく、部屋の隅にいた別の逆バニーだった。 



「わ、私が……何か……?」


「毛だヨー!! 下の毛がはみ出してるじゃんヨー!! プロとして、そんなんでいいんかヨー!!?」



「そ、そんな……だってこんな小さなシールじゃ……」


「へいへいへいへい!! プロなら、股間はツルツルにしとくんが常識だべー!! ったく、なめんじゃねぇっしょー!! ジッポー抑えときなー、動くと危ねぇからヨー!」


「うへっ、うへへっ!! 任しとくんだなや、兄ぃ~!!」



「え!? 何を……ちょっと待って!! い、いやぁぁぁぁぁ!!」


 ブザマにも背後から筋肉質の大男ジッポーに両脚を抱え上げられる逆バニーの女は、フェンスに股間に貼ったシールを無造作に剥ぎ取られてしまう。



「ヒャヒャヒャ……動くなヨー? 動くと、大事なとこまで剃っちゃうからヨー! ヒャヒャヒャ……!」

「うへっ、うへへっ! うへへへへっ……!」


「ひぃぃぃぃぃ……ひゃめて、見ないで……ひゃめてぇぇぇぇぇ……!」


 そして、ナイフでジョリジョリと陰毛を剃られる、伸ばしたり開いたりされながら。





「あの子、今日は災難ね。チハヤちゃんに突き飛ばされたり、ブサイクに下の毛を剃られたり、アタシだったら泣いちゃうかも……」

 

 チハヤはカルメンに言われて始めて、下の毛を剃られている逆バニーの女が、さっき転んだときに巻沿いにしてしまった影の薄い接待尼僧だと気がついた。


 彼女には悪いが、チハヤはホッとしていた、自分でなくて良かったと。

 接待尼僧として潜入するにあたり、パラディン№8ロハン・ジャヤコディから「ムダ毛は処理しといたほうがいいでっせ」とアドバイスされて、その場では「余計なお世話です!」とは言ったものの、念のため剃っておいて正解だったと、本当に良かったと、心底ホッとしていた。 




 ***




 ドゥロロン!! 三輪バイク「二代目トラ子」に二人乗りして、A級冒険者チーム『銀狼』のフジマルと『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターが地下第三階層へ下る坂道の前までやって来た。

 するとそこには、いかにもがらの悪そうな武装した男達数名が座り込んでおり、三階層へ向かおうとする者達の通行を妨げていた。 


 フジマルは、少し手前に「二代目トラ子」を停めて、パラリラパラリラ! とホーンを鳴らす。



「どきな! 轢いちまうぜ、よぉ!?」


「なんだてめぇら、ヨソもんか!? こっから先は、ギルドマスターの許可なしじゃ入れねぇキマリだぜ!!」



「うるせぇぜ、さっさとどけっつってんだ! あんたらのルールなんて知ったこっちゃねぇんだよ、なぁ!?」

「吾輩達は、正にそのギルドマスターに会いに行こうとしているのである! この先、第三階層に向かわれたと聞きましてな!」


「さてはてめぇらも、勇者選考会とかの参加者ってことだよなあ!? 聞いてるぜ、王国法のテキヨー外!! ぶっ殺しても罪には問われねぇんだってなあ!!」


 騒ぎを聞きつけて、近くの建物の中から武装した男達がぞろぞろ姿を現す。

 総勢二十数名に周囲を取り囲まれるフジマルとクリプトン。



「んー? もしかして、あんたらの中に『釘バット』バイパーとか『豹面』オーソンとかいたりするのかい、なぁ!?」


 フジマルの問いかけに、囲みの中から凶悪な面相の男二人が進み出る。

 


「ヒヒッ、俺様をご指名か~い? 『釘バット』バイパーとは俺様のことさ~。ちなみに、よく勘違いされるんだが、『釘バット』ってのはエモノのことじゃないぜ~? ピアスで装飾した自慢のムスコのことさ~」


「我こそは『豹面』オーソン! 我が勝利は、我が最愛の妻と伴にありィ!」


 顔も身体もピアスだらけの痩せた男が『釘バット』バイパー。豹の獣人の皮を被った長身の男が『豹面』オーソンである。



「ひゅ~、こいつは都合がいいぜ、なあランスマスターの旦那! 250万と300万が揃って出てきやがった! なぁ、どうする? 旦那はどっちがいい?」


「いや、その二人はフジマル殿とトラ子殿にお任せするのである!」



「……んだと?!」





 クリプトン・ランスマスターは駆け出しのD級冒険者である。誰もが彼を貴族のお坊ちゃんと侮り、「声と図体ばかりがデカイ痛い人」と思われていた。

 それは、フジマルも例外ではなかったのだが、昨日その評価を改めざるを得なくなった。ミズチの群れが棲む深く広大なミーム川を五体満足に泳ぎ切れる者が弱者であるはずがない。

 だからこそ、目の前の高額賞金首二人との戦いを尻込みするかのようなクリプトンの態度に失望を禁じ得ない。


 しかしそれは、大きな勘違いであったとフジマルは知ることになる。





「スキル【閃光】である!!」


 カカッッッ――!!!!

 クリプトンが全身から発した眩しい光に、その場にいた誰もが一瞬視覚を奪われた。

 Aランク冒険者『釘バット』バイパーと『豹面』オーソンも不意をつかれて思わず怯む。

 慌てて身構えるが、いつまで待っても来るはずの攻撃が来ない。



「併せて、スキル【傾斜】である!!」


 ズ……ズゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 更にクリプトンがスキルを重ねると、地面が激しく揺れ動く。

 すると、「うわぁ、なんじゃこりゃ!?」「お、おわぁぁ!?」と、周囲を取り囲んでいた男達の慌てふためく声。


 やがて揺れが収まり視覚が戻ると、街路は魔法【土壁】で分断されており、【土壁】の手前側にはフジマルとバイパーとオーソンだけが取り残されていた。


 つまり周囲を取り囲んでいた男達は、バイパーとオーソンを除いて全員、クリプトンのスキル【傾斜】によって【土壁】の向こう側へと押しやられていたのだった。


 【土壁】の上に、クリプトンがすっくと立つ。

 いつの間にか、【空間収納】から取り出した長槍を片手に装備している。  



「吾輩は【土壁】のこちら側、その二人以外を任されよう!!」



(マジかよ……! 残りのヤツらだってザコじゃねぇぜ? おそらくは、Aランクパーティだっての……!)


 フジマルは自嘲する、自分はまだ、クリプトン・ランスマスターを甘く見ていたらしいと。

 そして再び評価を改める、心意気においては自分と同格であると。



「へへっ……ったく、派手な男だぜ、なぁ!?」


「しからばっ、吾輩はランスマスター!! 『流星の貴公子(シューティングスター)』クリプトン・ランスマスターである!! 覚悟なき者は去れ!! 覚悟ある者は我が槍の前に立てい!!」


 【土壁】の向こう側で、クリプトン対Aランクパーティ二十数名!



「王都の喧嘩一番!! チーム『銀狼』のフジマルだっ!! どこの誰にも曲げられねぇ、漢柱おとこばしらの心意気!! 折れるもんなら折ってみやがれ!!」


 【土壁】のこちら側で、フジマル対『釘バット』バイパーと『豹面』オーソン!


 街路を隔てる【土壁】の向こう側とこちら側、それぞれの戦いの幕が切って落とされようとしていた。




 ***




「『巌の勇者』イガラシの忘れ物だって?」


「はい! わたくし達は直系の親族として、忘れ物を返却願いたくお邪魔いたしました」

  

 イガラシ姉妹の姉レイコはそう言うが、『巌の勇者』イガラシが王都の大迷宮で消息を絶って四十年以上、そのイガラシが領主館に忘れ物をしたとすれば四十年以上も前の話である。

 その忘れ物に心当たりのないモルガーナ公爵は、クルエラに「知ってるかい?」と問いかけた。スキル【記憶】を所持する彼女ならば、領主館の宝物庫の物品から書庫の文書記録、備品や食料の在庫、過去数十年の出納帳簿の記述まで全てを【記憶】している。



「スキル【記憶】参照――なし。なし。なしざます。私の知る限り、『巌の勇者』様由来の物品は何もヒットしなかったざます」


「んふぅ~……」


「おやおやおやおやぁ? ミモザさんは何か知ってそうですわぁ」


「思い当たるのは、四十年前の――あのときしかないだろうさねえ」


 いかにクルエラのスキル【記憶】といえども、そもそも知らないことは記憶しようがない。秘密を知るのは、当事者かその秘密を伝え聞いた者だけ。

 

 『巌の勇者』イガラシの孫、レイコが語る。



「わたくしは母からその話を伝え聞きました。『巌の勇者』と呼ばれた祖父ゼンゾウは大層女好きで、祖母以外に何人もの妻がいたそうです。それだけでは飽き足らず、美しい娘を見つけては、それはそれは情熱的、精力的に言い寄って流した浮き名は数知れず――。そんな祖父が、とある高貴な方を見初めてしまいました。その方――、皇帝陛下の第三夫人であらせらられるその女性に会うために、あわよくば一夜の思いを遂げる為に、祖父は大胆にも、お城の後宮へと忍び込んだのです」


「帝国史の闇、『後宮、夜這い事件』ざますね。第三夫人ミモザさん、とぼけても無駄ざます」

「あらあらまあまあ、イヤラシイわぁ」


 その場にいる全ての者の視線が、グラマラスな美女ミモザに注がれる。

 『後宮、夜這い事件』――四十年以上前、『巌の勇者』イガラシは、皇帝の第三夫人であるミモザの寝室にまんまと忍び込んだものの、その日たまたまミモザの寝室を訪れた皇帝本人とはち合わせしてしまい、パンツ一丁で逃げ出したという事件である。



「んふぅ~、あの時はさすがに肝が冷えたのだワ~! なにせ、一回やっちゃった後だったし~?」


「やれやれ、アンタときたら……そういうことを軽々しく言うんじゃないよ。よく陛下が許したね」

「ミモザさん、あの事件は一応、未遂ということになっているざます。わたくし達周囲の誰もが、そんなわけないよと思っていても、公式の記録はそういうことになっているざます」

「あらあらまあまあ、イヤラシイわぁ」





 ミモザが【眷属召喚】した森の精霊ドリアード四体。

 美しい精霊の娘達が捧げ持つのは、赤銅色に鈍く輝く全身鎧一式。

 それこそが、『巌の勇者』イガラシの忘れ物であり、今日までミモザが自身の【空間収納】の中に隠し持っていた、思い出の品であった。



「ああ……、これこそが伝説級装備、『神鎧バンダースナッチ』!」

「お爺ちゃんの――『巌の勇者』の忘れ物……!」


「『神鎧』だあ? この鎧が何だってんだい、ご大層な名が付いてるようだが?」


「スキル【記憶】参照ざます。――およそ500年前、『甲虫の勇者』ハラサワはダブエスター西部の大森林地帯にあった『神域』を侵し、『神獣バンダースナッチ』を討伐したざます。また、ハラサワはその死骸から剥ぎ取った素材で鎧を作り、自身の装備としたざます」


「あらまあ、それはそれはお値打ち物ねぇ」


「んふぅ~、そんな大事な鎧を無造作に脱ぎ捨ててって、取りに戻るかと思えばそれっきり。あの男ときたら……」



「わたくしが聞きましたところ、この『神鎧バンダースナッチ』は、『甲虫の勇者』ハラサワ様がお亡くなりになった後も、『勇者』から『勇者』へ連綿と引き継がれてきたのだそうです」

「『神鎧バンダースナッチ』の十八代目継承者が『巌の勇者』イガラシ! わたし達のお爺ちゃんです!」


「――で、その『神鎧』をどうするんだい? あんたら姉妹が使うのかい?」


「もしや、そっちのサル顔奴隷に装備させるざます? イイ鎧を着せたとて、それが勇者選考会予選で役に立つとはとても思えないざます!」


「あらあら、きっとおサルさん顔の彼を大切にしたいのだわ、ねぇ?」


「んふぅ~、思い出の鎧を汚さないで欲しいのだワさ~」



「いいえ、この鎧はブーマー様にこそふさわしいのです! なぜなら、『神鎧』は使用者を選ぶのですから! 『勇者』の称号を持つ者だけに、かつてこの鎧を装備し戦った歴代『勇者』達の声が聞こえるのだそうです! すなわち、この鎧に選ばれた『勇者』は、歴代『勇者』達の戦闘技術をも継承することになるのです! ――そしてわたくし達姉妹は、『フンショクの勇者』ブーマー様の妻となり、やがては『勇者』の子をはらむ母となるのです!」

「えっ?!」


 妹カオルは、「そんなの聞いてないよおねえちゃん」という顔をしているが、姉レイコの目は本気であった。


 一方、サル顔『勇者』ブーマーは「しめしめ」とほくそ笑み、モルガーナ公爵ら四人の淑女は「まじかよ」と冷めた目で姉妹を見守るのであった。

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