296 『ヒロイン達の事情~悩める大司教~』
――王都近郊に『魔王』発生。
その日、ネムジア教会の聖女達を始めとした王国に住まうスキル【神託】を持つ者全てに、神々の言葉が告げた。
王城、謁見の間――。
玉座の前に膝をついたユーシーと同行した聖女アイダは、マグナス王に報告を終えた。
「ふむ。事前に聞いていた情報どおりでありますな」
王城内にもスキル【神託】を持つ者は居る。王には速報が既に上がっていた。
「ただしその数分後には、【神託】は消えてなくなりました」
「む? それはどういうことですかな?」
それについては私から――と、聖女アイダが発言する。
「そもそも私どものスキル【神託】とは、人類へ降りかかる対処困難な災厄――『自然災害』であったり『魔王』の発生を『神々の言葉』により知るものです。そして『神々の言葉』はそれらの災厄が去るまで私どものステータスに残り続けます」
「ふむ、なるほど。その『神々の言葉』がステータスから既に消えたというわけですな」
大司教ユーシーが続ける。
「ネムジア教会の過去の記録によると、『魔王』が発生と同時に討伐された時にこのようなことがあったとのことです。あるいは、誤報ということも……」
「誤報!? 大司教殿は神々も間違うことがあるとお考えか?」
「神々が間違うのではなく、『ステータス』や『レベル』、『スキル』といった物が案外曖昧で不確かなのではないかと思うことがあるのです」
「ほほう。大司教殿は面白いことをおっしゃる。まあ、どちらにしても、王都近郊で『魔王』が暴れ出すようなことがなければ一安心なのですがな? 死んだジーナスが何事か画策していたということも考えられなくもない……」
「……! ジーナス殿下の件につきましては、わたくしの……パ、パラディンが……」
「いや、よいのです。あの男が裏であれこれ動いていたことは我の耳にも入っていたのですが、王として兄としてどう対処するべきか頭を悩ませていた次第で……。それに、犯人とされる者は、パラディンは辞めたとはっきり言ったと聞いております故……」
「彼は……わたくしの…………」
「いいのです。大司教殿はよい配下をお持ちでうらやましい」
「…………」
「ときに、我が甥ベリアスと大司教殿の婚約者との決闘の件、聞きましたぞ!」
「はあ……」
「な、なんでも負けた方のパートナーはその場で勝者に純潔を奪われるとか! いやあ、ネムジア教会もなんと大胆なパフォーマンスを思いつくことか……!」
「……はぁ!? いえ、それは……、わたくしは……」
「片や聖女グレイスと聖女セリオラ、片や大司教ユーシー殿といずれ劣らぬ美女とくれば、どちらが勝っても観戦者としては胸が高鳴りますな!!」
「お、お待ちください! 何か誤解があるようです! わたくしが今回の決闘に賭けたのは大司教の座であって、そんな人前で純潔など……」
その時、ユーシーの言葉を遮るように女の声が割り込む。
「大司教様、今更そんな逃げ口上など口にされるのは卑怯ですよ!!」
謁見の間に現れたのは聖女グレイスと聖女セリオラだった。
「……う、うむ。グレイス殿、大司教殿はああ申しておるが、もしや何か誤解があるのではないか? 確かに、人前で名のある美女の純潔を奪うなど少しやり過ぎな気がしないでもない」
「いいえ王様、ネムジア教会は先の反乱事件に関与するなど不祥事続きなのです。本来なら大司教がなんらかの責任をとるべきところですが、それならばいっそ王都の皆さんの心を繋ぎ止めるべくわたくしどもが文字通り一肌脱ぐ決心をしたというわけなのです」
「わたくし達は巻き込まれたようなものなのですが、決闘におもむくのがわたくしの未来の夫ベリアスともなれば知らぬ顔もできませんので、やむを得ず……」
「ですから、わたくしは大司教の座などに未練は無いと言っているではありませんか!? なぜ教会の人気取りのために純潔を賭けなければならないのですか!? バカですか!? 痴女ですか!?」
「ふー。大司教様がそこまでおっしゃるなら、王様に秘密を打ち明けますが……」
「な、なにかな秘密とは……?」
「実はわたくしとグレイス様は、大司教様のフィアンセであるヤマダという男に、既に純潔を奪われているのです!! ヨヨヨ……」
「卑劣にもヤマダは、わたくし達を言葉巧みに地下牢へ誘い出し、無理矢理……ヨヨヨ……」
「……そ……そんな……!?」
ショックを隠せないユーシーは、すがるようにアイダを見た。
アイダは地下牢での顛末を知っていたが、どう説明したものか頭を悩ませる。下手をすれば、聖女二人を風呂場でいいようにした自分にとばっちりが来る。
「なんと!? それでは、ベリアスが怒るのも無理はない……というか、大司教殿はそのヤマダという男と本当に……?」
「わ、わたくしはヤマダさんを信じています!!」
***
「ヤマダさん、ちょっと来なさい!! 話があります!!」
大司教ユーシーは帰宅するなり叫んだ。
「あ、おねえちゃんお帰り~。どうしたの、不細工な顔して?」
「お帰り~」
「不細工じゃない!!」
リビングから妹たち、ドロシーとモランシーが出迎える。
その後ろから、半裸のヤマダが顔を出した。なぜか手足を縛られ乳首を洗濯バサミで挟まれている。
「お帰りなさい……」
ヤマダの姿に一瞬ひるんだユーシーだったが、気を取り直して問いかける。スキル【共感覚】で、ヤマダの脳内に直接言葉が響く。
(ヤマダさんは童貞ですか!?)
(……そうですけど、今更なんですか?)
(――ですよね)
(…………)
ユーシーにヤマダの考えていることは筒抜けである。隠し事ができるはずがない。
そこに思い至り、ユーシーの顔が思わずほころぶ。
「……急にニヤニヤしてキモいしー」
「きもーい」
「キモくない! ……って、貴方たちヤマダさんと一体何をしてるんですか!?」
「何って~ナニ~?」
「エビ反り緊縛~?」
(カスパール君のことを話せとソフトな拷問を……、えへへ……)
カスパールが王弟ジーナス殺害の犯人として指名手配されたことは、妹たちにはまだ秘密にしている。
(……なんでちょっとうれしそうなんですか!?)
そう言って、ヤマダの洗濯バサミを乱暴に取り払うユーシー。
「あ、痛っ……!」
「そんなことやってる場合じゃありません、一緒に逃げましょう! もう、『ネムジア教会』も『決闘』も知ったこっちゃありません!」
「えっ!? いいんですか? 決闘しなくても?」
「いいんです! まったく冗談じゃありません! そうですね、とりあえずシレンタ村にでも向かいましょう!」
ちょうどその時、クロソックス家に聖女アイダが訪れた。
「あー、アイダ様いらっしゃーい!」
「……いらっしゃい」
モランシーはさりげなくドロシーの陰に隠れた。アイダを警戒しているようだ。
挨拶もそこそこに、アイダが切り出す。
「どうやら、逃げ出すのは上手くない」
「……!? どういうこと?」
「お父上が……、クロソックス男爵が投獄された……」
ベリアスとヤマダの決闘、その勝敗に愛娘ユーシーの純潔が賭けられていると知って、クロソックス男爵は激高した。
王の嫌がらせだ! ――王弟ジーナスをネムジア教会の元パラディンが殺害したことに対する報復に違いないと勘違いした。
ユーシー達と入れ違いに謁見の間に乗り込んだクロソックス男爵は、勢いのまま王に詰め寄り拘束された。
「……そんな」
「同情の声もあり、それほど大きな罪に問われることはないだろうが、お前が逃げ出せば話は別だろう」
(ヤ、ヤマダさん……私どうしたら……)
(あーまあ、どんまいです。ヤられちゃったら一緒に逃げましょうか、シレンタ村にでも?)
「なんで負ける前提なんですか!? 強くなったんじゃないんですか?」
「決闘は明日ですし、今更ジタバタしても……」
「ヤマダの言うとおりかもな。覚悟を決めろユーシー」
ヤマダとベリアスの『決闘』はもう明日に迫っていた。
突然、ヤマダがユーシーに殴られた。
ヤマダがついつい考えてしまった心の声「ムダ毛の処理とか大丈夫かな?」が、ユーシーに聞こえてしまったせいである。