448 予選二日目――さすがおねえちゃん。まさか本当に、勇者が買えちゃうなんて……!
夜、猥雑な喧噪の中におれは居た。飾り気のない倉庫のような建物に集まった一癖も二癖もありそうな男たちの群れの中、パーカーのフードを目深に被って存在感を押し隠す。目立つ全身鎧はシャオさんに預け、腰にポーチだけをぶら下げた日曜日のおっさんスタイルである。
ここは旧帝都モルガーナの地下第一階層の一画、「奴隷市場」は日が暮れてからが一番賑わうそうな。
檻の中には、乳首や陰毛が透けるほど薄い衣一枚をまとった男女がずらりと並ぶ。今夜競りにかけられる奴隷たちは、皆一様に隷属の首輪を着けられて、無気力に順番を待つばかり。
そんな奴隷たちの中にあって、ひと際目を引く美女が二人――、うつろな目をしたレナリス婦人とキャプティン・アザリンちゃんである。
***
小一時間前、旧帝都の外壁外の森に居たおれは、オナモミ妖精からの【共感覚】でレナリス婦人、キャプティン、キャサリン嬢の女子三人組の窮地を知り、慌てて駆け戻った。
走りながら聞いたところによると、おれの留守中に女子三人組は地下街のカジノにくりだし、大勝してあっという間に大金を手に入れたらしい。もちろん元手は、キャプティンのエッチなレコードを売ったお金である。
それならその金でさっさと記念メダルを手に入れてくれればよかったものを、有頂天になった彼女達は、VIPルームで祝杯を上げ始めたそうな。
しばらくは楽しく飲み食いしていたのだが――どういうわけか、一人二人と飲みかけのコップを落とし、やがて三人とも眠りに落ちてしまう。
その時を見計らっていたかのように、怪しい男たちがVIPルームへとなだれ込み、あれよあれよという間に着ていた服をはぎとられ全裸にされてしまう女子三人組……!
詰襟の白スーツを窮屈そうに着こなす中年男は、ニタリと口元に下卑た笑みを浮かべ、彼女たちの下腹部をそっと人撫でするのであった……とのこと。
おれは、地下街への入口前で、オナモミ妖精とシャオさんの撮影班チームと合流。
案内されて、奴隷市場へと辿り着いたというわけだ。
***
――って、あれ? キャサリン嬢はどこに?
隷属の首輪を付けて並ばされている奴隷達の中に、レナリス婦人とキャプティンの姿は見つけたが、キャサリン嬢だけが見当たらない。
……もしかして十代処女は別会場だろうか? あわわ、だとしたらちょっと取り返しがつかない。
しかし、途方に暮れるこっちの都合などお構いなく事態は進行していく。
悪役レスラーみたいなマスクの男に引っ張り出されて、若い長身の男がお立ち台の上に上げられた。
「商品№1――、二十代、人間オス、屈強、【C級冒険者】、100万Gから!」
名前さえ呼ばれず、これから彼はただの商品として、お立ち台を囲んだ客達に値踏みされるのだ。
200万! 300万! と、周囲の客から声が飛び、最終的に810万Gで商人風の男に競り落とされることになった。
まだ若いし、C級冒険者だし、見た目もそんなに悪くないのに、そんなもんなのか……と思ったりして、なんだか悲しくなった。
「商品№2――、二十代、人間メス、良品、【C級冒険者】、300万Gから!」
おっと、次は女性だ。500万! 700万! と、飛び交う声も明らかに熱量が違う。
……C級冒険者か。もしかすると、商品№1の彼とは同じパーティメンバーだったのかもしれない。
彼女は、別の商人風の男に1千800万Gで競り落とされる。
二十代、引き締まった身体、1千800万Gあれば彼女を奴隷として……ゴクリ。ポケットの中の人造ダイヤモンド、換金したら手が届かないだろうか?
その後も着々と競りは続き、ほとんどの商品をさっきの二人の男達が競り落としていった。
どうやら商人風のあの二人、奴隷の小売業を営む人らしいと、競りが商品№10を数える頃になって、おれにもやっと察しがついた。……そうか。てことは、店頭価格は2千万G超えそうだな、商品№2の彼女。
「商品№14――、三十代、人間オス、サル顔、【糞食の勇者w】、……70万Gから!」
え……安っ!? てか、サル顔? 糞食の勇者w? って、どっかで聞いたような――。
女奴隷ばかりに気を取られていて、たった今まで気付かなかったが、お立ち台の上には見覚えのあるサル顔の男が立っていた。
商品№14は、昨日一日おれ達同盟の一員として、馬車の御者を務めたりグレイス様の野グソを狙ったりした男、その日暮らしのブーマー三十五歳だった。彼は今朝方、調子こいてモルガーナ公爵様に卑猥なヤジを飛ばしたせいで捕まり、奴隷商に売られてしまったのである。
……とはいえ働き盛りの三十代、人一人の値段として70万Gはいくら何でも安すぎないか?
しかし、激安価格にも関わらず、周囲の客からは一向に声が上がらない。
最初は引きつった愛想笑いを浮かべていたブーマーだったが、今はただ、涙目で震えている。――ああスマン、ブーマーよ。おれに金があったなら、記念メダル代とかレナリス婦人とキャプティンと№16の美女と№19の美少女とかを競り落としてもなお余りあるお金が手元にあったなら……! スマン!
ヤツに見つからないよう、フードを目深に被り直すおれ。
これではらちがあかないと、マスクの男はバックヤードの方と何やら小声で掛け合い――、やがて「やっぱり50万Gで」と、開始価格の値下げを宣言した。
だがしかし、それでも客は誰一人としてサル顔の男を買おうとはしなかった。
ここまでテンポ良く続いていた競りが停滞し、若干ふて腐れた様子のマスクの男。彼の心情をおもんぱかるに、「ホレ見たことか、あんなサル顔、誰が買うんだよ」といったところだろうか。
そんな状況を見かねて、客の一人、商人風の男が声をかける。
「おい君、それの称号の……”糞食の”というのは、どういう意味なのかね? まさか、言葉どおり”糞を食す”というわけではあるまい?」
その問いに、マスクの男は何も言わずに肩をすくめた。「そんなん、俺が知るわけねーでしょ」といったところだろうか。
代わりに、更なる値引きを宣言する。
「35万Gだ! これ以上は負かりませんぜ」
「35万」
「え」
値引きの宣言から間髪を入れず、女の声が会場に響いた。
見れば、黒髪の美女が手を挙げていた。
あっ! 彼女は先日、冒険者ギルド前に座り込んでいたおれに500G硬貨を投げてよこした、深き谷間のお嬢さん。
隣には、スラッと生足の妹ちゃんもいる。
「さすがおねえちゃん。まさか本当に、勇者が買えちゃうなんて……!」
「ふふっ、出発を遅らせたかいがあったでしょう?」
姉妹が交わすそんな会話がうっすら聞こえてきた。
いやいやいや、違うよ? それ、勇者は勇者でも、ウンコ食うタイプの勇者wだよ?
……そう思ったのは、おれだけではないだろう。
「35万! 35万! 他にないか? 35万……お客さん、本当によろしいんで?」
見た目によらず親切なマスクの男が尋ねるが、黒髪の美女は毅然とした態度で「無論です」と応じた。
こうして、奴隷ブーマーは黒髪の美人姉妹に35万Gで競り落とされることとなった。
この展開には、ブーマーのヤツもにっこり……いや、あの笑いは、ねっちょりというべきか? ……ちっ! まあこれで、ヤツを買い戻す必要もなくなったってことだろうさ。羨ましくなんかないぞ?
競りはその後、滞りなく進行していく。
おれの気になっていた商品№16の美女と№19の美少女も、これといった波乱もなく、例の小売業の奴隷商人たちに競り落とされていった。
そしてとうとう、商品№21のレナリス婦人がお立ち台に上げられる。
「商品№21――、二十代、人間メス、美品、【家出令嬢】、1千万Gから!」
薄衣一枚、そんな飾り気のない格好をしていても――いや、だからこそ他を圧倒する【家出令嬢】の気品と美貌に、一斉に色めき立つ会場の面々。彼女、あるいは次に控えるもう一人の美女のために温存していたであろう資金の余力が、ここぞとばかりに解き放たれる!
「1千100万!」
「ぐっ……、1千500万!」
「1千800万だ!!」
――と、次々と客達の声が飛び、勢いよく値段がつり上がっていく。
その勢いが2千万Gを超えた所で一旦は落ち着きかけると、マスクの男は一計を案じ、レナリス婦人の纏った薄衣を唐突にペロンとめくり上げて見せた。
彼女の股間の薄い陰りと形のいいおへそとの中間に、怪しく発光する紫の紋様が描かれているのが見えた。
元からあった物ではないだろう。ついさっき、詰め襟白スーツの男が眠ってる彼女に断りなく付与した紋様。それは――
「あれは、エロ漫画とかで有名な……」
「【淫紋】でっせ」
「――!? ジャヤコディさん?」
例によって、背後から声をかけてきたのはパラディン№8のジャヤコディさんだった。
「地下第1階層の王、アマルスキン・カムリィのスキル【淫紋】は女の子を常時発情エロエロ状態にしてまう助平スキルですねん。ワイとしては、あんなん邪道やし、おもんない思うんですけど、好きなもんにはたまらんようでっせ」
ジャヤコディさんの言葉どおり、【淫紋】の光に魅せられた客達によって、落ち着きかけていた値段が再びつり上がりはじめ、結局レナリス婦人は3千200万Gまで値上がりして競り落とされた。
値段が決まった瞬間、お立ち台の上で彼女のむき出しの下半身がガクガクと痙攣し、股間からブシュっと汁が飛んだものだから、会場は「おお~!!」という客達の歓声に包まれるのであった。
「おお~!!」
「おお~!!」
その歓声の中に、おれとジャヤコディさんの声も含まれる。
「……いやいや、なんでまたジャヤコディさんがここに?」
「もちろんヤマダはんに最新情報をお届けしよ思て来たんやけど、ここへ来てワイにもうっすら全体像が見えてきましたわ」
とか話している間にも、競りは進行する。
「商品№22――、三十代、人間メス、美品、【献上女子アナ】、2千万Gから!」
続いてお立ち台の上に引っ張り出されたのは、商品№22ことキャプティン・アザリンちゃんである!
レナリス婦人に劣らぬ美貌もさることながら、彼女は王都で活躍中の現役実況者でもある。そして当然のごとく付与されているヘソの下の【淫紋】は、紫色に強く発光し、薄衣の上からでもはっきりと透けて見えている。
……ふうむ。どうやらキャプティン、相当ムラムラしてるんじゃなかろうか?
それを見た客達もいやが上にも興奮し、2千5百万! 3千万! と、勢いよくどんどん値段がつり上がっていく。
そんな大盛り上がりの競りを横目にしつつ、ジャヤコディさんからもたらされた情報に、思わず「へ?」とマヌケな声が出てしまうおれ。
しかし、よくよく考えてみると、そこまで意外な話ではなかったかもしれない。
「要するにでっせ? 彼女らを奴隷商に売りはったんは、セリオラ様とグレイス様やろってことですねん。そん金でもって、記念メダルを買うて、飛竜の運送業者を雇い、オウガス殿下ともう一人の少年共々、次のチェックポイントに向かって既に出発しはったってことですわ」
「え、えー」
「もちろん、段取り組んだんはエレクチアン司祭や思いますけど、この話もちかけたんはあの聖女様達でっしゃろなあ。予選参加者には王国法が適用されへんっちゅうお墨付きまでありますよって、上手いこと逆手に取られたって感じやね~」
ジャヤコディさんとそんなことを話している間に、キャプティンの競りもいよいよ佳境にさしかかっていた。
レナリス婦人が競り落とされた値段を超えて、小売りの奴隷商が付けた3千500万Gで決まったと会場の誰もが思ったその時に――
「4千万!!」
競りは、今夜の最高値を更に更新する。
周囲の客の視線をさかのぼれば、たった今、会場に現れたばかりと思しき、派手なマントをひるがえす中年男性がそこに居た。
「げっ、あの人はチンチコールとかいうお貴族様!」
「おや、知ってはりましたか。世間知らずのヤマダはんにしては上出来でんな」
王都を出発する時に絡んできたチンチコール侯爵家の長男ダニエル様が、イヤラシイ笑みを浮かべながら、【淫紋】に身悶えするキャプティンの肢体を脂ぎった目で凝視していた。
昨日あんな目にあったっていうのに、立ち直りクソ早いなお貴族様。
「キャプティンのこと、まだあきらめてなかったのかよ」
「ほいで~ヤマダはんはどうするおつもりでっか? このまんまだと、商品№21のご婦人も№22の彼女も人手に渡ってまうけども。あーあと、№14のサル顔のお人もでっか?」
「どうするって、そりゃまあ助けるつもりでここまで来ましたけど……、サル顔のはどうでもいいとして」
「ワイとしては、このまま見捨てるんが一番手っ取り早いんちゃうかと思うんですけどね? だってワイが教会から命じられてるんは、あくまでもヤマダはんの予選突破のサポートなわけでっしゃろ? 本音を言えば、余計なもめ事には極力くび突っ込みたくないっちゅうんが正直なとこですねん」
見捨てる……か。確かにその選択肢はなくはない。
だが、セリオラ様やグレイス様と同類に思われるのは、ちょっと我慢ならない。
実のところ救出の手立てがないわけでもないのだ。しかし確実にそれをなすには、もう一手何か欲しいところ。
「そう言わずに、手を貸してくださいよジャヤコディさん。なんかイイ感じで、みんなの気を逸らすような」
「ヤレヤレ、まあ~、そんなことになるんやないかと思いましてな、実はもうすでに一つ手を打ってありますねん」
「……!?」
「ただ、なにぶん急なことだったもんで、間に合うかどうかだけが……おっと、来た来た、来ましたわ! どうやら、お客はんが間に合ったようでっせ。これは、いよいよ面白くなりそうでんな」
「4千万! 4千万だ! 他にないか!?」
マスクの男が繰り返し叫んだ。今夜の最高値、4千万Gの取り引きに、確認の声も上ずる。
そして、お立ち台の上のキャプティンも、自分を競り落とさんとしている人物が、因縁深きダニエル・チンチコール様と知って絶望と屈辱に表情を歪ませる。
「ナッハッハッ! おやぁ? アザリン殿ではないか、どうしてこんな所に? ちょっと見ない間に、ずいぶんと落ちぶれたものですなぁ、ナッハッハッ! ナーッハッハッハ!!」
高笑いを上げながら、周囲の客達をかき分け、お立ち台の前へとズンズン歩み寄るダニエル・チンチコール様。
やにわに手を伸ばし、マスクの男が止める間もなく、キャプティンの身に着けていた薄衣を一気に引き裂いた。
お立ち台の上で、キャプティンの美しい素肌がプルルンと露わになる。
ダニエル様が無造作に彼女の乳首を摘まんで引っ張れば、「ヒギヒィィィィィイ!!」とイイ声で泣き叫んだ。
ちょ、ちょっとお客さん困りますぜ――と、マスクの男が止めに入るが意に介さず、彼は高らかに宣言する。
「我が名はダニエル・チンチコール!! この女は我が4千万Gで競り落とした!! 文句があるなら――」
「チギュアアアアア!!!! チギュッ、チギュッ、チギュアアアアアアアアアアア!!!!」
突然の奇声が、ダニエル・チンチコール様の声を遮った。
さしもの傲慢お貴族様も、あまりといえばあまりの剣幕に気圧されて絶句する。
「な、に……を?」
「俺らのキャプティンにぃぃぃ、勝手にしゃわるなぁぁぁぁ!!!!」
奇声を発した青年は、身なりのいい小柄な男だった。
周囲のイマイチぱっとしない風貌の仲間達十数人も、そうだそうだ! と一斉にまくし立てる。
……なんだろう、彼らはどこかおれと同じニオイのする……決してさわやかではないが気のイイヤツら(多分)。本当ならば、こんな紫煙たなびく薄暗い場所に絶対足を踏み入れないであろう彼らが、なぜか集団で姿を現す異常事態! いや、奇跡だろうか!?
「……ジャヤコディさん、彼らは?」
「有名実況者キャプティン・アザリンはんを母や姉のように慕う熱心なファンの皆さんでっせ! 今夜、奴隷市場で彼女が競りにかけられるっちゅう情報を、何人かに耳打ちしときましてん。いやあ~、間に合ってくれるかどうか、ホンマやきもきしましたわ」
「母や姉……、恋人とかではなく?」
「さて、そのへんは皆、わきまえてるっちゅうことちゃいますか」
奇妙な集団の登場で混沌とする会場。
どうにか場を治めようと、マスクの男が凄みを利かせる。
「おーこらぁ!! ここはー、坊ちゃん達が遊びで来ていい場所じゃねーぇですぜー!!? 奴隷が買いたきゃ、パパと一緒に出直してくんなー!!」
一瞬ビクっとなったファンの皆さんだったが、その内の一人、チョビ髭のとっちゃん坊やが一歩前に進み出た。
「5千万!」
この期に及んで、まさかの1千万G上乗せである。
会場のどよめきは、「お前らみたいなのが、本当にそんな金払えるのかよ」といったところだろうか?
そう思ったのは、すっかりキャプティンを競り落とした気になっていたダニエル・チンチコール様も例外ではなかったようで――。
「なんだキサマらぁ!!? キサマらごときがぁ、5千万Gもの大金を払えるというのかぁ!!? 手元に現金もなく、ただただイタズラに値を吊り上げようという魂胆ならばぁ、チンチコール侯爵家の名において容赦せぬぞーっ!!」
お貴族様の怒声に、一々ビクッとなるファンの皆さん。
それでもまた一人、太った蝶ネクタイの男が一歩前に進み出る。
彼は自身の【空間収納】からデカイがま口財布を取り出すと、そこから10万G硬貨を一掴み、手のひらにじゃらりと乗せて見せた。
なるほど、あのデカイ財布ならば、数千万G入ってそうな気がしないでもない。そもそも、高価な【空間収納】の魔法を持ってるってだけでタダ者でなさそう。
「僕らは一人じゃない、お財布だって一つじゃないぞ!」
「家柄や身分を超えて、同じ旗の下に集いし我らはクルー!」
「キャプティンのピンチとあらびゃアァァァ、私財を投げうつことにィ何のためらいがありゅウゥゥゥ-ッ!?」
リーダー格と思しきパッとしない三人を先頭に、背後の垢ぬけない面々もいきり立つ。
「うほっ! キャプティン、おっぱい丸出しじゃん! 来て良かったー!」
「生キャプティン、すげー! ケツでけー!」
「なんかさー、去年王都で見た時より若くね?」
「ふーむなるほど、言われてみれば」
「ホルモンとかの関係じゃん? 女子はそういうのあるってなんかで読んだ」
「どういうこと? ムラムラしてるってこと? もしかして、おれらにもワンチャン――」
「チュギャアアアアアアアア!!」
「ハイハイ、わかったわかった。悪かったって――とにかく、俺達はキャプティンの下に集いしクルー!」
「ダニエル・チンチコール、俺達が相手になってやる!」
「チュギャアアアアアアアア!!」
総勢十数名のクルー達、反応は様々だが、皆、キャプティンの熱心なファンではあるらしい。そして誰もが、見た目そこそこ裕福そうだ。
最初こそ若僧と侮ったマスクの男であったが、金さえあるなら上客とばかりに、あからさまに態度を変える。
「ク、クハハッ……5千万! 5千万出たよ! ――商品№22、三十代、人間メス、美品、【献上女子アナ】、5千万! 5千万だ! 他ないか!?」
「ぐぬぅ、よもやキサマ、三大侯爵家と……我がチンチコール家とコトをかまえる気か!?」
「そうは言われましても、こっちも商売なもんで。苦情なら、カムリィの親父にどうぞ。それよりどうするんで? 他に声がないなら、この商品は5千万Gであの坊ちゃん達のもんですけど?」
「くそっ……、ご、5千500万だ!!」
「6千万!!」
ダニエル様の声に被せるように、すかさず値を吊り上げ応じる熱心なファンの皆さん。
偉そうな大貴族家の人間に対しても臆することなく毅然とした態度で立ち向かう!
……いや、違うぞ。よく見れば、先頭の三人をはじめ誰も彼もが傍目にもわかるほど震えている。きっとこんなもめ事は不慣れであるに違いない。それでもキャプティンの為に拳を握りしめて立つクルー達に、おれはとても好感を持った。
「金貸しのゼンファー家に、帝国劇場のレイベン家、ポーション工房のゲイアット家、皆そこそこ裕福な家のご子息達でんなー。このままやったらキャプティンはんを競り落としてまうかもしれんけど、そうなると奴隷商を儲けさせるだけちゃいますか? このままでええんですか? ヤマダはん、何か手がある言うてましたよね?」
「あ」
ジャヤコディさんに言われてやるべき事を思い出したおれは、慌てて、スキル【変態】を使用し奴隷市場に濃い霧を発生させた。
あーあー、オナモミ妖精くん? タイミング合わせてよろしく。
あ、ブーマーのヤツはいらないよ。――3、2、1、ハイ、どーん!
霧に紛れて、レナリス婦人とキャプティンをシャオさんのスキル【亜空間歩行】の亜空間に「とぷん、とぷん」と救出。
代わりに、スキル【空間記憶再生】で二人の立ち姿を再生しつつ、バレないうちに奴隷市場を立ち去った。
迷ったが、キャプティンのクルー達には声をかけなかった。
この救出に彼らが関わっていると奴隷商側に疑われてはいけない。実際何も知らない彼らには、もう少しの間、ダニエル様と競り合っていてもらうことにした。
***
旧帝都モルガーナの地下街には空があり、昼夜がある。
それは、元々ここがダンジョンであるからとのこと。
そういえば、前に潜ったアルザウスのダンジョンとかニジの街のダンジョン21階層とかもそんな感じだったっけ。
すっかり日が暮れて、魔法の光がネオンのように灯った地下繁華街を並んで歩くおれとジャヤコディさん。
おれはミスリルの地味鎧一式と地味マント、ガリアンソード、黒い許嫁の盾を身に着けたフル装備に着替えを済ませている。
端から見たら、ひと仕事終えたオッサン冒険者二人が馴染みの酒場とかに向かってるって感じだろうか。
実際は、今夜これから結構な大仕事が待ち受けていて非情に気が重い。
というのも、おれ達がこれから向かおうとしているのは地下第三階層、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵の館であるから。
「……てか、ジャヤコディさんも付いてきてくれるんですか?」
「気にせんでええですよ、こっちの都合もありますし。でも荒事は勘弁しといてください。ワイ、ケンカはイマイチあきまへんねん」
とか、なんだか頼りにならないパラディン№8。
それでも、一人で行くよりはだいぶましじゃなかろうか?
あの後、救出したレナリス婦人とキャプティンはシャオさんに頼んで衛兵詰所まで運んでもらうことにした。
二人の「隷属の首輪」は、おれのスキル【劣化】を使って壊したが、お腹に刻まれた【淫紋】をどうしたものかという問題が残った。彼女達はきっと今頃、【淫紋】でエロエロに発情した身体を持て余してクチュクチュしているに違いない、衛兵詰所の壁の薄い個室で……!
放っておけば数日で消えるものなのか? ネムジア教会で【解呪】とかしてもらえばいいのか?
そもそも、消す必要なんてあるのだろうか?
だがやはり、「スキル【淫紋】を使うたアマルスキン・カムリィはんをどうにかせなアカンと思いますわ」とジャヤコディさんに言われて、「ですよね」となった。
そしてもう一つ、忘れてはいけない問題は、奴隷市場に出品されなかったキャサリン嬢の行方である。若い彼女の純潔は、はたしてまだ無事なのだろうか? 処女好きのオッサンに既に色々教え込まれてしまったのだろうか?
整理すると、問題①は1千200万Gの賞金首、アマルスキン・カムリィを討伐して、レナリス婦人とキャプティンに刻まれたスキル【淫紋】を解呪すること。
そして問題②は、さらわれたキャサリン嬢をなるべく綺麗な身体のままで救出することだ。
「――で、アマルスキン・カムリィとキャサリン嬢が、揃ってブラッケン・ゴイゴスタ男爵の館に居るというのはなんでですか?」
「今夜から明日にかけて、ゴイゴスタ男爵の館で大きなパーティーがありますねん。なんでか言うたら、ほら、モルガーナ公爵はんが街の賞金首どもに勇者候補たちをけしかけましたやろ? そのことを知った男爵も対抗策を講じましてな、高額賞金首どもをパーティーに招いて、勇者候補たちが街を去るまで館に立て籠もることにしはったようですわ。なにしろ、あの館はマザードラゴンとその娘たちに護られた、この世界でいっちゃん安全な場所の一つでっしゃろ?」
「はあ。高額賞金首のアマルスキン・カムリィは分かりましたけど、キャサリン嬢もそのパーティーに?」
「パーティーにきれいどころは付き物ですやん? 実を言うと、ワイんとこのチハヤ・ボンアトレー嬢も接待尼僧として潜入しとりますねん」
「え、接待尼僧?」
「急に決まったパーティーやったからね、エレクチアン司祭がやっとる人材派遣にねじ込むことができましてん。ああ、そうそう、司祭本人も安い賞金がかかっとるそうで、パーティーに出席する言うてましたわ」
「いやいやそうじゃなくって、なんでチハヤさんがそんなパーティーに? ほんとに接待させる気ですか?」
「そうなったらそれはそれでおもろいんやけど、それだけやないんですわ。ここだけの話、ワイらが追うてる例の”中毒性のある粉薬”な、どうやらここの地下街から定期的に出荷されとるみたいなんですわ。おそらくやけど、地下三階層、ゴイゴスタ男爵が占有する敷地のどっかに大規模な生産工場みたいなもんがあるんやないかなと睨んどるちゅうわけですねん」
あー、なるほどね。”こっちの都合”とか言ってたのはそのことか。
てか、ゴイゴスタ男爵のとこには、リスピーナさんも向かったはず。
もしかすると、案外早く再会してしまいそうな気がしないでもない。