447 予選二日目――ふん! 悪人にかける情けなど持ち合わせておりませんわ
――ふと気配を感じて振り返ると、背後に情けない顔をした金髪男が居た。
また出やがった……! 『黒い許嫁の盾』に取り憑いている最初の持ち主の幽霊、金髪ぼんぼんである。500年も昔、当時の勇者に許嫁のリスピーナさんを寝取られた挙げ句、その二人に殺されてしまったこいつは、盾の所有者の前に時折姿を現す。要するに、悪霊に他ならない。
あいも変わらず、全裸に盾だけを装備している――って、あれ!? 今回はどういうわけか、おれまで全裸なんだが!? 何だこれ!?
「…………オゲレツ」
おいコラ! てめぇ、何のまねだコノヤロウ!
「――オゲレツ勇者裁判ー!」
裁判……だと……!? てかそれ、前に一度やったネタじゃん!?
気がつくとおれは、ドラマで見たことある法廷のような場所に居た。しかし裁判官も陪審員も、おれがいつか殺した赤ちゃんゴブリン達である。……おいヤメロ! こんなネタ何回もやって、寒いだけだぞ?! 他になんかなかったんか?!
裁判官役の赤ちゃんゴブリンがカツカツと木槌を叩き、「ばぶー!」と一声。
なんてこった! これから、おれの裁判が始まってしまうらしい。……たしかに、リスピーナさんが語った金髪ぼんぼんとの因縁話はしょーもない話だったけど、おれに八つ当たりするんじゃねぇよ! てか、パンツぐらい履かせろ!
「原告側レディQさん、証言してください」
金髪ぼんぼんに促されて証言台に立ったのは、青白い肌のクール系美女、おれ史上1~2を争う形のいいお尻の真夜中令嬢レディQさんだった。
言われてみれば……いや、言われなくても、彼女の命を奪ったのはおれである。
……さ、殺人罪か!? この期に及んで、殺人というカルマと向き合う時がきてしまったというのか!?
こんなおれには、ナタリアちゃんの死をどうこう言う資格などないとでも!?
「このヤマダという男は、わたしを殺しました……でしょ? それだけでは飽き足らず……、わたしの美しいお尻に無理矢理……顔面を押し付けてフニフニしたりペロペロしたりしやがった……でしょ?」
……そ、そっちが煽ってきたんや! うっかり死んじゃって心細くなってるところを、ここぞとばかりに煽ってきたんや! おれは……おれは、悪くねぇ……!
「わたし、死んで幽霊になって……やっと、あらゆる肉欲から解き放たれたはずだったのに……! せっかくの清らかな魂を、ケダモノのごとき劣情で汚しやがったのが、こんな……クソ童貞野郎だなんて……! 許せません……でしょ!? これはもはや……魂のレイプと言っても過言ではない……かしら!?」
……な!? 魂のレイプ……だと……?
ばぶー! と、陪審員の赤ちゃんゴブリンの皆さんから非難の声があがる。
……だ、誰だってさ、落ち込んでる時に目の前でお尻フリフリされてみなよ? 思わずスリスリしたりチューチューしたりしてしまうでしょうよ? ――しない? ああ、そう。
よし、だが次はおれが発言する番だよな? レディQさんのやらかした罪の数々をこの場にぶちまけて、こんどこそ無罪を勝ち取ってやる! ――と思ったのだが、原告側から金髪ぼんぼんが口を挟む。
「レディQさん訴えのとおり、被告人ヤマダのオゲレツ罪は明確ですが、原告側は被告人のオゲレツ罪を裏付ける更なる証拠を用意しています。こちら、数日前の映像をご覧ください!」
げ! 数日前の映像だと? なんだ? なんだそれ?
証言台に立つおれの真正面、裁判官の傍らから眩しい光が背後の大スクリーンに映像を映し出す。
『ふむ。一度死んで復活したことで、レベルが一気に上がったというわけか』
『スゲー! ヤマダさん、スゲー! 試しにもっと死んでみればいいじゃーん?』
『イヤだよ。正直、生きた心地がしなかったっつーの』
それは、おれがフライドに挑んで一度死んで蘇ったあの日――の、次の日だったろうか? モガリア教会道場の、食堂の隅でナカジマとタナカとテーブルを囲み、レベル32で手に入れた新スキルの使い道について検討しているシーンだった。
『実際、ヤマダさんは死んでたしな。――それで、レベル32で新たに手に入れたスキルが【変態】と【加齢】というわけか。【加齢】というのは、伝承にある”加齢の呪い”のことなのだろうな? 妖精に出会った人間が年をとってしまうという』
『スゲー! スキル【変態】って、相手を変態にしちゃうスキルってことなんじゃないの?!』
『肝心な部分が文字化けしちゃって、何とも――。とりあえず【加齢】も【変態】もこっそりグレイス様に使ってみたけど……イマイチ、効果が見えないんよな』
『使ったのか!? 女性に【加齢】など、下手したら殺し合いだぞ……!?』
『ああー確かに。グレイス様に【変態】は分かりづらいよねー。てゆーか年齢は、僕がこっそり何歳か戻しておいたから、たぶん気付かれてないハズだよ』
『……【加齢】を重ねて使えたら凶悪かと思ったけど、どうやら一度使うと次に使えるのは300日後らしい。一回の使用で【加齢】できるのは一歳だけみたいだし、相手に触れる必要はないにしろ、用途的にスキル【劣化】の下位互換なんだよな。……はっきり言ってこれ、ハズレスキルかも。――で、問題は【変態】を誰に試すかってことだけど、メイプルさんかアサギさんか……、やっぱドロシーちゃんかな? げへへ……』
げへへ……と、おれが笑った顔のアップで映像は途切れた。
……待て待て待て! こんなの、レディQさんとは全く無関係の映像じゃねーか! 悪質な印象操作だ!
まあ確かにこの後、ドロシーちゃんにこっそりスキル【変態】してみたけども……!
いやぁ~、オゲレツですねえ――と、金髪ぼんぼん。
まあ! なんてオゲレツなの……かしら――と、レディQさん。
そして、ばぶー! と、赤ちゃんゴブリン達。
……くっそ、完全に有罪確定ムードじゃねーか。
この裁判に負けたところで、どうなるものでもないって思わないでもないけど、いつまでもレディQさんにでかいケツで憑きまとわれても安眠妨害だしするし、そろそろスッキリ成仏してもらわんと。
さて、どうやって自己弁護したものやら……。
「おっと、どうやら陪審員の皆さんの意見もまとまったようですので、裁判長判決を――!」
金髪ぼんぼんが裁判長に判決を求める――って、おおい! おれの発言がまだでしょうが! 勝手に話を進めるんじゃね――
「被告人ヤマダニ判決ヲ言い渡す。……オゲレツ!」
――な!? ばかな! 異議あり! 異議あーり!!
まだおれの自己弁護が済んでないでしょうが! こんな判決無効だ! よりによって、オゲレツだなんて! ……オゲレツ? 判決がオゲレツって、どういうことだよ!?
困惑するおれを嘲笑う、原告側の金髪ぼんぼんとレディQさん。
「ばぶー!」
カツカツと木槌を鳴らし、裁判官は無情にも閉廷を告げた。
***
「だから、オゲレツってなんガフっぶくぶくぶく……!!?」
おれは大浴場の湯に浸かって、いつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。がほっ、げほっ……! 裁判で全裸だったのも、風呂に入ってたからだったというわけだ。
くっそ、金髪ぼんぼんめ! お風呂のうたた寝にまで出てくるとは迷惑なヤツ。
てか、オゲレツってなんだよ!? ……いや、まてよ?
おれはふとした予感につき動かされて、自身のステータスを確認してみた。
>名前 ヤマダ・オゲレツ・ハチロータnew!
――げ!? おれの>名前に、不名誉なミドルネームが付いてんじゃねーか!?
どうすんだこれ!? 地味に、取り返しがつかないんだが……!?
「くっそ、金髪ぼんぼんの野郎め……!」
「おや、もう上がるんでっか?」
湯船から腰を浮かしかけたその時、不意に誰かに話しかけられる。
いや、その声には聞き覚えがあるぞ。
「ジャヤコディさん!? いつからそこに……?」
「ドロシーちゃん、今どんな感じ? どんな感じ? ゲヘヘ……とか口ばしっとった辺りでっせ。あれ、寝言でっか? キモ過ぎですやん」
襟足の長い小太りの男、パラディン№8のジャヤコディさんがいつの間にか、おれの隣で湯船に浸かっていた。彼は諜報活動とかが専門のパラディンで、おれが予選突破できるように陰ながら協力してくれるって話だったけど……イマイチ胡散臭いんよな、言葉のなまりも相まって。……てかおれ、寝言なんか言ってたかな?
いや、そんなことよりも、彼には聞いておかなければならないことがある。
「開会式でのあれ、なんだったんですか? 尻エルフの人に急になんか……暗殺みたいな」
「暗殺でっせ。尻エルフ、ロレッタ嬢の悪名はヤマダはんも聞いとりまっしゃろ?」
確か、怪しいクスリと変態的セックスで王様を虜にして国政を意のままにしてるとかって、レナリス婦人が言ってたかも。
「はぁ、パラディンってそんなことまでするんですね」
「いやぁ、最近ワイも溜まっとりましてな、つい手が出てしまいましてん。あんな人混みの中からやったらバレへんのちゃうかと思ったんやけど、『王の盾』ソラリス・アスキッスが出て来よるなんて予想外ですやん? 焦りましたわー」
「焦ったのはおれの方ですよ、あやうく犯人扱いされるところだったし」
「ナハハ、許してちょーねんてん。それもこれも、大司教はんのためを思ってのことですねん」
んん? ユーシーさんがやるはずだった予選スタートの号令を尻エルフの人に横取りされたからってことだろうか? ……いや、だとしても、わざわざおれを巻き込むようなやり方はどうなの? つまり、それもこれも含めて「大司教はんのため」って意味かよ。
くっそ、この人も敵……にしてはあからさまだけど、完全に信用もできなさそうだ。
「じゃああれは、ジャヤコディさんの独断ってことですね? 誰かの命令とかじゃなく」
「そんなことより、耳寄りの情報があるんやけど、聞きたいでっか?」
なぬ? もしかして第一チェックポイントの課題、100万Gについてだろうか? 一応、金策のあてがないわけでもないが、もっと堅実な方法があるなら是非知りたいところ。
あと、高額賞金首についての情報があるなら、個人的に聞きたいこともある。
「そういえば、チェックポイントに先乗りして情報収集しとこ思いますねん――とか言ってましたね」
「ですねん、ですねん!」
「……」
「……ふう」
ふう……じゃねーよ! お湯で顔洗ってんじゃねーよ! 早く言えよ!
くっそ。
「……ジャヤコディさん、耳寄りな情報、とても聞きたいです。教えてください、えへへ?」
「しゃあないなあ、そこまで言うんやったら話してあげまひょか~」
ぐぬぬぅ、イライラするなあ。イライラするけど、がまんがまん。がまんと愛想笑いは、おれらサラリーマンの必須スキルだっつーの! ステータスには表示されないけどな。
えへへ? 愛想笑いで先を促す。
「ヤマダはんは、チハヤ・ボンアトレー嬢とは顔見知りやったよね?」
「はあ……?」
「実は今、彼女、すぐそこの脱衣所におるんやけど、服を脱ごうか脱ぐまいかめっちゃ迷ってるとこですねん」
「え、ええっ!? 脱衣所って、男風呂の?」
な、なるほど! それはすごい情報だ。ジャヤコディさんがもったいつけるのも無理はない。
ダゴヌウィッチシスターズの「咎め」担当、悪役令嬢チハヤさんは、手っ取り早いレベルアップをエサに、ジャヤコディさんから特訓という名のスケベレッスンを受けているらしい。彼の思惑や性癖はともかく、実際に妙なタイミングでレベルアップしたりすることもあるので、「男風呂チャレンジ」が必ずしもインチキとは言いづらかったりする。
「こういうのは、自分からラインを越えられるかどうかが大事ですねん。そうは思いまへんか? 無理矢理やらされとると思うとるうちは、成長したとは言えまへんのや。だからワイは、こうして入口の扉を見つめながら、じっくりその時を待っとるっちゅうわけです。興奮しまへん?」
「ふむふむ。あくまでもこのチャレンジは、チハヤさんが自主的にやっているというわけですね! す、すげえぜ! あんたすげえ男だぜ!」
「ぬっふふふふ。男風呂の脱衣所で羞恥に身を震わせる乙女。周囲に人がおらん今がチャンスやで?! 脱ごうか脱ぐまいか……、その葛藤する姿もまたええですやん? 当然、ワイはその様子を、分身体でずっと見守っとるっちゅうわけですけどな」
「えっ、分身体? ああ、あの分裂したジャヤコディさんの小さいやつか。ずるいぞ……いや、おれにだって」
おーい! オナモミ妖精よーい、応答せよ! 応答せよ!
おれは片目を閉じて、撮影班のオナモミ妖精をスキル【共感覚】で呼んだ。
(なんだよーい? オゲレツー)
オゲレツいうな。
すぐに来てくれ! 自主的な「男風呂チャレンジ」なんだ! 羞恥に身を震わせる乙女なんだ!
(いいけどー。ところで今、金色と銀色のネーチャンたちがどっかに出かけてったけど、追っかけなくていいかー? 小便デンカとニキビっ面も一緒だぜー?)
オウガス殿下とギース君な。
はて? 妙な組み合わせだけど、まさか逢い引きじゃないよな?
……いや、オウガス殿下は落ち目とはいえ王族だし、ギース君だってどっかの貴族令息らしいから、やらかし聖女のセリオラ様とグレイス様が若い二人を手玉にとって既成事実を作ろうとしないとは限らない……のか? むむむ――、
「――でも、やることやるだけなら、なにも外に出かける必要ないよな? ここだと、壁が薄くてウンコの音まで聞こえちゃうからか? 確かにセリオラ様って、上り詰めるとデカイ声出ちゃうイメージあるけど……?」
「おや? セリオラ様とグレイス様がどっかに出かけましてん? ――ああ、大丈夫でっせ。王都から姿を消したあの二人が、モガリア教会道場に身を寄せとったって情報は、ワイら諜報部でもとっくに把握済みですやん? ヤマダはんと仲良うしとるっちゅうこともな~」
「別に仲良くなんかしてないですけど!? ……もしかしてそれ、ユーシーさんとかに報告しました?」
「ところで、セリオラ様とグレイス様の向かった先についてやけど、ちょっと心当たりがありますねん。たぶん、とある人物に会いに行ったんやと思います。実は、ここに先乗りしたワイが課題の100万Gのことを知って、ヤマダはんに紹介しよ思っとったのがそのお人ですねん」
「若い少年二人を同行してるんですけど……、どう思います?」
「相手は商売人やからね。実家と疎遠になっとる二人だけで出向くよりも、貴族の子弟を連れてった方が見栄えがええと思ったんちゃいますか? 知らんけど。逢い引きやったら、わざわざ出かける必要もないでっしゃろ? 知らんけど」
だからそれは壁が薄いから……いや、既成事実を作りたいだけなら、壁は薄い方が証人が多くて好都合なのかも。
「――てか、商売人ですか?」
「ネムジア教会のエレクチアン司祭っちゅう男ですねん。ご存じのとおり、旧帝都モルガーナにはネムジア神殿がありませんでっしゃろ? その代わりに、『魔法スキルの欠片』を扱う直営の店がありますねん。その店を任されとる男が、エレクチアン司祭っちゅうわけやね」
なるほど。ネムジア教会の関係者から出資してもらおうというわけか。
……いやまてよ。セリオラ様とグレイス様、元聖女とはいえ、失態を晒したうえ失踪中のあの二人がネムジア教会の関係者としてすんなり出資してもらえるのだろうか?
……いやいやまてまて、そんなことよりも、あの二人が、おれ達の分まで金を集めてくれたりするだろうか? 例えば一千万Gとか出資してもらったとして、おれの分のメダル代まで出してくれるだろうか?
くっそ、エレクチアン司祭には、おれが先に会わなければならなかった。あの二人に、先手を打たれてしまったかもしれない。
――とかなんとか、おれが考え込んでいると、突然「あちゃぁ~」とジャヤコディさんが声を漏らした。
「なんです?」
「脱衣所のチハヤ嬢が、団体客に囲まれてしまいましてん。ほんまに、余計なことしてくれますわ」
耳を済ませば、「お嬢ちゃん、こっちは男湯だぜ? へへへっ」とか、「おいおい、スケベな娘ッ子だなぁ、男の裸に興味芯々かい? ニヤニヤ」とか、「うへへ、そんなに邪険にしなさんなって。仲良く一緒にあったまろうぜ~なあ?」とかそんな声が脱衣所の方から聞こえてくる。
「……なんかマズくないですか?」
「せやね。エレクチアン司祭っちゅう男は、昔から問題の多い人物ですねん。つい先日粛清された、エメリー・サンドパイパー元大司教はんとの関係も噂されとって、ワイが追っとる『中毒性のある粉薬』の件にも絡んどるんちゃうかと周囲を探っとるとこですねん。そんなわけで、ある意味無敵の人となったセリオラ様、グレイス様との食い合わせは、めっちゃマズイと言わざるを得ませんわ~」
「いやそうじゃなくて、チハヤさんの方――てか、そんな怪しげな人を紹介しようとしてたんですか?」
「せやね。ただ、それ以外でワイから提供できそうな情報は高額賞金首についてぐらいですやろか? 旧帝都モルガーナの地下街に潜む三人の王。
地下第一階層の歓楽街を支配するアマルスキン・カムリィ。懸賞金は一千二百万Gですねん。
地下第二階層から下層のダンジョンは冒険者ギルドが立ち入りを制限しとるんですわ。ギルドマスターのサザビィ・ダモクレスには誰も逆らえへん。懸賞金は二千七百万Gでっせ。
地下第三階層は、『飛竜牧場』の主、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵が占有しとる。懸賞金は最高額の四千四百万Gとなっとりますわ」
「――!! そ、そのブラッケン・ゴイゴスタ男爵って人についてちょっと詳しく!」
「なんや、興味あるんでっか? せやね~。帝国時代、最強と呼ばれたドラゴンライダー部隊に飛竜を供給してたんが『飛竜牧場』ですねん。今もなお良質な飛竜の供給を独占しとるし、とにかくすごい大金持ちですねん。税金もそれなりに納めとるし、あくまでも合法的に旧帝都モルガーナの地下街を支配しとるっちゅうわけで、領主も表だっては敵対しとらんのやけど、ダンジョンっちゅう公共の財産を勝手に占有し続けてる罪でもって、ひっそりと懸賞金は値上がりし続けてるっちゅうわけですねん」
「もしかして、ここのダンジョンって飛竜がでるってことですか?」
「せやね。高額の懸賞金がかかっとるにもかかわらず、誰も手が出せへんのはそこですねん。ホンマかウソか知らんけど、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵は若い頃、ダンジョンの奥でドラゴン王と出会って友達になったとかで、今でもドラゴン王に護られとるっちゅう話ですねん。ほんでもって、ドラゴン王の加護で、どんな飛竜も男爵に逆らわんし、数百年も老いずに生き続けとるっちゅう話もあります。せやから、あんまり欲をかかん方がええとワイは思いますよ? まあ、止めはせんけどな~」
ドラゴン王の加護か……、リスピーナさんはマザードラゴンの加護って言ってたけど、概ね聞いてたとおりらしい。
500年前にリスピーナさんが戦って敗れたという黒騎士マスク、ブラッケン・ゴイゴスタは老いることなく生き続けていた。
高額賞金首が掲載されている小冊子の中にブラッケン・ゴイゴスタの名を見つけたリスピーナさんは同盟から一時離脱することを決めた、宿敵と戦い決着をつけるために。もし戻らなければ、先に行ってくれと言われている。
一人で行かせて良かったんだろうか……だけど、付いてきて欲しいって感じでもなかったんよな。たぶん、長丁場になることも見越してのことだろう。
この勇者選考会予選、足切りルールがあるから、あんまりのんびりもできないのだ。
――とかなんとか、おれが考え込んでいると、突然「あちゃあ~、こらあかん」とジャヤコディさんが声を漏らした。
なんです? とか聞くまでもないか。
片目を閉じてオナモミ妖精と視覚を【共感覚】すれば、脱衣所で大暴れするチハヤさんの姿が見えた。あちゃあ~、案外強いなチハヤさん。
あっという間に五人の男どもを叩きのめすと、肩を怒らせて脱衣所を出て行ってしまった。……がっくり。
***
お昼、食堂に集まったのは、レナリス婦人と顔面包帯男のスプリングさん夫婦、有名実況者のキャプティン・アザリンちゃん、ミース魔導学院三年生のキャサリン嬢とおれ。総勢5人である。
オウガス殿下とギース君、ゴールド様、シルバー様は、付き合いのある商会をあたってみるとのことで、お休みになられる間もなく出かけて行かれました――と、レナリス婦人が皆に告げた。一応婦人には、出かける前に一言あったらしい。
おれも、リスピーナさんが宿敵と戦うために一人で行ってしまったことを皆に告げた。
「勝手を言ってすまないが、皆にヨロシクとのことです」
「本当に身勝手な方達ばかりで、イライラしますわ! あの方の黒い鎧とあなたのその小汚い鎧を売れば、それなりのお金になったのではなくって?!」
――と、とても機嫌が悪いキャサリン嬢。
理由は、ウィリアム君が領主館に連れてかれてしまったせいもあるだろう。
馬車と馬を売った金と、ウィリアム君のバイト代、キャプティンのエッチなレコードを売ったとしてもまだまだお金が不足している。
「オウガス殿下達に期待したいところではありますが、その結果次第では、わたくし達も覚悟を決める必要があるのではないかと提案させて頂きます」
「賞金首を狩るんですね? キャプティンはもう覚悟完了していますとも!」
「ふん! 悪人にかける情けなど持ち合わせておりませんわ」
レナリス婦人の提案に、キャプティンもキャサリン嬢もやる気満々である。
こうなってしまっては、男性陣が口を挟む暇もない。
「とはいえ、下手に高額賞金首を狙ったりして、地下街に君臨する大組織やS級冒険者に匹敵するような強者に目を付けられたりしたら溜まったものではありませんよね?」
うなずく一同。おれも全力でうなずく。
レナリス婦人は続ける。
「そこで一足先に、わたくしの夫が一人で地下街に潜入し今夜一晩で、ほどよいターゲットを絞り込むことといたします。実を言えば、夫はそういうことが得意なのです――何しろ、耳がいいですから」
「オウガス殿下達が、いい結果を持ち帰って来てくれるならそれで良し」
「そうでなければ明日、そのほどよいターゲットとやらをわたし達全員で囲んでぼこすというわけですわね」
どうやら話は決まってしまったらしい。
おれはチラリと顔面包帯男のスプリングさんを盗み見た。
その顔色は包帯に隠されてうかがえなかったが、「えっ? おれの睡眠時間は?」という心の声が聞こえたような気がした。
***
おれはあの日――、一度死んで蘇った次の日、食堂でダゴヌウィッチシスターズのメンバー達と楽しそうに談笑しているドロシーちゃんにソロリと忍び寄った。
「やあ、ドロシーちゃん。最近、歌もダンスもノリノリのキレキレで、ますます絶好調って感じだよね~」
「え、ええ。……ありがとうございます」
「……にちゃり」
「……ひっ、な、なんでしょう……?」
「……ところでさドロシーちゃん、今……どんな感じ? ハァハァ……ど、どんな感じ?」
「え!? ど、どんな感じと言われましても……」
「ハァハァ……ほ、ほら、なんていうかさ、いつもカラダの奥底に眠らせているどうにもならない衝動的なものに突き動かされる感じ? とかさ、ハァハァ……ね?」
「ええぇ……イヤ、わ、わたくし、その……この後、新しい振り付けを憶えなければなりませんので、これで失礼させていただきますね? ご、ごきげんよう……!」
早口で言い残し走り去っていくドロシーちゃん。
一人残されたおれに、メンバーのエルフさん達から冷たい視線が突き刺さる。
キモっ――と、誰かの漏らした声が耳に入った気がしたが、聞かなかったことにして、おれもその場を後にした。
「やはり、その用途は違うんじゃないか?」
「ざんねーん、違うのかー。じゃあさ、イモムシがサナギになって、チョウチョになるみたいな? そういうのも【変態】っていうよね?」
「いやまて、念のためメイプルさんとアサギさんに試してみてからでも遅くはないのでは?」
隅っこのテーブルに戻り、スキル【変態】について検討を再開するナカジマ、タナカ、おれの三人組。
「ああ、昔の特撮ヒーローで確かそんなのがあったな。ヤマダさん、【変態】してみたらどうだ? 昆虫っぽい触角や羽根もあることだし」
「スゲー、やってみなよヤマダさん! フッ……おれは【変態】をあと二回も残している。その意味がわかるな? ――とか、できるんじゃなーい!?」
「おお、なるほど! よ、よし。やってみよう。……いくぞ? ゴーリキショーライ!! スキル【変態】!! キェェェェェ――ッ!!」
***
あの日のことを思い返すに、さすがに「ゲヘヘ……」とは言ってなかったはず。
ジャヤコディさんめ、適当なこと言いやがって。
――と、まあ、そんなことを考えながらおれは一人、旧帝都モルガーナを歩いていた。
オウガス殿下の結果を待つにしろ、三下賞金首を全員でぼこすにしろ、予選二日目午後のこの時間がまるまる空いてしまったことになる。
かといって、明日まで部屋でゴロゴロしていられるほど余裕もないので、この空いた時間を使って、おれもやれそうなことを一つ試しておこうかと思った次第。
狭くてじめっとした細い路地を抜けて、今朝方くぐったばかりの正門を通り、旧帝都モルガーナを取り囲む高い外壁の外に出た。
正門の前でぐるりと周囲を見回し、少し先に良さそうな森を見つけて走り出すおれ。
途中、ボロボロの格好でとぼとぼ歩く男1女3のハーレムパーティ――確か、「ガンガンズガン団」だっけ? とすれ違った。ボロボロの女の子達をあんまりジロジロ見るとガンちゃんに怒られそうだから、チラチラと見ながら駆け抜ける。
不意に太陽が陰ってビク!? っとするが、西の空へと飛び去る飛竜の群れにはいずれも、背中に人間が一人か二人またがっているのが見えた。おそらくは、飛竜を使って荷物とかを運ぶ輸送業者のみなさんだろう。……もしかしたら、人間だって運んでくれるかもしれないが、どっちにしろお金次第だよな。
しばらく走って目指す森へと駆け込むおれ。
森の中で、良さそうな木を見つくろう。良さそうな木とは? ……はて、太さとか? そこは、なんとなく適当。
おれはガリアンソードを抜き放ち、剣に勇気の光を纏わせる。――スキル【勇気百倍】! モチモチの剣!!
ずぱん!! ずぱん!! ずぱん!!
無作為に三本、良さそうな木を切り倒す。
さて、どうなることやら。
――スキル【変態】、発動!!
***
「どうだヤマダさん、【変態】したか? 見た目は変わってないようだが」
「ちんちんがサナギマンになったとか?」
「なってねーよ。もう、なんなんだよスキル【変態】って」
あの日食堂で、ナカジマ、タナカ、おれの三人組は、おれの新スキル【変態】について頭を悩ませていた。
行き詰まったおれはもう、モガリア教会道場の女性信者に片っ端から【変態】を試してやろうかと思い詰めていたのだが――、三人の中でただ一人大卒のナカジマが、とうとう正解に辿り着いてくれた。
「もしかして、『相変態』か?」
「そうへんたいー?」
「そうへんたいって何ですかぁ~?」
髪をかき上げる仕草、おれ。
「ふむ。海援隊ではなく『相変態』だ。身近な例だと、水が氷になったり蒸気になったりすることだ。『相転移』と云ったりもする」
「お、おお~、スゲ~?」
「……つまり、何ができるんですかぁ~?」
髪をかき上げる仕草、おれ。
***
おれの手の中に、小さな宝石が一つ出来上がっていた。
おお~、ホントにできた! 思ってたよりだいぶ小さいけど。
あの日ナカジマは言った。
もしかすると、スキル【変態】を使えば、その辺に生えてる木からダイヤモンドが作れるかもしれんぞ――とかなんとか。
理屈はよく解らないけど、炭素をギュッと圧縮するとダイヤモンドができるらしい。
そのギュッと圧縮する工程で本来はとんでもないエネルギーが必要らしいのだが、スキル【変態】はそのへんをすっ飛ばしてしまうようだ。……危うく、ドロシーちゃんをギュッと圧縮してしまうところだったのかもしれない。
そういえば、ナカジマが「自爆にはくれぐれも気をつけろよ」とか言っていたが、意味は不明である。ある程度方向性を決めて意図的に使わないと発動しないスキルのようなので、たぶん大丈夫だとは思うけど、そう言われるとちょっと怖い。
「しっかし、あんな大木からこんなちっこいダイヤモンド一個か。しゃーない、もう何本か森林伐採しとこうか」
それからおれは、せっせと木を切り倒しては、スキル【変態】でギュギュッとダイヤモンド作成を繰り返した。
陽が傾き始めた頃、ポケットも一杯になってきたので、そろそろ帰ろうかなとか思い始めた時だった。――突然、おれの脳内に耳障りな声が響く。
(おい、ヤマダー! たいへんだぞー! なんか、たいへんだー!)
なんだよ、オナモミ妖精。
撮影機材のバッテリー切れか? だから、あれほど節約しろと言ったのに、マヌケなやつめ。
(違わー! おっぱい婦人たち三人の女どもがワルモンに捕まったぞー!)
え!? え!? おっぱい婦人たち三人って、レナリス婦人とキャプティンとキャサリン嬢のことか!?
まてまて、三人は衛兵詰所で留守番してるはずじゃなかったっけ!?
(ケケケ……! 三人とも、早速すっぽんぽんにされちまったぜー、どうするヤマダー?)
な、なにぃ!? すぐ戻る!! とりあえず録画!!
おれは旧帝都モルガーナの正門に向かって走り出した! 片目を閉じたまま。