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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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446 予選二日目――やめときなよ、キャシー。キミのスキル【サルの手】は後が怖いんだから

 旧帝都モルガーナは、ゴシックホラーみたいな街並みだった。

 高い外壁の中に、石造りの古めかしい建物がみっしりと詰め込まれており、道は迷路のように入り組んでいる。


 正門から続く石畳のメインストリートでさえ、王都なんかに比べたらだいぶ細く狭く、ぐねぐねと曲がりくねって高台の高級住宅街やお城まで続いているっぽい。

 夜、霧とか出たら、それこそ雰囲気ばっちりに違いない。


 旧帝都なんていう割にはこじんまりした街のようにも思えるが、実はこの街の人口の半分以上が地下街で生活しているとのこと。

 好むと好まざるとに関わらず、元々はダンジョンだったという地下街に住みつくような人たちが善良で働き者ばかりであるはずもなく、昨今は犯罪者の吹き溜まりのような場所になっているらしい。


 そんな危ういバランスの街であっても、表向きそれなりの秩序が保たれているのは、ひとえに領主であるモルガーナ公爵の手腕によるところが大きいのだと、道すがらレナリス婦人が話してくれた。

 要するに、軽い好奇心とかで地下街に足を踏み入れたりすることのないようにとの注意喚起である。





「もうくたくただ! 俺は休む! 先ずは宿をとるぞ! ギース、任せた! チェックポイントの課題とやらは、ウィリアムとヤマダで行ってこい!」


 馬車がギリギリすれ違える程度のメインストリートを行くおれ達一行。

 馬で先頭を行くオウガス殿下からの命令に、同じく馬を駆るギース君が「ははっ!」とかやっているので、徒歩のおれもマネして「へへー」とやっておく。

 ……おれだってくたくたなんだが?! だがまあ、先を急がなければならないのは事実だし、きっと交代で休ませてもらえるだろう。休ませてもらえるよね?!


 そのことなのですが殿下――と、馬車の窓から顔を出したレナリス婦人が声を掛ける。



「夫が小耳に挟んだのですが、どうやら勇者選考会予選参加者には衛兵詰所が指定の宿となっているようです。そこに向かえば、おのずと課題についての情報も聞こえてくることでしょう」


 小耳に挟んだ?! いつの間に?! でもまあ、「行ってこい!」とか言われてもどこへ行ったらいいかさっぱりだったので正直助かる。

 

 衛兵詰所といえば、おそらくはお城の近くだろうということで、高台に見えるお城を目指すおれ達一行だった。




 ***




 メインストリートを進んでいたはずなのに、ぐねぐねと遠回りをさせられて、二時間ほどかかってやっと城壁前の衛兵詰所までたどり着く。

 オウガス殿下はかなりイライラしている様子だった。途中何度かウイリアム君に馬車の席を替われと詰め寄ったが、その度に、女性陣によって却下されてしまったせいもあるだろう。

 ウィリアム君は見た目中性的で美少年と言えなくもないので、女性陣の人気を独占しているようだ。


 ちょうどその時、衛兵詰所から出てくる見覚えのある大男の姿があった。

 犬耳で背中に剣を四本も背負った――確か、グランDさんだっけ?



「よお! リスピーナとヤマダだったか? 今頃到着かよ、ずいぶんと余裕だな?! せっかちな奴らは昨日のうちに出発したぜ?!」


「貴殿か。やはり無事だったな」


「どうもです。グランDさんも、もう出発ですか? 既に記念メダルとかを手に入れて?」



「へへっ、まあな! 白ウナギの素材が高く売れたおかげだぜ! もっとも、今日はだいぶ値が落ちてると思うがな」


「白ウナギ? ああ、ミズチのことか」


「……?」


 ミズチの素材が……高く売れたおかげ? はて、なんのこっちゃ?

 おれが首をひねっているうちに、グランDさんは「そんじゃまたな!」と言い残して走り去っていった。



「おいヤマダ!! もたもたするな!! さっさと、俺の休む部屋を用意してこい!! ノロマめ!!」


 グランDさんが見えなくなると、また急に威張りだすオウガス殿下。

 ビビりめ……とか思いつつ、また「へへー」とやっておく。





 衛兵詰所の玄関前には衛兵が二人と……なぜか、メイド姿の美人が一人立っていた。  



「おい、そこの貴様ら!! 勇者選考会の参加者か!? ならば、急ぎ練兵場へ集合しろ!! まもなく、御領主様直々にチェックポイントの課題説明がある!! 駆け足だ!! 急げ!!」



 げ!? モルガーナ公爵のメイド兼護衛のアマネさんじゃねーか……!?

 彼女とはつい最近、モガリア教会道場の露天風呂で戦ったばかりである。要するに、あまり関係性がよろしくない。

 でも、フルフェイスの兜をかぶっていたおかげで、まだおれとは気づかれていないはずだ。……セーフ!




 ***




 馬とか馬車とかを御者勇者ブーマーに任せて、おれ達は練兵場へと向かった。


 衛兵詰所の建物を回り込み、ぞろぞろと歩く他の予選参加者と思しき連中の後をついていくと、野球のグラウンド四面分ぐらいありそうな、とにかくだだっ広い場所に出る。練兵場には、まだ早朝だというのに、既に千人以上の人々がうじゃうじゃと集まってきていた。

 外壁の外で開門を待っていた予選参加者はせいぜい数百人だったので、その他は昨夜遅くにここへ到着した連中だろう。探せば、銀髪リーゼントのフジマル君とか長乳のミスティリアさんとかもこの中に居るに違いない――あっ……今ちらっと、雑踏の中に見覚えのある派手派手鎧を見た気がしたけど、見なかったことにしよう。



 派手派手鎧の次に気になったのが……え? 選挙ポスター?

 衛兵詰所の建物を背に、だだっ広い練兵場全体を見渡せるほど背の高い朝礼台がある。そのすぐ横にしつらえられた巨大な掲示板に、ずらりと並んだ性悪そうな男女の似顔絵――選挙ポスター? かと思ったら、賞金首の手配書だった。

 その何枚かには×(バツ)印が付いていたりして、既にコトが済んだんだろうな……ということがうかがい知れる。

 

 もしかして、第一チェックポイントの課題って賞金首を捕まえてくるとか? うわ、ありそう。



 その時何を思ったのか、オウガス殿下が突然走り出した。

 ――殿下!? 呼び止めるギース君の声も聞かずに駆け寄る先には四人の淑女達の姿があった。

 

 不用意に駆け寄ったオウガス殿下を、武装した衛兵が立ち塞がり押し留める。

 衛兵を忌々しそうに睨みつつも気を取り直し、彼は祖父の姉に向かって声をかけた。



「ラケシス大伯母おおおば様、お久しぶりです!! 相変わらず、お美しい――ぃい?!」


 お世辞のつもりで言いかけたであろうその言葉だったが、どういうわけか、七十歳を超えるはずのモルガーナ公爵がまんま若く美しかったものだから、語尾が疑問形になってしまうオウガス殿下。



「はぁん?! どこの誰だい、馴れ馴れしいガキだねぇ?!」


「ふん、第二王子オギノスの第一子、オウガス・タカス・モガリアざます」


「んふぅー、教祖タナカを殺した彼奴きゃつめの息子が、よくもアタシらの前に顔を出せたものなのだワ~」


「あらぁ、親は親、子は子ですものぉ、この子に罪はないわぁ。――けどぉ、馴れ馴れしくされるいわれも~ないのかしらぁ?」



「……ご、ご無礼をいたしました、お許しください閣下、ご婦人様方におかれましても……この通り」


 四人の淑女達、モルガーナ公爵とクルエラ様、ミモザ様、エマ様に冷たくあしらわれて、すごすごと引き返して来るオウガス殿下。あわよくばこの勇者選考会において、何らかの親族優遇が受けられたりしないかなとか思ったんだろうけど、あてが外れたようだ。涙目である。

 

 そんな傷心のオウガス殿下に早速駆け寄ろうとしたギース君を押し退けて、優しげに彼の肩を抱いたのは……ムシャウジガール・ゴールド様ことセリオラ様であった。

 ――え!? セリオラ様?! そんなことするタイプだったっけ? 先入観かもしれないけど、何かたくらんでいるようにしか見えないんだが?


 セリオラ様の横乳よこちちがオウガス殿下の腕にむぎゅっと押し当てられている。経験上、彼の頭の中はもう、おっぱいでいっぱいだろう。股間の辺りも元気いっぱいぱいだ。





 練兵場に集まった千人以上の勇者選考会参加者が見まもる中、モルガーナ公爵が朝礼台に上がった。



「おはよう勇者候補ども!! 朝っぱらから、ご苦労なこったね!! アタシが、ここの領主、ラケシス・モリ・モルガーナだ!! 勇者選考会第一チェックポイントの管理人もこのアタシってことさね!!」


 朝礼台の上、バカでかい声で話し出すモルガーナ公爵。

 練兵場が少しざわついたのは多分、公爵の異様な若さに違和感をおぼえた者達だろう。

 

 四十年も前に死んだ皇帝のお妃で現国王の姉でもある公爵の年齢は七十歳オーバーのはずだった。だが、つい先日彼女は、教祖タナカとの悪魔の取り引きによって、四十代前半の若さと美貌を取り戻している。

 事情を知らない者達からしたら、違和感しかないだろう。


 しかしそんな周囲の反応などお構いなく、むしろ再び手にした自らの美貌を誇るように、モルガーナ公爵は堂々と話し続ける。



「――まあ、面倒な前置きは抜きにして簡単に言うよ!! アンタらが欲しがってる記念メダルの話さぁね!! なぁに簡単な話さ、第一チェックポイントの記念メダルは一個100万Gだ!! 100万Gで売ってやるよ!! この後、そこの仮設店舗で販売開始さ!! 払うもん払えば一人何個だって売ってやるよ、好きなだけ買ってきな!!」

 

 か、金かーい!!

 まさか勇者選考会予選に金がかかるなんて……。てか、あの賞金首の手配書は、そういうことかよ……!


 

「ちょっと待ってくれ、公爵様よ!! 勇者になるのに、なんで金がかかんだよ!!」

「100万Gって、金なんか強さに関係ねぇだろうが!! なめんじゃねぇ!!」

「国のイベントにかこつけて、私腹を肥やしてんじゃねぇぞ悪徳貴族!! ふざけんな!!」

「最初っから金持ちが有利ってことじゃねぇか!! 納得できねぇよ!!」

「つーかアンタ、王様の姉貴にしては若すぎんだろ!? 本当に本物のモルガーナ公爵なのか!?」


 ――とかなんとか、止せばいいのに、騒ぎ出す者が何人か。



「そうだそうだ、ふざけんじゃね~!! 金儲けがしたきゃ、カラダでも売って稼ぎなよ~!! ヒャッヒャッヒャッ……!!」

「脱げ~!! 金払ってやっから、げへっ、げへへっ、全部脱げよ~!!」

「チチだせー!! 乳首の色で本物のコーシャクかどうか見極めてやんよ!! ギャハハ!!」

「にひひ、脇の下見せろや、脇の下を~!!」


 ――とかワルノリして、下品なヤジを飛ばす者も何人か。

 しーらね! おれ、しーらね!





 ギャオオオオオオォォォン!!!!

 天地を震わすその咆哮に、練兵場に集まった誰もが息を呑む。

 旧帝都モルガーナを囲む40mの外壁の向こう側から飛び立ったのは巨大ドラゴン、ライティであった。

 青いオーラを巨体に纏わせ滞空し、眼下に群がる人間達を睥睨へいげいする。


 ヒイイッ……と情けない声を上げて尻もちをつく長身強面のギース君。

 でもまあ、彼だけが特別ビビリというわけでもないだろう。警戒してたおれだってちょっとビク! ってなったし、あれだけ騒いでた連中もすっかり大人しくなった。


 アマネさんの指示に従い、外壁の上に着地するライティ。その重みで、壁面の一部がパラパラと崩れ落ちるのが見えた。


 静まりかえった練兵場を見下ろすモルガーナ公爵。口元に不敵な笑みを浮かべると、再び話しだす。



「はん、どうした!? 言いたいことはそれだけかい!? とりあえず、今騒いでたヤツらはメダル一個200万Gに値上げしてやるよ!! クルエラ、憶えたね?!」


「三十三人、憶えたざます」



「いいかい!? 金はアンタらよりも強い!! 金で雇った一万人に勝てるのかい?! 十万人だったらどうだい?! 武器も魔法もドラゴンさえも、たいていのモンは金で買えるのさ!! そこへゆくと、アンタ達はどうだい?! 決勝トーナメントにもまだエントリーしていない半端者のアンタらにどれほどの価値があるって云うんだい!? でかい口叩く前に、まずは証明してみせな!! せめて自分に100万G以上の価値があるってことをね!! ――おっと、そういえば、下品なヤジを飛ばしたヤツら――」


「四人ざます」



「ドラゴンのエサ――と言いたいところだが、特別に奴隷落ちで勘弁してやる!! アマネ、確保だ!! かばいだてする者がいたなら、そいつらも一網打尽にしちまいな!!」


「はっ、直ちに! ――衛兵、続け!」



「んふぅー、売ってしまう前に、念のためサイズを確認しなくちゃなのだワ~」


「あらあら、ミモザさんたら、いやらしぃわぁ。サイズよりも、若さが重要よぉ」


「ミモザさん、エマさん、声が大きいざます! シーッざます」



「やれやれ……アタシからは以上だ!! 引き続き、詳しい説明がエマからあるよ!! 大人しく聞きな!! いいね?! ――ああそうそう、言い忘れてた!! ようこそ旧帝都モルガーナへ!! 歓迎するよアンタ達!! せいぜい、アタシらを儲けさせとくれ!!」


 その後、奴隷落ちが決まってしまった四人とアマネさんとの大立ち回りが始まる。

 下品でも勇者選考会予選に参加してくる野郎どもだけあって、中にはそれなりに抵抗した者もいたが、途中からミモザ様が召喚した妖精ドリアード十数体も参戦し、もれなく四人は捕縛された。



「アニキ~! ヤマダのアニキ~! た……たすけてくだせぇ~! アニキぃ~!」


 捕縛された四人の中に、なぜかおれの名を呼ぶサル顔の男がいるんだが……。

 そっと目を逸らすおれ。そういえばあいつ、脇の下がどうとか言ってたな……。遅かれ早かれ、いつかやらかすんじゃないかと思っていました。ウンコも食ったと言っていました。残念です。


 呼ばれているぞ、ヤマダ? と、リスピーナさん。

 呼ばれたとて、おれにどうしろと……?



「……そうだ! こんな時は、リーダーに頼るべきだ! リーダーのオウガス殿下が、この責任をとるべきだ!」


「いいえ、残念ですがブーマー様はここまででしょう。同盟はあくまでもお互いに有益であるからこその一時的な協力体勢。自らの軽率な行為で高貴なお方の怒りをかい、犯罪者となってしまったあの方を擁護したり救出したりすることは、わたくし達にとってなんの利益ももたらしません――と、夫が申しております。……わたくしは、それは少し冷たいのではないかと思わなくもないのですが……夫がそう言うのであれば、是非も有りません。――ですよね、殿下?」


「う……うむ。死罪は免れたのだ、良しとしよう。あのようなサル顔が、そう高く売れるとも思わんがな」


 おれは同盟のサブリーダーとして、アニキとして、御者勇者ブーマーの為に精一杯、報告を上げたのだが、レナリス婦人とオウガス殿下によって非情な決定が下されてしまうのだった。

 ああ、さらば御者勇者ブーマー! お前のことは忘れないぜ。


 

「ア、アニキ~!」


 ……まあ、金が余ったら、買い戻してやるとするか。余ったらな?


 こうしておれ達は、奴隷商に連れられていく男達を見送るのだった。





 ざわついていた練兵場が多少落ち着きを取り戻した頃、朝礼台にエマ様が上がった。彼女もまた、死んだ皇帝の妻の一人であり、元々は七十歳近い高齢であったが、モルガーナ公爵同様に、教祖タナカによって若さを取り戻した和風美人である。

 拡声魔道具を手に、ルールの補足説明を行う。



「はぁ~い! わたくしから、少しだけ捕捉の説明をいたしますわぁ。それわぁ、お金の稼ぎ方についてですの。もちろん既に、お手元に100万Gをお持ちの方は聞き流してくださってけっこうですわぁ。説明が終わり次第、記念メダルの販売をはじめますので少々お待ちくださいませぇ~」


 エマ様の説明の最中、アマネさんがやって来て、オウガス殿下に何事か耳打ちした。

 殿下は少し嬉しそうにうなずくと、おれ達に向かって「大伯母上がお呼びらしい。ちょっと行ってくる」と言い残し、アマネさんと一緒に行ってしまった。

 

 ……なんだ? 今更、お年玉をくれるって話じゃないよな?

 まさかブーマーの野郎が、己の身かわいさに、あることないこと喋ったんじゃ?

 ムシャウジガールズの正体とか? おれの正体とか……?


 とかなんとか内心ビクビクしていたら、いつの間にかエマ様の話は終わっていた。

 続けて、朝礼台の横にもうけられた仮設販売所で記念メダルの販売が始まり、あっという間に長蛇の列ができあがる。彼等はつまり、お手元に100万Gをお持ちの方々なのだろう。


 エマ様の話、後半はよく聞いていなかったけど要するに、手元にお金がないおれ達に示された金儲けの方法は大きく二つ。

 一つは、手持ちの装備やアイテム、魔物素材などを売ってお金にするというもの。

 グランDさんの言っていた、「白ウナギの素材が高く売れたおかげだぜ!」というのはこのことだろう。


 もう一つは、この街に潜む賞金首を狩って金を手に入れろというもの。

 この練兵場に来たときから気になっていた掲示板に並んだ賞金首の手配書は、このための準備だったというわけだ。


 もちろんそれ以外の方法でお金を工面することも自由だし、最悪借金するって手段もあるだろう。

 ただし、善良な街の人達から金を奪ったりするような犯罪行為は一発失格である。……まあ、バレなかったら関係ないかもだけど。



 まてよ……あそこで並んでる予選参加者は100万Gを持っている。予選参加者同士の犯罪行為は王国法の適用外――はっ、イカン……!


 おれは慌ててムシャウジガールズ、セリオラ様とグレイス様の姿を探した。

 セリオラ様あたりがまた暴走して、お行儀よく並んでいる予選参加者達に対して危険な魔法をぶっ放したりしないかと不安になったのだ。


 だがしかし、それはどうやら杞憂だったらしい。

 セリオラ様とグレイス様は、ギース君の両腕にそれぞれ横乳よこちちを擦り付けるようにして、三人で何やらコソコソと話し込んでいた。あんな風にされてしまったらきっとギース君はもう、何を言われてもただうなずくことしかできないだろう。


 何か悪巧みをしてそうではあるけど、行列に向かっていきなり大魔法を撃ち込んだりはしないように見えたので、とりあえず三人は放っておくことにする。

 ……まあ、外壁の上でアマネさんの巨大ドラゴン、ライティも見張ってるからな。滅多なことはできな――い?!


 今一瞬、ライティと目が合った気がしたけど、気のせいだよね? ドキドキ……。



「……実はキャプティン、若い頃に一度だけエッチなレコード(ASMR)を販売したことがありまして、【空間収納】の奥に一枚だけあるんですワ。これって、ファンの間では確か10万Gぐらいで取り引きされてたはずなのですがー」


「その10万G、わたくしが増やしてご覧に入れますわ! 旧帝都にだってカジノぐらいありますでしょ? オーッホッホ、腕が鳴りますわ~!」


「やめときなよ、キャシー。キミのスキル【サルの手】は後が怖いんだから」


 うるさいですわ、ウィルのくせに生意気よ! と、痴話げんかを始めるキャサリン嬢とウィリアム君。

 そんな二人を横目に「ぺっ!」っと、つばを吐き捨てるベテランアナウンサー、キャプティン・アザリン。

 ……ガラ悪いなキャプティン、気持ちは分かるけど。てか、一枚しかないキャプティンのエッチなレコード(ASMR)、売ってしまうなんてあまりにももったいない。どうにかして、ダビングさせてもらえないだろうか?



「魔物素材で思いつくのはミーム川のミズチですが、本日の買い取り価格は20m級でも10万Gとのことです。昨日まではその20倍はしたそうですが、昨日大量に売られたせいで、大幅安となってしまったようです。王都まで引き返せば、もしかしたら20倍以上で売れるかもしれませんが、移動距離を考えるとあまり現実的ではありませんね」


 レナリス婦人が難しい顔で言った。

 そもそも20m級のミズチと戦って、地上ならともかく、水中戦で勝てる気がしない。


まてよ……さまよう鎧系女子のリスピーナさんなら、水中でも呼吸せずに戦えるんじゃ?



「おい、何か失礼なことを考えていないか? 私だって水の中はキツイぞ。それよりも、賞金首を狩った方が世のため人のためでもあるし、お金にもなるしでいいことずくめじゃないか。おまけに、対人戦の修行にだってなる! ヤマダは絶対これをやるべきだ!」


 リスピーナさんがとても嬉しそうに言った。

 対人戦か、正直気が重い……。そういえば、シマムラさんが、アンディ君達三人組が対人戦をやることを随分気にしてたっけ。てか、あの三人見てないけど、結構先に行ってるのかな?


 その時、顔面包帯男スプリングさんがレナリス婦人の耳元で何事かささやいた。

 

 その内容を、レナリス婦人がおれ達に伝える。



「たった今、夫が小耳に挟んだのですが、掲示板に貼られている賞金首の手配書は皆、せいぜい20万G~30万G程度の小物ばかりとのことです。100万G越えの高額賞金首は、あちらの物品買い取り所で販売している小冊子に掲載されているらしいです。2千980Gのようですから、一冊買ってみませんか?」


 なるほど、有料か。せこいな――と、思ったのだが、案外売れてるようで、売り子のクルエラ様が忙しそうにしていた。



「よし、私が買ってこよう!」


 そう言い残して、走っていくリスピーナさん。

 なんだかとても嬉しそうで、いよいよ戦闘狂っぽい。





 リスピーナさんと入れ替わりに、オウガス殿下が戻ってくる。

 大伯母であるモルガーナ公爵からの呼び出しに喜び勇んで出向いたというのに、殿下の表情は今一つ冴えない。


 殿下、公爵閣下は何と? というギース君の問いかけに、オウガス殿下はどこか投げやりに応じた。



「まず、馬車と馬は買い取ってもらうことにした。馬車10万、馬四頭で80万だ。だいぶ足下を見られたが、金になるだけましだ。この先、馬ではとても全てのチェックポイントを回りきることなどできんと、公爵閣下に言われた。――それからウイリアム、お前は今夜、領主館に泊まれ。任せたい仕事があるそうだ……!」


「は? はあ」


 あ、察し……。

 あの様子からして、ウイリアム君本人はイマイチ解っていないようだが――、顔色が変わったのはキャサリン嬢だった。



「殿下! どういうことですの!? なぜウィルが、そのような役目に!? もしや、ウィルを売ったのですか!?」


「バカを言え! 一夜限りの、ただのアルバイトだ。かなり単価も高いし、依頼主は、かつて皇帝が愛した女達。ウィリアムにとって、得しかないとは思わんか? ――それともキャサリン、お前がウィリアムのよりよい未来を保証できるとでもいうのか?」



「で、でも……だって、ウィルは……」


「ウィリアム、いいな? これは、お前の将来に関わる重要な役目だ。覚悟して、見事成し遂げよ……!」


「……? は、はい! お任せください殿下! キャシー、心配してくれるのは嬉しいけど、僕なら大丈夫さ! どんなキツイ仕事だって、絶対にやり遂げてみせるよ!」


 さわやかに宣言するウィリアム君だったが、彼は今夜とてもさわやかじゃない目に遭うことだろう。

 ああ、正直代わってもらいたい。




 ***




 その日は昼まで休憩し、昼食の時に集まって作戦会議をすることになった。

 衛兵詰所の割り当てられた部屋へと向かうおれ。本当は、ウィリアム君と同室のはずだったが、彼がアマネさんに連れられて領主館へと行ってしまったので、二人部屋を贅沢に使わせてもらっている。


 部屋はトイレ付きだが風呂はなかった。1階に大浴場があるらしいけど、今は眠くてちょっと行く気になれない。

 せっかくだから、今の内にウンコでもしておこうか。

 

 ブリブリブリブリ~!!

 そういえば、ウンコで思い出したけど、オナモミ妖精とシャオさんの撮影班は上手くやっているだろうか? 絵的にそろそろセクシーシーンが欲しいところなんだけど――。


 おれは片目を閉じ、スキル【共感覚】でオナモミ妖精と視覚を共有した。

 狭い部屋でうつむく誰かの後頭部が見える。


 ――誰だ? ってこれ、おれの後頭部じゃねーか!?

 おい、オナモミ妖精! なんでおれがウンコしてるシーンなんか撮ってんだよ!



(だってよー、オレサマだってイヤだったけどよー、ネコ耳のねーちゃんがおっぱい触らしてくれるって言うからよー、ケケケ……!)

 

 こ、こらー! なにやってんだ、シャオさん!

 もうウンコ終わったよ! 女性陣のとこに行ってくださいよ! お願いしますよ!

 もしかしたら今頃、大浴場でお宝シーンが……いや、入浴シーンはマズイかもだけど、ほら、脱衣シーンぐらいまでなら有りなんじゃない? きっと、キャプティンだって乳首くらいは覚悟してるよ! 多分。




 ***




 便座に座ったままオナモミ妖精と視覚を共有していると、亜空間を通り抜けて別の部屋に出た。 

 部屋にはレナリス婦人とキャサリン嬢、キャプティンの三人が集まっていて、なにやら相談しているようだった。リスピーナさんは……いないな。まさか大浴場か?



「なるほど、願い事を叶えるスキル【サルの手】ですか、ギャンブルで確実に勝利できるならば素晴らしいスキルですね! ただ……、その代償というのがちょっと気になります。どういったものなのですか?」


「オーッホッホ! ご心配には及びませんわ。”嫌いな家庭教師を一身上の都合で辞めさせた時”には”ピアノを丸一日弾き続ける”という代償、親にねだって”麻雀セットを買ってもらった時”には”三日間眠ったまま目が覚めない”という代償、……き、”気になってた男子と同じクラスにしてもらった時”には、”一週間お部屋から出られなくなる”といった程度の取るに足らない代償ですもの」



「ギャンブルで100万以上を稼ぐとなると、”麻雀セットを買ってもらった時”よりも重い代償が出ないとも限りませんよねー? 悪いんですけど、キャプティン、ここに三日間も留まり続けるワケにはいかないんですワ」


「わたくしも同じです。最悪、キャサリン様をおいていかなければならないかもしれません。……そういえば、ギャンブルでスキルを使ったことはないのですか?」


「一度だけ。その……気になってる男子とジャンケンで、勝った方が負けた方に何でも命令できるという賭けをしましたわ」



「な、何でもお?!」


「な、何をしたのです!? ……シタのですか!?」


「わたくしはスキル【サルの手】を使い、望んだとおりに相手が勝利したのですが、わたくしは彼の肩をマッサージさせられたのですわ。……そういえばあの時、これといった代償はありませんでしたけど、なぜなのかしら?」



「ちなみにそのスキルで、今夜、ロイヤルな熟女の相手をさせられるかもしれない彼を救ったりするつもりとかはー?」


「そ、そうですわね。よろしいのですか?」


「それが……どういうわけか、あの日からどうしても彼のことになると、さっぱり【サルの手】が使用できなくなってしまったのですわ」



「……もしかして、それが代償ってことなのでワ?」


 おっと、ついついオナモミ妖精の聴覚を【共感覚】して聞き耳を立ててしまった。

 盗み聞きはよくないよな。

 

 オナモミ妖精くん、次行ってみよう! ここの三人は、全員服を着てるみたいだし。

 リスピーナさんには見つかりそうなので、セリオラ様とグレイス様の所へ。



(オッケー! ぼら行くぜ、ネコ耳のねーちゃんよー!)


 そうしてまた亜空間を抜けて、別の部屋に出る。

 しかし、セリオラ様とグレイス様の部屋に彼女達の姿はなかった。


 片目を閉じたままケツを拭き、トイレから出るおれ。

 


「ふーむ。すると、もしかして二人は大浴場か……!?」


「む? なんだヤマダは、この後風呂か?」



「――!? って、な、なにやってるんですかリスピーナさん?!」


 トイレから出たら部屋に、真っ黒い全身鎧姿のリスピーナさんがいた。

 いつからいたんだ、あんた?



「ノックしたが、返事がなかったものでな。留守かとも思ったが、耳をすますとブリブリ~と聞こえてきたから、ここで待たせてもらった」


「はあ……、そうですか」


 部屋の外まで聞こえていたとは、おれとしたことが……不覚!

 それにしても、なにごとかと思えば「実はヤマダに言っておくことがあってな……、すまんが少し時間をくれ」とのこと。

 

 もしや愛の告白か? ……いや、それはないか。

 ことによると、金髪ぼんぼんとの因縁話かもしれない。


 正直、過去話かこばなにはあまり興味ないし、かなり眠いんで後にして欲しいんだが――とか思っていたが、続く言葉に眠気も飛んだ。


 

「勝手を言ってすまないが、私は同盟を離れることにした。皆にはよろしく伝えておいてくれ」

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