445 予選一日目~二日目――いくらこの勇者ブーマー様でも飛竜には乗ったことありませんぜ?!
「がふっ、げふっ……く、くそったれが!! やりやがったな、ヤマダぁ!!」
ミーム川に落っこちたフジマルが怒鳴っている。銀髪リーゼントが水に濡れてヘナヘナだ。
そんな彼を、ミーム大橋の上から見下ろすおれ。
「王国最強がなんだって? フジマル君、キミこそおっさんをなめるんじゃないぜ! 今度から、おれのことは”ヤマダさん”って呼べよー!」
「ぐうっ……なめやがって、しゃばぞうがぁ!! トラ子ぉ!! 来いっ!! 来おぉぉい!!」
ドゥロン!! ドゥロロン!!
げ!? 大橋のちょっと先に停まっていた三輪バイクのトラ子が動き出した。
フジマルの呼びかけに応じて、箸の欄干を跳び越えミーム川へと飛び込むトラ子。
――まじか! あの三輪バイク、水陸両用か!?
ザッッパ――ン!!
ぶくぶくぶくぶく……。
「あ、沈んだ」
「ト、トラ子ーーーっ!!」
水没した三輪バイクを追って、フジマルも水に潜って姿を消した。
そこをめがけて、長く巨大な影が集まってくる。ああっ、ミズチの群れだ。
……ま、別にいいか。
パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ!
背後を走り抜ける蹄の音に振り返る。白馬にまたがる派手派手鎧の男は、さっき追い抜いた『流星の貴公子』ランスマスターさんだった。
「カーッカッカッカッカッカ――――カバナッ!!?」
ドゴォォォォォン!!!!
ミーム大橋の半ばの辺り、突然の爆発が高笑いを遮った。黒焦げの馬もろとも、流星のように川へ落下するランスマスターさん。……死んだ?!
どうやら橋に地雷っぽい罠が仕掛けられていたらしい。てかこれって、駆け出し三人組、ジェフ君のスキルじゃね?
橋の幅一杯に燃えさかる炎。地雷っぽい罠と併せて、油もたっぷりまかれていたようだ。確か、マイちゃんが油を噴き出すスキルを持ってたと思う。
くそっ、なかなかやってくれるじゃないか。
「あらぁん、たいへぇん! 橋が燃えてるわぁん! イヤだぁん! 困るぅん!」
「おっとっと、これは熱そうですね。こんな所を走ったら、俺の大事なコレクションに焦げ目が付いちゃうじゃないですか。いったい誰がこんな迷惑なことを?」
いつの間にか追いついてきた予選参加者達がミーム大橋の袂に集まりだしていた。その中に、巨大ラクダに乗った褐色エルフのミスティリアさんと、ケンタウリスにまたがったコレクターなんちゃらってヤツもいた。
……え? この燃えてる橋、もしかしておれがやったと思われてる?
「ち、ちがいますよ? おれじゃないです。罠です罠! 罠が仕掛けられてて、ランスマスターさんがそれを踏んだんです」
「あらぁん! クリプトンくぅん、死んじゃったのねぇん? 面白い子だったのに、残念だわぁん」
「おや? 確かあなたは、さっき『チーム銀狼』のフジマルと戦っていたはずじゃありませんでしたか? フジマルはどこに? もしや、彼はもう橋を渡ったんですか?」
「さあ……、彼は川の中を行くことにしたみたいで」
「うそぉん! もしかしてぇ、フジマルくぅんに勝ったのかしらぁん?!」
「な、なんだって!? ――――いや、まだ彼は死んじゃいないみたいですね。しかし、とはいえ、そうですか。そうですね。俺の名前は、ルイ・サカノウエ! 人呼んでコレクター・ルイ! 是非是非、あなたの名前も教えてください!」
「……ヤマダですけど」
「わっちは『デリカテッセン』のミス・ティリア・ドミニクよぉん。でも残念ねぇヤマダくぅん、あと5㎝背があったら、肉奴隷にしてあげたのにぃ。――じゃ、お先にねぇん」
そう言い残して、まだ燃えさかる炎の中へと巨大ラクダを進めるミスティリアさん御一行。確かに、メンバー六人全員が長身でイケメンっぽいぞ『デリカテッセン』。
ああ、あと5㎝……! 厚底ブーツとかで何とかならないだろうか?
「くくくっ、俺は見た目も背の高さも気にしませんから、ヤマダさんが死んでしまったら、死体は是非是非、俺にくださいね? 『コレクター』の名にかけて、きっと有効利用させていただきますよ、この子みたいにね」
この子みたいにね――そう言って、コレクター・ルイはケンタウリスの髪を撫でた。
……つまり、彼女は死体ってことか? 何だコイツ……! やっぱキモいし、なんかムカつくなコレクター・ルイ。
変態野郎は無視だ無視!
「あーそうだ、ミスティリアさん! 橋の上、罠がまだ残ってるかもです、ご注意を!」
「あらぁん、そうなのねぇん。ありがとぅ、ヤマダくぅん」
でへへ……、たまらんな。
あの長乳が、燃えたり焦げたりするのはあまりにも惜しい。
かなうならば、あの長乳に巻かれたり挟まれたりしたかった肉奴隷として。
てか、この罠を仕掛けたのがジェフ君なら、罠が一つだけということは有り得ないだろう。彼の性格からして、橋の上にもまだいくつか仕掛けてあるだろうし、この先、橋以外の場所も警戒した方がよさそうだ。
幸いおれにはスキル【危機感知】があるから罠を避けることが可能だけど――さて、ミスティリアさんとコレクター・ルイの野郎はどう対処するだろう?
ミスティリアさんが合図すると、パーティメンバー六人が駆る巨大ラクダが隊列を縦一列に変えた。
縦一列で橋の上を進み、最後尾にミスティリアさんのラクダが続く。
ドゴォォォォォン!!!!
チュゴォォォォン!!!!
早くも、先頭を行く二人のパーティメンバーと巨大ラクダが罠を踏み犠牲となった。
黒焦げのイケメンを踏み越えて、残されたメンバーとミスティリアさんは燃えさかる炎の中を進む。
……なるほど、あれが肉奴隷の生き様か。おれ、チビでよかったかも。
一方、コレクター・ルイの方は――というと。
「戻れサリー! 出ろ、バンキッド! キミに決めた!」
彼の呼びかけに、ケンタウリスが一瞬で何処かに姿を消し、代わりに身長4m近くありそうな巨人がやはり一瞬で姿を現す。人間離れした風貌だけど一応人間なのかな?
「お、おい、あのでかいの、『迷宮王』じゃねぇか?!」
「バカな、『迷宮王』バンキッドは死んだはずだろ?!」
「だけど、あの”絡み合うアラクネーとラミア”の刺青は確かに『迷宮王』……!!」
「『迷宮王』? ああ、十数年前アルザウス迷宮の下層を占拠して建国宣言をしたっていう道化野郎だろ?」
「バカ言え! どうやったかは知らないが、アラクネーやラミア、エキドナ、ハーピーとかの魔物を繁殖させまくって、スタンピードを引き起こしたっていう大罪人だぜ?!」
「なんでも、当時の勇者が束になっても勝てなかったって聞いたんだが?! 英雄ナタリアがいなかったら、マジでアルザウスが壊滅するとこだったって!」
「なんでこんな所に、死んだはずの『迷宮王』バンキッドがいるんだよ!?」
――ふむふむ。その他予選参加者の皆さんの声を聞く限り、要するにあの巨人も死体ってことかな? そして生前は、モンスター娘好きというマニアックな癖を患っていたと。
「バンキッド、スキル【無敵甲冑】!」
コレクター・ルイの声に反応し、巨人バンキッドがスキルを発動する。
ド派手な変身バンクを経て、いかにも頑丈そうな銀色の全身鎧姿に変身するバンキッド。
「迷宮王」というよりは「宇宙刑事」っぽいんだよな、彼の【無敵甲冑】。
ドゴォォォォォン!!!!
チュゴォォォォン!!!!
コレクター・ルイを肩に乗せて、燃えさかるミーム大橋を悠然と行く全身鎧の巨人。
時折無警戒に踏み抜く罠をものともしない。
そんな様子に、しばらくは呆気にとられていたその他予選参加者の皆さんも、ふと我にかえり、ミスティリアさんの巨大ラクダや巨人バンキッドが罠を蹴散らして通った後を追って橋の上を要領よく進み始める。彼等もああ見えて、一人一人が勇者認定を狙うひとかどの強者達なのだ。
***
その後、ミーム大橋の袂で待つこと数十分。
追いついてきたリスピーナさんと合流できた。
「ヤマダ、無事か!? ……無事みたいだな。良かった。ヤツはどうした?」
「川に蹴り落としてやりましたよ。てか、回復してくれたのリスピーナさんですよね? ほんと、助かりました。ありがとうございます」
「余計な世話かとも思ったが……フフッ、放っておけなかったようだ。――ところで、お前の兜と盾、一応拾っておいたがどうする?」
「あ、助かります」
リスピーナさんから兜と盾を受け取り、兜を被り直すおれ。盾は……ボコボコだけど、念のため装備しとこうか、捨てるにはもったいないしな。
ああ、こんな時に、スキル【世界創造】の『修復』が使えたらなあ……トホホ。
そんな消沈しているおれを見かねたのか――、
「何なら使うか? コレ」
と言って、リスピーナさんが自身の【空間収納】から取り出したのは、クラムボン素材の真っ黒い盾、『黒い許嫁の盾』であった。
私は使わんから――とのことで、ありがたく使わせてもらうことにする。
オッス! 金髪ぼんぼん、また会ったな。また、しばらく世話になるぜ。
>装備 黒い許嫁の盾【防御+44】、【MP-200】、【反属性バリア】、【自動修復】
ちなみに金髪ぼんぼんとは、この『黒い許嫁の盾』に取り憑いている幽霊のことである。この盾が高性能であるにもかかわらず、激安価格で売られていたり女子に嫌われていたりするのは主に彼のせいだったりする。
とはいえ、時々夢枕に立つぐらいでほとんど実害はないので、おれは割とこの盾が気に入っている。特に【反属性バリア】という、魔法攻撃を無効化する効果が、他人より魔法抵抗の低いおれにとってはとてもありがたかったりするのだ。
ボコボコのカイトシールドは、リスピーナさんが【空間収納】に預かってくれるというので、お願いすることにした。回復魔法のことといい、なんだか色々お世話になってすいません。
そうそう、回復魔法といえば、さっきのあれって【大回復】だったのかな? 【大回復】は限られた人しか使えないはずなんだが、その辺のことリスピーナさんに聞いていいものか?
ブシュァァァァァ!!!!
ちょうどその時、ミーム川の水面から水の柱が天高く噴き上がった。
「ぐぅおぉぉぉ!! なめんなぁ、ぬるぬるのウナギ野郎がぁぁぁ~!!」
キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル!!!!
水の柱はドラゴン種ミズチのブレス攻撃みたいなものらしい。
高圧で射出されるレーザー光線のごとき水鉄砲を木刀で受け止めながら、空中に吹っ飛ばされて宙を泳ぐ銀髪リーゼントのフジマル。
おおぅ! まだ戦ってたのか彼。元気だな。
「そういえば、オウガス殿下にからんでた彼のパーティメンバー達は?」
「私が適当に痛めつけておいた。死んではいないだろうが、予選に復帰できるかどうかは知らん。ヤツらの実力次第だな」
川の中で戦うフジマルを橋の上から見学すること更に数十分。
自称勇者ブーマーが操る馬車とオウガス殿下ら乗馬組と無事合流することができた。
おれは、橋の上に罠が仕掛けられている可能性があることを説明。
全員一旦馬車を降り、馬車をギース君が【空間収納】に収納し、少し火勢は弱まったとはいえまだくすぶっている橋の上を徒歩と馬で行くことにする。
おれが、スキル【危機感知】で罠を探り、レナリス婦人がスキル【砂の蛇】で炎を消す。
安全第一で慎重に進む。
「どけどけどけどけー!! チーム『ガンガンズガン団』ガンサク様のお通りだぜぇ~!!」
「キャ~!! ガンちゃん最高~!! ステキ~!!」
「邪魔よ邪魔よ~!! ザコどもは端っこ歩きなさ~い!!」
「風になるの!! わたし達、風になるのよ!! ガンサクもっと!! もっとスピード出してぇ!!」
途中、荷馬車を疾走させる騒々しい冒険者パーティ四人組が追い抜いていった。なんと、男一、女三のハーレムパーティである。
てっきりおれ達が一番最後尾だと思っていたけど、馬や馬車の手配に手間取って出遅れた予選参加者が案外まだまだ後ろにいるのかもしれない。
「おいヤマダ! 本当に罠など仕掛けられてい――」
チュドォォォォン!!!!
オウガス殿下の言いかけた言葉を遮るように、前方で『ガンガンズガン団』の四人組が罠にかかり荷馬車もろとも爆発で吹っ飛んだ。
あら、いい気味ね――と誰かが言い、皆が一様にうなずいた。
***
安全第一で慎重に、おれ達はどうにか無事にミーム大橋を渡り終えた。
既に日は傾き、空はオレンジに色を変え、ミーム川から吹く風は夜の気配をまとう。
冬の陽は短い。
そんな黄昏時に男が一人、道の端にひざまずいていた。
てか、あの派手派手な鎧はもしかして――、
「――ランスマスターさん?!」
「やや、貴殿は橋の上で追い抜いた方でしたかな? これは恥ずかしいところを見せてしまった、カッカッ……」
「あ、ヤマダです。いえ、特に用事があるわけじゃないので、これで……」
「実は吾輩、先程、長年連れ添った愛馬を亡くしましてな。ほれ、こうして亡骸を埋葬し弔っていたというわけなのである」
ランスマスターさんの言うとおり、道ばたにこんもり盛り土があって、愛馬の遺骸をそこに埋葬したんだろうなというのが見て判った。
それはそうとこの人、あの状態でミーム川を泳ぎ切ったってことか? ミズチの群れを退け、愛馬の遺骸を連れて? 見た感じ、ランスマスターさん自身は無傷っぽいし。
ジャヤコディさんは口だけの人って言ってたけど、やっぱり結構侮れない感じの人なんじゃ……?
「それは……なんていうか……、お悔やみ申し上げます。では、おれはこれで……」
「吾輩の不注意で!! コメット号を死なせてしまったのだ!! ああ、吾輩はいつも愚かだ!! 何もかも失って初めて気付くのだ!! あの時もっとコメット号と一緒にいてやればよかったと!! あの時もっとコメット号に優しくしてやればよかったと!! あの時もっと……吾輩はいつも……どうして何もかも……!!」
「……解る!! 解るぜぇ!!」
え!? なんだか興奮し始めたランスマスターさんに、やばい。どうしよう。とか思いつつ、立ち去ろうにも立ち去れず立ちすくんでいたら、背後から別の男の声がして慌てて振り向くおれ。
「……フジマル君?!」
そこにはずぶ濡れの銀髪リーゼント、フジマルの姿があった。たった今川から上がって来たばかりのようで、両脇にミズチの死体を一体ずつ抱えている。
リーゼントはヨレヨレ服はボロボロだが、彼もミズチの群れを退け無事にミーム川を泳ぎ切ったらしい。
「俺もついさっき、愛馬のトラ子を不注意で水没させちまった。目を閉じれば思い出す、あいつと駆け抜けた青春の日々! 頬をなでる風! 尾てい骨から背骨を駆け抜ける排気音! すべてトラ子と伴にあったんだ!! なあトラ子、まだまだ一緒に見たい景色があったっていうのに、なんで先にイっちまったんだよ!! なあ、トラ子ぉ!! トラ子ぉぉ――!!」
「ぬおぉぉぉ!! 解る!! 解るぞぉフジマル殿!! 吾輩たちは同じではないか!! 同じ哀しみを知る者同士、思い出を分かち合おうではないか――!!」
「ぐぅぉぉぉ!! 俺達は同じだよな?! 同じ哀しみの空の下に産まれ落ちた双子の堕天使なのさ!! ランスマスターの旦那――!!」
とかなんとか意気投合してるっぽいランスマスターさんとフジマルの二人をその場に残し、ゆっくりと後ずさり距離をとったおれは、一目散に走って逃げた。
ドゥロン!! ドゥロン!! ドゥロローロン!!
すっかり陽も落ちた頃、まばゆいライトで道を照らして背後に迫る三輪バイク。
「よお! アンタとのリベンジマッチは、決勝トーナメントまで預けることにするぜ! 今は、二代目トラ子との時間を大切にしたいんでな! じゃあまたな、ヤマダさんよ!」
「カッカッカッ! お先に失礼するのである、ヤマダ殿!」
とか言い残し、二代目トラ子に二人乗りのフジマルとランスマスターさんは、おれ達一行を追い抜いて、ドゥロローロン!! と走り去って行った。
……二代目? スキルだよね? 再召喚しただけじゃねーの?!
***
旧帝都モルガーナに到着したのは、日付をまたいで空が白み始める頃だった。
40mあるという異様に高い外壁が、威圧感たっぷりにおれ達を出迎える。
日本の田舎でダムを間近に見た時のことを、なんとなく思い出した。
とはいえ、そんな時間に外壁を通過できるわけもなく、開門の時間までは門の前で待つことになる。
周囲を見回せば、おれ達と同じように開門時間を待っている予選参加者らしき一団がそこかしこにいる。しかしその中に、先へ行ったミスティリアさん達『デリカテッセン』の面々やコレクター・ルイの野郎も、フジマルとランスマスターさんのコンビでさえ見つけられなかった。
昨夜の閉門時間に間に合ったのか、それとも何か特別なやり方で外壁を越えたのか?
昼間の様子からして、オウガス殿下辺りがダダをこねて門番と揉めたりする展開も警戒したが、長距離移動で疲れたのかそんなことにもならず皆、ただ静かに日が昇るのを待ち続けるのだった。
――ふと、妙な気配を感じて顔を上げると、闇の中に情けない顔をした金髪男が立っていた。
早速出やがったな……! 『黒い許嫁の盾』に取り憑いている最初の持ち主の幽霊、金髪ぼんぼん。相変わらず、全裸に真っ黒い盾だけを装備している。
『…………ヒホウ』
お? あんだコノヤロウ、おれに使われるのが不満だってか?
『――悲報、僕のリスピーナたんが盾を使ってくれない件……!』
……!? 「僕の」? リスピーナさんって、金髪ぼんぼんの許嫁だったリスピーナさんと同一人物なのか? ぼんぼんの生きた時代って結構大昔だと思ってたんだが?
てか、以前コイツ、「リスピーナ許さない」とか言ってなかったっけ?
『憎さあまって感度三千倍だよぉ、びくんびくん! ああ、セクハラしたい~、五百年分の妄想をぶちまけたい~!』
……そうやってキタナイ欲棒をモロ出しにしてるから遠ざけられるんだろうが。
しかしリスピーナさん、五百歳越えってこと? エルフかなんか?
『リスピーナたん本人のわけないさ~でも、【記憶】だけはそこにあるんだよぉ~ああっ、びくんびくん!』
……? なんのこっちゃ意味が解らん。リスピーナさんも幽霊だとしたら、金髪ぼんぼんなんかとは格が違う大悪霊なんじゃないだろうか? 鎧ごと元気に動いてるし。
『頼んだよ~相棒! くれぐれも、このままリスピーナたんと離れ離れ――なんてことがないようにね。この予選期間中にじっくり距離を縮めてもろて、いい塩梅にセクハラを繰り返しつつ、もう辛抱たまらんってくらい熟れた肉体の劣情を煽ったうえで、結果的に自らこの盾のカドの所! ここん所をおまたに押し当てて性的満足を得てしまうような感じで……』
また難しいことを簡単そうに……どいつもこいつも、無茶言いやがって!
***
「アホか! リスピーナさんがそんなもんで角オナとかするわけねーだろ!」
「……? 何の話だヤマダ? 角オナとはなんだ?」
げ!? 気がつくと、黒兜の奥でリスピーナさんの黒い瞳がおれの顔を覗きこんでいた。
少しウトウトしていたらしい。
「か、かどおな、かろおな、過労な? リスピーナさん、お疲れじゃないかなぁって……でへへ?」
「疲れたのはヤマダの方だろう。少しは眠れたのか?」
「なはは、実は少しうなされまして……」
「もしや、もう会ったのかヤツに――」
おれが装備している『黒い許嫁の盾』を見て、全てを察したようにリスピーナさん。
「実は以前から、この盾と彼とは面識があるんですよ、おれ」
「……そうだったか。ヤマダには、いずれ聞いてもらおうか……、私とヤツとのことを」
え? おれとしては、昔の人同士、直接話し合って成仏するなり角オナするなり勝手にして欲しいところなんだが……、まいったな。
カラーンコローンと時を知らせる鐘の音が壁の向こう側から聞こえてくると、周囲の予選参加者たちが一斉にそわそわしだすのが判った。
五時か六時かは分からないけど、やっと開門の時間らしい。
「よし! さっさと行くぞ者ども! 俺に続け!」
せっかちなオウガス殿下が馬を進めると、大あくびをしながら御者勇者ブーマーも馬車で追従する。
ブルルッ、フシュゥ……!!
突然勝手に立ち止まる馬。
落馬しそうになって慌てる殿下。
それは殿下の馬だけではなく、門に近づいたすべての馬が立ち止まり進まなくなってしまう。
ぎゃおおおおおぉぉんん!!!!
その答えは、門の向こう側にあった。
冷えた大気を震わせる雄たけびと共に、門の内側から飛び立つ三体の飛竜。
その背にまたがるのは、白銀の鎧を身に着けたドラゴンライダー達である。
飛竜の咆哮に驚いて、結局落馬するオウガス殿下。
おれ達は、悠々と大空を飛び去る三体の飛竜をただ茫然と見送るばかりだった。
……もしかして、彼らも予選参加者だろうか? てか、飛竜はずるくね?
「飛竜はずるくないか!? くそっ、『シルバスタ』め!!」
「あわてなさんなって、たかが予選じゃねぇか。なあ?」
「そうそう、予選は300位までに入ればいいのさ。俺達って先頭集団じゃん?」
「だな。少なくとも、門の前で夜を明かすようなのろまどもとは格が違うってーの?」
のろまなおれ達を押しのけて、門の中から十数人の若い冒険者達が現れる。
どうやら彼らも予選参加者か? しかも、昨日の内に第一チェックポイントで記念メダルを手に入れて、これから第二チェックポイントへ向けて出発ということらしい。
行くならさっさと行けばいいのに、門の前をだらだらと歩き通行を妨げる若い冒険者達。
「なーに馬なんか乗ってんだよ? ばっかじゃねーの? 馬より走るの遅いやつが勇者になんかなれるはずねぇーべ?」
「ぎゃはは!! 初心者には、ニジの街のダンジョンがオススメでちゅよー!!」
「おっ、そこのおねぇちゃんカワゥイイねぇ? ウチのパーティにこなぅい?」
「おらおら、じゃまじゃま!! 先頭集団様に頭がたけーぞ、のろまどもが!! さっさと道を――!?」
カルカルカルカル……!! カルカルカルカルカルカルカル……!!
特に態度の悪かった八人の若い冒険者達の上半身が、またたく間に四角い氷に覆われて、強制的に黙らされた。
よせばいいのに、大声で騒いだせいで、馬車の中で眠っていた女性陣を起こしてしまったようだ。
「まあ、ヤツらの言ってることも、もっともではあるがな」
リスピーナさんの言うとおり、この先も馬とか馬車を使っていては予選を突破できるか怪しいと思う。
現に、予選参加者と思われる集団が門の内側からぞろぞろと出てきて、氷漬けになった八人を蹴っ飛ばしたり踏んづけたりして走り去って行った。彼等全員、氷漬けの八人同様、昨日の内に旧帝都モルガーナに到着して記念メダルも取得済みってことだろう。
馬より早い乗り物とか手に入らないものだろうか?
「飛竜とか安く売ってないですかね」
「ちょちょちょちょ、ヤマダのアニキ! いくらこの勇者ブーマー様でも飛竜には乗ったことありませんぜ?! 王国中探したってなかなかいませんよ、あんな『シルバスタドラグーン』みたいな連中は」
馬車を操る御者勇者ブーマーが言った。
そういやそうか。飛竜だけ買っても意味ないか。
……まてよ、ここってモルガーナ公爵様の領地ってことだよな?
おれは、メイドのアマネさんと巨大ドラゴン、ライティのことを思い出したが首を振った。知り合いってだけで関係最悪だったわ。腕切り落としたりしてるし……むしろ、おれがいないほうがいいまである。
モルガーナ公爵様が王様のお姉さんってことは、王様の孫であるオウガス殿下との関係ってどんな感じなんだろ? お正月に会ったら、お年玉ぐらいもらえたりする間柄だったらいいんだけど。
「さっきのガキどもも口にしていたが、その『シルバスタ』とはあのドラゴンライダー達のことでいいか?」
「ありゃりゃりゃりゃ? リスピーナのねえさん、『シルバスタドラグーン』を知らねぇんですかい?」
知ってるか? という感じでリスピーナさんがおれを見るので、首を振るおれ。
そんなおれ達のやりとりに、なぜかオウガス殿下が過剰に反応して口を挟んできた。
「バカめ!! キサマら、バカめ!! 冒険者のくせに『シルバスタドラグーン』を知らんとは、とんだバカチンどもだ!! いいか!? 特別にこの俺が説明してやるからよく聞け!! いいか!? 全ての冒険者の頂点に立つS級冒険者!! 王国に5人しかいないS級冒険者の中でも最強と云われているのが竜騎士ビュート・サラマンドラだ!! いいか!? そして、かの者が団長を務める王国最強のドラゴンライダーパーティこそがっ『シルバスタドラグーン』なのだ!! バカめっ!! 剣鬼の異名を持つ副団長バッシュ・リィンソール!! 鎖分銅の達人で紅一点メイダ・コッカー!! クールな弓使いゼンガー・ナツキ!! いずれ劣らぬ、至高にして最強のドラゴンライダー達なのだ!!」
……そ、そうか。と、若干引き気味のリスピーナさん。
よくわかりましたよ、殿下が『シルバスタドラグーン』大好きってことが。
そういえば、彼の親父さん、第二王子オギノスもドラゴンライダー大好き男だったっけ。
この際なので、ついでに気になったことを聞いてみようか。
「四人組パーティなんですね『シルバスタドラグーン』。でも、さっきの飛竜は三体しかいませんでしたけど?」
「バカめ!! ヤマダのバカめ!! いいか!? 団長のビュート・サラマンドラはS級冒険者だと言ったであろうが!! S級冒険者が予選に出るわけなかろう、バカめ!! いいか!? 当然ながら、竜騎士ビュート・サラマンドラは予選免除で決勝トーナメント出場だ!! バカめ!! そして勇者になるのだ!! 決まってるだろうが、バカめ!!」
聞くんじゃなかった。