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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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444 予選一日目――どうした!? なぜ、スピードを落とすのだ!?

 えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ……!

 ミズチの群れに襲われている犬耳の大男グランDさんを見捨てて、ミーム川を見下ろす街道を走り続けること二時間と少し、予選参加者らしき人たちが道の端でへばっているのをちらほらと見かけるようになる。

 おいおい、いくら何でもへばるの早すぎないか? 君たち、レベル足んないんじゃない? と、上から目線おれ。


 しかしそんないい気分に水を差すように、前を走っていたオウガス殿下達の乗る馬車が急にスピードを落とす。

 え? え? なんかあったの? と、思ったのはおれだけじゃなかったようで、馬車の中から殿下の不機嫌そうな詰問きつもんの声が飛ぶ。



「おい、御者! どうした!? なぜ、スピードを落とすのだ!?」


「へぇ、勇者ブーマーさまの【騎乗】スキルをもってしても、そろそろウマ公がへばってきたようで。この辺で休憩入れとかないと、せっかくのいい馬がつぶれちまいやすぜ」



「バカを言うな!? そんなことをしていては、先を行く者どもに追いつけぬではないか!?」


「殿下、馬も生き物です。無理をして潰してしまっては、その先、自分の足で走ることになってしまいますよ」


「あーキャプティン聞いたことがあります、馬はそれほど長時間走り続けられる動物ではないんだわ。休み休み行くのが、結局一番速いかもですよ」


「わたくしも同意見ですわ、ウマを酷使するのはウマくないと思……ぶほっ! ウマを酷使するのはウマくないと……ぶほほっ!! い、いいえ違いますわ! ダジャレではありませんのよ?」


「ところで殿下、チラチラチラチラと、シルバー様の胸を見過ぎじゃありませんこと?」


「殿下、こんな狭い場所に男性お一人では肩身が狭くありませんこと? リスピーナ様に席を譲られてはいかかですか?」


 馬車に同乗している女性陣にあーだこーだ言われて、「うっ……そ、それは……」と次第に大人しくなるオウガス殿下だった。




 ***




 そんなわけで一旦休憩となり、御者勇者ブーマーは道の端に馬車を停めた。


 早速馬車から降りてきたレナリス婦人とセリオラ様、キャプティン、キャサリン嬢が四人連れだって河川敷の草むらに分け入っていく。おそらくは連れションだろう。



(おい、ヤマダ! 女どもが尻丸出しでションベンしてるけど撮るよな? いいよな?)


 と、撮影班のオナモミ妖精からおれの脳内に直接問い合わせが入る。

 うーん、勝手に撮っちゃった分にはしょうがないかなと思うけど、そんなふうに聞かれちゃうとな……。おれは、少し悩んだ末、「それは止めておこう」と返事した。それやっちゃったら、ただの犯罪だよ。


 ところで、ションベンと言えばグレイス様なんだけど、一緒に行かなかったよな連れション。大丈夫なんだろうか? 膀胱ぼうこうの方は――と、気になったので何気なく見ると彼女は、”透明な水桶”に魔法で水を満たして馬たちに与えていた。

 ……なんだろう。ああしていると、あんなに高慢ちきで意地悪いグレイス様が、ちょっと聖女様っぽく見えてしまうから不思議なもんだ。





 草の上に座り込み、水筒の水で水分補給するおれ。リスピーナさんも隣に座る。

 おっと、もしかして水飲んだりするときに、けっこう美人らしいお顔が見れたりしないだろうか?



「シルバー様とやらのあの”透明な水桶”は、先ほど騎士たちを氷漬けにした技の応用だろうな。”透明な水桶”に満たした水を凍結させれば【クリスタルコフィン】といったかな? あの技の完成というわけだ。若いのに随分とこなれた手管てくだを持っているじゃないか。上級魔法【プロミネンス】を躊躇ちゅうちょなく使うゴールド様といい、なかなかあなどれんなムチムチガールズ」


「リスピーナさんの、極細【マジックコーティング】の刃もすごかったですよ」


 いちいち訂正するのも面倒だし、もう「ムチムチガールズ」でいっか。二人ともおっぱい以外は割とスレンダーでムチムチってほどじゃないんだけど。


 やがて、レナリス婦人たち四人の連れション女子たちが草むらの中から戻ってくると、入れ替わりにグレイス様が一人草むらへと向かう。



(ケケケ……! 今度はおでこのネーチャンがきたぜ、撮っていいかー?)


 再びオナモミ妖精からの問い合わせである。

 ふーむ、どうしよう? グレイス様はションベンOKな気もするが……。


 そんなことを考えていたら、隣に座っていたリスピーナさんが不意に立ち上がった。



「さて、私も念のため出しておくとするか。言っておくが覗くなよ? 【マジックコーティング】の網にかかったヤツは、人だろうが魔物だろうが、妖精だろうが細切れだからな?」


 ド、ドキィ! いやいやいや、どうしよう? じゃねーよ! ダメに決まってるし! 犯罪だっつーの! ――オ、オナモミ妖精君、ションベンはNGだ! 撮影はもちろん覗くのも止めておけ! もう一度言うぞ、くれぐれもションベンはNGだ!


 

(ちぇー! だったらよ、ノグソはOKかー?)


 ノグソもNGだよ! 撤退だ撤退! 命が惜しけりゃ撤退しとけ! 細切れにされちまうぞ! てかグレイス様、ノグソかよ!




 ***




 ああいい天気だな。ミーム川から吹く風は河川敷の草を揺らし、なんだかとても心地いい。心なしかウンコ臭いのは、きっと馬のやつだろう。


 雄大な川の流れを眺めてしばしボーっとしていたのだが――ん!? スキル【危機感知】反応! 腰を下ろした状態のまま身体をひねると、鎧の肩当てをかすめるように【火球】の魔法が通り過ぎていった。

 危なっ! そういえば、【認識阻害】も今は効いてないんだっけ。射線をたどって視線を巡らせば、おれたちがやって来た方向――王都方面から街道を走ってくる予選参加者と思しき団体十数名が見えた。スキル【危機感知】に頼るまでもなく、明らかに敵意むき出しって感じである。

 ――なんだてっきり、こそこそグレイス様の後をけて草むらに向かった御者勇者ブーマーが見つかったのかと思ったぜ。



「散開しろ!! 反撃が来るぞ!!」

「撃て!! 撃て!! 近づけさせるな!! 俺の範囲魔法完成まで時間を稼いでくれ!!」

「おい、馬と馬車には当てるなよ!? あとできれば、女も殺すな、お楽しみが減っちまう!!」

「ぐへへっ!! ちょっとぐらいなら、回復魔法でキレイにしてヤるさー!!」


 とかなんとか好き勝手言ってるのが聞こえてくるけど、よく見たら彼ら、ここまでの道中、道の端でへばってたやつらじゃねーか! 馬とか馬車とかがうらやましくって即席の同盟を結んだって感じかな?

 多分おれたちより先に、ラクダとかケンタウリスとか、三輪バイクとかも通ったと思うけど、なんでよりによってうちを狙ったかな? いいの? うちの同盟、頭のおかしい元聖女様とかいるけど、本当にいいの?



 ぼっ!! ぼっ!! ぼっ!! ぼっ!!

 ヒュン!! ヒュン!! ヒュン!! ヒュン!! 

 射程ギリギリの距離から、次々と放たれる【火球】やら【石礫】やらの魔法。


 ズ……ズゾゾゾゾゾゾ……!!

 地面から【砂の壁】が立ち上がり、飛来した魔法のほとんどを受け止めた。

 誰がやったんだろ? と思って振り返ると、どうやらレナリス婦人のスキルらしい。



「ゴールド様、シルバー様は魔力を温存してください。この場は、わたくしと夫が引き受けさせていただきます。あなた、準備はよろしいですか? ――ええ、わかってます。まず最初は範囲魔法を準備している痩せた方からですね」


 夫のスプリングさんは、レナリス婦人の言葉に黙ってうなずき、自らの【空間収納】から白く美しいサーベルを取り出すと、ゆっくりと襲撃者達に向かって歩き出した。

 歩きながら、スルリと片刃を抜き放つ。

 降り注ぐ魔法攻撃は、婦人の【砂の壁】がことごとく受け止め、彼まで届かない。



「くそっ、なんだあの包帯野郎、舐めやがって!!」

「魔法が全部、砂山に当たっちまう!! こうなったら、直接やってやる!!」

「よ、よしっ、俺も前に出るぜ!!」

「待て、もう範囲魔法【風穴】が完成す――なっ!!?」


 範囲魔法を今正に放とうとしていた痩せた男の脚に【砂の蛇】が巻き付き捕らえた。

 

 ズズズズズズズ――!!

 【砂の蛇】はそのまま地面の上を移動し、痩せた男をスプリングさんの目の前まで引きずってくる。



「――くっ、くそっ!! そう簡単にやられてたまるかっ!!」


 相変わらず無言のまま、美しいサーベルを振り上げたスプリングさんに対し、痩せた男も腰に差した剣を抜き放つ。


 ブォンンン!!

 サーベルと剣が打ち合わさって金属音が響くと思いきや、奇妙な音とともに痩せた男の剣が消滅していた。

 その勢いのまま、スプリングさんのサーベルが痩せた男に触れると――


 ブォンンン!!

 また奇妙な音を残し、今度は痩せた男の上半身が消滅した。【砂の蛇】に捕らわれた下半身だけがその場に残る。



 ……な、な、なにあれ、コワい! 何だあのサーベル! 触れたら一発消滅!?

 ショッキングなシーンに、襲撃者の皆さんも、今のところは味方のおれらもドン引きである。



「あの~、キャプティン聞いたことがあるのですがぁ、あの【分解】現象は【エレメンタルバースト】という最強の聖剣『ユニコーン――」

「いいえ、違いますよ? 夫のあれは魔剣なのです。『魔剣ブギーナイト』と云うのだそうです。第一、こんな所に聖剣があるわけないじゃないですか? ウフフ、キャプティン様ったら」

 

 キャプティンの言いかけた言葉を、食い気味に否定するレナリス婦人。……あっれー? いつも上品で優しそうな婦人にしては……なんだかなぁ?



 そんなやりとりの間にも、レナリス婦人の操るスキル【砂の蛇】が順番に襲撃者を捕まえては、スプリングさんの前まで引きずってくる。

 スプリングさんは、流れ作業のように「魔剣ブギーナイト」を振るい、襲撃者の上半身を次々と消滅させていく。


 やがて、彼の周囲には十数体の下半身だけが残り、その下半身さえも砂の中に飲み込まれて消えてしまった。





「なんだ、もう終わってしまったのか?」


「ええ、まあ」


 河川敷の草むらの中から戻って来たリスピーナさんに尋ねられて、曖昧にうなずくおれ。

 あの魔剣の効果は広くみんなに周知したいけど……なんだろう、レナリス婦人がこっちをずっと見てる気がして、なんだか話しづらい。


 ん? リスピーナさんの後ろに、【マジックコーティング】の赤い光の糸でぐるぐる巻きにされた御者勇者ブーマーがいた。……やっぱ、捕まったんか。



「ああ。この男、シルバー様が埋めた穴を掘りかえそうとしていたものでな、どうしたものかサブリーダーのヤマダに相談しようと思って斬らずに連れてきた。こやつ以外に、馬車を操れる者がいないのだろう?」


「……ちなみにこのこと、シルバー様には?」



「言っていない。言えばこの男がどうなるか、なんとなく想像がついたからな」


 良くて一瞬で氷漬け。悪ければじわじわ氷漬け――といったところだろうか?

 


「アニキ! ヤマダのアニキ! 憐れなオイラを助けてやってくだせぇ! どうか、リスピーナのねえさんにとりなしてやってくだせぇ! もうこんなことは、金輪際こんりんざいやんねぇって誓います! だからどうか、命ばかりは! 命ばかりはぁぁぁ~!」


 急に「アニキ」とか言いだしたぞ御者勇者ブーマーのヤツ。まったく、調子のいい野郎だ。だけど、そんな風に頼られると悪い気はしないなあ。てへへ。



「ふーむ。ブーマー君さ、キミはアレかい? 女の子のおっぱいとかお尻とかよりも、ウンコとかオシッコとかに興味あるタイプの変態かい?」


「ち、違うんでさぁアニキ! オイラはただ、シルバー様のウンコを食おうと思っただけで……っ!」



「食うタイプか……」

「食うタイプなのか……」


「いや、違っ……そうじゃねぇ! そうじゃねぇんで!」





 その後よくよく話を聞いてみると、勇者ブーマーは案外ノーマルに女の子のおっぱいとかお尻とかが好きなタイプだと判った。ついでに、脇の下も大好きだと言っていた。

 

 ではなぜシルバー様のウンコを食おうとしたのか? という話であるが、コトの発端は先月末の護国祭初日にさかのぼる。おれとベリアス様が円形闘技場で決闘したあの日である。


 夕暮れ時、ブーマー三十五歳は日雇いで円形闘技場の清掃に駆り出されていた。

 日が暮れると冷え込みも増し、適当に終わらせてさっさと引き上げようと思っていたものの、昼間の全裸騒動とかで荒れ果てた客席を前に、どこから手を付けたらいいものかと、途方に暮れていたという。

 そんな時、日雇い仲間の一人が、客席で有り得ないモノを見つけて声を上げた。彼が見つけた有り得ないモノとは、湿ったウンコであった。

 初めは、誰がこんな所でウンコしやがったんだ! と腹を立てていた仲間達であったが、昼間の騒動を知っていた事情通の誰かが「これ、もしかして聖女セリオラ様が漏らしたウンコじゃね?」と言いだしたそうな。

 状況は一変し、その聖女セリオラ様のウンコ――聖汚物をどうしようかという議論が仲間内で交わされ、結果的に、ブーマーはその聖汚物を食ったということらしい。



「そしたらなんか、急にレベルが1上がりやして、ステータスの称号が『糞食の勇者w』になったってわけでさぁ! へへっ、勇者ブーマー様としては、勇者選考会に出ない理由がねぇでしょう? それからもオイラ、いろんなヤツのいろんなウンコを食ってみたけど、以来ぜんぜんレベルも上がらずじまいで……、まあそんなわけで、また聖女様のウンコが食えねぇもんかと狙ってたワケで、へっ、へへっ……い、いや、もうしません! もうしませんって!」




 ***




 休憩を終えて、再び街道を行くおれ達。

 御者勇者ブーマーは、今回に限って許されることになった。

 あまりにもアホすぎて気が抜けたというのもあるが、馬を潰さずに二時間以上もいいペースで走らせられる彼の【騎乗】スキルが案外優秀だったからでもある。


 それはそうと、オウガス殿下は結局馬車を追い出されてしまった。今は、彼の代わりにリスピーナさんが馬車に乗っている。


 さて、オウガス殿下はというと――、



「おい、ウィリアム、俺に馬をよこせ! ――ん? おまえは【動物変化】でもして走ればいいだろ!」


「そんなぁ、酷いですよ殿下……」


 みたいなやりとりがあって、オウガス殿下はウイリアム君の馬を取り上げてしまう。

 さてそうなると、ウィリアム君は――、馬車の陰で服を脱ぎ全裸になると、スキル【動物変化】を使用した。


 彼は今、四足歩行ではあるが、馬のような鹿のような奇妙にデッサンの狂った動物に変化しておれの横を走っている。

 ほとんどの【変化】と名のつくスキルは、絵心がないと上手く【変化】できない――というのは案外よく知られた常識らしい。


 そんな彼の姿を見て、「キャハハハハ!!」と爆笑していたのは、キャサリン嬢だった。いつのも「オホホ!」笑いを忘れるほど、ツボに入ったようだった。




 ***




 少し遅いお昼休憩の後は、リスピーナさんがまた走ると言いだしたため、代わりにウィリアム君が馬車に乗ることになった。

 てっきり自分が乗れると思っていたらしいオウガス殿下が凄い目でにらんでいたが、女性陣ににらみ返されて、結局何も言わずにまた馬にまたがった。





 一度襲撃されて以降、コレと言った妨害もなく順調に距離をかせぐおれ達一行だったが――、順調すぎたせいか、前方を行く『チーム銀狼ぎんろう』にとうとう追いついてしまう。三輪バイクを駆る銀髪リーゼントの彼が率いるA級冒険者パーティだ。


 街道を道幅一杯に広がっていて、すんなり横を通してくれそうな感じではない。

 ここは近づき過ぎず、少し距離をとって相手を刺激しないようにするのが得策だろう。



「キサマら、邪魔だ!! 道を空けよ!! 【王令】である!! 道を空けよ!!」


 げげっ!!? オウガス殿下が、馬で『チーム銀狼』に突っ込んで行きやがった!

 てか、スキル【王令】が効いてるのか、三輪バイクの後ろを走ってる個性的なパーティメンバー達が道を空けてくれてる?!


 意気揚々(いきようよう)と空いた道に馬を突っ込ませるオウガス殿下。



「殿下! お待ちください、一人では――!」


 馬を加速させギース君も殿下の後に続こうとするが、空いた道は閉ざされてしまう。

 『チーム銀狼』の集団の中に、オウガス殿下が一人取り残されてしまった格好だ。



「おい!! 俺は道を空けろと言っているんだ!! 【王令】が聞こえなかったのか!?」


「んぁああ!!?」

「ぁあんのかテメー!!」

「っこすぞぉコラァァァ!!」

「ちょーしこぃてんのかぁああん!!?」

「ぃてこましたろかぁーがきぃ!!?」

「け~つだ~せや~ごらぁ~!!」

「んめてんじゃあねーぞぉしゃばぞうがぁ!!」



「ひっ、ひぃぃ~っ!!」

  

 周囲から意味があるようで無いようなセリフでよってたかって【威嚇】され恐慌状態に陥るオウガス殿下。

 ……これはマズいな。オウガス殿下が泣いちゃいそうだ。


 おれは全力ダッシュで前を走る馬車を追い越し、道を塞ぐ『チーム銀狼』の最後尾まで接近した。

 ――スキル【遅滞】発動! 周囲の時間がゆっくり流れ出すと、おれはオウガス殿下をとり囲んでいるヤツらの隙間に飛び込み足をひっかける。【遅滞】の効果終了までに四人をすっ転ばせて、オウガス殿下の駆る馬が包囲を逃れるための穴を作ってやった。

 

 ――!? 【危機感知】反応!! スキル【遅滞】の効果終了と同時に、おれの真横までいつの間にか移動していた三輪バイクの彼が、長大な木刀を振り下ろしてきた。


 ガイィィィン!!

 とっさに抜いたガリアンソードで、木刀を受け流すおれ。

 【遅滞】が切れた瞬間を狙ってくるとか、とんでもない戦闘センスだ……!



「ヒャッフゥゥ! やるじゃねーかおっさん! タイマンといこうぜ、なあ?!」


「いいえぇ、おれなんかとてもとても。このまま下がらせてもらいますんで、どうか後ろのことはお気になさらずに」



「つれねぇこと言うなよ、そっちが売ってきたケンカじゃねーか、なあ?!」


「いいえぇ、こどものしでかしたことですからー、どうか見逃してやってください。彼には、こっちでよく言い聞かせておきますんで――って、あれっ!?」


 なんだこりゃ? 三輪バイクから距離をとろうとするが、どうしても一定距離以上離れることができない。銀髪リーゼントの周囲およそ3mの辺りに空気の壁があって、無理に離れようとすると、押し戻されてしまうのだ。

 てか、三輪バイクはずっと一定速度で走行中だから、おれも同じ速度を保って走り続けないと背中を空気の壁に押されて引きずられるような状態になる。



「逃がさねぇぜ! スキル【走死走哀そうしそうあい】! どっちか死ぬまで、走り続けるってことさ! つきあってもらうぜ! なあ、おっさんよぉ!」


 ドゥロン!! ドゥロロン!!

 三輪バイクが加速する。銀髪リーゼントのスキルに囚われて、おれも走るスピードを上げざるを得ない。――まてまてまてまて待ってって! いくらレベルアップしたからって、三輪バイクと並んで走れるわけないだろが?!

 

 ――スキル【浮遊】!

 おれは早々に自分の足で走るのをあきらめて、地面から20㎝【浮遊】し三輪バイクに引っ張られるに任せてしまう。


 カン!! コン!! カカン!! 

 繰り返し振り下ろされる銀髪リーゼントの木刀への対処だけに集中する。

 ……木刀? ガリアンソードで断ち切れない木刀なんてありえるか?


 ドゥロン!! ドゥロローロン!!

 銀髪リーゼントの駆る三輪バイクは更に加速していく。『チーム銀狼』のパーティメンバーや御者勇者ブーマー操る馬車を置き去りにして、ぐんぐん加速し、さっきまで辛うじて付いてきていたリスピーナさんをも遂には置き去りにした。


 こうも離れてしまっては、同盟仲間からの助けは期待できなそう。リスピーナさんの極細【マジックコーティング】とかスプリングさんの「魔剣ブギーナイト」とかで助けて欲しかったけど仕方がない。

 ――クールタイムはもういいかな? スキル【遅滞】! 一気に勝負を決めようと再び切り札を切った。周囲の時間が【遅滞】して、ゆっくりと流れ始める……!


 おれは、前方を走る三輪バイクに急接近し、銀髪リーゼントにガリアンソードを振り下ろした!

 

 ドゥロロン!! その瞬間、急加速する三輪バイク。おれの攻撃はむなしく空を斬った。

 ――う……そだろ!? ゆっくり流れる時間の中で、それでもなお単純に速い……!

 おれの目の前で、三輪バイクは片輪を浮かせてクルリとターン!



「ぐえぇっ!!?」


 ガルガルガル!! っと、タイヤに顔面をぶん殴られた。

 被っていたフルフェイスヘルメットが吹っ飛び、鼻血がバシャバシャ飛び散る。

 ……つ、痛ってえぇぇ!! てか、おれの鼻、まだ有る?


 吹っ飛ばされたが、例によって空気の壁にぶつかって銀髪リーゼントからおよそ3m以上は離れられない。――仰向けにダウンするおれ。スキル【浮遊】のおかげで地面を引きずられることはないが、頭がクラクラしてなかなか立ち上がれない。


 そうこうしてる間に、スキル【遅滞】の効果が途切れてしまう。……や、やばい!!

 効果が途切れたその瞬間、未だ立ち上がれないおれに向かって銀髪リーゼントの木刀が容赦なく振るわれる。



「おらおら、寝るには早えぇぞ!! おっさん、よぉ!! ヒャッフゥゥ!!」

 

 ガゴッ!! ガッ!! ドゴッ!! バキッ!!

 むき出しの頭部はカイトシールドでなんとか守ったが、腕やら腹やらメッタ打ちにされてしまうおれ。……ぐえっ!! おげっ!! おごっ!! まって!! ああっ、バキッって音した!! 折れた!! なんか折れた!! まって!! まって、死んじゃう!! 死んじゃうよっ!! 誰かお助け……!!




 

 ……あ………れ? もうだめか……と思ったその時、突然身体が神々しい光に包まれて、急速に痛みが引いていく感覚があった。


 これってもしかして、【大回復】? え、マジで? まさか元聖女のセリオラ様かグレイス様が、おれに? いやいやまさか、そんなはずないだろ? 表面上同盟関係にあるとはいえ、二人にとっておれは排除すべき邪魔者でしかないのだから。

 それに確か、【大回復】の射程っておれの知る限り50mぐらいだった気がする。馬車との距離はだいぶ離れてしまったし、一番近そうなのは……リスピーナさん?


 ……まあそれは後だ。おれはどうにか立ち上がって体勢を立て直す。

 乾いた鼻血を手で拭い、銀髪リーゼントに改めて挨拶する。



「おっさん、おっさんと、うるせぇよ。おれはヤマダだ、夜露死苦よろしく、若僧!」


「へっ、回復しやがったか?! さっきの動きが鈍くなるスキルといい、その妙な剣といい結構ヤルじゃねーか!! いいぜ、認めてやるよ!! オレは、『チーム銀狼』ヘッドのフジマルだ!! こっからはギアを上げてくぜ、なあ?! ヤマダのおっさんよぉ!!」


 ドゥロン!! ドゥロローロン!!

 三輪バイクが加速していく。

 ――速い。でも、さっき【遅滞】状態での急加速を見る限り、まだまだこんなもんじゃないだろう。


 周囲の光景が、めまぐるしく移り変わっていく。

 時速100km以上出ているだろうか? よく判らんけど、こんな風に視界が狭まるような感覚はなかなかない。

 つまりさっきまでは、乗り物のないパーティメンバーのスピードに合わせて三輪バイクを走らせていたんだろう。


 先行していた何人かの予選参加者達をごぼう抜きでぶっちぎる銀髪リーゼントのフジマル。


 そんな彼のスキル【走死走哀そうしそうあい】に囚われ、引っ張り回されているおれ。――あ。とうとう、ケンタウリスにまたがったコレクターなんちゃらを追い抜いたぞ。おぱーーーい!


 続けて、ラクダに乗ったボインエルフのミス・ティリア・ドミニクさん一行も追い抜いてしまった。ながぱい、ぱーーーい!



「カーッカッカッカッカッカ――――カハッ!? カハッ――――!? カ――――」


 白馬にまたがった『流星の貴公子(シューティングスター)』ランスマスターさんは、しばらくムキになって追いかけてきたけど、やがて失速し見えなくなった。





 ガン!! ゴン!! ガガン!! ガン!!

 猛スピードで移動しながらも、おれと銀髪リーゼントフジマルとの攻防は続いている。

 

 ガン!! ゴン!! ガガン!! ゴン!!

 フジマルの型にはまらない連打を、カイトシールドとガリアンソードで防ぎつつ反撃の機会を伺うおれ。



「ハァハァ……三輪のそれ、いい乗り物だねフジマル君。キミのスキルかい?」


「おっ、判るかよ? スキル【虎威駆トライク】で召喚したオレのサイコウでサイコウの愛馬、トラ子だぜ!!」


 ……だよな。だって、スキル【遅滞】発動中に、フジマル本人は反応できてなかったのに、三輪バイクが自動でおれの攻撃をかわして反撃までしてきたからな。トラ子――見た目は三輪バイクだけど、「使い魔」とか「召喚獣」みたいなものだと思った方がよさそうだ。



「その木刀も、ただの木刀じゃなさそうだけど?」


「ああ、その通りだぜ!! スキル【阿離我刀アリガトゥ】! こいつはオレの心意気!! 何者にも曲げられねぇ、心を貫く一本の漢柱おとこばしらなのさ!!」


 ……ポコチンかな? 言ってることはよく解らんけどあの木刀、おれの「勇気モチモチの剣」と同種のエネルギーを感じる。おかげで、ミスリル合金製の鎧があちらこちらへこんじゃったし、カイトシールドなんかもうボコボコだ。





 ガン!! ゴン!! ガガン!! ガイィィン!!

 でもまあ、そろそろいいか。

 スキル【遅滞】のクールタイム終了。

 よし。次で決めてやる!


 おりしも、おれ達はガンガンゴンゴンやりながらミーム川にかかる巨大な橋に到達する。

 これが「ミーム大橋」か。結構幅広でクソ長い、石造りでかなり頑丈そうな橋だ。



「ときにフジマル君、ケンカ最強なんだって? それは――どこ界隈で? 王都最強は、パラディン№6のランポウさんって聞いたんだけど?」


「はっ、なめんなよ?! パラディンなんて目じゃねぇぜ!! 戦ったらオレの方がつえぇし?! つーか、オレは王国最強だし?! ――おらっ!! おらぁっっ!!」


 ガイィィン!! ガイィィン!!

 三輪バイクの機動力に任せて攻撃を仕掛けては距離をとるフジマル。短気っぽい見た目のくせに、相変わらず慎重で隙のない連続攻撃で堅実に削ってくる。


 慣れてるというか、センスがいいというか。パラディン№6のランポウさんは知らんけど、№9のエルマさんとか元№11のカスパール君とならいい勝負するんじゃないかな?


 ……だけど、今のおれなら問題ない。さっきはやられそうになったけど、もう問題ない。多分、問題ない。



 しかける! ――スキル【遅滞】発動!

 本日三本目の発動、周囲の時間がゆっくりと流れ始める。


 おれはボコボコになってしまったカイトシールドを投げつけると、一気に加速しフジマルに接近する! 案の定、投げつけたカイトシールドを急加速で自動回避する三輪バイクのトラ子。――だが、その避けた先に向かっておれは、ガリアンソードを振るう! ギミック作動! 手元のスイッチでムチ状に変形したガリアンソードの射程は6.6mだっつーの!


 ――ぐっ!!? しかし、トラ子はそこから更に加速した。おいおい、【遅滞】が効いてるってのに、なんて速さだ! ガリアンソードの切っ先は、トラ子のシートをかすめるに留まる。



 ――ここまでか?! とか言うと思ったか!? そうはいくかよ!!

 三輪バイク、トラ子の加速に併せて、おれの身体も加速する!!

 なぜなら、トラ子の後部座席を”おれの尻から伸びた黒い手”ががっちり掴んでいるから。――魔法【黒手八丈】!! 最初にカイトシールドを投げた時既に、魔法を発動していたのだ。 


 ゴギッ!!

 魔法【黒手八丈】で繋がったおれは、トラ子の急加速に引っ張られるまま、フジマルの顔面に渾身の飛びヒザ蹴りをぶちかました!!



「うぎゃっ!!?」


 橋の欄干を超えてミーム川へと落下していくフジマル。

 まあ多分、死にはしないだろう。

※誰何→詰問 修正しました。日本語間違い恥ずかしい。

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