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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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443 予選一日目――なんだ? この尻が気になるか?

 勇者選考会予選スタート直後、突然、ムシャウジガールズのゴールド様――てか、聖女セリオラ様が暴走した。

 円形闘技場の出口ゲート付近に群がっていた数千人の予選参加者に向けて突然、上級魔法【プロミネンス】をぶっ放しやがったのだ。小太陽と見まごう巨大な火球が広範囲を高火力で焼き尽くす火属性の戦略級大魔法は、前途ある予選参加者達を一瞬にして折り重なる黒焦げ死体に変えてしまった。

 死屍累々(ししるいるい)とはこのことだろうか?


 顔面包帯男のスプリングさんがレナリス婦人の耳元で何事かささやく。



「――そ、そうですね。さあ皆さん、先を急ぎましょう! キャプティン様、馬車屋へ案内をお願いします! ――あ、ですよね殿下?」


「え? う、うむ! 皆のもの、いそ、急ぎこの場を……おぐ、おぇぇぇっ!!」

「うぐっ、おぼぇぇぇっ!!」

「んげぼぉっ!! ふ、ふぇぇぇぇん……おかあさ~ん!!」

「ハアハアハアハア……んぐっ、んぐぇ、えろろろろろろっ!!」


 レナリス婦人の声がけに、ミース魔導学園の少年少女四人が汚い合唱で応える。

 無理もないか。だってほら、サル顔の自称勇者ブーマー三十五歳だって、向こうでゲーゲーしている。

 うっぷ……かくいうおれも、この肉の焼けた臭いがキツイ。うっぷ。



「ちょっと、セリオラさん! いくらなんでも、これはやり過ぎですよ!?」


「女神モガリアの名の下に、愚かな異教徒どもへ死と再生の祝福を――。フフッ……ネムジアの聖女セリオラはあの日死んだのです。やっと判りました。わたくしは今日、本当の自分に産まれなおすのです。どうせもう王都にわたくし達の居場所なんてないのですから、グレイス様もお早く過去を脱ぎ捨て再生するご覚悟を……あら? レベルが上がりました。これは幸先がいいですね、ウフフッ……」


 おれが何かするまでもなく覚悟完了してしまっているセリオラ様。多分もう王都の実家に帰る気はさらさらなさそうだ。

 その一方で、まだ息のある重傷者に向かって、こっそり【大回復】の魔法を使用しているらしいグレイス様には人間味を感じてホッとする。



「目を付けていた強者の何人かが今の大魔法で死んでしまったな――いや、混雑していたとはいえ、避けきれなかったのだからそれまでか。ヤマダはあっさり死んでくれるなよ?」


 とか、戦闘狂みたいなことを言い出すリスピーナさん。……あれ? 後々、「私と戦え!」とかなったらイヤだなぁ。



「ルールの不備……、運営側の詰めの甘さが招いた惨劇と言わざるを得ませんよねぇ? ララフィンめ、批判の矢面に立たされるがいいのだわ!」


 そして相変わらず、後輩アナウンサーのララフィンちゃんに敵意むき出しのキャプティン。せっかく若返ったのに、余裕ないなぁ。


 そんなキャプティンの案内で、おれ達は馬車を扱っている商店に向かう。……場所は南門のすぐそばだった。そういえば、何度か通ったことあるなここ。

 レナリス婦人の話では、王都から旧帝都モルガーナまで馬車だとだいたい丸一日かかるらしい。今すぐ出発しても到着するのは深夜だから、課題とかにチャレンジできるのはきっと明日になるだろう。

 

 けどまいったな、てっきり予選は円形闘技場の中で戦うだけだと思ってたから、お金なんてそんなに持ってきてないんだよな。記念メダルを三つ集める最長で12日間の旅か……、パンツの代えだって持って来てないが。

 あれ? 馬車っていくらぐらいで買えるんだ?



「えーっと、皆さんってお金とか持って来てます? てか、馬車を買うのはオウガス殿下ってことでいいですよね? おれ、結構かつかつなんですけど」


「バカめ! 当たり前だろうが、バカめ! 王族を甘く見るな! 平民は【空間収納】さえ持っていないのか」





 ――しかし、王族の財力をもってしても、買えたのは6人乗りの馬車本体のみで、肝心の馬を買うことができなかった。なにも箱形のやつにしなくても、荷馬車とかせめて幌馬車とかにしておけば、安い馬一頭ぐらいならきっと買えただろうに。

 甘く見ていた、見栄っ張りな王族の残念な金銭感覚。バカめ! と言えるものなら言ってやりたい。



「あの殿下、殿下のお力で、お城からお金とか馬を借りることはできないのかな――と、夫が申しているのですが?」


「……それは……できない。なぜなら、俺の名誉はこれから奪い返すのであって、今はまだここにないからだ」


 苦々しい顔でレナリス婦人に応えるオウガス殿下。てかこの質問、スプリングさんが婦人の耳元でささやくところを見てないんだが?



「おい、平民ども、持っている金を出せ! 殿下に馬を買う金を差し出すの――あ、ああっ!?」


 ギース君がその言葉を言い終わる前に、セリオラ様がペチンと彼の頬を叩いた。

 なにを――と抗議の声を上げたギース君の頬を、更にペチンペチンと叩くセリオラ様。計三回叩かれて、彼は遂に黙った。涙目で身体は小刻みに震えている。経験上、ギース君はもう調教完了だろう。



「あら、馬だったらウイルがいるじゃない? ウィルに馬役をやってもらえばいいわ! できますわよね? あなたのスキル【動物変化】なら」


「ええっ、馬っ!? そんな、酷いよ。いくら僕でも馬車を引いたことなんてないよ。それにその馬車、二頭引きじゃないか」


 キャサリン嬢がウィリアム君の秘密を一つばらした。――彼、そんなスキル持ってたのか。ジーナス屋敷で追い詰めた時に熊とか虎とか凶暴な動物に【動物変化】されなくてよかった。てか、なんでしなかったんだろ?





 パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ!

 店先の通りを走り抜ける蹄の音に振り返る。白馬にまたがるのは、おそらく予選参加者の一人だろう。



「カーッカッカッカッカッカ――――!!」


 あの派手派手な鎧には見覚えがある。ランスマスターさん――確か、「流星の貴公子(シューティングスター)」だっけ?

 高らかな笑い声を残して、南門を抜けていく。……なにを笑ってるんだ、あの人?





 そのすぐ後から、キセルをくゆらせた褐色の美女を先頭に、七人組パーティが悠々と通り過ぎる。彼女達が各々騎乗するのは、魔物と見まごう巨大なラクダだった。

 あの美女は憶えてる。淫魔の血が混じってるかもしれない反則のボインエルフ、ミス・ティリア・ドミニクさん! ベテランA級パーティの人! 一部の人の性癖に刺さる、長乳がプヨンプヨンと別の生き物のように暴れておるわ。

 ――あ! じろじろ見てたらウインクされた。慌てて目を逸らすと、顔を赤らめたウィリアム君と目が合った。ははーん、キミも見てたな? ドミニクさんの長乳。


 ところで――、オナモミ妖精くん? 今の撮れたろうね?



(ケケケ……! バッチリだぜ! プヨンプヨンのポヨンポヨンてなもんさー!)


 ふむ。カメラ担当のシャオさんとオナモミ妖精は上手くやっているらしい。いやぁ、後で観るのが楽しみだ。





 パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ! パカラッ!

 またも、石畳を叩く蹄の音が近づいてくる。やれやれ、どんどん来るな――と、一応見ていると、やって来たのは女ケンタウロスだった! 半人半獣、上半身が人間で下半身が馬という種族だ。この世界での扱いが、亜人なのか魔族なのかは知らないが、本物を見たのは初めてだ。……女の場合ケンタウリスって云うんだっけ? ごくり、おっぱい丸出しである。いや、お尻も丸出しなんだなあ、下半身は馬だけど。


 凜々しくも物憂げな美しいケンタウリスの背には、学者風の優男が一人またがっていた。

 げげっ! あいつは、死体マニアの変態、コレクターなんとかってヤツ!

 一瞬怒りが込み上げるが、ナタリアちゃんのことはおれの早とちりで誤解だったことを思い出す。彼はただ、「死んだS級冒険者の遺体が欲しい」とかギルドで騒いでただけの変態だった。ナタリアちゃんの死には全然関わっていないはず……でも、なーんかムカつくんだよなー、コレクターなんとかってヤツ。





 ドゥロン!! ドゥロン!! ドゥロロン!! ドコドコドコドコドコ――ドゥロロン!!

 え、ええっ!? 異世界に来てからはとんと聞かないやかましい音に、道行く誰もが振り返る。銀髪リーゼントの伊達男が駆るのは、巨大な三輪バイク――トライクって云ったっけ? あんな乗り物、異世界にもあったんか?

 銀髪リーゼントの彼――名前は忘れたけど、ギルドでジャヤコディさんを蹴っ飛ばした……確か、若手A級冒険者の星『チーム銀狼ぎんろう』だっけか? 徐行する彼のトライクの後を徒歩でぞろぞろ付いてくる8人の個性的な面々がパーティメンバーってことだろうな。

 いやあ、びびった。この先どこかで合っても、目を合わせないようにしよう。





 その後も、馬車やら馬やら、徒歩やらで、次々と南門を抜けていく予選参加者達。

 結論の出ない議論を続けるオウガス殿下とレナリス婦人。お金がないなら、荷馬車にグレードを落とすか、あきらめて走るしか選択肢はないと思うのだが。……多分、レナリス婦人も実は走りたくないから、話し合いが長引いてるんだろうな。


 こんな時にナカジマがいれば、【空間転移】でピヨーンなんだけどな……って、あれ? 予選参加者以外に手伝ってもらうのってダメなんかな? でもその理屈だと、予選期間中、宿屋に泊まったり飲食店で飯食ったりすることもできないってことにならない?


 ――とか、おれが考え始めた時のこと。

 店先を十二人の武装した男達が通りかかる。十二人全員が馬に騎乗しており、揃いの武装も相まって冒険者というよりは騎士団といった風貌。

 その先頭を行く、派手なマントをひるがえしたリーダーっぽい中年男性がこちらに気付いて立ち止まった。後に続く騎士達も馬を止める。



「おっと! 反逆者のオウガス殿下ではないか! よくも堂々とこの王都を歩けたものだ!」


 反射的に「無礼な! なんだキサマ!?」とか言い出すギース君を自ら押し止めるオウガス殿下。その顔には苦渋の色がにじむ。……多分、中年男は顔見知りで、それなりの身分の人物なのだろう。



「父は父、俺は俺だ。反逆者呼ばわりは、いくら貴殿でも言い過ぎであろう?」


「ふん! 生意気を言うな! 王孫とはいえ、もはや謁見もかなわぬのだろうが!」


 ぐぬぅ……と黙り込むオウガス殿下。

 なんとなくそうじゃねーかなーとは思っていたけど、昨年おれ達が巻き込まれた王位簒奪騒動とかモガリア道場への武力侵攻とかをやらかした第二王子オギノスが彼の親父さんってことで間違いなさそう。奇妙なご縁だな。



「あの方は確か、チンチコール侯爵家嫡男のダニエル様。もしや予選参加者なのでしょうか? 三大侯爵家からは、聖剣使いが一人ずつ、予選免除で既に決勝トーナメント出場が決まっているはずですが……?」


 レナリス婦人がそっとささやく。

 なるほど、つまりこの人は、聖剣使いじゃないチンチコール家の人ってことか。本当は欲しかったんだろうな……聖剣。



「ところで、先程は殿下のところの狂犬が放った大魔法で、我が配下の半数が黒焦げで使い物にならなくなってしまったのだがなぁ!? どう責任を取ってくれるのだ!? んんー!?」


 とか言いつつ、こちらの女性陣を好色そうな目で値踏みするダニエル・チンチコール様。――だったが、当のセリオラ様は「なんのことかしら?」という態度で、相変わらずいい面の皮である。


 しかし、ダニエル様のお目当ては初めから決まっていたようで、その視線は赤髪ショートボブの美女をばっちりロックオンしていた。



「……こんにちはダニエル様、お久しぶりですね。キャプティンに何かご用ですかぁ?」


「おやぁ? アザリン殿ではないか、どうしてこんな所に? ああ、そうであった! 今回の司会は、ララフィン嬢でしたなぁ、ナッハッハッ、これは失礼した! ナッハッハッ!」



「あははは、いいんですよぉ。ダニエル様こそ、聖剣はどうされたのです? 忘れてきちゃったんですかぁ? あっ、いっけなーい! 『聖剣ボンバイエ』は妹君のアントニア様が継承したんでしたね? ダニエル様は嫡男なのに聖剣を継承できなかったんだわー、キャプティンたらついうっかり! あははは、ごめんなさぁ~い!」


「ぐぎぎ……、よ、よくも言いよったな!! バカ女がっ!! 大人しく、我が愛人になっておれば、勇者選考会の司会の座も奪われず、今までどおり王都のトップアナウンサーとして居座り続けられたものを、バカな女だ!!」



「――!? な、なんですって? それは……どういう意味ですか?」


「む? そうかそうか、もしや自分の人気だけで今まで仕事にありつけていたと思っていたのか? つくづくバカな女だ、我が協会の幹部に口を利いてやっていたからに決まっておるだろうが! それもこれも、いずれ我が愛人となる女と思ってこそだったが、いつまで経ってもよい返事をよこさぬばかりか、三十路を越えてしまってはいい加減見限られても致し方あるまい!? ナッハッハッ! そこへゆくと、かのララフィン・レバー嬢は素直でかしこい女であったわ! まだ若く乳もでかいしのう!?」


 三大侯爵家の嫡男という権力と財力でもって、キャプティンの所属するアナウンサー協会の幹部達を意のままに操り、これまでキャプティンを王都のトップアナウンサーとしてバックアップしてきたというダニエル様。過剰なかつをしていたというわけである。

 そればかりか、今回の勇者選考会司会の座がララフィンちゃんに決まったのは彼が後押ししたからだという。へんというやつである。



「ひぐっ……そ……そんなのって……ないんだわ……ひぐっ……」

 

 衝撃的な事実を知らされ、とうとう泣き出してしまうキャプティン。頬を悔し涙が止めどなく流れ落ちる。



「ふーむ! その泣き顔はなかなかよいではないか、アザリン殿! ナッハッハッ、よいのぉ! そそるのぉ!」


「ひぐっ……ひぐっ……ぢ、ぢくしょう……ぢくしょう……!」



「よいのぉ! そそるのぉ! たぎってきたのぉ! ようし、決めたぞ! 我の誘いを断り続けた挙げ句、このような野蛮なもよおしに自ら参加するなどといった愚行を重ねるバカ女を、我が自慢の肉棒(巨大聖剣)でレイプしてくれよう!! ナーッハッハッ! 知ってのとおり、予選参加者同士であれば『王国法』は適用されないのだからのう!? 皆の者よろこべ!! 我が済んだら――ん? な、なにぃ!?」


 巨大聖剣とやらを固くし喜色満面で背後を振り返ったダニエル様だったが、その顔は一瞬にして青ざめ驚愕の声がこぼれる。


 配下の騎士達十一人が全員、落馬し石畳の上に転がっていた。彼等の上半身は四角い氷で固められていて、身動きどころか息さえできないんじゃなかろうか?

 そんなことをダニエル様に気付かれないまま鮮やかな手際でやってのけたのは、ムシャウジガール・シルバー様ことグレイス様だった。



「オウガス殿下~、こんな所に馬がたくさん乗り捨ててありますわ~! せっかくだから、いただいてしまいましょ~う?」


「そこのサル顔のあなた、さっさと馬車に馬を繋ぎなさい!」


「へ、へぇ! この勇者ブーマーめに任せといてくだせぇ!」



「ま、待て!! 我が配下の者達が、全員!? いつの間に!? ぐっ……キ、キサマら、このダニエル・チンチコールを侮る――なっ!?」


 カルカルカルカル!

 激昂し腰の剣を抜こうとしたダニエル様だったが、その手は握った剣の柄ごと四角い氷で固められてしまった。


 カルカルカルカル! カルカルカルカル!

 続けて、両脚も地面に四角い氷で縫い止められる。



「ふふっ、【クリスタルコフィン】です! ご安心を、命まではおとりしませんよ。ただ一つご忠告をさせていただくならば、へんは黙ってやれ――とだけ」


 元・人気の聖女様だったグレイス様としては、ダニエル様のやり方にちょっと思うところがあったらしい。





 馬車に乗り込むのは、王族のオウガス殿下、その取り巻きキャサリン嬢、元貴族レナリス婦人と、まだちょっと落ち込んでいるキャプティン。当たり前のように、聖女セリオラ様とグレイス様がせっせと乗り込んで定員の6人が埋まる。オウガス殿下は自分以外美女ばっかりのウハウハである。


 馬車を操る御者は、サル顔勇者ブーマー。



「へへっ! そいじゃ殿下、お嬢ちゃん方、ぴゅぴゅっと出しやすぜ? 勇者ブーマー様の【騎乗】スキルの妙技、とくとごろうじろってなもんさ!」


「ま、待て!! この氷のかたまりを外せ!! さもないと、チンチコール侯爵家の総力をもって――」


 包帯男スプリングさんとギース君、ウィリアム君は、たまたま乗り捨ててあった馬にまたがって馬車の後に付き従う。



「――バカな!! 乗り捨てるわけがあるか!! いずれ劣らぬ名馬であるぞ!! そもそも、我が配下を氷漬けにしたのはキサマらであろうが!! 行くなっ!! 返せ!! 返せーぇ!!」


 馬に乗れないおれが「走りますんで」と宣言したところ、「飛ばないのか?」とリスピーナさん。……あれ? なんでこの人、おれが飛べるって知ってるんだろ?


 おれが、今はちょっと調子が悪くって……とかなんとかごにょごにょ言っていたら、「ならば私も走るとするか」とのこと。

 


「お、おい待て!! 待たぬかキサマら、許さんぞ!! 絶対に許さんから――なぐべちょっっ!!?」


 うるさいダニエル様の顔面にキツイのを一発叩き込んで、リスピーナさんも走り出す。

 こうして、おれ達はようやっと南門をくぐり王都を出発した。




 ***




 王都南の森に分け入る街道を馬三頭と馬車一台は東へと向かう。その後ろを、えっさほいさと走って付いていくおれとリスピーナさん。

 チンチコール侯爵家の馬が名馬だったのか、御者勇者ブーマーの【騎乗】スキルとやらが効いてるのか、意外にもいいペースで進んでいる。


 やがて森が途切れると、左手に広大なミーム川が見えてくる。場所によっては川幅2km以上もあるという大河に沿って街道は続く。なんでもこの先に、ミーム大橋という長い橋があって、それを渡るのが旧帝都モルガーナへの最短ルートらしい。


 ああ、スキル【飛翔】が使えたらこんな川ひとっ飛びなのに……いや、この人数をまとめて運ぶのはどっちみち無理か。てか、旧帝都モルガーナの場所も知らんしな。



 えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ……はぁ、全身鎧で走るのちょっとキツイ。

 キツイので、リスピーナさんのお尻でも観て気を紛らわしとくか。


 えっさ、ほいさ、しりさ、どやさ……?

 ふむ。その真っ黒い鎧は【オートアジャスター】機能で形も割れ目もぴっちりくっきり。シマムラさんの南米っぽいお尻とはまた違う……人妻っぽい、ちょっとだらしない形の――って、あれ? もしかして、リスピーナさんって結構おばちゃ――



「……なんだ? この尻が気になるか?」


「え、あ、いや……その……素敵な……いや、なんていうか……」



「この尻は確かに不格好だが、こうして走り込めば多少は引き締まるやもしれん」


「ハハ……、案外キツイですよね」


 そんなことないですよ――とか、むしろエロくておれ好みなんですけど――とか言いそうになったが止めておいた。まだイマイチ、リスピーナさんってよくわからん人だしな。顔も見てないし、年齢も案外いってるっぽいし。



「念のため言っておくが、ヤマダよりは年下だぞ? それに結構美人なんだ、訳あって見せられないがな」


 う、顔に出てたか? いや、おれも今は顔面フルフェイスヘルメットだった。

 つまり、おれより若いからさほどキツくないって言いたいのか、リスピーナさん。

 でもそうか、美人なのか――って、自分で言うかな?



 えっさ、ほいさ、しりさ、どやさ、どやさ……!

 横並びで走る全身鎧のおれとリスピーナさん。

 キツイふりをしてスピードを落としても、彼女も併せてスピードを落としてくるので一向に背面がとれない。……ぐぬぅ、警戒されてしまったか。

 しょうがないな、この際、気になっていたことを聞いとこうか。



「リスピーナさんのその鎧って、『クラムボンの鎧』ですよね? あと、さっき円形闘技場で使った短剣は『リスピーナの短剣』だったような?」


「そうだな。今はネムジア教会所蔵らしいが、使わせてもらっている。フフッ、自分と同じ名前の剣などこそばゆいがな」



「盾もありませんでしたか? 『黒い許嫁の盾』という」


「ああ、ヤマダはこのクラムボンに詳しいのか? ……あの盾はどうもな。装備すると夢見が悪いので【空間収納】に封印している」


 売れるものなら売ってしまいたいが、借り物なのでな――とリスピーナさん。

 つまり、リスピーナさんはネムジア教会の関係者ってことか? それなら、急に同盟入りしてきたこともうなずける。……神殿騎士とか? まさか、パラディンってことはないよな? その辺のこと、教えてくれるかどうかわからないけど一応聞いてみようかなと、おれが「あのー」と口を開いた時だった。



「おーい、お二人さん! 勇者選考会の予選参加者だろ? あんたらが、最後尾ってことでいいかよ?」


 後ろからものすごいスピードで走ってきた大男に声をかけられた。彼の”犬耳”と”背中にかついだ四本の剣”には見覚えがある。この人もあの日ギルドに居たっけ、くしゃみした後に「ちくしょうめ」って言っちゃうタイプの人だった。名前はさっぱり思い出せないけど。



「貴殿も予選参加者ならば、最後尾は貴殿だろう」


「違いねぇ、そりゃそうだ! 昨夜飲み過ぎてよ、寝坊しちまった。円形闘技場に行ったけど誰もいなくってよ。いやー、焦ったぜー。――ところでよ、第一チェックポイントってのはこの先かい?」



「なんだ、いい大人が『旧帝都モルガーナ』を知らんのか? 川の対岸にうっすら見えるだろう? モルガーナの古い外壁は高さ40mもあるらしい」


「おっ、おおっ! 見えたぜ、あれか! 助かったぜねえさん――おっと、俺の名前はグランD(ディ)・バック。ねえさんはなんてんだい?」



「リスピーナ」


「リスピーナね、いい名だ。ついでに、そっちの小柄こがらな兄さんは?」



「……ヤマダです」


「ふーん、ヤマダか。もしかしてアンタの友達に、ナカジマとかタナカとかいたりするかい?」



「……!?」


「おっと、やっぱ、いい。いい。アンタがどこのヤマダでも俺の知った事じゃなかったぜ。それじゃあ、リスピーナとヤマダ、お互いにがんばって予選突破しようぜ! じゃあな!」


 そんな意味深な言葉を残して犬耳の大男グランD・バックは、猛スピードで走って行った、街道を逸れてミーム川の方へと。



「あの男、まさか泳ぐ気か? 確かに、最短距離ではあるが」


「え!? なんか、水面を走ってますね」


 水しぶきでよく見えないけど、おれと同じ【浮遊】みたいなスキルを持ってるんだろうか? てか、おれも川渡ってショートカットしちゃおうかな、リスピーナさんには悪いけど。

 ――うん、そうしよう。あっちで合流できればいいんじゃね?



「ちょっと待てヤマダ、少し様子がおかしいぞ」


「え?」


 リスピーナさんに云われてみれば、水面を走るグランDさんの足下に、長く巨大な影が迫っていた。

 

 ザザザザザザザザーーーン!!!!

 うおおっ!? 水面が一気に盛り上がったかと思うと、白い巨大ウナギみたいな魔物がグランDさんに殺到する。全長20mぐらい、それも一体や二体じゃなさそうだ。


 「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁー!!?」


 キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル!!!!

 グランDさんの叫びに、白ウナギの群れがキュルキュルと鳴いて応じる。

 とはいえ人と魔物、多分解り合えたりはしないだろう。


 あれよあれよという間に、グランDさんは白ウナギ達にもみくちゃにされて、水中に引きずり込まれてしまう。


 キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル!!!!

 なんてこった、もしかしてまだ水中で戦ってるのか、グランDさん! 川面はグルグルと巨大な渦を巻き続けているし、時折水中で青く発光するのは、もしかして【ドラゴンフィールド】だったりする?

 

 ……助けに行った方がいいんだろうか?

 

 

「そういえば、ミーム川にはドラゴン種の魔物『ミズチ』が棲むと聞いたことがあるな。巨大なやつは50m近いとか」


 よし。とりあえず、川を渡ってショートカットするのは止めておこう。

 助けに行く必要も、ないない! だって、グランDさんだって予選参加者だし、会ったばかりでそれほど親しくもないし、美女でも美少女でもないのだから。



「おれは助けになんか行きませんよ? ……まあ、リスピーナさんがどうしてもっていうなら、つきあわないでもないですケド」


「フフッ、私が? 行くわけないじゃないか、なんで私があんな得体の知れないヤツの為に体力と魔力を無駄使いしなければならない? だいたい、あのグランDという男が、あの程度でどうにかなるとはとても思えんしな。ヤツは、私が見た限り予選参加者の中でも一、二を争う強者だぞ」


 ……で、ですよね。

 おれは、未だ激しく渦巻くミーム川から目を逸らし、いつの間にか少し離されてしまった馬車を追いかけて、走るペースを上げるのだった。

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