442 予選スタート――おいヤマダ、馬車屋はどこだ?
『みーなさーん!! おっはよーございまーす!! とうとうこの日がやって参りました!! 王国の対魔王防衛の要、最強戦力を司る称号「勇者」認定のためー、歴史上初めて一般公募による「勇者選考会」が本日!! ここ、王都の円形闘技場をメイン会場として賑々しく開催されてしまうのでーす!! やったー!! 知恵とー力とー勇気っ!! それら全てを兼ね備えた10人の「勇者」に選ばれるのは一体誰なのか!? キミなのかっ!? アナタなのかっ!? もしかして、オレェ?! ――それはそれとしてー、「司会」はアタクシっ!! 新時代のニューヒロイン、ララフィン・レバ~!!』
――ララフィ~~~ン!!!!
――ララフィンちゃ~~~ん!!!!
――ララフィン、愛してるよ~~~!!!!
野太い歓声が王都の円形闘技場を揺らす! ララフィンちゃんのおっぱいも揺れる!
ほ、ほほう! あの子がキャプティンの後輩、ララフィンちゃんか。……見た目お嬢様風なのに、あのはち切れんばかりのお乳はどうしたことだ!?
「ビッチめ……!」
吐き捨てるようにキャプティン・アザリンがつぶやく。
王都で開催される大きなイベントで長年司会を務めたキャプティンとしては、若い後輩アナウンサーの台頭は面白くないだろう。ましてや、「第一回勇者選考会」という歴史に残る大イベントの仕事を奪われてしまったとあっては、その心情は察するにあまりある。
「うっ……お、おぇぇぇぇっ!!」
突然苦しそうにえずきだすムシャウジガールズのゴールド様。そして、かいがいしくその背をさするシルバー様は、まるで聖女のようだ。……いや、聖女なんだけどね二人共。目元を仮面で隠してはいるけど、その正体は聖女セリオラ様と聖女グレイス様だったりする。
ここ王都の円形闘技場は、先日の全員全裸騒動の時、二人が衆目の前でウンコ漏らしたりオシッコ漏らしたりしてしまった忌避すべき場所である。なので、おぇぇぇぇっ! ってなるのも無理からぬことか。
「へっ、へへっ……そうこなくっちゃなぁ」
早くもくじけそうなゴールド様とシルバー様を眺めてニヤニヤしているのは、サルっぽい男、ブーマー三十五歳。自称、勇者である。
彼はもう既にセリオラ様とグレイス様の正体に気付いているようだ。それにあの様子だと、ここで二人に何があったのかも知ってるんだろうな。
「おい、サブリーダー、あの娘はだいぶ体調が悪そうだが大丈夫なのか? なんなら、私が【快癒】をかけるが?」
苦しそうなゴールド様を見かねて声をかけてきたのは、全身真っ黒い鎧ーーおそらくは「クラムボンの鎧」を身に着けた謎の女性、リスピーナさんだった。……意外と優しい。
「あれは多分メンタル的なヤツなんで、魔法は効かないと思いますよ? そっとしておきましょう。あーあと、おれのことはヤマダと呼んでください、ややこしいので」
「そうか」
セリオラ様もグレイス様もあれで聖女だし、回復系の魔法は多分持ってると思う。
それにしてもリスピーナさんである。さっき突然声をかけられて、なんとなく同盟入りしてしまったけど……訳あって顔は見せられないというし、一体何者なんだ?
『ほほう! 剣術指南、アケチ亀甲流のアスキッス家の者か! いいだろう、俺のために尽くすがよい!』
……とかオウガス君が言ってたけど、おれの中でリスピーナっていえば、「リスピーナの短剣」のリスピーナ嬢で、イメージ的に「わたしの名前はリスピーナ! ちょっと勝ち気な十八歳、こう見えても貴族の令嬢なんだからっ! 得意なことは木登りと剣術、よく男勝りって言われるわ!」って感じなんだが、このリスピーナ・アスキッス嬢は、十八歳って感じでも、木登りが得意な感じでも、許嫁の金髪ボンボンを殺して装備を奪うような感じでもないんよな。……推定二十代後半から三十代前半といったところかな? お尻の形とか……ふむ。悪くない。
――とまあ、おれ達一行を含む勇者選考会予選参加者およそ一万人は王都西地区にある円形闘技場に大集合している。年末の「護国祭」で、おれがベリアス様と決闘した場所である。
正面ゲートから入って向かいの観覧席に、王様をはじめとした国のお偉いさんがずらりと勢揃いしていた。一番端っこの席には、眠そうに目をしばたたかせるネムジア教会の大司教ユーシーさんの姿もある。
そんな厳かな雰囲気の観覧席にあって、王様の膝上に座ってべったりとしなだれかかっている色っぽいエルフのおねえちゃんだけが際だって場違いだった。……お妃様? ではないよな、さすがに。
「あれが悪名高い新しい側室でしょうか? わたくしの妹から聞いた情報では、王様を怪しいクスリと変態的セックスで虜にして国政を意のままにしているとか……」
やれやれ王様のやつ、せっかく若返ったのになんてザマだよ。あの手のクスリは、NTRと同じぐらい脳が破壊されるっていうのに。クスリ、ダメ。ゼッタイ。というアリガタイ言葉を知らんのか? ……それにしても、お上品なレナリス婦人の口から「変態的セックス」なんて言葉が出るとおれ、マンモスうれピー!
「あのエルフのねえちゃんが、お城に例の粉薬を持ち込みよった”尻エルフの”ロレッタ嬢でっせ」
――!?
背後、至近距離からの声に、びくっ! となって振り返ると、ウサミミ付きフードを目深に被った小太りの男がおれの背中にぴったりくっ付くように立っていた。パラディン№8の……確か、ジャヤコディさんだっけ?
「お、脅かさないでくださいよ! 何やってるんです? もしかして、ジャヤコディさんも予選に参加するんですか? てか、尻エルフって?」
「予選に参加はせえへんけども、チェックポイントの都市には先乗りして情報収集しとこ思いますねん」
「チェックポイント?」
「尻エルフちゅうんは、ロレッタ嬢の二つ名でっせ。ほれ、痩せっぽっちのエルフにしては大きゅうて魅力的なお尻でっしゃろ?」
ほほう、確かに……いや、そうじゃなくって! 「チェックポイントの都市」って何のことだよ?
そのへんのこと、ジャヤコディさんに改めて尋ねようとわちゃわちゃしていたら、鎧カブトのバイザー越し、舞台上のユーシーさんと目が合ってしまった。思わず小さく手を振るおれ。
ぽかんとしているのでちょっとだけバイザーを押し上げ顔面をさらすと、ユーシーさんもやっとおれが判ったらしく、舞台上から小さく手を振りかえしてきてくれた。――おはようユーシーさん! 個人的には、尻エルフよりも大尻教が好みかな。
『オッホン! ウォッホン!!』
お偉いさんにわざとらしく咳払いをされて、ばつが悪そうに下を向くユーシーさん。
どうやら、いつの間にか式典は進んで、王様やお貴族様の御挨拶とかも終わり、やっと予選のルール説明が始まるらしい。
『はいはーい! みなさんお待ちかね~! ララフィンちゃんからー、ルール説明でーす! 一回しか説明しませんのでー、耳の穴かっぽじってよく聞いてくださいね~! ずっばーり、予選は「おつかいクエスト」で~す!』
「ニセ乳がっ……!」
ニセ!? ……じゃなくて、「おつかいクエスト」?
RPGとかで「おつかいクエスト」といえば、「どこぞの森とか村とかに行ってナニとかソレとかを手に入れてこい」みたいなイベントだったと思うけど? そういうこと?
てか、落ち着いてキャプティン! ……ところで、あのはち切れんばかりのやつってニセ物なの?
円形闘技場に広がったざわめきが収まってくると、ララフィンちゃんはおっぱいをぷるんと弾ませつつ説明を続けた。
『はーい、静かに聞いてくださーい! 聞き逃してしまっても、ララフィンは知りませんよ~! いいですか~? 予選参加者の皆さんはー、ここ王都を一斉にスタートして、三つのチェックポイントを順に巡っていただきまーす! それぞれのチェックポイントで管理人の課題をクリアーしていただきー、課題クリアの証である「記念メダル」を取得してくださーい! 「記念メダル」三枚を取得できましたらー、また王都に帰還してクエスト達成となりまーす! クエスト達成者から上位300人までが決勝トーナメント進出となるわけでーす! はーい! ――とーこーろーでー、ララフィンから皆さんにチョウ重要な情報が二つありまーす! まず一つ目の情報は~、なんとー! 期間中予選参加者同士のもめごとに限って、「王国法」は適用されませーん! 戦闘行為を含む妨害行為ー、足の引っ張り合いにー運営はいっさい口出ししませ~ん! てゆーかー、死んじゃっても~知りませ~ん! そ~し~て~二つ目の情報は、ななんとー! ララフィンのお胸は中味までみっちり詰まった天然物なんで~す! いや~ん、肩が凝るぅ~!』
「……ちっ!」
さっき言ったこと、聞こえてたみたいだね――ドンマイ、キャプティン!
それはともかく、ジャヤコディさんの言っていた「チェックポイント」って、そういうことだったか。「チェックポイント」を巡って課題をクリアし、報酬の「記念メダル」を三枚集めて帰還する――と。なるほど「おつかいクエスト」と言えなくもないか? ただし、妨害なんでも有りの「バトルロワイヤル形式」でもあると。
道中、試験官ごっことかしてる戦闘狂に出くわさないとも限らないし、参加者同士の「同盟」はきっと有効に違いない。
『さて~、肝心のチェックポイントですが~、聞きたーいですか~!? 聞きたーいですよね~!? どーしよっかなぁ~?! ララフィン、こまっちゃ~う!!』
――教えて~、ララフィンちゃ~ん!!!!
――ララフィンちゃん、早く言って~!!!!
――ララフィン、愛してるよ~~~!!!!
野太い歓声が王都の円形闘技場をビンビンふるわせる! ララフィンの天然物もプルプルふるえる!
「ブスー!! ドブスー!!」
キャプティンもがんばるが、周囲の喧噪に飲み込まれてしまう。……ドンマイ!
ララフィンちゃんは舞台の上からキャプティンを見下しあざ笑うと、円形闘技場のざわめきが収まるのを待たず、上機嫌に続けた。
『はいはーい! 第一チェックポイントは~王都の南西を流れる大河「ミーム川」を挟んだ対岸「旧帝都モルガーナ」! ――続いてー、第二チェックポイントは~アルザウス地区南東の海岸沿い、常夏の楽園「巨大ドーム型リゾート都市ケルピーランド」! ――そして、第三チェックポイントは~大陸を隔てる境界の山脈中央部、女神ネムジア生誕伝説の残る「聖地ネムノス」! と、なっていまーす! ――移動方法は自由! たーだーしー、3日目、6日目、9日目の深夜0時の時点で、それぞれ第一、第二、第三チェックポイントをクリアしていない参加者は足切りで失格になってしまいますので注意してくださーい! ――え? 意味がわからないー? そんなこと言われてもララフィンは知りませ~ん! うふふっ!』
一部予選参加者達がざわついている。多分、足切りルールの説明がよく理解できなかったのだろう。サル顔の自称勇者ブーマーも理解できなかった人らしい。
どういうことだってばよ、サブリーダー? って顔でおれを見るので、どういうことだってばよ、ジャヤコディさん? という顔で背後のウサミミ男を振り返る。
「は? 要するにやな、三日目の深夜0時までに第一チェックポイントクリアできてへんやつは全員失格っちゅうことや。同じく、六日目の深夜0時までに第二チェックポイント、九日目の深夜0時までに第三チェックポイントクリアできてへんやつも全員失格っちゅうことですやん」
要するに、のんびりしてられへんってことやぞ、ブーマー君。
え、おれ? おれは理解できてたよ? 理解できてたけど、確認のためジャヤコディさんにふったんだぜ。
『――予選期間は最長でも12日間! 期間中であってもー、クエスト達成した参加者が三百人に到達した時点で予選終了となりまーす! 逆に~、12日目の深夜0時までにクエスト達成した参加者が三百人に満たない場合でもー、予選期間は延長しませーん! ――はいはーい! 最後にー、予選参加者同士の足の引っ張り合いは勝手にどうぞと言いましたけどー、参加者以外の王国民に危害を加えるなど犯罪行為を行った場合は当然ですけど即失格となってしまいま~す! 勇者選考会の予選なんですからー、当たり前ですよね~? はーい、ララフィンからのルール説明は以上でーす!』
「一般的な馬車移動なら一ヶ月はかかる旅程ですね。特に、海岸沿いの『ケルピーランド』から境界の山脈にある『ネムノス』まではかなりの強行軍となりそうです。……がんばって走るしかないでしょうか」
レナリス婦人がぼやく。すごく嫌そうだ。
一定以上のレベルがあれば結構早く長く走れるけども、疲れるし汗もかくんだよな。
「おい! サブリーダーのギースとヤマダに命じる! 急ぎ、馬車を用意せよ! すぐに買ってこい!」
「ははっ、お任せを! おいヤマダ、馬車屋はどこだ?」
……知らねーよ!
無茶を言い出すオウガス殿下と長身強面のギース君。てか、馬車じゃ間に合わないってレナリス婦人の話、聞いてなかったのかよ!?
「殿下、馬車じゃ12日間でクエスト達成できませんよ」
「イヤですわ! ウィルあなた、わたくしにモルガーナまで走れとおっしゃるの!?」
控え目に意見するウィリアム君。ワガママを言い出すキャサリン嬢。
誰か、オウガス殿下とキャサリン嬢にビシッと言ってやってくれ! おれは嫌だけど。
顔面包帯男のスプリングさんが、レナリス婦人の耳元でまた何事かささやく。
「――はい。ええ。――仕方ありませんね、わかりました。モルガーナまではとりあえず馬車で参りましょう、ヤマダさん――?」
「あーおれ、王都はぜんぜん詳しくなくて……お店とかちょっと」
……ああ、みんなの目が、「何だコイツ? 無駄に歳ばっかりとりやがって!」と言ってる気がする。ツライ。
「王都のことならお任せください! ギース君、キャプティンとご一緒しましょう」
「え、お……おう」
オトナなおねえさんキャプティンからのお誘い。経験上ギース君はもう落ちたな。それを横目に――う、いいなあ。という顔をする思春期オウガス殿下とウィリアム君。そんな男子たちの反応に――ふん! と鼻を鳴らすキャサリン嬢。……甘酸っぱいなあ。
「ところで、坊っちゃん達はその馬車を操れるんで? へっへっへ、なんなら俺が御者をやらせてもらいやすぜ?」
青春ラブコメに日雇い労働者風のおっさんブーマーが介入。これは一波乱ありそうな予感。
しかし言われてみれば、馬車を買ったところで御者ができる人がいなけりゃどうにもならんよな。
「皆で行ってはどうだ? そろそろスタートだろう?」
リスピーナさんがそう言った矢先のこと、司会のララフィンちゃんが再び拡声魔道具を手に取った。
『はーい! みなさんお待たせいたしましたー! それではー、ええーっと、王様の寵姫ロレッタ様から、予選開始のご発声をお願いしま~す!』
王様の膝の上から立ち上がった色っぽいエルフのおねえちゃん――ロレッタ嬢が、拡声魔道具を受け取った。
ふぬけた表情の王様がパチパチと手を叩くと、周囲のお偉いさん達も王様に倣ってパチパチと手を叩き始める。
あれ? もしかしてその役って、ユーシーさんがやるはずだった? 一人だけ挨拶もしてないし。……ただまあ、ユーシーさん本人は気にしてないみたいだし、別にいいか。
『王都のみなさんコンニチハ! わたくし、ロレッタと申しますの。ご覧のとおりエルフですわ! 美しいでしょ~う? オホホ、ええ、知ってます! ただちょっと、おっぱいが小さいのが玉に瑕かしら? 種族の宿命ですから仕方ありませんね。そんなエルフの私でも、お尻だったら負けません! 尻ならば世界と戦える! 頂点を狙えるのです! 来る日も来る日も肛門を鍛え、鍛えて、誰が呼んだか尻エルフのロレッタと――』
『あのー、ロレッタ様? スタート時間ですので、どうか手短に……』
『あらー残念、もっとお話したかったのに。オホホ、それでは皆さん、ガンバってくださいましね? ――勇者選考会予選、よーぅい――、スタ~トォ――――おぼぼお、おっ!!?』
おぼ? ええっ!? 何処からか……いや、おれの背後から肩越しに真っ直ぐ伸びた【光線】の魔法が、ロレッタ嬢の額の中心を正確に貫くのを見た。頭の内側で脳を沸騰させて奇妙に踊り狂う彼女の姿を確かに見た気がしたのだが――次の瞬間、無傷のロレッタ嬢を背に庇い髪の長い一人の騎士が、右手の長剣で魔法【光線】を上空へと払い飛ばしていた。
更に続けて、左手の短剣が、魔法を放った犯人に向かって振り下ろされる!
「こ、こらあかん! しくったわ――」
さっくり。
舞台上のロン毛騎士からここまでおよそ20m。彼の短剣から伸びた極細の「マジックコーティングの刃」は狙い違わず、おれのカブトの頬をかすめて背後のジャヤコディさんをさっくり刺し貫いた!
あわわ、思わず尻もちをつくおれ。早業過ぎて、スキル【危機感知】でも対応しきれなかった――てか、ジャヤコディさん、あんた何やってくれてんの!?
「貴様、そこを動くな!!」
えっ、おれ!? 違う違う! おれは、関係ないって!
ジャヤコディさんがおれの背後から魔法を撃ったせいで、仲間だと思われてるじゃねーか!?
パッパラパ――パパパ――――ン♪♪♪♪
たった今起こった尻エルフのロレッタ嬢襲撃事件などお構いなく、予選スタートを知らせるファンファーレが鳴り響き、円形闘技場に集ったおよそ一万人の予選参加者達が一斉に出口ゲートへ殺到する。
ああ、出遅れてしまうー! 飛んで逃げられたら良かったのに……今は、不具合でスキル【飛翔】が使えないのだ。トホホ……。
振り返ればそこに、完全に絶命しているジャヤコディさんの死体が転がっていた。
……ん? 絶命している? ――ひええっ!? いつか観たᗷ級スプラッター映画の1シーンのように、死体の表面がべろんと剥がれてべちょっと落ちた。その剥がれた肉片がもぞもぞと寄り集まって、手のひらサイズのジャヤコディさん3体が出来上がる――って、アンタ生きてたんかーい!? なんか、増えてるしー!
「ほな、ヤマダはーん!」
「モルガーナでお会いしまひょー!」
「アデューでっせー!」
そう言い残して、散り散りに逃げていく三体のジャヤコディさん、手のひらサイズ。
残ったのは、ウサミミフードを被ったちょっとでかいゴブリンの死体が一つ。
「動くなと言っているだろうに!!」
「あ、あわわ……ご、ごめんなさい、まって!!」
やばっ!? 舞台から飛び降りたロン毛騎士が予選参加者達をかき分けて、おれに向かって短剣を振り下ろした! 極細の「マジックコーティングの刃」が来るっ――避けきれるか!?
しゅぱん!! もう一本別の「マジックコーティングの刃」が、ロン毛騎士の短剣を弾き落とした!
ロン毛騎士の「マジックコーティングの刃」よりも更に細くて速いもう一本の「マジックコーティングの刃」は、リスピーナさんの振るった真っ黒い短剣『リスピーナの短剣』から放たれていた。
「ぐっ……」
「何度やり直しても、結果は変わらんぞ?」
ふと見ると、ロン毛騎士の弾き落とされたはずの短剣がいつの間にかその左手に戻っている。……ほんの数秒、時間が巻き戻った? わけがわからん。ともかく、リスピーナさんには助けられたっぽい。これからも仲良くしてほしいもんだ。
「貴方……アケチ亀甲流か?」
「アケチ? 自分の剣をそんな名で呼んだことはないが」
とか言って睨み合うロン毛騎士とリスピーナさん。
いつの間にか周囲を衛兵に取り囲まれているし、このピリついた状況をどうしたものかとオロオロしていると、なんでもないようにオウガス殿下が割り込んできて口を挟んだ。
「おい! 近衛騎士ソラリス・アスキッス、そのぐらいにしておけ! その二人は俺の配下だ! 賊とは無関係だとこの俺が保証する。さっさと兵を下げろ!」
「なっ、オウガス殿下!? ミースで軟禁されているはずの殿下が、なぜここに!?」
「ふん! 勇者認定を取りにきたに決まっている。父によって貶められた俺と弟妹達の名誉を奪い返すためにな! そっちこそ、『王の盾』がこんなに王から離れていてもいいのか?」
「……このことは、陛下に報告させていただきますぞ」
「好きにしろ。……だが、あれが賢王と呼ばれたマグナス王の姿とはな。貴様があのエルフを守る価値があるのか?」
オウガス殿下の不敬な発言は聞こえないフリをしつつ、ロン毛騎士こと近衛騎士ソラリスさんが合図すると、衛兵達はウサミミフードを着たゴブリンの死体だけを回収して引き上げていく。
ソラリスさん自身も両手の長剣と短剣を納めると、改めてリスピーナさんに向き直った。
「我が名は、近衛騎士ソラリス・アスキッス。貴方の名を尋ねたい」
「我が名は、リスピーナ」
「なっ!? その名は……!」
「ふふっ、もしや貴殿の曾祖母あたりと同じ名だったか?」
「……いや、その名にふさわしい見事な腕前でした」
まだ何か腑に落ちない様子のロン毛騎士ソラリスさんだったが、やがて諦めて背を向ける。
ふう。やれやれ、やっとスタートできる――とか思ったその時には既に、次なる騒動が幕を開けていた。
スタートの発声はなされたとはいえ、まだ数千人が出口ゲートに向かって移動している最中であり、その時、円形闘技場はまだ、いかつい冒険者達の群れでごった返していた。
そんな数千人がひしめく円形闘技場から、突然音が消える。
一瞬の静寂の後、冒険者達は狂ったように笑う女の声を聞いた。
「キャハハハハハハハハハ――!! ああー邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、ムシケラどもが邪魔ですねー!? わたくしの前から消えてなくなりなさーーーい!!!!」
ゴールド様のスキル【独壇場】は、自分が発声発音するときに周囲の音を勝手に遮断してしまう。
ロン毛騎士ソラリスさんと揉めたりしてたもんだから、ゴールド様から目を離していて対応が遅れた。スキル【独壇場】が発動し、気付いた時にはもう既に、彼女が頭上に掲げた手の上には巨大な炎の光球が形作られつつあった。
一瞬躊躇するおれ。……あれ? 別にいいんじゃね? 確か、参加者同士の妨害有りだったはずだし――ルール違反じゃないよね?
だがすぐに思い直した。……待て待て待て、待てよ? 法に触れないからって、いいわけないじゃん? だってあれ、あの破天荒なラダ様にして人に向けて撃ってはダメなやつって言わしめた上級魔法【プロミネンス】じゃん? 戦争じゃないんだから――。
――あ。間に合わなかった、スマン。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジ―――――!!!!
小太陽が王都の円形闘技場に落ちた。
第一回勇者選考会予選参加者の内768人がスタート地点で死傷し脱落してしまったこの日の事件は後に、キャプティン・アザリンによって事の経緯と犯人の正体が暴露され、「セリオラの大糞怒事件」として歴史に刻まれることになる、かつて聖女と呼ばれたセリオラという美女の汚名と共に。