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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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440 HENTAI

 おれは暗闇の中にいた。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 なんだかとても寒くて、寂しい。


 ――これが死か。

 この暗闇の中で、おれは永遠に一人ぼっちなのだろうか?

 悲しくて、不安で叫び出しそうになるが、声が出せない。

 

 ああ、恐ろしい。どうしてこんなことになってしまったんだろう?

 どうして……。







 ――なぜかしら?

 ――なぜなのかしら?


 え!? 今何か聞こえたような?

 誰だ!? 誰かいるのか!? 誰でもいい。

 誰でもいいから、おれのそばにいて欲しい。





 ――どうしてかしら?

 ――なぜなのかしら?


 暗闇の中、目をこらせば何か白い物が左右に揺れている。

 ぷるん。ぷるんと、リズミカルに揺れる。

 それは、尻だ! おケツだ! 形のいいヒップだ!


 レディQさん!! おれを迎えに来てくれたのか?

 青白い肌のクール系美女、おれ史上1~2を争う形のいいお尻の真夜中令嬢レディQさんは、おれが命を奪った因縁ある女性だったりする。


 貴方とは色々あって敵対したけれども、今はすべてが懐かしい。

 おれもこうして死んでしまったわけだし、過去のことはお互い水に流して仲直りといきましょぉおケツー!




 

 ――とうとうヤマダが死んだのかしら?

 ――童貞クソちびオヤジが死んだのかしら?


 あはは……、はあ。

 まあそんな簡単な話じゃないか。


 でも、ぜんぜんオーケーですぜ、レディQさん。

 嫌われてても、独りぼっちじゃないって思えるからー!





 ――どうしてヤマダは死んだのかしら?

 ――スキルを過信して、相手のスピードを見誤って死んだのねえ?

 ――ねえっ!?


 ま、まあそうなんですけどね。

 ちょ、ちょっと、レディQさん……いくら形のいいお尻だからって、近過ぎでは?

 

 お尻に煽られてるみたいで、嬉しいような悲しいような。

 ちょ……、目の前で、お尻振らないでください! 今、とてもそういう気分じゃないんで! ううっ……、目の前で、尻肉をプルプルさせないで!



『プスス……、高齢童貞クソ虫が死んだのかしら~!?』

『プスス……、キモブサちんカス野郎が卑怯で情けない手を使ったくせに負けたのかしら~!?』

『プスススー! チーぎゅうかしら~!?』



「ち、チー牛は、言い過ぎでしょうがっ!!?」


 レディQさんの心ない言葉に激昂したおれは、目の前の形のいい尻をむんずと掴んだ。

 ……あれ? 触れた。

 触れたぞ!!



『プスっ……!?』


 どうやら触られるとは思っていなかったらしく、レディQさんも突然の反撃に固まっている。


 そ、そうか。今のおれは死んでるから、レディQさんの形のいいお尻に触れてしまうってことか!?

 そうと判れば、このチャンス逃してなるものか!!


 そうれ、ふにふにふにふに~!! 

 おれはレディQさんの形のいいお尻に顔面をうずめて、その素晴らしい感触を思うさま愉しんだり味わったりした。

 ペロペロペロペロ、ふにふにふにふに~!!



『イヤーッ、イやめてぇぇぇぇぇ~!!!!』




 ***




「他人にチーぎゅうって言うヤツはっ、二度とチーズ牛丼食っちゃダメだかんなっ!!?」



「お、おおうっ? いきなり何の話だヤマダさん……?」


「なんか手つきがキモいんだけどー、ヤマダさん大丈夫ー?」


 気がつくと、なぜかおれは地面で仰向けに寝ていた。全裸で。

 そんなおれを見下ろす青い顔のナカジマとタナカ。

 

 ……そういえばおれ、フライドのヤツに首を斬られて死んだんだっけ?

 ――で、たった今、タナカのスキル【魂の回帰】で復活したってことか。


 てか、なんでおれ全裸なん?



「周りをよく見てみるがいい。飛び散った血とかはヤマダさんのだぞ? 彼もよっぽど腹にすえかねたんだろう」


「死体蹴りだよねー。ブチギレてたよ、フライド様」


 ……そ、そうか。

 どうやらフライドのヤツ、おれの首を斬った後に、死体をズタズタに損壊しやがったらしい。やれやれだ。 



「てことは、上手く拾えたってことかな?」


「ああ。彼が聖剣を納めて【スキル無効化】が解除されたところを見計らい、私の【マジックボックス】に回収した」


 ナカジマが、【アイテムボックス】から「フライドの左腕」を取り出して見せた。

 おれが命がけで切り飛ばした「フライドの左腕」は、離れた場所で待機していたナカジマによって【アイテムボックス】に回収されていたというわけだ。


 切断された腕は、傷口を繋ぎ合わせて接合することは普通の回復魔法でも割と容易だが、欠損した部分を生やすことはそう容易ではない。

 もしもフライドが、この切断された「フライドの左腕」なしに自身の左腕を元に戻そうとするならば、タナカのスキル【肉体治療】やジュリアちゃんのスキル【再生】といったレアスキルに頼る必要がある。――要するに、こっちに「フライドの左腕」がある限り、フライドが左腕の欠損を元に戻すのは、ほぼ無理ということだ。



「でさー、どうすんのヤマダさん? その『フライドの左腕』でもって、『ナタリアちゃんの右腕』と交換してもらうのー? そう上手く交渉に乗ってくれるとは思えないんだけどー?」


「いやー、初めはそのつもりだったんだけどな……」


 

「ふむ。さっきのあの様子を見る限り、腕を取り戻した瞬間にまた殺されてしまいそうだな。それに、死んだはずのヤマダさんが顔を合わせるのも危険だ。こちらに死者蘇生の手段があることを知られれば、厄介やもしれんぞ? 死体を溶かされたり灰になるまで燃やされたり、どこかに隠されてしまうだけでも、万事休すだ。なんなら、【空間収納】に放り込まれるだけでも手の出しようがない」

 

「言っとくけど、僕は交渉とか無理だよ? コワいし。だってそれに、僕が死んだら誰も生き返らせてくれないでしょー?」


「二人に、なんかそういう交渉ゴトとか頼むつもりはないよ、今んとこ。ナタリアちゃんのコトは、おれの問題だし」


 やっぱし、「勇者選考会」を勝ち抜いて、公の場でフライドと対峙するしかないか。

 とにかくあの「聖剣」をなんとかする方法を考えないと、スキルなしのおれじゃあお話しにもなりゃしない。



 さてと、とりあえず服を【修復】しようか、全裸だし。

 ――スキル【世界創造ワールドクリエイト】! さあ、オナモミ妖精くんよ、例によって承認ヨロ!





 ……ん? あれ? オナモミ妖精くん? もしもーし?

 オナモミ妖精くんよーい? あれ……なんかヘソ曲げてるのか? 無視すんなよ、おーい?


 ……あれ? あれ? あれれ? 呼びかけても、オナモミ妖精からの応答がない。

 なんだ? なにが起きてる? オナモミ妖精は、おれの右胸に埋め込まれた小っこい魔石に宿る口は悪いがニクメナイでお馴染みの実体のない相棒なんだが……?


 まさかと思い、右胸に手をあててみるおれ。

 フライドに死体損壊されたときに、魔石がどっかに飛び出してしまって戻ってないのかと思ったが、触った感じ元どおり有るっぽいのでそういうことではなさそう。……はて?


 そうだ、念のため見ておこうか。

 ステータス・オープン! なんちって。







 >名前 山田 八郎太

 >称号 HENTAI new!

 >レベル 26→32

 >HP 1353/1809(+456)

 >MP 2494/3328(+834)


 >スキル 【危機感知】一定範囲の危険を感知する

 >    【空間記憶再生】空間に残存する記憶映像を投影する

 >    【環境適応】環境に適応する

 >    【勇気百倍】勇気を百倍にする

 >    【自然回復】傷を少しずつ癒やす

 >    【超次元三角】次元の外へ開く三角の窓(3MP~)

 >    【劣化】触れた物を劣化させる

 >    【遅滞】一定範囲内の対象の動きを遅らせる

 >    【暗視】夜目がきく

 >    【疫病耐性】疫病を予防する

 >    【変態】変態**るnew!


 >妖精スキル 【共感覚】思いが伝わる

 >      【浮遊】浮き上**

 >      【*識阻*】****害する

 >      【飛*】***ぶ

 >     ×【**創造】*界を***る

 >      【加齢】対象の年齢を一歳**(t=300d)new!


 >魔法スキル 【身体強化】全ステータスと全耐性が微上昇(24MP)

 >      【闇属性付与】闇属性魔法を付与する(33MP)

 >      【黒手八丈くろてはちじょう】尻から黒い手が伸びる(140MP)

 >      【クロキヒトミ】魔女のウィンク 光さえ飲み込む暗黒(1960MP)

 >      【浸草心裏しんそうしんり】真相は藪の中 記憶の迷宮に沈む(750MP)


 >装備 なし









 ――ななっ!? なんかすごいレベルアップしてる!

 一回死んだせいかな? ひい、ふう……六つも一気に上がって、新しいスキルまであるじゃ……? …………? スキル【変態】と妖精スキル【加齢】か……。

 スキル【変態】って、なんだよ……?



 てか、所々文字化けみたいになってるじゃねーか!? なんだこれ……?

 特に「妖精スキル」の部分の壊れ方が酷い。

 スキル名が壊れている、【認識阻害】、【飛翔】、【世界創造ワールドクリエイト】が、どうやら使えそうにない。……【飛翔】が使えないのはイタイ。そのうち治るのか、コレ?


 やっぱり、死体損壊で魔石が破損したに違いない。

 タナカの【肉体治療】で、一応は元どおりに完治してるとは思うけど、それに危ういバランスで宿ってたオナモミ妖精の魂的なモノにどんな影響をもたらしたのやら?

 

 ――おい! オナモミ妖精、返事しろ!! おい!! おい!!

 

 ウソだろ……? オナモミ妖精!! 返事しろよ!! おい!!

 

 オナモミ妖精ーーーっ!!




 ***




 翌日、おれは「勇者選考会」にエントリーした。

 王都をうろつくにあたっては、フライド・グランギニョルに見つからないよう、昔のように頭からつま先までプレートアーマーを装備することにした。青銅色の一見地味なプレートアーマーだけど、実はミスリル合金製で【HP回復(小)】と【MP回復(小)】効果の付いた超高級品である。また、マントも地味な焦げ茶色だが、こう見えて【魔法耐性(小)】効果付きの逸品だったりする。

 更に葉っぱ模様のカイトシールドも装備。【スタミナ回復】と【軽量化】の効果付きである。金属製なのに水に浮くらしい。

 悩ましいのは剣である。今のところ「ガリアンソード」をそのまま装備してるけど……、やっぱ目立つよなー。かといって、慣れない剣で予選を勝ち抜けるのかっていうと、やっぱり不安だし、しょうがないか。


 ついでに言うと、おれの頭の上には体長20㎝ほどの小人が一体座っている。

 強力なスキル【認識阻害】で、周囲の人からは見えてないが、昆虫の羽根を背中に生やした小妖精――いろいろあって実体化したおれの相棒、オナモミ妖精がそこにいた。 



(ケケケ……! おい、ヤマダ! あいすくりーむ食いに行こうぜ! オレサマにあいすくりーむ食わせろよー!) 

 

 タナカに頼んでみろよ、王都に長々と居座ってらんねーし。――と、頭の中に直接聞こえてくるオナモミ妖精の声に応じるおれ。

 実体を得たヤツは、人間の食い物に興味芯々らしい。





 昨夜、おれの右胸に埋め込まれた魔石から消失したオナモミ妖精。

 慌てたおれは、タナカにもう一度スキル【魂の回帰】の使用を頼んだが、ナカジマがそれに待ったをかけた。



「待てヤマダさん。そんなことをして、妖精の魂が元の魔石に戻るとは限らんのではないか? ただ普通に、成仏するだけやもしれんぞ?」


「あーそっかー、僕のスキル【魂の回帰】の効果は、”魂をあるべき場所にかえす”だからねー。ナカジマ氏の言うとおりかも」


「あちゃー、そうしたら……、おれの右胸から魔石をほじくり出したら、タナカ氏の【肉体治療】で『妖精の身体』を再生できるかな……?」



「ふむ。ヤマダさんちょっと待ってくれ。タナカ氏、『妖精の身体』があればいけるのか? 『妖精の身体』といえば確か……」


 そう言ってナカジマは、自身の【アイテムボックス】の中から「妖精の身体」を取り出した。焼失したあの建物に残された物品の中に、なんと「妖精の剥製」があったらしい。

 もちろんその「妖精の剥製」は、オナモミ妖精とは別個体ではあるが、見た感じほぼ同じ外見をしていた。


 タナカが「妖精の剥製」を【肉体治療】し、続けて【魂の回帰】を使ったところ――、



(げげーっ!! このカラダって、数年前に失踪したイヌフグリ先輩のカラダじゃねーかー!! キモーっ!!)

 

 ――と、オナモミ妖精は元気に復活した。

 せっかくだから、今後は「オナフグリ君」とでも呼ぼうか? と聞いたら、しばらく悩んでいたが、結局今までどおり、「オナモミ妖精」のままで生きることに決めたらしい。


 ちなみに、おれが今装備しているプレートアーマーやカイトシールドといった高級装備一式も、あの焼失した建物にあったお宝だったりする。比較的地味目なやつを選んだので、多分気付かれまい。







 ナカジマとの待ち合わせ場所、冒険者ギルド前に向かって歩くおれ。

 途中、オナモミ妖精が「買ってくれ! 買ってくれ!」うるさいので、屋台で買った串焼き肉を中央広場の噴水前に腰掛けて食っていると、見知らぬ男女二人組に「コンニチハ、ちょっとよろしいですか?」と話しかけられた。

 ――し、しまった、油断してた!! 募金か!? 宗教か!? 勘弁してくれ……!



「貴方様は、先ほど『勇者選考会』にエントリーされましたね?」


「……は、はあ」


 むむ、よく見たら、美人さんだなこの女性。おっぱいの谷間がすごく気になる。

 男性の方は長身だけど、顔を包帯でぐるぐる巻きにしていてものすごく怪しい。



「お一人でしょうか? パーティの方などは?」


「ええ、まあ……今は一人ですけど」



「そうですか! もしよかったら、わたくし達と同盟を結びませんか?」


「……同盟?」


 男女二人組は、スプリング夫妻と名乗った。 

 夫婦で冒険者をやっているらしいが、婦人のレナリスさんは、元々は貴族のご令嬢らしく、身分の低い旦那さんと添い遂げる為に最近家を出たばかりらしい。


 言われてみれば、レナリスさんにはどこか気品があるし、怪しく見えた包帯の旦那さんも、婦人の為にダンジョンとかで無茶しちゃったのかな? と思えなくもない。

 てか旦那さん、うなずいてるばっかりでぜんぜん喋んないから妙に迫力がある。正直、ちょっとコワい。



「わたくしの妹からの情報なのですが、なんでも『勇者選考会』の予選は、大人数による生き残り方式――なんて言いましたかしら……そう、バトルロワイヤル方式で人数を絞り込むことになるらしいのです」

 

「バトルロワイヤルか……、そりゃそうか」


 予選参加者一万人超えてるっぽいもんな。数日で人数を絞ろうとしたら、さもありなん。



「予選参加者の中には既に、いくつかの同盟ができはじめているようです。わたくしの妹程度が知り得る情報ですから、多少耳ざとい方なら同様かそれ以上の情報を得ていたとしても不思議ではありません。さて、いかがでしょう――えっと……」


「あ、ヤマダです。申し遅れました」



「ヤマダ様、いかがでしょう? わたくし達は、わたくし達夫婦を含めても今のところ六名だけの同盟なのですが、いかに巨大な困難が待ち受けていたとしても、皆で力を合わせれば、超えられない壁などないとは思いませんか? どうか、わたくし達と予選突破のための同盟を――!!」


 ……普通に考えて、「同盟」有りじゃね?

 いやむしろ、日本のマンガ知識のあるおれが思いつくべきだった。

 とはいえ、おれが勧誘したところで、人が集まるわけもなく。

 見た目のいいレナリス様にくっついていくのは有り有りじゃね?

 

 てか、全身プレートアーマーで見た目いつもの二割増しでアレなおれに声をかけてくれたことが嬉しくて、おっぱい関係なくこの人に付いていきたいと思った。……人妻だけどな。



「……わ、判りました。おれ、同盟します!」


「よかった! ヤマダ様で七人目です。この人数であたれば、きっとA級冒険者とだって渡り合えるはず! ね、あなた」


 そう言って微笑み合うスプリング夫妻。最初は怪しい二人組かと思ったけど、案外良さそうな人達でホッとした。てか、予選突破に向けて、思ってたよりも有益な会合だったように思える。


 十三日後、予選開始当日にまたこの場所、中央広場の噴水前に集合することを約束し、スプリング夫妻と別れた。


 別れ際、レナリス婦人は、残り十三日間で同盟加入者をもっともっと増やすつもりだとはりきっていた。また、「ヤマダ様も心当たりの方がいらっしゃいましたら勧誘お願いしますね」と言われたが、そう言われても、おれに心当たりは皆無だった――まだこの時は。







 さっきから、あれが食いたいこれが食いたいとうるさいオナモミ妖精を無視して歩き出すおれ。

 ……そういえば、妖精って大便とか小便とかどうすんのかな? 箱に砂でも敷いとくか? ――あ、確か、ユーシーさんは昔、犬飼ってたんだっけ? 今度聞いてみようか。

 

 冒険者ギルド前までやって来たおれは、犬の小便跡と思しき石畳のシミを軽快に跳び越える。



「きゃっ!!」


 ――!!? 見えないなにかにぶつかった。

 いや、間違いない。石畳のシミの上に、透明な女性がいた。

 すると、この犬の小便と思しきシミは、犬の小便ではないのか!?


 おれは、慌ててその場から立ち去ろうとする透明な女性の気配を感知し、その柔らかい身体をむぎゅっと掴む。――逃がさん!!



「――は、放せっ! 放してっ!!」


「……こんな所でなにをしてるんですか? シマムラさん」



「――!!? も、もしかしてヤマダさん、ですか……?」


 こんな人通りの多い路上で、スキル【透明化】を使って全裸露出を愉しんでいた『黒金の勇者』シマムラ・スーザン容疑者を私人逮捕したおれ。以前、大迷宮の深層でせがまれて、ミラージュキャットの魔石をプレゼントしたことを思い出した。


 フルフェイスヘルメットのバイザーを上げて顔を見せると、シマムラさんはホッとしたように力を抜いた。

 名残惜しいが、おれも握っていた手を放す。おそらくは、二の腕の辺りだったようだ。惜しい。



「趣味もほどほどにしないと……まあ、別にいいんですけどね」


 王都の冒険者ギルドには今、国中から実力者が集まってきている。中には、スキル【透明化】を見通すスキルを持っている人だっているかもしれない。……いや、露出上級者のシマムラさんのこと、案外そのへんも織り込み済みのプレイなのかもしれないが。



「い、いえ……これは別に趣味とかではなく……じ、実は、ヤマダさんに折り入って頼みたいことがあって、ここで待っていたのです」


「ほー、そうですかー」



「そ、そうなのです! 私は、『黒金の勇者』としてちょっと顔を知られているので、粗野な冒険者に絡まれたりしないよう姿を隠していただけのことで、けっして趣味ではないのです」


「ほー、そうなんですかー」



「数日前、そこで体育座りしていたヤマダさんを見かけたので、この辺で待っていればきっとまた姿を現すんじゃないかと思っていたのです」


 数日前、体育座り……ああ、あの時か。

 

 ……ん!?



「そういえばあの時も、なんか石畳がしっとりしてたんよな」


「そそそ、それでですね、ヤマダさんに頼みたいことというのはアンディ君達三人組のことなのです! 大迷宮の深層でヤマダさんと別れた後、私達はゆっくり時間をかけて上層へ向かっていたのですが、途中でちょっとしたいざこざに巻き込まれてしまったのです。幸いにして、大きなケガを負うこともなくその場を乗り切ることはできたのですが――」


 と、おれの言葉を遮るように早口でしゃべり出すシマムラさん。

 要するに、下層から戻ってくる途中でトラブルに巻き込まれた結果、アンディ君達とギクシャクしてしまい、今は少し顔を合わせずらいのだという。

 

 シマムラさんの話は続く。



「――最深下層到達の成功。それと、いざこざをどうにか乗り切ったことで彼等は妙な自信を付けてしまいました。異様なハイテンションで彼等は次なる目標を『勇者選考会』に定めてしまったのです。そして私が止めるのも聞かずに、昨日予選エントリーを終えてしまいました」

 

「それは……彼等の勝手なんじゃないですかね? 彼等も命張って魔物と戦う冒険者なのだし。シマムラさん、少し過保護過ぎませんか?」



「ダンジョンで魔物と戦うのと、対人戦は全く違います! 人同士で戦うなんて、子どもがやっていいことじゃありません! あの子達にもしものことがあったら私は、死んだテリーに顔向けできないのです!」


「……」


 ……だったら自分でなんとかしろよ、こんな所で趣味にいそしんでないで――という言葉が喉元まで出かかったが止めておいた、八つ当たりみたいになってしまいそうだったから。



「……それに彼等は自分たちで思ってるよりも相当弱いのです。一対一ならば、私よりも弱いのです……」


「……それで、おれにどうしろと? アンディ君達が予選に出ないように説得するんですか? シマムラさんが言ってダメなのに、おれの話なんか聞く耳持たないと思いますけど?」



「ここだけの話なのですが、おそらく勇者選考会の予選はバトルロワイヤル方式になると思われます。予選参加者が一万人規模ともなれば、それもやむを得ないことでしょう」


 スキル【透明化】で表情は窺えないがシマムラさんめ、きっとドヤ顔をキメていることだろう。

 でも知ってます。さっき、レナリスさんから聞きました。割とみんな知ってる情報みたいです。



「……」


「……」

 

 ……なんだこの沈黙。

 スキル【透明化】で表情は窺えないがシマムラさんめ、もしかしてリアクション待ちか?



「な……なんだってー!?」


「うっふっふっ、ここでこうしていると冒険者たちが交わす言葉が自然と耳に入ってくるのです。私、『勇者』なんかより『女スパイ』とかの方が向いているのかも」


 いやいやいや、それはどうだろう? 床に痕跡を残してしまうようじゃ、女スパイ失格なんじゃなかろうか?

 

 それはともかく、シマムラさんの要望は要するに、勇者選考会の予選でアンディ君たち三人組の面倒をみてくれということだ。

 レナリスさんからも同盟に加わってもらえそうな人に声をかけて欲しいと言われていたから、それはある意味ちょうどいい。

 

 ――が、しかし、シマムラさんの真の願いは少しややこしい。



「……つまり、三人をほどよいタイミングで脱落させろと?」


「くれぐれも、あの子たちが決勝トーナメントに進出するなんてことがないように、いい塩梅あんばいのところで脱落して尚且つ、上には上がいることをわからせたうえで、三人がこの先も向上心を失わずにいっそうの努力をつちかっていけるよう爽やかな感じで……」



「ちょちょちょ、なんだかめんどくさいことを簡単に言わないでくださいよ! てか、シマムラさん、大迷宮で約束した報酬の件、忘れてませんよね!? おれにめんどくさいこと押し付けるなら、先に誠意を見せてくださいよ! 誠意を!」 

 

「あ、そ、それは……そうですね……でも、ヤマダさんと結婚は無理なんです。すいません」


 そんなこと頼んでねーっつーの! シマムラさんにはあと腐れなく、そのわがままボディを全裸エビぞり緊縛させてもらう約束だったはずである。……いや、約束はしてないが、おれら界隈で「好きにしていい」ということはそういうことなのだ。

 

 イラっとしたおれは、とりあえず乳でも揉んでやろうと目の前の空間に手を伸ばすが、その手はむなしく空をきった。

 ……あれ? 確かに声はこっちの方からしてたのに……?


 続けて二度三度と手を伸ばすが、気配はすれど実体に届かず。



「もしかしてシマムラさん、今、ブリッジしてます?」


「……してませんよ?」


 ムカっ。おれとの約束はほったらかしのくせに一人でお愉しみのシマムラさんにムカっ腹が立ったので、セクハラレベルを一段階底上げすることに決めた。

 

 具体的には……新スキルの実験台になってもらおうか、シマムラさんよ! ワクワク、ドキドキ……!

 さあ、くらえ――スキル【変態】!! 発動!!


 



 王都冒険者ギルド前の路上に突然、真っ白な霧が発生する。

 霧は、【透明化】したシマムラさんにまとわりつき、素肌にまんべんなく結露した。

 白く結露したことで、一糸まとわぬ全裸でブリッジするシマムラさんの姿が路上にくっきりはっきり浮かび上がる。スキル【透明化】、敗れたり……!!

 

 あー、全裸でブリッジしてる変態女がいるぞー!! と誰かが叫んだ。おれである。

 おれの上げた声に、周囲の通行人達も気付き始める、全裸でブリッジしている変態女に。

 衆人環視の中、シマムラさんは「ぎひぃぃ!!」と奇妙な声で一声鳴くと、ぶしゃーと何かをまた石畳の上に撒き散らして、ブリッジしたまま器用に走り去っていった。

 

 ……妖怪かよ。







 冒険者ギルド前でシマムラさんを見送った後、ちょっとした知的好奇心で、石畳の上に残された痕跡をしゃがんでスンスン嗅いでいると……突然背後から、「あーっ!! ヤマダさん発見!!」という女の子の声がしてビクッ! となる。



「ち、違っ……、あくまでもこれはチテキな……!」


「確保~!!」


 という女の子の号令の下、おれは左右から両腕を二人の少年にがっちりと掴まれてしまう。――って、女の子はマイちゃん、二人の少年はアンディ君とジェフ君、シマムラさんが面倒をみている駆け出し三人組じゃねーか!

 あせらせんなよ! てか、「確保」って……?



「よう、三人とも久しぶりだ、ななななな…………なに!? なに!? なに!?」


 あいさつもそこそこに、おれは若い三人組に連れられて冒険者ギルド内へと引っ張り込まれてしまうのだった。





「ほう、称号『HENTAI』ですか。なるほど」


「……」

 

 なぜかおれは冒険者ギルドの個室に通され、ヒゲの尖ったギルドのお偉いさんにステータスを見られている。「王都の大迷宮最深階層到達」の懸賞金を代表で貰ってこいとアンディ君達に言われて安請け合いしてしまったせいだ。一番年上なんだからと言われてしまえば、おれだって断りづらい。

 てか、「なるほど」ってなんだよ!



「ややっ、スキルが文字化けしておりますな? もしや、ステータスを改ざんしたのではありますまいな?」


「えっ、いやこれは胸に埋め込んだ魔石を傷つけられたせいでして。そもそも、ステータスを改ざんなんてできるもんなんですか?」



「無理でしょうな。【偽装】はできたとしても、本当の意味でのステータス改ざんは不可能。それこそ、伝説のスキル【世界創造ワールドクリエイト】でも使わなければ無理でしょう」


「……」


 ……どうやらおれは疑われているらしい。

 その後もなんだかんだと60階層から先の話を聞かれた後、数日調査して間違いなければ懸賞金が支払われるということになった。

 ステータス見られ損である。



 そのことをアンディ君、ジェフ君、マイちゃんに報告したら、それぞれ「なにやってんだよ、おっさん!」、「冒険者はなめられたら終わりですよヤマダさん」、「だっさ」と、クソミソに言われた。 

 

 ぐ、ぐぬぬぅ……。

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